ヘクセンナハトの魔王
四季 雅
0章 魔力無しの魔法使い編
1 漆黒の竜と勇気の花
プロローグ
これは昔、昔、遥か昔の話である。長い話だ。適当に聞き流してくれ。
地球と呼ばれる惑星には皆も知っている通り「人間」と呼ばれる生き物が住んでいる。
人間は文化を生み、歴史を紡ぎ、繋がりを以て新たな生命を育んだ。
繁殖と言うと嫌な言い方だがその愛の力は途絶えることを知らず人間という種を増やしに増やしていった。
しかし、数が増えれば争いも増える。
人間は大陸の中で「国」というものを生み出した。「人間」という同じ種であるはずなのにその中で「味方」と「敵」ができてしまった。
最初はそれを愚かだと思った者もいたかもしれないが時間が経てば異を唱える者など1人もいなくなった。
自分達を脅かす生物などこの地球上には存在しないのだから誰が自分達を止めるというのか。止められるのならばそれもまた同じ「人間」であると信じ切っていた。
……が、それはある日、終わりを迎える。
「第一次種族戦争」
誰が名付けたのか。突如起きたそれは後世にそう語り継がれた。
戦争の役者の一方は「人間」。自分達の平穏を脅かす存在を迎え撃とうと、かつて自分達と同じ種の血で染めた剣を天に掲げた。
では対する敵は誰なのか?
宇宙人?……確かにあり得る。バカにされるかもしれないが人間と対抗しようとする者はそれくらいじゃないと相手にならないだろう。宇宙人がどれほどの武力を持っているかなんて知りもしないが。しかし、宇宙人ではなかった。
では動物達が進化して人間と同じくらいの力を持ったとか?……それもあり得る。人間が造った得体のしれない薬品が動物に高い知能を持たせた……なんていう話は中々面白い。
同じ種すら屠る人間という「悪」を討つには最適の「罰」だ。自分達の過ちが自分の身を滅ぼす。実に面白い。しかし、それも違う。
では、何者が人間と戦おうとしたのか。答えを言おう。
それは……「魔人」と呼ばれる者達だった。
魔人とは何か?それは人間が心の中で恐れを抱いていた異形の者。
妖怪、ゴースト、吸血鬼、悪魔etc…etc。これでわかっただろう。君達も知っている「化物」という存在だった。
「それ」は突如現れた。最初は人間側で謎の変死体が発見された。
血を吸われた死体、大量の行方不明者、人間には到底できないであろうグチャグチャの死体。とにかく「人間ではない何か」という形でその存在は人間に知られていった。
そして人間達の間で「この世界には不思議な何かがいる」と考えられた時、その存在は公に現れた。
「ニンゲン共よ。この地を去れ。ここは我らの物だ」
その宣告はこれから絶える種へと向けたほんの少しの気遣いだったのか。使ったのはなんと人間と同じ言語。それを扱いたった一言。
その後、それに応じないと見るや容赦なく街を破壊し、侵略した。
この世界を自分達の住処とするために邪魔な人間を排除する。いたってシンプルな考え。
もしくは……人間と同じ。ただ自分達が栄えるために消えてもらう。それだけだったのかもしれない。今となってはその理由を知る者はほとんどいない。
すぐに戦争は始まった。異形の姿をした者達—「魔人」。中には人間と同じ姿をした者もいたがそれらは「魔女」という名前で同じ「魔人」だった。
人々はその襲い掛かってくる敵に己の牙を向けた。
…ん?その戦争の結果かい?結論から言おう。
「人間の圧倒的敗北」で幕を閉じた。
なぜ剣や銃、爆弾を持つ人間が負けたのか。それは魔人が持つとある力のせいだった。
その力とは……「魔法」。
後に研究でわかったことだが空気中には魔力と呼ばれる特殊な成分が漂っており魔人はそれを皮膚から接種し、体内で練り上げることで超常的な力を使用することができた。
とある魔人は火炎の竜を造り出して人間を焼いた。
とある魔人は氷を発生させてたくさんの人間を氷像へと変えた。
とある魔人は雷を呼び、破壊の限りを尽くした。
この魔法に人間は蹂躙された。この力に対する防御手段を一切知らない人間が勝てるわけがなかったのだ。
だが、人間はただでは転ばない。
「第一次種族戦争」により世界のほとんどを魔人に支配された人間はわずかな土地に隠れながらも研究していった。
魔法と呼ばれる力の正体を。自分達、人間もその力を身に着けようと。そして人間達は……秘密裏に力をつけていった。
それから200年後……とうとう「第二次種族戦争」は起きた。人間が反旗を翻し魔人に支配された土地を奪い返すために。
結果はなんと「人間の圧倒的勝利」。これに関しては人間の研究のおかげと言うべきか。
それ以外にも実はこの時、魔人すらも知らない不思議な力を人間は身に着けていたのだ。その力についての話はここでは語らないでおく。ちょっと長くなるからね。
再び人間は支配者へと戻る。魔人を徹底的に追い出し、排除した。今度は魔人が日陰者に戻る番だった。
だが、もちろん魔人も諦めない。そこから数百年が経った頃、魔人のリベンジは始まった。
「第三次種族戦争」が起き、さらに6年後……「第四次種族戦争」へと。
♦
「ベルベット様!西の方角から狙撃です!」
「わかってるわ」
ここはどこかの森の中。今は人間と魔人の戦争中。
その証拠に先ほどベルベットと呼ばれたヨレヨレのトンガリ帽子を被り黒のローブを羽織った女性に向けて急に銃弾が飛んできた。
ベルベットは銃弾が飛んでくる方向を見ずにただ杖を一振り。自分の周囲に幾何学模様のサークル―「魔法陣」が展開される。
銃弾はその魔法陣と呼ばれる物にぶつかるとその場で制止。そのままポトリと地面に落ちる。
「火は炎となり焔と化す 地を駆け眼前の敵を焼け 焔は姿を変え目に映す者に恐怖を与えよ」
銃弾を防いだと思えば直後に今度は独り言のように言葉を紡ぐ。これは「詠唱」。魔法を使う前の魔力を練り上げる行為のようなものだ。
「現れよ灼熱の獅子 『フレイムヘイム・レオ』!!」
4節の詠唱を終えるとベルベットの目の前に赤い魔法陣が現れた。そこから巨大な炎が獅子の形となって出てくる。
その炎の獅子は意思を持っているかのように銃弾が飛んできた方向へと走り出した!!
「ぐぎゃああああああああぢあぢあああああああがあががあああああ!!」
響き渡る断末魔。それこそが相手は死んだという何よりの証明になった。
「さすがはベルベット様。『魔女狩り殺し』の名は伊達ではありませんね」
「それ、あんまり好きじゃないのよね。なんか可愛くないし。もっとさぁ……こう……『プリティウィッチ』とか……」
ベルベットは連れていた従者の女にそう言われて可愛く口を尖らせる。
ベルベットは人間ではなく「魔人」だ。しかし、姿は異形というわけではなく人間と同じ姿をしている。様々な種がある魔人の中でも所謂「魔女」と呼ばれる存在だった。
「魔女狩り」とはその魔女を殺すのに特化した人間のこと。さらにもっと言えば「第二次種族戦争」の時に現れた者で「魔人の魔法に対抗する力」を身に着けた人間のことだ。
ベルベットはその魔女に対抗する人間すらも屠る魔女だった。
それは彼女の持つ力が魔女の中でもトップクラスに強いということ。だから魔女の中では英雄のような扱いを受けていた。
「そろそろこの戦争も終わるわ。今回は互角だったけど……しばらくは人間の支配が続くと考えた方が良さそうね。ま、私にとってはどっちでもいいんだけど~」
ベルベットは戦争に参加はしているがどっちが勝とうが正直どうでも良かった。1人でも生きていける力を持っているし、魔人の方が人間よりも偉いだなんて考えも持っていない。
ほとんどの魔人は「自分達は人間よりも上位の種族だ」という考えから戦争を起こしていることもありこの戦争はどちらが地球で主導権に握るにふさわしい種族なのかという意味が込められたものでもあったのだ。
「ベルベット様。他の魔人に聞かれては大変です。また怒られますよ」
「そうだったわね。本当に戦争とか嫌になるわ。人間と魔人の違いなんて『魔法』を使っているか『異能』を使っているかの違いしかないじゃない。なんで殺しあう
のかなー。仲よくすればいいのに」
戦争中というのに呑気な言葉を吐き続ける。だが無理もない。ベルベットにとって戦争なんてつまらないものなのだ。
種の誇りとかそんなものどうでもいいし、人間にバレないように隅っこで隠れて生活している現状の魔人の暮らしもそこまで悪くない。
お互い言葉を交わせないわけではないのに人間も魔人もただただ機械のように争いあうのはバカらしいと思っていた。
「……あら?」
自分の帽子を手でクルクルと回して遊んでいると数m先の木の下に誰かが倒れているのが見えた。
「ベルベット様、同胞でしょうか?もしそうなら手当てを…!」
「いや、魔力を一切感じない。……人間ね」
すぐに駆け寄ろうとする従者を止める。何かの罠の可能性もあるため警戒して自分がそれに近づいた。
(……男の子?歳は14歳くらいね)
そこに倒れていたのは黒髪の少年。階級の高そうな軍服っぽい服を身に纏っている。頭からは血を流しており一目で負傷していることがわかった。死んでは……いない。
おそらく他の魔人との戦いで死にはしなかったものの気絶するほどの一撃をもらってしまったのだろう。
(さて……どうしようかしら)
戦争中なので普通なら即抹殺。敵を生かしておいて何も得はない。
だがベルベットは普通とは違い人間とか魔人とかどうでもいい。わざわざ気絶した人間まで殺すのもそれはそれで面倒だった。それに殺すということに抵抗はないとしても決して良い気はしないのだ。しないで済むならその方が良い。
「……! ベルベット様!この者、魔女狩りで有名なあの『アルヴァタール家』の長男ですよ。服につけてある二振りの剣の紋章がその証拠です。すぐに殺しましょう!!」
従者の言葉を聞き、少年が身に纏っている服を見る。そこには確かに二振りの剣が交差した紋章がつけてあった。
人間の中に魔人に対抗する力を持つ者がいるというのはもう話したこと。その者達の総称は「ハンター」。
そのハンター達はさらに自分達のことを「エクソシスト」や「ヴァンパイアハンター」などと専門分野ごとに名乗っていて、そこにそれぞれの名家があったりする。名家の者とは先祖から力や技を受け継いだハンターの中でもより強き力を持つ者達だ。
その中でも『アルヴァタール家』は「魔女狩り」を生業としている一族。しかもハンターの中でもリーダー的立ち位置にある超有名な一族だった。魔人からしてみれば最悪の一族とされているのだが。
「……あ、………ぁぁ…」
ベルベットはそれでもウーンと悩んでいると少年は目覚めてしまった。
弱々しく瞼を開きまるで瀕死の小動物のよう。打った場所が悪かったのか起き上がれたとしても戦える状態ではなさそうだ。
「ねぇ君。大丈夫?あ、私達魔女だから人間の君からしたらこの状況がもう大丈夫じゃないか(笑)」
ベルベットは冗談を交えながらも少年と対話してみることにした。
余談だが言語は今の世界では1つに統一されている。人間は魔人という大きな敵と戦うために協力しようということで言語の壁を無くしているのだ。
魔人には自分の言葉や耳を相手の言語に合わせることができる便利な魔法があるので人間の言葉が分からない、伝わらないという問題はない。
「……へ?…あ、えっと……あの、ここ、は?何が、……」
「?」
少年は支離滅裂なことを言いだした。一瞬頭がおかしくなったのかなと思ったが…
(記憶喪失…!)
ベルベットはその答えに辿り着いた。自分達が魔女と名乗ってもなんら焦りを見せない。今が戦争中とわかっていないかのように呆けている。
従者も目の前にいる魔女の天敵とも言える一族の男が記憶喪失と気づくと笑みを浮かべる。
「ベルベット様、これは好機ですね。まさかあのアルヴァタール家の長男がこんなところで記憶を失って倒れているとは…」
最強の人間の一族、その長男をここで殺せるのは幸運が過ぎる。次世代の力を削いでおくのは重要なことだ。
だが、ベルベットは……
「これは運命だわ……!」
「え?」
ベルベットが今何を言ったのか、従者はわからなかった。てっきり今からこいつを殺すのかと思っていたからベルベットがなぜ眩い光を得たかのような恍惚とした表情をしているのか訳がわからなかった。
「決めた。この子、『魔法使い』にしましょう!」
「は!?」
「魔法使い」とは「魔女」の男verのこと。いや、そう言うよりも「魔法使い」の女が「魔女」と言った方が正しい。
だがこの際そんな些細なことはどうでもいいのだ。今ベルベットが魔人を狩る「ハンター」の男を魔人側に引き入れようと言ったこと。それが重要だった。
「あなたも知ってるでしょ?今まで魔法を使った人間は存在していないの。それは魔人が魔法の使い方を人間に秘匿しているから。でも、もし魔法が使える人間が現れたら……」
「ベルベット様!私は家紋で分かりましたが……中には顔を見るだけでこの少年が
『アルヴァタール』と気づく者もいると思いますが?」
「数年間は誰にも会わせずに隠しておくわ。それに名前も変えればきっと大丈夫よ。……あ、そうだ。言語とかの問題は……まぁ私が魔法をかけてあげればいっか」
「ベルベット様……いけません!!それは危険すぎます!なぜわざわざそんな危険な橋を渡ろうとするんですか……!」
「私にだってちゃんと目的があるの……この子なら……きっと……『王』になれる」
(人間と魔人が殺し合い、排除しあい、ただ支配者という立場だけが入れ替わるこの残酷な世界。私はいい加減にそれを終わらせたい。そしていつか人間と魔人が手を取り合って生きられる世界を…)
ベルベットは人間も魔人も全てを支配するほどの「王」を欲していた。この酷く汚れきった世界を統制し、終わらせてくれる存在になってくれるかもしれない存在を。
ベルベットはなぜかその少年に運命を感じた。すぐに少年に声をかける。
「あなたの名前は……そうね……『アスト・ローゼン』。良い名でしょ?今日からあなたの名よ」
「アス、ト…?」
少年は一音一音確かめるように呟いた。その名前は静かな湖面に石を投げ入れるかのごとく、頭の中に強く響き波紋が広がるように浸透していった。
「私の名前は『ベルベット・ローゼンファリス』。今日からあなたの……あ~、そうね……師匠でいいかな?師匠になる人よ!」
ベルベットはニパー!と笑って手を差し出す。少年はその手を取った。記憶を失った自分にとってベルベットが救いの女神に見えたから。
今から語るのは魔人の中の一族『魔法使い』最強の英雄ベルベットと、記憶を失った『ハンター』最強の一族の少年アストが織りなす物語だ……。
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