星空。

乃井 星穏(のい しおん)

星空。

「キレイね」


観覧車が頂上を通り過ぎた頃、沈黙は不意に破られた。向かいに座る彼女の横顔は観覧車の弱々しいイルミネーションにキラキラと照らされている。


「そうだね」


僕はなんとか声を振り絞って答えた。

彼女にならって外を見る。夜の街灯りは思っていたよりも弱々しく瞬いていて、それは街灯りというよりも星空のように見えた。上も下も、星空に包まれているようだった。


「もう、終わっちゃうわね」

「……そうだね」


終わっちゃうわね。彼女が何を指してそう言ったのか、実のところ僕はわかっていなかった。観覧車が一周してしまうことか、楽しかった一日が終わってしまうことか、あるいは——


——僕らの関係が終わってしまうことか。


「何を考えてるの?」

「いろいろだよ」

「いろいろ……か」


この観覧車が止まってしまえばいいのに、とか。——その言葉を心の奥にしまい込む。最後に女々しいやつだと思われて終わるなんて、そんなのは嫌だと思ったから。もちろんそんなこと言わなくったって僕が女々しいやつだってことは彼女が誰よりも知っているのだが。

チラリと彼女の方へと視線を向ける。彼女はまだ外を眺めていた。胸元にはいつしかプレゼントしたネックレスが揺れている。


「この観覧車がずっと回り続ければいいのに、とか」

「……観覧車は回り続けるでしょ。そりゃ、夜中には止まるかもしれないけど」

「そうか、確かにね」

「何それ、変なの」


彼女はふふふと笑った。トンチンカンな会話だ。本当は僕が言いたいことも全部分かっていて、それでいて、トンチンカンな会話にしてくれているのだ。


——最後まで甘えっぱなしだな——


僕は外に視線を戻した。

今日は彼女と過ごす最後の日だ。僕らはひたすらに笑って、楽しく過ごした。そして最後に乗ったのがこの観覧車。観覧車に乗ったカップルが別れるという話はよく聞くけれど、これから別れる僕らには関係のない話だろう。


「ねえ、エミさん」

「なあに」

「ありがとう」

「……うん。」


再び、沈黙。最後の時間も終わろうとしていた。この観覧車が下についた時に僕らの関係は終わるのだ。1周15分程の観覧車。本当は積もり積もった話も、最後に伝えたいことも、とても15分では語りきれない程にあるのに。


それでも観覧車を包んだ静寂は不思議と心地よかった。



そして僕らの乗った観覧車はゆっくりと星空に沈んでいった。



記憶というのは星空に似ている気がする。

遠くにあったり、光が弱かったりすると、星はすぐに見えなくなる。

頑張って思い出そうと、望遠鏡を覗き込むけれど、遠すぎる星や、弱すぎる星は一向に見えやしない。

それでも君との思い出は全て宝石のように輝いていて、僕は時折空を眺める。


君も見ているだろうか。この星空を。


今日も僕は独り、星空を眺める。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

星空。 乃井 星穏(のい しおん) @noision

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ