私は大人しい女ではない。私はゲームのあやめではないから。
色々あって心は大荒れだったけど私はなんとかテストを乗り切った。うん、程々にできた気がする。
…昨晩遅くまで勉強していたから眠い…
一番後ろの席の人が解答用紙を回収していくと私は机に倒れ込んだ。
今日は速攻帰って即寝る。
「アヤ、帰りどっか行かない?」
「…ごめん、私燃え尽きたから…」
「あらま。ユカはどう?」
「あたし行くー! アヤも行こうよ。遊びに行けば元気でるって!」
「ん゛ー…」
リンが遊びに誘うのは珍しい。
彼氏至上主義なので友人は二の次というのに。
あぁ勘違いしないでほしいが別にそれを責めているわけじゃない。恋人が大事なのは当然のことだからね。
私は唸りながらどうしようかなと考えていた。
行きたいのは行きたいけど…いかんせん眠い。
「あやめちゃん!」
ユカに取られた腕をブンブン振られていた私は教室の出入り口から元気な声で呼ばれ、ぼうっとする首をそちらの方向に動かす。
「あやめちゃん! 一緒に帰ろ!」
「…林道さん…」
「わぁ、あやめちゃんクマできてるよ? 大丈夫?」
彼女はそう言って教室に入ってきた。
土曜日に真っ向からぶつかった私と彼女であるが、今になっても以前と変わらぬ態度であった。本人は私とも仲良くしたいのと言っているが本当のことはわからない。
ちなみに土曜、沢渡君と橘先輩双方から連絡が来てたが「友達と喧嘩したけどあの後二人で話し合って仲直りしたから大丈夫。心配かけてごめんなさい」と返事をしておいたので不審に思われていないはずである。
真っ赤なウソだけども。
「林道っちも一緒に来る? 皆で遊びに行こうって話してたんだ」
「えー? どこいくの?」
ユカの中では私はもう行くことになっているらしい。もういいや。と私は帰り支度を始めた。
その辺でコーヒーでも飲んで目を覚ますしかないかなと思いながら席を立ったその時、廊下をバタバタ走る音がして教室にいた全員が何事? と廊下に注目した。廊下を走るのは厳禁。風紀に見つかれば叱責物なのに。
その音を発生させていた主はA組に駆け込んでくるなり、ぐるりと見渡して誰かを探していた。
それにはみんなも訝しげな顔をしている。
彼は私を目に映すなり、「お姉さん! 和真のお姉さん! 大変だ和真が!」と叫んだ。
私はその必死な形相にただ事ではないと感じて彼…赤いネクタイを付けた一年生のもとに近づいた。
「なに? 和真がどうしたの?」
「和真が! ゲホッ、連れてかれた! 車が、」
「え、待って、なに? どういう事」
訳が分からなくて私は一年男子を落ち着かせようとしたが、彼も混乱してるのか話がまとまらない。
「あれ二年だった奴だよ! 和真が前つるんでた奴!」
「え?」
「あいつが言ってたんだ。お姉さん1人で南町の駅裏通りのゲームセンターまで来るようにって! じゃないと和真は返さないって」
「………」
無意識に私は持っていた鞄の持ち手をギュウと握りしめていた。
和真がつるんでいた二年でそんな事をするのは限られる。…先日処分が下った内の誰か。
…アイツか!
私は下唇を噛みしめると無言で教室を飛び出した。
「あやめちゃん!?」
林道さんの声が耳に届いたが、私は走ってはいけないと言われている廊下を駆けていき、階段を急いで降りていた。
もう周りは見えていなかった。
和真がどんな目に合うかは想像できる。きっと逆恨みをされたのだ。
私はとにかく急いでいた。
だから橘先輩や元風紀委員長とすれ違ったことに全く気づかないで下駄箱に飛び込む。
「あっ、橘先輩! あやめちゃんを止めて! あやめちゃん1人で和真君を助けに行くつもりなの!」
上靴を脱ぎ捨てるようにして乱暴に靴箱に押し込むと、ローファーを履いて駆け出そうとした。
ーーグイッ
「…どういうことだ?」
「!」
だが、それは橘先輩に腕を掴まれたことで阻止されてしまう。
こんな時に限って!
林道さんは和真が傷ついてもいいとでも言うのか。余計なことを!!
私は焦りもあって橘先輩の手を振り払おうと腕を大きく振ったが、彼の手が離れることがなかった。
私は拘束されたままジタバタ暴れた。
「離してください! 私は行かなきゃならないんです!」
「田端、まずは落ち着け。何があった」
「和真が! 高木に捕まったんです! 私は助けに行かないといけないんです!」
「高木? …アイツは退学になったはずじゃないのか?」
元風紀委員長が訝しげに言って来る。
こっちだってわからないけど、タカギしか思い浮かばないんだよ!
「もういいでしょ!? 和真が、」
「お前一人で行って何になる。とにかく風紀が動くから」
「私一人で来いって言われたんですよ! 私一人で行きます!」
どこまでも冷静な橘先輩に私は苛ついた。完全に八つ当たりとわかっていたが、それほど私は焦っていた。
後々思えば、私は睡眠不足で少々頭が回らなかったのだろうがそんなの後の祭りだ。
自分一人で行った所で何もできないのは分かりきっているのにその時は私1人で助ける気でいたのだ。
私は暴れに暴れたが、彼は動じることもなく。
橘先輩が私を離すことはなかった。その間にも元風紀委員長が何処かへと連絡をとっている。
この時間にも和真はひどい目にあっているかもしれない。和真は喧嘩をまともにできないのだ。武道なんて授業でかじる程度しか習ってないし、帰宅部だし。
グレたこともあるけど、人を殴ることはできない優しい子なのだ。
私は叫んだ。
「橘先輩っ! 行かせてください!」
「田端、大丈夫だから落ち着け」
「私は和真の姉なんです、私は和真を守る義務があるんです! 橘先輩は他人だからそんな落ち着いていられるんでしょうけど私にとってはたった一人の弟なんですよ! 落ち着けられるわけがない!」
「いい加減にしろっ田端!」
「!?」
橘先輩が怒鳴った。
私に対して初めて怒りの表情を見せた橘先輩。私はそれに圧されて先程までの勢いをなくした。私は彼の怒声にビクッとして怯えた顔で橘先輩を見上げていたのだ。
橘先輩は私のその様子を見てハッとすると苦虫を噛み潰したような顔をして気まずそうに目を逸らした。
「…とにかく、俺達も全力を尽くす。お前は風紀室で待っていろ」
私を拘束していた手がゆっくり離れていく。
橘先輩が背を向けて立ち去っていこうとしている。
ダメだ。
このままじゃいけないと思った私は声を上げた。
「ならっ! 私を囮にしてください!」
「は!? お前は一体何を言っているんだ!」
私の提案に橘先輩はバッと振り返って驚愕の顔をしていた。
だが私は怯む訳にはいかない。他人任せにして待っているなんてとてもじゃないが無理だ。
「だめだ!」
「なら着いていきます! 私も助けに行きます!」
「田端!」
何が何でも私に何もさせる気がないらしい橘先輩と私は睨み合う。そんなに凄んだって私は引いてやるものか!
「…いいんじゃねぇか? どっちにしろ田端姉が出てこないとあっちは動かないだろう」
「健一郎!?」
元風紀委員長もとい乙女ゲーム最後の攻略対象は私に賛成してくれた。
ブレザーよりも学ランのほうが似合うであろう雄々しい彼は通話が終わったらしい携帯電話をブレザーのポケットに収めると涼やかな瞳をこちらに向けて「来い、田端姉。打ち合わせをするぞ」と私に声をかけてきた。
私はそれに頷くと上靴に履き替えて元風紀委員長・大久保健一郎の背中を追いかけていく。
「おい! 健一郎! 田端!」
1人納得していない様子の橘先輩の声が昇降口前の廊下に響いた。
橘先輩の言い分はわかる。
だけど私は黙って待っていられるほどおとなしい人間ではない。自分の弟のことで他人を巻き込むのに自分は安全な所で待機なんて私が耐えられない。
私にだってできることがあるはずだ。
待ってて和真。今行くから。
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