どんな人間も恋する気持ちは同じ。それがヒロインでもモブでも。
『今週の〜第一位は!』
「………」
「………」
私はカラオケBOXにいた。
テスト前なのにいいご身分だと思われるかもしれないが、今から話す事は他人が聞いたら電波女と思われる恐れがあったので、二人っきりで話せる場所はここしか無いと思って彼女を連れてきたのだ。
ワンドリンクオーダー制だったため注文した飲み物が届いた後、私は林道さんと向かい合っていた。
…なのだがお互い沈黙が続いていた。
ここに来て私が彼女に聞いたのだ。
「何が目的だ」って。
すると彼女は目を見開いてそれから沈黙してしまったのだ。
私はカラオケ機器に繋がれたテレビから今週のカラオケ人気ランキングが流れているのを眺めていたが彼女が口を開く気配が一向にない。
もう埒が明かないのでストレートに聞いた方が良いかと思った私だが緊張なのか、それとも空調のせいなのか喉が乾燥していた。頼んだ烏龍茶で喉を湿らせる。
深呼吸を小さくして、俯いている林道さんにもう一度問いかけた。
「…“転生”って言ったらわかるかな」
「!」
「田端和真の姉は受験に落ちて私立の女子校に通う。弟と比べられ続け卑屈で自信なさげな地味な人。それが私」
「あやめちゃん…!」
「私はモブだよ。…そして林道さん貴女も。…ヒロインちゃん…本橋さんの役割を奪ってヒロインに成り代わるつもりだったの?」
「ち、ちがう私は」
「じゃあなんで? 入学式の時貴女はファーストイベントを乗っ取った。その次は荒れ始めた和真に本橋さんが言うはずのセリフをそっくりそのまま言った」
「私は、」
「答えて」
私が問い詰めると林道さんは口を開閉させ、何か言おうとしていたが、深く俯いた。
「…私は、和真くんが好き。だから…ヒロインに奪われたくなかった…」
「…まどろっこしい方法じゃなくて真っすぐぶつかろうとは思わなかったわけ?」
「だって! 私はヒロインじゃないもの! 真っすぐ行った所でヒロインに勝てるわけがないじゃないの!」
「そんなのわからないじゃない」
「わかるよ! だってヒロインは至る所で全ての攻略対象とイベントを起こしてるもの! あやめちゃんだって知ってるでしょ!?」
「それは…」
確かにそうだ。
私も四六時中ヒロインちゃんを観察しているわけじゃないが、ふと見たイベントのお相手は様々な相手だったりする。
ゲーム中盤では攻略相手が固定になっていくはずなのにそれはおかしいと思っていた。
だけどそれとこれとは話が別だ。
「…林道さんは和真をゲームの攻略相手だと思っているの? もしそうなら私は邪魔させてもらうよ。私にとって和真は大切な弟なの」
「違う! …私は、ホントに和真くんが好き。……私ね、一年の時…電車の中で痴漢にあったの。…嫌だったけど怖くて声が出なくて…それに気づいた和真くんが助けてくれたの。…一瞬で好きになった。…ひと目見てゲームの攻略対象だってすぐに気づいたけど、そんなこと関係なく本当に好きなの」
「…和真が」
「私のやり方があやめちゃんに不信感を与えていたのなら謝る。ごめんなさい。…汚い手を使ってごめんなさい…」
林道さんはそう言うなり、項垂れた。
『ヒロインに奪われたくなかった』
だけど、好きだからって何してもいいわけじゃない。そうでしょ?
私は彼女をじっと見つめ、ため息を吐く。
「まだ聞きたいことがあるんだけどいい?」
「んっ、…なに?」
グズグズと鼻をすする彼女にポケットティッシュを差し出しながら、私は背もたれにもたれかかる。
「真優ちゃ…朝生さんに山ぴょんと本橋さんが親密だって教えたのは林道さんなの?」
「……あの二人仲が良さそうだったからつい…まさかあんな事になるとは…」
「…友達なら朝生さんが嫉妬持ちなの知ってたよね? 彼女が本橋さんに危害加えるとは思わなかった?」
「それは…」
「もしかして山ぴょんと本橋さんをくっつけようと思ってやったの?」
「まさか! …私は二人を引き裂くつもりじゃなかった。真優ちゃんと友達だから心配で…」
「…悪意があったわけじゃないのね」
彼女から答えを聞き出して私は息を深く吐いた。
…私なら、とは思うけど実際に自分の友達の彼氏が同じように他の女と親しげなら心配で友達に言ってしまうかもしれないと思った。
悪気がなかったのなら林道さんが一概には悪いとは言えないのかもしれない。
私がため息を吐いた事をどう解釈したのかはわからないが、ビクリと肩を揺らした林道さんはその瞳からボロボロ新たな涙を零しだした。
「ご、ごめんなさ…あやめちゃんも怪我しちゃったし、私の軽率な行動のせいで……」
「もう済んだことだし、本人から謝罪も貰ったから。林道さんが故意にやったわけじゃないならいいよ。最終的に行動に移した朝生さんが悪いのは変わりないし」
「本当にごめんなさい…」
彼女は心底気にしていたようである。
これがウソ泣きなら彼女は女優になれると思うが、この涙を嘘とは思いたくない。
和真を好きだと言った彼女の真っ直ぐな瞳は嘘がないと感じたから。…まぁ協力はできかねるけど。
「…前にも言ったけど私に取り入っても私は協力なんてしてやらないからね? そもそもモブがキャラたちの恋路に割り込んじゃダメでしょ。私たちはヒロインでもライバルキャラでもないんだから」
私は前々から思っていたことを彼女に言った。
どんなに夢を見てもこの世界では私達はモブで、彼らと恋をすることはできない。せいぜい片思いが限界だ。
恋をしても相手が自分に振り返ることさえ稀なのに、攻略相手を好きになってその心を射止めようとするなんて無謀である。
私の言葉に傷ついてしまったのか林道さんは本格的に泣き出してしまった。
私ははぁ~と深い深いため息を吐く。
興奮したせいか喉が渇いた。
テーブルの上にある烏龍茶を手繰り寄せてごくごく飲み干していると、林道さんがボソリと呟く。
「…あやめちゃんさぁ、モブって言うけど…私達も生きてる人間だよ?」
「…そんなの知ってるけど」
「あやめちゃんは諦めきれるわけ? 好きなんでしょ!? 橘先輩のこと!」
「…は?」
待って。いきなり何を言っているんだ。
この話に橘先輩は関係ないだろう。
林道さんは頬を濡らしたまま、キッと私を睨みつけてきた。
それにムッとした私は眉間にシワを寄せて彼女に問う。
「ごめん意味分かんないんだけど」
「あやめちゃんは気づいてないけど、橘先輩の前ではすっごく可愛く笑ってるの! 無意識に橘先輩を目で追っているの! あやめちゃんは恋してるんだよ!」
「えっ…?」
「恋って理屈じゃないんだよ。モブとかそんな理由で諦めきれる問題じゃないんだよ…私のしたことは確かに間違ってた! だけど、モブだからって諦めることなんてできないよ!」
林道さんの勢いに私は飲まれた。彼女は涙目ではあるが、確かな怒りと焦りを隠さずに私にぶつけてくる。
私は理解が追いつかなくて二の句が継げなくなっていた。
「私には和真くんがゲームのキャラとして見てるのかって聞いてきたけど、あやめちゃんだって皆をゲームキャラだと思ってるんじゃ無いの!?」
「はぁ!?」
一体何を言うんだ。
そもそも、私が橘先輩を好き、好き…?
ちょっと待って混乱してきた。
そんな、そんなわけ。
「ねぇあやめちゃん、そんなんじゃいつか後悔するよ。好きなら好きでいいじゃない」
「…」
「…絶対に恋が叶うわけじゃないけど、恋した気持ちは本物なんだからさ。…モブもヒロインも、恋する気持ちは同じなんだから…」
林道さんはそう言うと口を閉ざした。
私は気づいていなかった。なんで気づかなかったのだろう。
目が合えば嬉しくて、話せば楽しくて、ヒロインちゃんと彼が一緒にいると苦しくて。
あんな気持ちになるのはいつも橘先輩が関わった時。
なんだ、こんな簡単な理由だったのかと私は妙に納得した。
…そうか。私はあのイベントでヒロインちゃんに嫉妬していたんだ。橘先輩のヒロインちゃんに対する好感度が高いと分かって私はショックだった。あの時先輩から目を逸らしたのだってそれが辛くて思わず逸らしてしまったのだ。
恵介さんから沙織さんの存在を聞いてもやもやしたのも先輩の過去に対しての嫉妬。
それに今日は沙織さんに嫉妬していた。どうして彼女と先輩が一緒にいるんだろうって嫌な気持ちになった。二人が並ぶととってもお似合いで、私は苦しかった。
これ以上側で二人を見たくなかった。
あぁ私、橘先輩を好きなんだ。
「………」
私は自分の顔を手のひらで覆う。
初めて会話した日のことを思い出した。
『リラックスして走って良いぞ』
最初は攻略対象と思って接していた。
…だけど、橘先輩はいつの間にか私の身近な人になっていたんだ。
真面目で頼りになる気遣い屋の堅物。
始めこそ風紀にうるさい男だと思っていたけど、職務に忠実なくせに、風紀を守らない私にも親切で…
たとえそれが私の校則違反を嗜める言葉だとしても、彼と話すのが楽しかった。
彼に声をかけられると私は自然と笑っていたのだ。
姿を見つけると嬉しくなるし、彼からメールが来れば私はスマホに飛びついていた。
そうして育っていった私の気持ちは恋へと変わっていたのだ。
気づきたかったけど、気づきたくなかったな。
だって、お似合いだもの。
ヒロインちゃんも、沙織さんも。
私は元が地味だし、突出した特技があるわけじゃない…勝てっこないよ。
先輩にとって私は手のかかる後輩でしか無いはずだし。
…林道さんに偉そうに言ってたくせに私だって同じ穴のムジナじゃないか。
「……どうして、私はモブなのに深く関わってしまったんだろう」
「…違うよ。あやめちゃんがあやめちゃんだからだよ。ゲームの田端あやめじゃないんだよ。…それは私もおんなじ。私はゲームには出てきてないモブだけど…私はゲームの中の人間じゃない。それはヒロインも、攻略対象もライバルもね」
「…林道さん」
「ゲームじゃない。ゲームどおりの未来じゃないんだよ。私達自身の意志で未来を掴まないと」
林道さんはそう言ってくれたけど、私には今の関係を崩してしまうような行動に移す勇気はなくて。
橘先輩はもうすぐ受験があって春には高校から去って行く。
だから気を遣わせたくないし、邪魔になりたくない。
なら迷惑かけることなく、私は後輩のまま側にいたい。
だって想いを伝えてしまったらきっと元通りには戻れないから。
私の中にはやっぱり何処かに自分がモブだという意識があって、そこから一歩先へと進むのは躊躇があった。
私はふと、小石川さんを思い出した。
…私なら彼女のように潔くいられるだろうか。
(…先輩、沙織さんと復縁するのかな)
二人の姿を思い出すとズキリとまた胸が痛んだ。
私達は時間ギリギリまでカラオケの室内で一曲も歌うことなく、まるでお葬式のようにジメジメしていたのである。
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