ストイックで堅物な真面目人間。だけど先輩も男の人だということだ。

 3月14日はホワイトデーならぬ倍返しデーである。


 本命は勿論だが、義理チョコ友チョコをもらった紳士諸君は女性陣にお返しを渡さないといけない日なのだが、ここ最近は友チョコの普及で女性が女性にお返しをするという現象もあるらしい。

 そういうのが負担になるだろうから、お返しはいらないと渡した人全員に言ってはいたのだが、律儀な人はわざわざお返しをくれた。


 今しがた私はクマさん柄のポーチの中にマシュマロやクッキーが入っているギフトを貰った。


「貰ったからには返さないと気が収まらなからな」

「…柿山君。これを柿山君が買いに行ったと言うの?」

「悪いか」

「いや、可愛いなぁと思って」

「あのなぁ…とりあえず返したからな」

「ありがと」


 現風紀委員長で同級生の柿山君もその一人。

 ゴリマッチョな風貌でこの可愛いクマさんのポーチを買ったことを想像するとなんだかシュールなんだけどありがたく頂いた。


 和真なんて毎年チロ○チョコ徳用を買ってばらまいているというのに。なんて真面目なんだ。

 

 沢渡君はホワイトデー風のギフトをくれたし、室戸さんも可愛い小物をお返しにくれた。それに加えて風紀委員の人達もちょいちょいなにかくれた。ばらまきチョコだからいいのに。

 くれるのはいいけどスナック菓子とかせんべいとか…貰うのは嬉しいけど、どうなのそのチョイス。

 本命にそういうのやっちゃダメだよ…




「アヤ、これ私から」

「いいのに」

「いいからいいから」


 リンからは有名な高級チョコレートのお返し。貰ったのは小さい箱だったけどこれ一粒一粒が高いんだよねぇ。気を遣わせてしまったのかも。


「アヤ! はいこれ! ちょっと焦げたけど、味は大丈夫だと思う!」

「ユカが作ったの!? ありがとう」


 ユカは初めてクッキーを焼いたらしい。不格好で恥ずかしいとは言っていたがその気持ちだけでも十分嬉しいものだ。

 クッキーは少し苦かったけど温かい味がした。



「コロ。これやるよ」

「…アメですか?」

「ホワイトデーのお返し」

「え? 私、先生にあげれてないのにくれるんですか?」

「もらっとけもらっとけ」


 すれ違いざまに眞田先生からは黒飴を貰った。

 …これ、家庭科の先生からの横流し品じゃ…? と思ったけど貰ったものにケチを付けたくないのでお礼を言って受け取った。



「あやめちゃーん! みてみてぇ! 和真くんがお返しくれたの!」


 わざわざ私のクラスまでやってきた林道さんは興奮気味にそう報告してきたが、彼女が持ってるチョコは特別な意味はない。

 だってばらまいてるだけだもん。


「…良かったね」

「私これ大切にする!」

「…食べてあげなよ」


 だけど彼女はとても喜んでいたので、残酷な真実は告げないでおいた。

 その内気づくだろうし。





 そういえば、卒業した先輩方はお返しとかどうするのかな? 

 在校生に貰ったものならここに来て渡せるけど、卒業生はひとりひとり渡しに行けないしな…


 まぁ本命でくれる人はお返しよりただ気持ちを渡したかっただけだろうからお返しはそんなに期待していないのかも。

 私がそんな事心配しても仕方がないしね。



 亮介先輩に渡した時もお返しはいいからと言っておいたけども、先輩は多分お返しを用意している気がする。

 うーん、と唸りながら頬杖をついているとポケットの中のスマホが振動した。


 取り出して確認すると亮介先輩から放課後デートのお誘いだった。

 勿論私は二つ返事である。


 正門前まで迎えに来てくれると言うのでHRが終わるなり私はサッと化粧直しと髪型を確認すると教室を飛び出した。


 …飛び出したのはいいのだが、正門は人の群れが出来ていた。

 私はてっきり亮介先輩が待ってるから女子が群れたのかなと思ったんだけど、そこにいたのは別の人達だった。



「おい陽子…どうしてお前がここにいるんだ」

「それはこっちのセリフよ。私は花恋さんと約束をしているの。彼女の愛犬に会いに行く約束をしているのよ。私のマロンちゃんから田中さんにお返しをするんだからあなたはお呼びじゃないのよ」

「誰だよ田中さんって!」


 うん、間先輩と陽子様だね。

 二人共花恋ちゃんに用事があるらしい。

 花恋ちゃん男子に呼び出されていたからまだしばらくかかりそうなんだよねぇ。

 二人は喧嘩を始めてしまったが、ここで騒がれても仕方がないので私は二人に声をかけてみた。


「あの…花恋ちゃん、今呼び出し受けててまだ時間かかると思うんですけど」

「あら! お久しぶりねあやめさん!」

「ど…どうも…」


 陽子様は私を見るなり満面の笑みを浮かべた。

 やっぱり迫力美人の笑みは心臓に悪いな。相変わらず陽子様は自信に満ちている。

 彼女の笑みに私がドギマギしていると、彼女は私の事をまじまじ見つめて首を傾げた。


「…黒柴も可愛いけどやっぱりこの間の色のほうがしっくり来るわ」

「私人間ですねん」


 この人と眞田先生の目はどうなっているのか。

 一度、目を借りて見てみたい。


 陽子様の足元にお利口におすわりしている柴犬が私をじっと見つめてくる。その尻尾はパタパタ揺れていた。

 私ってなんか昔から犬に好かれるんだよね。

 …同族意識…じゃない…よね?



「あやめさぁーん」

「! 雅ちゃん?」

「良かったです間に合って。これっお返しです」

「えぇ?! わざわざありがとう!」


 雅ちゃんはホワイトデーの今日届けたかったらしく走ってここに来たそうだ。私は雅ちゃんに友チョコを渡すのが一日遅れたというのになんて健気なんだ。

 手作りのブラウニーらしいが嬉しい。大切に食べよう。

 何だか今日はたくさん貰い物をしている気がする。私の腕にかかっているエコバックはもうパンパンである。


 

「あっく…あやめちゃん! 待って待って!」

「え?」

「良かった! これ、渡せなかったから!」


 花恋ちゃんが走ってこっちにやってくる。その手には可愛い紙袋に入ったなにか。


 ちょっと! ドジっ子なのにそんなに走っちゃ危ないよ!

 花恋ちゃんは期待を裏切らずに一歩手前でつまずいた。 

 そこ何にもないよね!? なんでつまずくの!?

 

 私は両手を広げて彼女を受け止める体勢をとった。


ーードサリ!


「あぶなっ、ちょ、大丈夫!?」

「あ…あっくん…」


 花恋ちゃんを受け止めた私は彼女の無事を確認したのだが、彼女は頬を赤く染めて私を潤んだ瞳で見てきた。ここまで走ってきたからだろうか?


「…花恋ちゃん?」

「はっ! ご、ごめんね! 怪我してない!?」

「今回は大丈夫だけど…渡してなかったってなにを?」


 私が首を傾げて彼女に尋ねると、花恋ちゃんは紙袋を差し出してきた。


「これ! 私から。バレンタインデーに渡せなかったから」

「…え? でも私も何もあげてないよ?」


 バレンタインにあげてないのにホワイトデーに貰うのはよくわからない。

 私はキョトンとして彼女を見たんだけど、彼女は目を輝かせていた。


「いいの! 私の気持ちの問題だから! 美味しく焼けたから食べて? ブラウニーなんだけど!」

「…ブラウニー…?」


 花恋ちゃんの言葉に反応したのは雅ちゃんだった。花恋ちゃんも彼女の存在に気づいたらしく、二人の間に緊張が走った。


「そうだけど? なにか問題でも?」

「…まぁ、私はあやめさんにバレンタインデーの友チョコ貰いましたし? …あなたは貰ってないようだけど」

「なっ!?」

「ちょっと待って。なんで二人共競い合っているの」


 二人が睨み合ってしまったので私は困ってしまった。

 隣では陽子様と間先輩が喧嘩を再開し始めたし正門前はカオス状態である。


 私は途方に暮れた。

 なんでこうなったと。


 生徒たちは喧嘩してる人たちを野次馬してたけどみんな飽きて帰りはじめてるし、私も帰っちゃダメかな…



「…あやめ? …何だこの騒ぎは」

「! 亮介先輩!」

「…すごい荷物だな」

「ちょっとお返しを沢山頂きまして…」


 亮介先輩の登場に私のテンションは上がった。

 先輩は私の手からパンパンのエコバックを持ち上げると「帰るぞ」と言って私の手を引いて歩き出した。

 後ろではまだ喧嘩してる声がしていたが、亮介先輩はノータッチで行くらしい。まぁもうここの生徒じゃないしね。

 しかも生徒会と風紀委員会はあんまり仲良くないからかもしれない。亮介先輩は絶対に間先輩と気が合わなそうだもん。



 私と先輩は最寄り駅に到着すると近くの公園まで足を運んだ。

 学生だからね、そんなにお金ないからこういうデートになるけど先輩と一緒ならどんな場所でも楽しいもんだよ。


 今週末に先輩は一人暮らしの新居に入ると聞いていたので私はその話を振った。


「亮介先輩、引っ越し本当に手伝わなくていいんですか?」

「大丈夫。健一郎が手伝いに来てくれるから」

「えぇ!? 私より大久保先輩が先に先輩の新居に行くんですか!?」

「男手があったほうがいいと思ったんだよ。その代わり、あいつの引っ越しには俺も手伝いに行くし」


 そうは言っても私は大いに不満である。


 お子様扱いされて新居への招待は先延ばしにされているし、私は一体先輩のなんなのだ…


「…先輩、私もお家に行きたいです」

「……お前がお子様卒業したらな」

「お子様お子様って! 私17なんですよ! 大人でもないけど子供でもないです!」


 私はふくれっ面して先輩を軽く睨んだ。

 先輩だってまだ18じゃないか。そんなに変わらないのになんで子供扱いするのか。


 私がむくれたことに亮介先輩はため息を吐く。

 斜め上を見上げてたかと思えば、私に視線を向けた。

 先輩の瞳がなんだかいつもよりも熱がこもっているように見えたのは気のせいだろうか。

 風紀室でお互い告白した時に先輩が見せた瞳の温度に似ていた。



「…俺は男なんだぞ? 二人きりになったら何するかわからない。お前がそれを分かっていないようだったから避けてるんだが」

「………え?」


 私は耳を疑った。

 きっと私の今の顔はポカーンと間抜け顔を晒していることであろう。

 だけどそれほど驚いたのだ。


「…え? ってお前な。手をつないでキスをするだけで終わるとでも思っていたのか?」

「…えぇ!? 先輩、私とそういう事したいと思ってたんですか!? うっそー!」


 先輩の言っていることに合点がいった。

 だけど今は別のことに衝撃を受けていた。

 私には弟がいるし、男の人のそういった事はなんとなく理解していたつもりだったけども、まさか先輩もそういう事を考えるのかとなぜかショックを受けていた。


 私の反応に亮介先輩は引きつった顔をしていた。


「…お前、俺をなんだと思ってるんだ」

「…先輩は真面目だから、きっと結婚するまでそういった事をしないと思っておりました」

「いつの時代の話だ…なわけないだろう」


 ガックリ項垂れた先輩。

 私は先輩に勝手なイメージを作っていたのかもしれない。


「…そうですね、まだ付き合い始めですもん。しばらくは密室に二人きりにならないほうがいいですね」

「…理解してくれたなら幸いだ」

「すいません。先輩はストイックなイメージが強すぎて浮世離れした印象が出来上がってました」

「どこの修行僧だ…俺はお前を傷つけたくはないんだよ」


 気を遣ってくれたのに私ってば勝手にいじけていたのか。こりゃ申し訳ない。

 ムッスリした顔で私を見てくる亮介先輩だったが、何かを思い出したように、肩にかけていた鞄から何かを取り出した。


「そうだ。忘れる前に渡しておく」

「これ…ありがとうございます」


 美味しいと評判の洋菓子店の紙袋。

 私はそれを受け取ると、公園のベンチに座って早速中身を開けた。箱の中では宝石のように綺麗なチョコレートが並んでいた。

 ちょっと迷ったけど勿体無いので一番地味なやつを一つ摘んで口に運ぶ。口の中でナッツの風味がチョコレートと混じって広がった。


「美味しいです」

「それは良かった」


 甘いチョコレートに私の頬は緩んだ。

 だけどそれはチョコレートだけじゃない。


 だって好きな人にもらったチョコレートだから美味しさが増すのは当然でしょ?


 勿体無いから他のは大切に食べようと思って箱を閉じる。

 あ…今、林道さんの気持ちがわかった気がする。



「あやめ」

「はい?」



 …甘いものが苦手だって言っていた癖に亮介先輩は私にキスをくれた。

 口の中のチョコレートがますます甘くなった気がする。


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