基本的に真面目でぶっきらぼう。そんな人が見せる優しさにコロッと行く人は多いと思う。

 キーンコーンカーンコーン…


 五時間目の予鈴が鳴る中で私は北校舎の屋上の隅っこで膝を抱えて一人泣いていた。


「ふぐっ、うう゛〜!」


 私は可愛くない泣き声を出していた。誰も居ないし、見世物じゃないからいいだろう。

 しゃっくりも出始めてヒグッヒグッと嗚咽を漏らしながら泣いているので息も苦しくなってきた。


 もう目元のメイクはドロドロに落ちたことだろう。メイク道具は教室だしどうしようか。

 でも今はまだ泣いていたい。泣いたらスッキリするから。そしたらいつもの自分に戻れるから。




ーーーピトッ


「ひっ!?」

「よお田端姉。サボりか?」

「はっ!? 大久保先輩!? 何してんすか!?」

「俺のクラスは自習なんだ。それ飲んで良いぞ」


 私の首に引っ付けてきたのは冷えたスポーツドリンク。12月なのに冷えたものを差し出すって何考えてるんだろうかこの人。

 でも貰ったものはありがたく貰うことにする。



「…泣くから女は苦手なんじゃないですか…?」

「あ? あれは注意したら泣くからって意味だよ。髪やら化粧の事注意したらまぁ女ってのは騒ぐわ終いには泣くわで…ってなに言わすんだよ」

「…なるほど…」


 ポケットに入ってたハンカチで目元を拭う私。

 しかし何故、大久保先輩はこの屋上にいるんだろうか。結局私と同じサボりじゃないか。


「…受験があるから勉強しないといけないんじゃないですか」

「一時間勉強しないくらいで落ちる程アホじゃねーよ。息抜きだ息抜き」

「ふふ…そうですか」

「それに泣いてる女一人にする趣味はねーんだよ」

「………」


 私はポカンと大久保先輩を見上げた。

 その視線を受けて彼は訝しげにしていたので今すごい発言をした意識がないらしい。


(イケメンなこと言いやがって…)


 いつの間にか私の涙は引っ込んでいた。


 …もしかして私が泣いてここに来るのを見かけてわざわざスポーツドリンクを買って登ってきたのだろうか。




 乙女ゲームでの攻略対象としては厳つい大久保先輩だが、そういうぶっきらぼうだけど優しいところが好き! というプレイヤーが多かった気がする。

 ライバルキャラはいないので攻略しやすそうに見えて…そうでもなかった。


 彼にはトラウマがあった。

 一年生で風紀委員になって間もない頃、校内で暴行事件が起きた。被害者は同じ一年の女子生徒。

 身も心もずたずたに傷つけられた彼女は心を病んだ。大久保先輩は自分がもっと早く駆けつけていればと後悔していた。

 なんとか彼女の心が癒やされたらと思い、怖がらせない程度にお見舞いをしたり、学校の授業のノートを届けたりしていたのだが彼女が元気になることはなく、とうとう自殺未遂を起こした。

 

 学校の生徒や学校のことを思い出すと情緒不安定に陥るなら、何処か離れた場所に引っ越そうと彼女の家族が判断し、そのまま彼女は学校を退学していった。


 それを気に病んだ大久保先輩は段々と柔道と風紀委員の仕事にのめり込むように。

 そして避けるようにして女性とは関わることがなくなったので、彼のトラウマ克服以前にヒロインの相手をしてくれるようになるまでかなり大変。

 

 真面目なんだよなぁ。 

 この人もいい加減に振る舞ってることがあるけど根が真面目。橘先輩の友人らしい人だと思う。

 二人が一緒にいる所よく見るし気が合うんだろう。



 涙を流しすぎて水分が欲しくなった私はペットボトルの蓋を開けてスポーツドリンクを飲んだ。

 あぁ…染み込む…


 大久保先輩すまん。あたたかいコーヒーとかよりスポーツドリンクのほうが今の私には必要だった。

 空気読めねぇなとか思ってごめんなさい。



「…なんだ。素朴で可愛いじゃねぇか」

「え? 」

「ブスじゃねぇから気にすんな」


 …それは慰めているのだろうか。

 でも素朴ってことは結局地味って意味だよね。

 なんだろう喜べば良いのか…やっぱりね…と凹めばいいのか…



「あーやっぱり女ってのはめんどくせぇな」

「…それは同感です」

「お前も女だろ」


 

 私は五時間目の時間、大久保先輩と屋上で過ごしていた。

 暇つぶしにしていた会話の中で私が知らない橘先輩の話を聞かされてちょっと齧り付いてしまったが、大久保先輩はもしかして私の気持ちを気づいて話しているんじゃないだろうか…


 林道さんもそうだったけど、私はそんなにわかりやすいのか?



 五時間目が終わる前に、私は保健室に移動してアイスノンを借りると腫れぼったい目元を冷やしていた。

 保健室に来た私の顔を見た眞田先生は目を丸くしてたが、何かを察したのか何も聞かずにそっとしておいてくれた。


 この泣きはらした顔で教室に戻るのは嫌だったので、私はリンに連絡して私の荷物を持ってきてもらい、早退することにした。

 私の顔を見るなりリンはぎょっとしていた。

 理由を話さないのもアレなので簡単に何があったのか話すと彼女は真顔になっていた。


「ユカには言わないでくれる? ユカ短気なところがあるから…」

「…うん。アヤ、気をつけて帰ってね」





 私が帰宅した後、何があったのかはわからないけど、翌日学校に行くとあの三人組は私を避けるようになった。ついでに山ぴょんも土下座する勢いで私に謝罪してきたので、私は引き気味に謝罪受け入れたのだ。

 気が楽にはなったけど、一体どうしたんだろうか。




「本橋さん」

「あ、田端さん」

「昨日はごめんね。それとありがとう」


 私がヒロインちゃんにそう声を掛けると彼女は驚いた様子だったが、すぐに優しく微笑んだ。


「気にしてないよ! 田端さん今日もカッコいいね! 金髪もいいけどその髪の色も大人っぽくていいと思う!」

「あ…ありがと…」

 

 やっぱりヒロインちゃんはいい子だ。

 私は最初から敵わないと思っていたが、やっぱりヒロインちゃんはヒロインだ。

 それほど魅力的で、攻略対象が振り返るのも理解できると思った。



 でも、もしも橘先輩と彼女が結ばれたら私は笑って祝福できるのだろうか?




☆★☆



「お。田端姉も移動教室だったのか?」

「音楽の授業でした。あ、そうだ昨日はありがとうございました」


 四時間目は音楽だった私は移動教室の帰りに体育終わりらしいジャージ姿の大久保先輩と遭遇して少し会話した。


「また化粧戻したのか。すっぴんでも全然イケると思うんだけどな」

「これは私の鎧なんで止めません。大久保先輩も風紀委員引退したんですから違反には目ぇつぶってくださいよ」

「すっぴんでもそんな変わんねぇだろ」

「何言ってるんですか! 変わりますよ!!」


 この人は複雑な乙女心を少し学ぶべきだ!

 私は目元がどうの口紅がどうのと男相手に熱弁していたのだが、そこに同じく体育だったらしい橘先輩が近づいてきた。

 うわぁ、めっちゃ疑問そうな顔してる。

 彼は私と大久保先輩を見比べて驚いていた。


「……健一郎と田端…そんなに仲良かったか?」

「あー違う違う昨日こいつが泣「ぅあーーーーっ!!」…っなんだようるせぇな」

「恥ずかしいこと言わないでください!」



 私は赤面していた。

 そういえばそうだ。私昨日ブッサイクな泣き顔を大久保先輩に見られたんだ!

 大久保先輩に口止めするのを忘れていたので、彼の腕を引っ張って橘先輩から距離を作ると私は小さな声で大久保先輩に口止めした。


「言わないでくださいよ! あの事は!」

「別に恥ずかしがることじゃねぇだろ。女なんだから」

「そういう問題じゃなくて! いいですね!? 私と大久保先輩の間の秘密です!」


 最後らへんは少々声が大きくなってしまったが内容に触れてないのでまぁいいだろう。

 大久保先輩は私の口止めに面倒臭そうな顔をしていたがおざなりにハイハイと返事していた。

 …やばい不安だ。



「…秘密?」

「うわぁ!? ちょっと! 堂々と盗み聞きしないでくださいよ橘先輩!」


 また気配消して!! 心臓に悪いから!

 びっくりしすぎて私の心臓がドッドッと強く鼓動したのが分かった。


「…そんなに俺には言いたくないのか」

「別に大したことじゃないですもん! 気にしないでくださいよ」

「大したことじゃないなら話せるだろう」


 私は疑いの目を向けられ、橘先輩から尋問を受ける羽目になった。

 誤魔化しても宥めすかしても橘先輩は見逃してくれなかった。お腹空いた…


 尋問に耐えきれずに「二人して昨日の五時間目をサボった」と自供すると大久保先輩が「おい!」とこっちに非難の目を向けてきたが、道連れだ。巻き込まれてもらおう。


「…お前達…」


 あ。橘先輩の眉がヒクリと動いた。

 先輩、おこなの?


 私達二人は揃って橘先輩に説教を受けることになったのである。




「全く…以後そのような事をするんじゃないぞ」

「すいません…」

「しかし…恥ずかしい事とはなんだ?」

「それでは失礼します!」

「おい田端!」


 説教が終わったと思えば、また尋問を受けそうになった私はその場から早歩きで逃走したのであった。

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