エピローグ

 長い廊下を靴音を立てながら、一人の男が歩く。

 細身の男は純白の白い服を見に纏い、腰には鞘に治った一本の剣が収められていた。

 男は長い通路を歩いた末に、とある扉の前へと辿りつく。その扉の前には鎧を着込んだ二人の兵士が銃を構えて警護にあたっていた。

 兵士は男の姿を見ると敬礼をする。

「ペステトォール様は中にいらっしゃるか?」

 尋ねられた兵士は上げた腕を下ろし、 胸を張ったまま、整った姿勢ではっきりとした口調で答える。

「はっ! 騎士団長をお待ちしております!」

「そうか。ご苦労」

「はっ!」

 兵士達は互いに向き合って再び敬礼をする。

 騎士団長と呼ばれた男は扉を叩き、入室の許可を待つ。

「入れ」

 部屋の中から声が響き、男は扉を開ける。

 そこには壁一面に大量の書物が収納された部屋が広がっていた。

 そんな部屋の壁際に机の上に資料を広げていた人物がいた。

「お呼びでしょうか。ペステトォール様」

「来たか。まぁ座れ。上等な酒があるんだ。一杯やろう」

 髭を生やし、法令線をくっきりと顔に刻んだペステトォールと呼ばれた者は、中央に置かれた長いすへと手を向けて促す。

「いえ、私はこのままで」

 男は後ろに腕を組んだまま、その場に佇む。

「ふふっ。相変わらずつれない奴だ……」

 笑みを浮かべたペステトォールは机に肘をついて手を組んだ。

「早速本題に入るが遠方ご苦労であった。感謝するぞ」

「ありがとうございます」

「お前達のおかげでこの国は救われた。褒美をくれてやろう。なんでも好きな物をやるぞ?」

「いえ。国を思ってのことをしたまでですので……」

「そんな無愛想なことを言うな。二枚目が台無しだぞ?」

 笑みを送るペステトォールだったが、男は微笑むことすら無かった。しかし、そんな彼の態度を気にする様子は無かった。

「……ですが、一つだけお聞きしたいことが」

「ほぉ。なんでも聞くがよい」

「何故人狩りの真似をしなければいけなかったのでしょうか。やはり穏便に済ませられる手段だってあったはずです」

 ペステトォールは和やかな雰囲気とは一転し、鋭い目つきで男を見つめる。

「言っただろ。これは他の者に気づかれてはいけないと。彼女のことを知られれば、この王国は衰退の一歩を辿る」

「しかし、村の民を殺す必要は無かったのでは……」

「任務にあたって一人行方が分からない者がいるらしいな?」

 ペステトォールは男の問いに答えず、質問を返した。

 男不服ながらも答える。

「……はい。輸送中の檻が壊され、どういうわけか枷を外した少女が混乱に乗じて逃げ出し、トーテカが追って森に入ったところ、戻ることが無かったとのことでした」

「トーテカは確か、貴族のところのお坊ちゃんか……。話では錠前や少女がつけていた枷には壊されたような跡が無かったらしいな」

 男は頷く。

「奴は腕も忠義も無かったからな。まぁ、私利私欲に走ったってところか……。、貴族に恩を作るためとはいえ、お前のとこに入れたのは失敗だったな」

 男はあえて否定も肯定もせずにペステトォールの様子を伺う。

 騎士団長を務めている男の団は、腕っ節が優れている者達だけが集められた王国騎士団であった。しかし、少女を追いかけたというトーテカだけは例外であった。

 トーテカは貴族の三男と生まれ、家系を継ぐには不必要な存在であった。しかし、可愛い息子である彼の親は、ペステトォールに頼み込んで名誉ある王国騎士団へと加わった。

 彼自身多少なりとも剣術や、銃などには自身があったらしいが、他の王国騎士団と比べたら天と地の差があり、また、魔法を使えない故に、他の王国騎士団からは不満が出ていた。

 今回トーテカが行った失態は、王国騎士団の面子を潰すものであった。しかし、彼は少女を追って行方をくらましたことは王国騎士団にとっては、彼を離団させるために都合が良かったと考えていた。

「話が逸れてしまったな。逃げ出した者がもし助かり、人の手によって保護されたら村で何があったのかをどう伝える?」

「……」

 男はペステトォールの言いたいことを悟り、口を紡ぐ。

「答えは人狩りに村を襲われただ」

「けれど、それは村の民を殺す理由には……」

「真実を隠蔽するには偽りの真実を用意しなければならない。捕らえた民は我らが何者なのかなど知るよしも無く、また、本当の目的などわかるはずも無い。何故なら我らのことを人狩りだと思っているのだから」

 ペステトォールは立ち上がり、部屋の中央に掛けられた絵画の元へと歩み寄る。

 それは昨年、流行病によって命を落とした王の姿が描かれているものだった。 

「故に、人狩りに囚われたと思いこませ、万が一逃げたとしても我々の存在を知るよしも無い」

 まるで舞台に立って演劇をしているように、ペステトォールは絵画の方を向きながら、腕を動かして淡々と話す。

「本来安全を考えるならば、民を殺してしまう方がいい……。だが、唯一真実を知る者への枷が必要だった。頑丈で決して背かない為の首輪がな。そこで必要なのが彼らだ。あの方自身が彼らの命を握っているという事実を与えるためには」

 なんの罪のない民を殺めてしまったことに男は拳を握りしめる。

「私だってこんなことはできればしたくない。だが。王が亡き今、この王国に生きる民達を助けるには必要な犠牲なのだ。分かってくれ……」

 目を閉じ、悲痛な表情でペステトォールは語る。

 倫理に外れているのは彼自身分かっている、しかし、そうでもしなければ王国全土は混乱の渦へと飲み込まれ、多くの国民が犠牲になることは疑いようのない事実であった。それでも彼は自身が行ったことが正しいことだったのか答えが出なかった。

 彼は悩んだ末にゆっくりと口を開いた。

「はい……」

「ありがとう……」

 ペステトォールは男の肩を叩いて感謝の念を伝えた。

 その後、男は他の仕事が残っていると言ってその場を後にしようとした時、ペステトォールが呼び止めた。

「知っているか? なんでも新しく勇者が現れたそうだ」

「勇者……、ですか? マツタカ様ではなく、新たな?」

 男は昔一度だけ、魔王を倒し、世界を救った勇者マツタカと手合わせしたことがあった。勇者と呼ばれていた老人は、見た目にそぐわないほどの技量と力量を兼ね揃え、何度も戦ったが一度も膝をつけさせることは出来なかった。

「そう。四十年前に現れた勇者ではなく、また、新たにこの地へと降り立ったらしい。名はヒイロという少年らしい」

 魔王亡き今の時代、ましてや、生きる伝説でもある勇者マツタカがいるというのに、何故新たに勇者が現れたのか、疑問でしかたがなった。だが、男はいずれ必要なことが起こるかもしれないと、頭の片隅にその名前を刻み込んだ。

「騎士団長のお前としては一度手合わせしてみたいだろう?」

「そうですね。出来ることならば……。では、私はここで……」

 男は敬礼をしてからその場を後にした。

 部屋を後にした男の足取りは重かった。

 出来ることなら合わない方がいい。だが、これもペステトォールの命令であり、彼自身の行ったことに対して背を向ける気は無かった。

 どれだけ罵倒されようが、罵られようが彼女にはその権利がある。

 いつの間にか目的である扉にたどり着いており、扉の前にはペステトォールを警護していた兵士よりも多く、六人の兵士が警護に当たっていた。

 さらに、警護に当たっている兵士は騎士団長である男の直属の部下達だった。

 男は部下たちに声をかけた後、扉を叩く。すると、中からメイド服を身につけていた女中が部屋の中から現れた。そして、扉を大きく広げて男を部屋の中へと促す。

「失礼致します」

 ペステトォールの書斎と打って変わり、部屋は豪華絢爛な家具が広がっていた。

 そんな部屋の奥で、一人の女性が窓の外を見つめていた。

 美しいドレスに身を纏い、輝く宝石を身に付けた。

 男は女性の近くまで歩みよると、片膝を地につけ、片手を胸に当て頭を下げた。

 男が口を開くのを見計らったように彼女が先に言葉を発する。

「二度と姿を見せないでって言ったわよね……」

 蔑んだ色を含んだ口調で女は振り返ることなく言い捨てる。

「すみません。これも仕事なので……」

「仕事だったら人をも殺すねのね!」

 男の方を見た彼女の目は壁をも貫くかのような、鋭い目つきで彼女は睨んだ。しかし、怒りに満ちた表情でも、美しい顔は崩れなかった。

 髪を編み、宝石が散りばめられた髪留めを付けた女は、かつて男が攫ってきた人物だった。そして、彼女が言った通り、彼女を王国に連れてくるために男は命令通りに村の民を殺した。

 男は口を開く。ゆっくりと、そしてはっきりと。

「王国のためならば、私は人をも殺します。それが国民のためであり、そして、王でもあるヘンリー女王のためならば……」

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