本音だけどちょっと待った。墓穴掘った。
和真が診察を受けている間に警察から連絡を受けた母が慌てた様子で病院に駆けつけてきた。
私の頬を見て青ざめ、付き添っていた警察の人から事情を聞いて顔の色が白くなっていた。
診察室から出てきた和真を見るなり、母は和真をギュウッと抱きしめて泣いていた。
ポイントは母が和真を抱きしめていること。和真は今では自分よりも小さな母に小さな頃のように抱きしめられて珍しく情けない顔をして困っている様子だったが私はそれを静かに眺めていた。
暴行を受けて満身創痍の和真だったが、そのまま事情聴取を受けていた。関係者全員の証言を聞いて裏付けをとる必要があるみたいだ。
私は診察を待っている間に警察の人に事細かに質問されていたので、迎えに来た父と一足先に家へと帰る。
帰り道で何があったのかを大まかに父に説明したが、父が私を叱ることはなかった。
だけど窘められた。
「あやめ、風紀の人にはもちろんだけど、その先輩に感謝するんだぞ。怒ってくれるのはあやめが心配だからなんだから」
「うん」
「だけど最近のお前は少々お転婆が過ぎるな? 和真が心配なのはわかるけど、1人で救出しようとするのは賢くない判断だよ」
「…反省してます」
本当に私はどうかしていた。
橘先輩は冷静に言い聞かせてくれたのに私は八つ当たり気味に反抗して彼を怒らせてしまった。
私はがっくり項垂れる。
父はそんな私を見て苦笑いをする。
「頬、痕が残るような怪我じゃなくて良かったな」
「…うん…あ。父さん、あそこ寄ってもいい?」
「? 別にいいけど」
私は帰り道の途中のとある店を指さして父に寄り道していいか確認した。
家へ帰ると友人らからメッセージと着信の嵐のスマホを見て私はまた項垂れる。
そりゃ心配させるよねぇ。あんな飛び出し方しちゃったんだもの。本当に申し訳ないわ。
私は一人一人メッセージを打って返す。
一通りメッセージを返すと、私はひと息吐いた。
橘先輩からも連絡が来ており、返信に一番時間がかかったものの、当たり障りのない返事を返しておいた。なんと言えば相手の気に障らない言葉になるかわからなくなって何度も打ったり消したりしていた。
多分和真は明日学校には行ける体調ではないだろうから一足先に私が救出に協力してくれた風紀の面々にお礼とお詫びをしてまわろうと思う。
私は弱めの鎮痛剤と頬用の湿布を処方してもらったのでいつもどおりに学校に行くつもりだ。
そうと決まれば早速準備をしようと自分の部屋から台所へと向かったのである。
☆★☆
翌朝。私は朝イチで学校に到着するなり風紀室に訪れた。
早い時間帯なので誰かいるかな? と不安にはなったのだが、声掛けをしたら応答があり、扉を開けてみれば中には三人の風紀委員がいた。ちなみに同学年と一年生の男子ばかり。
ホント風紀ってオーディションでもしたの? ってくらい強そうな人ばっかだな。いや心強いんだけど。
彼らは私を見てすぐに昨日のことを思い出したらしい。腰を浮かせてすぐに「何かあったのか?」と尋ねてくる。
私はそれに首を横に振ると彼らに向かって深々と頭を下げた。
「弟のために本当にありがとう」
「あっ…いや、職務を全うしたまでだから」
「ううん。それでも本当にありがとう。今日は弟は大事を取って休ませているけど今度改めて挨拶に来させるから」
「あぁ…まぁ、お大事にと伝えておいて」
「うん。あ、これ良かったら皆さんで召し上がってください」
私は昨晩作った焼き菓子を一個一個包装したものを入れた袋を差し出す。それと有名なせんべい屋さんの菓子折りも。
「えっ? いや、そこまでせずとも」
「親に味見してもらったから多分大丈夫だと思う。良いから受け取って? ささやかだけどお詫びだから」
ずっと差し出す姿勢を続けていると、その中のひとりが恐る恐るそれを受け取った。
「できたら昨日協力してくれた人にお詫び行脚したいんだけどクラスも名前も覚えてなくってさ。悪いんだけど教えてくれないかな?」
「いやいや! 俺らから言っておくから! 田端は被害者なんだしお詫びとかそんな考えなくても良いからさ」
「うーん…でも」
それじゃ気が収まらなかったのだけど、いいからいいから! と止められてしまった。
「何してんだお前ら」
「あっ、委員長! 委員長からもなんか言ってくださいよ。田端が全員に謝罪したいと言ってるんですよ」
「委員長は柿山お前だろ。よぉ田端姉。早いな」
「あ、大久保先輩。大事な時期にご迷惑おかけして申し訳ありませんでした!」
大久保先輩の姿を見るなり私は最敬礼をして謝罪した。
大久保先輩がどんな顔をしているかわからないが、私は声をかけられるまで頭を上げないつもりだ。
「…それは何に対しての謝罪だ?」
「えっ…それは、受験の時期に個人の問題に巻き込んでしまって…」
「ダメだな。それじゃ」
「えっ!?」
まさかのダメ出しを食らってしまった。
バッと頭を上げて大久保先輩を見上げると、彼は腕を組んでこちらを無表情で見つめてくる。
「亮介がお前を怒ったのはお前が無謀なことをしようとしていたからだ。それはわかってるか?」
「…はい」
「お前はただありがとうと言えばいい。それと今後こんな状況の時に1人で突っ走らないこと。文化祭のときもそうだったが…お前が突っ走ることで、余計状況が悪化することもあるんだから」
「すいません…」
「亮介がすごい心配してたぞ。それと気にしていた」
「え?」
「アイツも真面目すぎなんだよな…」
大久保先輩は遠くを見てハァ…と呆れたようにため息を吐く。私はなんの話をしているのだろうかを首を傾げていたが、新風紀委員長がボソリと「いや、大久保先輩が適当なだけだと思います」と突っ込んでいた。
そういや攻略対象・大久保健一郎は武闘系の風紀委員長で橘先輩と同様で風紀にうるさいんだけどどこかアバウトな性格なんだよね。
例えば面倒くさい仕事は部下に振ったりするところとか。言い方を変えると人の使い方が上手い。
柔道部のホープだった彼のその緩急つけた性格を見て前々風紀委員長が任命したんだっけ。
見た目は硬派な番長ぽいのに。
しかしこの人ブレザー似合わないな。
「田端姉、お前今失礼なこと考えたろ」
「あ、いえ。学ランが似合いそうだなと…」
「ほんとかー?」
この人鋭いな。下手なこと考えられない。
そういえば私はずっと気になっていることがあった。
「大久保先輩、質問していいですか?」
「ん? 言ってみろ」
「大久保先輩って校則違反者選んで注意してませんでしたか? なんで男ばかりなんですか?」
「あー…」
「久松は追い回してるけど私のことは注意しないしなんでかなと思って」
「お前は亮介が再三注意しても直すことなかっただろ。俺が言った所で直る訳がない」
「…ほんとにそう思ってるんですか?」
私は疑惑の視線を向けた。すると大久保先輩は徐々に私から視線をそらしていく。
あ、嘘だな。
私達の会話を見ていた新風紀委員長が苦笑いしてネタばらしした。
「大久保先輩は女性が苦手なんだよ」
「違う! アイツらすぐに泣くし、やかましいから面倒くさいんだよ!」
「…あははっ」
「おい田端姉、何笑ってんだ!」
まさかの女性が苦手と来た。
こんな厳ついくせに、弱点が女性。
理由が泣くからって…。
私は急に大久保先輩が可愛く見えてきて笑いをこらえきれなかった。
「すいません…フハッ、そんな可愛い理由とは思わずに」
「誰にも言うなよ! …ん? 何だ亮介お前も来てたのか」
「!」
大久保先輩の言葉に私はバッと振り返る。
私が勢いよく振り返ったのに驚いた様子の橘先輩であったが、 私の顔を見てまた暗い表情をした。
やっぱり怪我のこと気にしてるのか。
私は先輩のそんな様子に構わずに頭を下げた。
「橘先輩! 昨日はすいませんでした! それと助けてくれてありがとうございます! 受験の忙しい時期に迷惑かけてごめんなさい!」
「…怪我はどうなんだ?」
「はい。痕も残らないそうです。本当に、本当にいつもありがとうございます」
「……田端」
「はい!」
名前を呼ばれたので私は顔を上げて橘先輩に目を向けた。
すると彼は気まずそうな顔をして、言うか言うまいか迷う素振りを見せたが、沈んだ顔をして口を開いた。
「…昨日は、俺も言い過ぎた。怖がらせてすまん」
「え? …いや! あれは私が悪いんですもん! 先輩は私の為を思って言ってくれたのに私は焦るあまりに八つ当たりをしてしまいました! 私の方こそすみませんでした」
「いや、そうなるのは当然だ。俺もお前の気持ちを考えずに話を進めていたから」
なんでか橘先輩に謝られた。解せぬ。
確かに怖かったけど、あれは仕方のないことだ。だいたい男の人の怒鳴り声は怖いものなんだから。
「先輩、私は大丈夫ですよ。和真を助けてくれて本当に感謝してるんです」
「…だが」
「なんでそんなに落ち込んでるんですか! 私が昨日一人で行ってたらこの怪我以上の被害を受けていたんですから、橘先輩の叱責は正しかったんですよ」
「……!」
タカギは仲間たちに私を乱暴させるつもりでおびき寄せたみたいだし。あの時怒鳴ってでも止めてくれなければ私はきっと…
何故か私が言った言葉に橘先輩はこわばった表情をしていた。
そんな顔してどうしたんだろう。先輩のおかげでなんともなかったんだから、安心してほしいのに。
「…先輩?」
「…田端、頼むから今度からなにかあったら行動に移す前に俺に言ってくれ」
「え? でも先輩は」
「頼むから。…それとも…俺が怖いか?」
「はぁ!? 怖いとかじゃなくてですね、先輩風紀委員引退したし、受験生じゃないですか! 頼るなんてできませんて」
「……俺は頼りにならないか?」
ショボーンと効果音がするくらい橘先輩は凹みだした。
何!? 今のやり取りに凹む要素あった?
頼りにならないなら文化祭の時助け求めたりしないし!
私はそんなしょぼくれた橘先輩を見ていられなくてなんとか誤解を解こうとした。
「私は橘先輩が好きですよ!」
「………え?」
「校則守らない問題児まで面倒見てくれる優しい橘先輩が好きです! いつもいつも迷惑かけて申し訳ないと思ってるんですよ。頼りに思ってます。だけど先輩には無事志望校に受かってほしいから、私は先輩を頼る訳にはいかないんです!」
よし! これいいんじゃない? 本音だしね!
私は言ってやったぜ! という謎の達成感に満足していたのだが、目の前の橘先輩が唖然としているのを見て不思議に思う。
どうしたんだろう。言葉がまだまだ足りなかったのかな?
「……度胸ある奴だとは思ってたけど、他にも人がいる場所で告白とは中々やるな。田端姉」
静観していた大久保先輩のセリフに私はポカンとした。
…告白??
………あ゛っ!
私はうっかり本音ついでに爆弾投下してしまった。カッと頬に熱が集まるのがわかった。
「ちがっ! いやちがくないけど! あの、あの先輩として! 別に変な意味じゃないですから! 下心なんてないですから! 尊敬の意味です!!」
私はそう叫んでその場から逃走した。
風紀委員が複数いる前で堂々と廊下を走ってしまったが、私はそれどころじゃなかった。
(モブのくせに私は何やってんだ!!)
穴があれば入りたい。そんな心境になったのは生まれて初めてであった。
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