この人意外とまともなのかも。いや比較対象がひどすぎるだけか。

 センター入試がいよいよ始まった。

 各地で雪の影響が出るのは毎年のことだが、地元のセンター入試では特に大きな問題は起きていないようだ。

 先輩も今頃きっと試験を受けているはずである。



 私はもうすっかり全快したのだが、センター初日の土曜は家でぬくぬく過ごしていた。だからといって何もせずに過ごしている訳ではない。

 休んでいた期間の授業のノートの写メを友人達から貰ったのでそれを元にノートを作り、そして本屋で買った問題集を引っ張り出して問題を解いたりしていた。授業を一日でも受けなかったらついてけなくなりそうで怖い。


 そう言えば高校三年用の参考書もちょいちょい買っていかないといけないな。

 未だ進路を迷っているが、私は塾に通っているわけではないのでどっちの道も選べるように勉強はしておくに越したことはないと思う。

 …この四日ずっと家で引きこもっていたし、明日ショッピングモールにも行って本屋で見てみようかな。




☆★☆




 暖かい格好して行きなさい! と母に言われて私は毛糸の帽子にダウンジャケットの下にはサーモンピンクのセーター、デニムジーンズをブーツインというあったかファッションだ。念の為マスクもしている。

 しかも強引にお腹にホッカイロ貼られてむしろ暑い…

 

 日曜昼過ぎのショッピングモールは人で溢れかえっている。来たことをすぐに後悔したが、このまま手ぶらで帰るのも癪なので当初の予定通り本屋へと向かった。


 モール内はあんなに人で溢れているというのに参考書、学芸書周りは閑散としている。まぁこの方が選びやすいから良いんだけどね。


 私は本棚を眺めながら移動していた。

 いつもなんでか同じ出版社の選んじゃうんだよね。 

 …なんだけど…その出版社の高三の参考書が一番高い棚に配置されていた。脚立を借りれば良いのだけど、背伸びすれば届く気がして私はつま先立ちした。


「ふぉっ……ふぬっ」


 あともうちょっと!

 中指はつくんだ。だからもうちょっと…



 横着をして背伸びで参考書を取ろうとする私の後ろから手が伸びてきて、目的の参考書が何者かに奪われた。


「!? 私のっ」

「…君は一体何をしてるんだ。脚立を使いなさい」

「…橘さん!? 何故ここに!」


 相変わらず冷たそうな目をした橘兄は呆れた顔で私を見下ろしていた。彼の手には私が取ろうとしていた参考書が握られており、私は目を白黒させる。

 その参考書、大学生に必要か??


「それはこちらのセリフだ。 変な呻き声が聞こえると思えば…ほらこれでいいか?」

「あ、そのついでに物理と化学と英語と…」


 私はついでにお目当ての物全て橘兄に取ってもらうことにした。

 橘兄はとっても面倒臭そうに顔を顰めていたが、ブツブツ文句を言いながら全部取ってくれた。


「ありがとうございます」

「全く…来年度の対策か?」

「そうです。それじゃ失礼します」

「ちょっと待った。そこの参考書を使うならここの方がわかりやすいと思うんだが」

「えー?」


 でた、橘兄のこだわり。

 なんか色々本棚から抜き取って私の腕に乗っけてくるけど、全部は買えないから。重いし。

 私のなにか言いたげな顔に気づいたのかその内の一冊を開いて説明しだした。


「ここは解説が詳しいんだ。引っかかった所を事細かに復習できるし」

「私、解説より問題数が多いほうがいいです」

「俺が使って納得したんだから間違いない」

「だから、私は」

 

 橘兄と買う買わない攻防をしていた私だったが、あまりにもうるさいので苦手教科の分を一冊だけ購入することで手を打った。

 さっさとレジに行きたいのに橘兄はまだ私にまだなにか言いたいことがあるようで並列して歩いてくる。いやただ単に会計するものが決まってるからレジに行くだけかもしれないが、一緒に行く必要はあるのだろうか。


「風邪でも引いているのか?」

「まぁ…もう治りましたけどね。念の為です」

「…あいつも高校受験の時に風邪引いてたな確か」

「…先輩がですか?」

「それで本命校に落ちたんだ。今回は大丈夫そうだったがな。…もうそろそろセンター試験も終わった頃だろう」


 油断して落ちたってそういうことか。

 ゲームでは語られなかったけどなるほどね。

 レジで参考書の会計を終えて、紙袋を受け取るとのその重さに私は顔をしかめた。



 用は済んだし、洋服でも見てから帰ろうかなと先にスタスタ歩いていたのだが「あれー? アヤメちゃーん?」と声を掛けられた。

 その声に聞き覚えがあった私は渋い顔で振り返るとそこには腕に女をぶら下げた久松翔の姿。


 思ったんだけど私今日マスクしてるのに橘兄も久松の野郎もよく私だと気づくな。


「アヤメちゃん最近学校で見ないけどどうしたの?」

「…風邪引いて休んでたから」

「そっかぁ〜、そうだ今から暇? 良かったらお茶でもしない?」 

「ちょっと翔!?」

「行かない。私忙しいから」


 私は即拒否の意を示した。

 だがそこは空気読まない久松。女の子をくっつけたまんま私に近付くと私の手にある本屋の紙袋に手を伸ばす。

 私は反応が遅れてしまい、紙袋は久松に奪われてしまった。


「なにこれ重っ」

「ちょっと! 返して!」

「参考書? アヤメちゃん真面目すぎでしょー。んー。お茶付き合ってくれたら返してあげる」

「はぁっ?!」


 何だこいつ!

 私は取り返そうとするが、奴はヒョイヒョイ避けて返す素振りもない。私の手の届かない場所まで持ち上げてやがる。


 だけどこいつと茶をしばくなんてまっぴら御免だ。


 久松はニヤニヤとして私を見下ろしてくる。

 このおキレイな顔面に拳でもめり込ませてやろうかと自分の右手を握りしめたのだが、それをする前に久松の手から別の人物が本を抜き取った。



「…小学生か。病み上がりの人間相手にすることじゃないだろう」

「…だれ? …なんか見たことあるような」

「橘先輩のお兄さんだよ」

「ゲッ!? 俺あいつ苦手ー。風紀にうるさいもーん」

「あんたがチャラチャラしてるからでしょうか」

「えーそれアヤメちゃんが言っちゃうー?」


 久松の反論に私は斜め45度を見上げて聞こえないふりをした。

 橘兄が久松から本を取り返して、私に返してくれたので私は頭を下げてお礼を言った。


「ほら」

「ありがとうございます。助かりました」

「なんでアヤメちゃんとあいつの兄貴が一緒にいるの?」

「本屋で会ったんだよ。ていうか地元なんだし誰かしらに会うでしょ」


 お前とも会ってしまったしな。

 私はイライラして奴を睨んだが、久松は「何アヤメちゃん怖いこわ~い」と笑っている。

 腹立つなこいつ。


「明日は学校来るの? アヤメちゃん」

「行くけど何か?」

「そっかぁ…ねぇ、もしもまた風邪引いたら俺に声かけてよ。治してあげる」

「は? 何言ってんの?」


 医者でもないのに治すって…体に効きそうなものでもくれるというのか。

 私が訝しげに見てるのに気づいたのか久松は気障ったらしく片目を閉じた。

 うわぁ…その仕草する人いるんだ。なまじ美形だから似合ってるのがムカつく。


 この時点で私はドン引きしていた。

 だが、次の発言で更に引く事に。


「ほらよく言うでしょ? 人にうつしたら治るって」

「…はぁ?」

「俺、テクに自信あるんだけどどう?」

「…………」


 私は無言でズザーッと後ずさりした。

 自分の顔がすごい歪んでいるのがわかる。


 軽蔑の眼差しで久松を見たが、やっぱり奴は分かっていない。ニコニコしてこっちを見ている。


「アヤメちゃんって見た目派手なのにウブだよね〜。俺そういう女の子スキだなー」


 奴がふざけたことを抜かしていたので私は鳥肌が立った気がして自分の腕をさすっていた。

 アイツの発言は悪気が一片たりともない。だから余計にタチが悪い。


 そんな私を哀れんだのか、橘兄が背中に隠して壁になってくれたので、久松が視界から遮断された。

 

「…亮介の学校は公立でも進学校だと記憶していたが…なんだあれは」

「…お恥ずかしながら我が校の生徒副会長です」

「は!? あれがか!?」


 わぁ橘兄がびっくりしてる。

 この人いつもムッスリしてる気がしたけど結構表情豊かなのかもしれない。

 

 うん。橘兄、私も同意見だよ。

 なんでアイツが生徒副会長なんだろう。


「任命制なんで生徒の意思無視なんですよね」

「…君の学校は大丈夫か」

「…一応、生徒会長がまともなんですよ今期」


 橘兄とそんなひそひそ話をしているなんて気づいていない久松は連れの女の子に何やらなじられているようである。



 ーーーバシッ


「ふざけんな! 馬鹿にしてんじゃないよ!」


 ショッピングモールの中心で久松は女の子にビンタを食らっていた。

 まーた殴られてら。

 

 女の子はぷりぷり怒りながら立ち去っていった。

 私は呆れた目で、叩かれた頬を擦っている久松を眺める。

 こいつ何度叩かれたら改心すんのかね。


「痛いよ〜アヤメちゃん慰めてぇ」

「こっち来るな。ていうかあんたヒロ、本橋さんはどうしたのよ。好きとか抜かしてたくせに」

「花恋? 勿論好きだよ〜? でーもー…花恋は遊んでもらう相手じゃないというか」

「本当にあんたサイテーだな」


 …他の女の子だって遊んで良いわけじゃないんだけど。

 だめだ。こいつと喋ってたら気力が失われていくし、時間の無駄だ。


「…橘さん、時間の無駄だからもう行きましょう」

「…同意だ」


 私と橘兄は珍しく意見の一致が合って二人一斉に踵を返して歩き出した。


 後ろから久松が「あれっアヤメちゃーん!?」と騒いでるが無視だ無視。


「いつでもお相手するから声かけてね〜!」



 私は平坦な床でつまずいた。

 風邪は治ったはずなのにまた寒気がする。


 なんて日だ。



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