第17話 急募、内政の出来る方

この集落には人手が足りない。

より正確に言うと、メンバーの適性が妙に偏ってるので、運営に必要な人員が足りていない。

その結果、オレは忙殺される事となる。

そんな激務を気遣ってか、レジーヌやシンシアが様子を見に来るようになった。



「ミノル、お疲れ様。お茶を淹れたから、ちょっと休憩したら?」


「ぁぁありがとう。もう頭がパンクしそうだ……」


「急に人が増えちゃったもんね。混乱が起きないはずないよ」


「人口が増える事自体は悪くねぇが、管理が大変になってくるな」



一度戦えば華々しい戦果をあげるこのミノルさんが、自室にこもってひたすら計算を繰り返している。

何という宝の持ち腐れだろう。

性格だって単純作業が向いてるのに。

ひたすら小物を組み立てるのとか好き。


それはさておき、開拓村の様子。

あっという間に人口が30人近くにまで膨らんでいた。

先日の焼き討ち騒動の折に焼け出された人たちを勧誘したのが効いたようだ。

2人3人と断続的に入居希望者がやってきたのだ。

彼らは何かしらの生業を持っている。

すなわち、その全てが職人いうことになる。


農夫、猟師、石工に鍛冶屋。

屠殺(とさつ)業や細工師なんてのも居たな。

それはそれで良いんだよ、専門家が集まるのは大歓迎だ。

初期メンバーだけじゃ発展にも限界があるし。


だが、経理や管理のできるヤツが1人も居ないのは大問題だ。

具体的には、どれだけの食料や燃料が必要で、いつまでにどれだけの備蓄が必要かなどを計算できる人材がないのだ。


この世界は当然のように、義務教育なんか存在しない。

だから基本的な四則演算すら計算できなかったりする。

10引く2は? と試しに問いかけてみて、一斉に指を折りだしたときは流石に笑ってしまった。

それは算数を知らない異世界人に対してではなく、自分にこれからやってくる困難に向けた自棄じみた笑いだったが。



「ああ、書類仕事がこんなに大変だとは思わなかった……。マジやべぇわ」


「ごめんね。私もお手伝い出来ればいいんだけど、足を引っ張っちゃうもんね」


「まぁ、仕方ねえよ。こういうのは姫さんの仕事じゃねえしな」



レジーヌやシンシアですら、複雑な計算はできない。

グランドのオッサンだけは一通りできるが、この仕事を無下もなく断ってきた。

巡回や調練の方が大事なんだってさ。

だからオレがやるしかない。


しかも領地経営も見据えながらの数値算出なので、単純に計算だけすれば良いという話でもない。

結論、オレ以外に適任者が居ないという事になってしまう。

生前のバイト暮らしが懐かしい。

ちょっとした棚整備でもブツクサ言ってたが、あの頃は今よりもずっと楽だし、責任も軽かったと思う。



「数字がビッシリ……何が書いてあるのか、私には読み解くこともできないわね」


「そっちは食料に関する試算だ。総員で食料採集をした場合、数人の常設チームでやらせた場合、毎日じゃなくて周期的にやらせた場合。そんな風に細かく分けて考えてみた」


「ふぇーー。なんかスゴいのね。こっちは?」


「それは被服に関するものだ。最低限の夏冬の衣類と、必要な資材の数。草、麻、なめし革と素材別に生産期間とか計算した」


「じゃあ、これは?」


「防衛拠点を作るための必要物資、人員、防衛線の割り出しだ。さすがにそっちまでは手が回ってない」


「あなた、どうしてそこまで有能なの? まるで大臣と騎士団長の能力を併せ持ったようじゃない!」


「どうしてって言われてもなぁ……。強い理由は置いといて、町の運営の方はゲームのおかげだろうな。戦略シミュレーションとか結構ハマッてたし」


「ゲェムってなに? 新しい教育法?」


「娯楽だよ。想像上の村作ったり、国を育てて敵国を攻め落としたり、そういった事を延々考える……遊び?」


「すごい、やっぱりエリートだったのね! 魔法が使えるから只者じゃないと思ってたけど、内政もバッチリだなんて!」



ゲーマーであることを誉められた。

まぁゲームの存在しない世界からしたら、ある意味勉強みたいなもんかもしれないな。

内政、戦争、外交に統治。

基礎的な国家運営方法を遊びながら学んでた事になるのだろうか。

いや、知らんけどさ。


ちなみに、この世界での魔術師の位置付けだが、日本でいう医者や弁護士みたいなモンらしい。

それは役割の意味合いじゃなく、勉学の果てに手にする能力の最高峰という意味でだ。

適正ある者が訓練の末、騎士団の試験を受け、それにパスするとようやく魔術師見習いとなる。

だから若手は簡単な魔法しか扱えず、大魔法ともなれば国でも数えるくらいの人間しか使用できないんだとか。

ごめんよ……ミノルさんは特に苦労もせずに手に入れちゃってよ。


コンコンッ。


入り口のドアが鳴らされた。

どうやら誰か来たらしい。

返事ひとつで来訪者を受け入れると、シンシアがそこから顔を覗かせた。



「ミノルさまぁ。お昼まだでしたよね? お持ちしたんですけど、今じゃない方が良いですか?」


「えっ。あなた食べてなかったの?」


「あー。忘れてた。ついつい作業しちまってさ」


「良かったらどうですか? 暖め直しましたけど」


「そうだな。ここでいただく事にするよ」



用意されたのは巨大なサイコロステーキに、テールスープ。

猟師が新たに加わったことで、新鮮な肉が食えるようになったのは有り難い。

持ちつ持たれつとはこの事か。



「んっふーー、うめぇ! 柔けぇ! 肉汁がドバァってなる!」


「お口に合いましたかぁ。オカワリありますよ?」


「うんうん。タンマリ持ってきてくれ!」


「はぁい。今用意しますねぇー」



ジビエ料理すげぇ。

噂に聞いてたけど、こんなに美味いもんだとは知らなかったぞ。

まぁ仮に生前知っていたとしても、貧乏学生にとっては高級品だ。

簡単に口に入ることは無かったろうな。



「はぁい、お待たせしましたぁー」


「うんうん、うんうん。おかわり!」


「はぁい、ただいまぁー!」


「おがわり!」


「はぁい!」


「おがわりィィ!」


「はぁい!」



書類仕事ってのは腹が減るもんだ。

だからオレは、わんこソバ式にサイコロステーキを平らげた。

何キロ食ったか考える気もおきねぇ。



ーー物理攻撃力が凄まじく増加しました。心身の整合性を取るために、お体の試運転をされることを提言します。



アリアが耳慣れない事を言い出した。

試運転……つまり、体の変化を確かめろと言いたいのか?



「アリア。後でも良いか? 食ったあとってのはどうもな」


ーー空腹が満たされたなら、次は性欲を満たすのが効率的です。都合良く目の前にメスが2体も居りますので、心行くまで発散を……。


「わかったよ、行きゃあいいんだろ。……うえっぷ」


ーー吐き戻されたなら、増幅した力も相応分弱まります。ご注意ください。


「誰のせいだよオェップ」



外に出るェップ。

周りに迷惑をかけたくないから、人気のない崖の方まで来たゥップ。



「ミノル。こんな所で何をする気?」



レジーヌは怪訝な顔つきをしていた。

それも無理はないと思う。



「食後のお散歩なら、もっと良い場所がありますよ? リスさんとか小鳥さんの居る所が」



シンシアもちょっと不審がってる。

そんな場所で力試ししようものなら大変だ、彼らの安息が奪われてしまう。

……というか、何でコイツらついてきてんだろ?

そもそも配慮なんかする必要は無かったか。



「ちょっと危ないから、離れててくれェップ」


「危ないって何? 吐きそうなの?」


「それもだけど、そうじゃないゥップ」



オレは2人を十分に遠ざけて、切り立った崖の前で身構えた。

口の中が酸っぱい。

早いところ終わらせてしまおう。

目の前にそびえる岩盤に向かって、正拳突きを試してみた。



「よっこいしょぉーーッ!」



十分な気合いが右手に乗る。

体の具合として、先日までと感覚に変化はない。

だが、伝わってくる手応えは全くの別物だった。

オレの拳を中心にして、固い岩盤が弾けて大穴を空けてしまったのだ。

その空洞は、寝泊まりが出来そうな程に広い。

これは便利だと思った。



「ええーーッ! 何よこれ! 素手でやったの?」


「おう。何か強くなった」


「すっごいです、メチャクチャ強いですよ! これで敵なんかもう、モッチャリモッチャリ倒せます!」


「シンシアの言う通りよ、これで大陸制覇も訳無いわ!」


「バカ、やめろ揺さぶんな……」



もうダメ。

こんなに酷使されて、ミノルさんの胃は限界です。



「オロロロロ!」


「キャァァアーーッ!」



せっかく強くなったのに、そこそこ力が弱まってしまった。

そしてシンシアには余計な負担を増やしてしまった。

いやほんとスマン。

腹八分目って言葉が身に沁(し)みる思いだった。

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