修学旅行あるある。だけど睡眠妨害は良くないと思うんだ。

「それでな、爺さんが振り返るとそこには誰にもいなかったらしいんだ…」

「こわーい…」

「もうやめようよ山浦君…皆怖がってるよ〜」


 なんでこの時期に怪談話なのか。

 そのおどろおどろしい声も止めてくれ。それが余計に怖いんだろうよ。

 おい男ども、チャンスとばかりに女子に接近するのはやめろ。


 …あー、だめだ。もう限界…



「………」

「おいあやめ寝るな」


 うつらうつらしていると山ぴょんが頭を突付いてくる。痛いので山ぴょんの脇腹をつねっておいた。


 何故か女子部屋に男子が来ていた。

 修学旅行あるあるだけどさ、不味くない?

 ていうか私寝たいんだけど山ぴょんがその度に起こしてくるもんで私は不機嫌であった。


 可愛いパジャマ姿の女子に男子達の顔がやに下がったのを私は知っている。そして隙あらば接近しようとしているのにも気づいているぞ私は。

 修学旅行後はカップル成立が多いんだよねー。この中から何組カップルが生まれることやら…

 しかし私にとっては他人事である。

 

 もう眠い。ほんとに勘弁してくれ。

 私がもぞもぞ布団に入り込むと「あっコラ寝るなってば!」と山ぴょんが布団を剥ごうとする。


 いきなり部屋に来て「今夜は寝かさないぜ」と不眠キャンペーンを申し出てきたかと思えば、人の布団の上に座ってくる野郎ども。布団が潰れるわ。

 私は自分の布団を死守していたのだが、山ぴょんが隣にやってきて私の布団は下敷きになってしまった。

 勝手にやれと私が一人寝ようとすれば山ぴょんによって布団から引きずり出される始末。


 なんでこんな扱いを受けねばならないのか。

 コイツ明日の新幹線で覚えてろよ。


 布団から出されそうになるのを必死に抵抗して布団にしがみついていると、出入り口付近で外の様子を伺っていた男子が慌てた様子で声をあげた。


「やべっ! 先生が見廻り来るぜ! 早く逃げろ!」

「マジか!」


 バタバタと男子が慌ただしく部屋から出てくる。

 そして私と攻防を繰り広げていた山ぴょんは私を起こそうとしていたがために出遅れた。


「チッ! 俺は隠れるからあやめ寝た振りしてろ!」

「はぁ?」


 ばっさぁと布団をかけられ、山ぴょんがその中に体を隠す。顔だけ布団から出してる私は、ぼうっと天井の電気を眺めていた、

 部屋の女子たちは布団の上に座って息を呑んでいた。私に注目している気がするが、私の眠気は限界に達していた。


 やばい…山ぴょん、人間湯たんぽや…

 筋肉量が多いから体温が高いんか?

 うわぁもうだめ…


「お前らそろそろ寝ろよー…なんだ田端は今日も一番に寝てるのか」


 私は先生が入ってきたと同時にスヤァ…と入眠した。

 寝ていると頬をつねられたり、頬を潰されたりした気がするが私はとにかく眠りたくて、その邪魔な手を振り払い睡眠を優先したのである。





 翌日の帰りの新幹線では山ぴょんは爆睡していた。

 私は仕返しとしてみんなで食べていたお菓子をその口に突っ込んだり、鼻をつまんだりと奴の睡眠妨害をしていたのだが「やめろよ!」とキレ気味に反応してきたので「オメーが私にやった事とおんなじことしてんだよ!!」と逆ギレしておいた。


 腹立つので山ぴょんの寝顔を撮影して拡散しておくことにする。クラスのグループメッセージとか弟とかに。



☆★☆



 修学旅行から帰ってきたらすぐに修学旅行のレポートを纏めるようにと先生に言われ、私は土日をほぼそれに費やした。

 週が明けての月曜日に久々に登校すると学校はやっぱり相変わらず三年生がピリピリしている。


 私は先輩方にお土産を持っていこうかと思ったのだが、三年の教室に行く勇気もないし、あの写真を送ってしまったがために橘先輩に会いにいく勇気もなかった。

 昼休み、橘先輩と大久保先輩とすれ違わないかなと考えながらお土産を持ってウロウロしていたのだが、そういう時に限って会うことがない。




「あやめー!! お前なんてことしてくれてんだ!!」

「…なに? 山ぴょんどうしたの」

「クラスグループの写真! 消せよ!! なんで俺の寝顔写真アップしてんだよ!」


 中庭をうろついていた私に突撃してきた山ぴょんは赤面していた。スマホの画面を見せてきたので私はピンと来たが、私はニヤリと笑う。


「…だが断る!」

「ふざけんな! 消さねーとお前の写真も拡散するぞ!!」

「はぁ!?」


 私の写真!? エセ花魁のヤツは誤送信の分以外は誰にも送っていない。

 修学旅行での自由時間ではコイツと行動していないし、写真を撮られることなんてなかったはずである。


「お前の寝顔だよ!」

「…!? ちょっといつの間に!? すっぴんなんだからやめてよ!」

「大して変わんねーよ!」

「消せー!!」


 何ということだ。考えることは同じだったというのか。

 山ぴょんはニヤニヤして私が口を開けて幸せそうに眠っている写真を眼前に出してきた。

 よりによってこんな! こんな間抜けそうな!


「俺が消したとしても無駄だぜ? 他のやつも撮ってたし。沢渡とか井上達とかも」


 井上というのはユカの名字である。

 達ってことはまだいるのか! ていうか沢渡君!!

 なんで皆して私の寝顔を撮るんだよ!!!

 

 このすっぴん寝顔を拡散されてなるものかと山ぴょんからスマホを奪い取ろうとするが、私よりも30センチ身長が高い山ぴょん。

 私の手が届くはずがない。

 

 ムカつくので山ぴょんの尻を蹴り飛ばしておく。

 腰の位置が高いので蹴る時尻と言うより太ももを蹴っていた。コイツ足が長くてムカつく。


「いってーな!!」

「消してよー!!」

「じゃあ俺の写真も消せ!」

「大体山ぴょんが悪いんじゃん! 私を寝かせてくれないから! もう無理眠いって言ってるのに起こしてさぁ!」

「…何の騒ぎだ」


 ギャンギャンと中庭で喧嘩しているのがうるさかったのか、通りすがりらしい橘先輩が不機嫌そうに声をかけてきた。

 心の準備が出来ていないままの再会で内心ギクッとしたのだが、今の先輩は大層ご機嫌が悪そうだったので私はバツが悪くて目を逸らした。



「先輩! 先輩これ見てやってくださいよ! 間抜けな寝顔」

「…は?」


 山ぴょんは鈍いのか橘先輩の機嫌が悪いことに気づいていないようで、素早く彼に近づくとニヤニヤ顔でスマホに映る写真を先輩に見せびらかした。


 そう、私の寝顔写真すっぴんを。



「…ぎゃぁぁぁぁぁあ!!」

「………」

「寝てる時は可愛いのに起きてると怪獣ですよコイツ」

「やめてぇぇ先輩見ないでぇぇ!!」


 私は慌てて橘先輩の腕を引っ張った。だけど先輩はこちらを見てくれない。

 仕方がないので先輩の視線の先にあるスマホを奪い取ろうとしたけど目ざとい山ぴょんがまた高々と持ち上げよった。

 山ぴょんの体にしがみついて背伸びしてみたがやっぱり無理だった。


「山ぴょんー!? あんた覚えてなさいよー!」

「お~怖い怖い」

「あんたの寝顔写真を隣のクラスにも拡散してやんだから!」

「じゃあ俺もそうしよう」

「やめれー!!」


 私はさっきから変な汗をかいていた。なんてものを先輩に見せるんだコイツ!!

 反省の気配がない山ぴょんの鳩尾でも殴ろうかと拳を握った私だったが「田端」と橘先輩に呼ばれて慌てて手を収めた。


「…ちょっと来い。話がある」

「…はい…」


 先輩は無表情だったけども一目でお怒りだとわかる。どうやら説教コースのようである。

 どうしてこうなった。

 なぜだ。こんなはずではなかったのに。



 トボトボと肩を落として先輩の後を着いていくと山ぴょんが反省してるのかしてないのか、ごめんポーズを取っていたのでキッと睨んだ。するとまた「田端」と先輩に厳し目の声で呼ばれたので慌てて着いていった。



 山ぴょん、後で絶対腹パンするからな…!


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