正義の味方。

美作美琴

俺が正義だ!!

 「助けてくれ~~~~!!!」


人通りのない裏路地を必死に走る青年、随分前から全速力で走って来たらしく顔から滝の様な汗を流し顎から滴らせている。

体力が尽きたのか遂に路上に崩れる様に倒れ込んでしまった。

しかし彼は何故こんなに必死に走ったのだろう…助けを乞う叫びを上げたと言う事は何かから逃げていたのだろうか。


『やっと追い詰めたぞ…』


「ひっ…!?」


重低音でドスの利いた声がする。

その声の主は異形の者…頭頂部に長い二本の触角、巨大な目に左右に突き出た顎、身体がテラテラと黒く輝く甲殻に覆われた昆虫然とした怪人であった。

その者の登場でへたり込んでいた青年が飛び起き這って先に進もうと動き出す。

しかしそんな状態でどれほど早く逃げられるというのか。

案の定、その怪人にすぐ側まで接近されてしまった。


「なっ…何で俺を襲うんだ!?」


『………』


怪人はその問いに答えない…そして縁に棘の沢山付いた細長い腕を振り上げた。


「ひいいいっ…!!」


身体を丸め縮こまる青年…するとその時。


「待てい!!」


近くの塀の上に一人の人物が腕を組んでこちらを見下ろしている…但し逆光で顔がはっきり見えない。


『貴様!!何者だ!!』


怪人がその男に問う。


「俺か?俺は『ザ・ジャスティス』…正義の味方だ…とう!!」


掛け声と共にジャンプ!!空中で回転しながら着地した。

その男…『ザ・ジャスティス』は身体にぴったりとフィットした全身を包む真っ赤なスーツを着て顔にも覆面をしており、いかにもヒーローといったいで立ちであった。

額には大きく『J』の刻印があり、恐らくこれは『ジャスティス』のイニシャルなのだろう。


「あんたヒーローか!?丁度良かった!!さっさとあの怪人を倒してくれ!!あんたがちゃんと働かないからこんな怪人がうろついて俺の様な善良な市民が被害に遭うんだ!!しっかりしてくれよ!!」


さっきまで死を覚悟していた青年が急に態度が大きくなりザ・ジャスティスに礼どころか文句を言い始めたのだ。

ザ・ジャスティスは深くため息を吐いたあと、怪人を指差しこう言った。


「なあ、お前…この男を襲ったのには理由があるんだよな?」


『…ああ…勿論だ…』


妙な展開に訝しがりながらも答える怪人。


「じゃあその理由とやらを聞かせろ…」


「はあ!?おい何、悠長な事を言ってるんだよ!!早くあいつを倒せよ!!」


ザ・ジャスティスの胸ぐらを掴み揺さぶる青年…ザ・ジャスティスも初めは大人しくされるがままであったが遂に堪忍袋の緒が切れた。

思い切り右のストレートを顔面に喰らわしたのだ。


「あがぁっ…!!」


青年は勢いよく吹っ飛び、路地を隔てている金網に背中から激突する。


「うるせえな…黙って見てろ…」


「ひっ…ずびばぜん…」


鼻血が垂れる顔を押さえながら蹲る青年…それを一瞥し改めて怪人に問う。


「さあ…理由を聞かせてくれないか?この男を襲った理由…」


何だか面倒な相手に出くわした…そう思ったがこのままでは埒が明かないので怪人は渋々口を開いた。


『そこのお前…この見た目では分からないだろうから名乗ってやる…俺は学生時代お前にいじめられ続けた五木いつきだっ…覚えているか?』


「何だって…!?お前があの!?」


驚きを隠せない青年。

ザ・ジャスティスは腕を組み静かに聞いている。


『お前が俺に『ゴキ』なんておかしなあだ名を付けるからずっと俺はいじめられ続けたんだ!!それはもう地獄の様な日々だった…触るな、近づくな、教室で息をするななど散々な言われようさ…』


昔の事を思い出し怒りで全身が震えている。


『そして自殺しようと河原を歩いていたら悪の組織の幹部が俺に声を掛けてきたのさ…命を捨てる位なら我々の仲間になれ、世の中に復讐しないかってな!!』


「馬鹿かお前…そんな事が許される訳ないだろう!!どうかしてるぜ!!」


『それをお前が言えるのか!?人の人生を台無しにしたおまえが…!!

お前たちが好き勝手やって来たのが許されるのなら俺も何やってもいいよな!!そうだろう!?』


二人の言い争いを傍観していたザ・ジャスティスが腕組みを解き、ゆっくりとこちらに歩いて来た。


「あんた!!やっぱりコイツは世界の…人類の敵だ!!早く倒してしまえよ!!」


青年がザ・ジャスティスに要請するが彼の返事はこうだった。


「なあお前…いじめってのはお前にとって善か?悪か?」


突然の質問に戸惑うも青年は自分の考えを口にしだした。


「そりゃあ世間的に見ればいじめは悪いに決まってる…だけどコイツは俺たちのやったカツアゲや万引きやテストのカンニングを先公にチクりやがった…おまけに見た目がキモいかったからな…だからいじめた…いじめられる奴にも悪い所があるのさ…」


「そうか…分かった…」


ザ・ジャスティスは静かにそう言うと怪人の方へと歩き出した。


「おっ!!やっとその気になったのか!!やっちまえ~~!!そんなやつぶっ殺してしまえ!!」


青年が後ろで騒ぎ立てている…しかしザ・ジャスティスは無反応であった。


「おい怪人…俺はこの件には関わらない…煮るなり焼くなりあいつを好きにしていいぞ…」


『何…?』


「はっ…?」


二人は固まってしまった…全くヒーローらしからぬ言動がヒーローである彼の口から発せられたのだから。


「ばっ…お前それでもヒーローかよ!!正義の味方かよ!!」


「そう…俺は正義の味方だ…俺の心にある正義のな…今回の件は俺の正義がお前を許せなかった…守る価値が無いと判断した…ただそれだけだ…」


ザ・ジャスティスは悪びれもせずそう言い放った。


『死ねーーーーーーーー!!』


「ぎゃあああああっ…!!」


怪人の腕が青年の胸を貫く…即死だった。


『これで良かったのか?ヒーロー…』


妙に冷静な怪人…自分の仇を討つには討ったがどこか釈然としない…それどころかあれだけ憎かった青年がどうにもいたたまれないと思うようになっていた。


「俺は俺の正義に忠実であっただけだ…ところでお前、さっきの口ぶりだとまだお前をいじめていた人間がいるよな?」


『あっ…ああ』


「じゃあ次の人間の所へ行こうじゃないか…俺がお前の敵討ちを見届けてやる…」


『何だと!?』


怪人は動揺を隠せない…ヒーローのくせに怪人に襲われる人間を守るどころか次の殺人を煽って来るとは全く理解できない。


『この身体に改造された以上俺をいじめた人間の始末は決定事項だ…邪魔しないというのなら付いて来てもいい…』


「ああ邪魔しない…約束する」


(人ひとりの人生を滅茶滅茶にしておいて自分らだけ幸せになっている人間など俺の正義に反する…次の人間は一体どんな自分の正義を主張してくるのか楽しみだよ…

しかし怪人よ…お前が人間を殺すのも俺の正義に反する行動だと知れ…お前が自分をいじめていた人間を全員殺した時は俺がお前を殺す…何せ俺が…俺自身が正義なのだから…)


こうしてザ・ジャスティスは怪人と一緒に旅立った。



                         完

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