2. 理想と現実
「じゃあ、また明日な」
「ああ、また」
校門前の交差点で
「飛び降りた......か」
教室での会話を思い出す。
正直、ショックだった。自分の胸の辺りを掴む。冷静になり、状況を整理できるようになってもなお、鉛はそこに居る。
世の中では1年で何人もの人が『自ら』命を絶っている。だが世に知らされるのはその中のほんのひと握りに過ぎない。
他人事なのだ。誰もが、どこか遠い事のように感じている。身近な人が自殺を図って初めて、その事の重さ、親しい者への影響力の大きさを感じる。
(何の理由もなく自ら死を選ぶ人はいないだろう。自分が死ぬ事で、何かを訴えようとしていた
結局の所財力も、権力もない一般の、それも僕達のような子供はこの世には抗えない。
そうして知らぬ内に、この疑問を抱かない、不思議で気持ち悪い世の中に順応して行くのだ。
足元にある小石を蹴っ飛ばしてみる。勢いでやったから誰かに当たったかもしれない。そう思って前を向いた。
目と鼻の先に海がある。
世の
この時間となれば誰もいないのか。たまにはこのくらいに帰るのもいいかもしれない。
堤防に腰をかけ息を吐く。少し前までは外気に触れ、白く濁っていた息も、もう目には映らない。
一人この風景に酔いしれ、その存在に気づかなかった。いや、気配が無かったと言った方が正しいかもしれない。
「綺麗だよね、夕焼け」
風鈴のように澄んだ明るい声だった。反射的に振り返り目を凝らす。
陽の傾いた、たそがれ時。少し先に見える人影に目を疑った。声も出ず、棒立ちの僕へ声の主は緩く笑う。
僕は思い出していた。
クラスメイト達が彼女について言っていた事。容姿端麗、近寄り難い、高嶺の花。
肩の位置で整えられた綺麗な黒髪が、夕日に照らされ琥珀色に輝き、潮風に乗って弧を描く。
儚げに浮かべる微笑みと、夕焼けにも負けないほど強く光る大きな瞳。
自殺を図った人とは思えない強さを感じた。
「立花、妃梨......」
「私の事知ってるの」
表情を一切変えずに彼女は尋ねる。
君の事を知っているか?当たり前だろう。知らない奴がいるのだったら教えて欲しい。
「ええまあ。君こそ僕の事、知ってるの......ですか」
思わず敬語になる。自分のコミュニケーション能力の低さには呆れたもんだ。
だが仕方がない。必要以上の会話を人としない僕に、いきなりカースト頂点の方と話す事は困難を極める。
「うん。
「......ああ、矢沼の事か」
彰くんとは
知らなかった。少しでも、矢沼の事を知っている、と思っていた事が恥ずかしい。
だがそれと同時に腑に落ちた。だから彼は立花さんの自殺未遂の話を知っていたのだ。
身内のそんな話を僕なんかにして良かったのか?視線を上げて彼女の目を見た。
「......立花さん、は、どうしてここに」
「夕日を見に来たの。毎日来てるんだ。この時間、ここ誰も通らないから。でも今日は、君がいた。誰かと一緒に見る夕焼けもいいもんだね」
会ってから一度も彼女の表情は変わらない。
その事に、ふと、周りの人とは違った雰囲気を感じる。
「君は、死にたいのか」
その言葉が自然と出た。彼女の気持ちも、自分の気持ちさえも考えてはいなかった。
挨拶をするように、本当に自然に。自分でも驚いた。
馬鹿か僕は。そんな事を話すような間柄でもないのに、ましてやさっき会ったばかりなのに。
背中に伝う汗を感じながら恐る恐る顔を上げる。
「っ......」
笑っていた。
目を細め、満面の笑みを浮かべていたのだ。
僕はその笑顔に、只々美しいと思った。
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