魔王復讐

兎二本 角煮

プロローグ

 紛い物を一切含まなかった青空が焦げ茶に染まっていた。それはまるで、灯油を撒き散らしたようであり、また、雲も同様に空の色を吸い、まるで土煙が舞い上がったかのようだった。

 美しかった森も今ではそこらじゅうに炎が広がり、一部では木が切り倒され、代わりに馬車やテントが開拓された空間一杯に埋め尽くされていた。

 そして、足元では人と人ならぬモノが死闘を繰り広げていた。

額にツノを生やし、耳の付け根まで伸びる口に巨大な体を持つモノ。蛙のような体が流体状になっているモノ。他にも様々な姿をしたモノ達が人と争っている。

 人ならざるモノ達は対等とも優勢とも見て取れるその光景とは裏腹に、着々と劣勢への道を進んでいた。初めはその逞しさと、多彩な種族の数で優勢にも思われたが、それもつかぬ間、人が生み出した武器とも魔法とも言える武器によって同士達は次々と倒れていく。

離れた距離から乾いた爆発音が響くと同時に同志の誰かは倒れた。それが、法則のように音がすれば倒れるという悪夢の繰り返しだった。

 一見魔法にも思われるそれは、魔力は不必要かつ、誰でも発動する事は可能と思われる。それ故に、武器の術者を殺したところで武器さえ無事であれば、新たな術者が現れる繰り返しだった。

 弓矢ごときであれば、同志達は弾き返すの容易であった。しかし、弓矢よりも速く、また、貫通力の高い武器に同志達は苦戦を強いられていた。

 それでも、同志達は確実に距離を縮め、術者の鼻先まで近づいた。しかし、こちらが術者に手を掛ける前に、その背後で体力を温存していた騎士たちが一斉に飛び出して交戦となる。その間に悪魔の武器を手にした術者が距離を取ると、タイミングを見計らって騎士隊が再び背後に潜った。術者が攻撃を再び行い、騎士達は体力を回復していた。

 体力に自信があるモノでも、着々と体力を削られていく。

 そんな地獄のような光景を、城の最上階から見下ろしていたある人物は歯を食いしばった。

 そのモノは整った美しい顔を持ち、艶のある長い黒髪を後ろで結び、全身を覆い隠す黒いローブを羽織っていた。

「ベルヘル。どうして人間は争わねば気が済まない種族なのだろうな……」

 悲痛な思いを吐きながらそのモノは訴えた。

「人間は欲深い生き物故に、ありとあらゆるものを手に入れねば気が済みません。 故に争いを起こしてでも手に入れたがるのでしょう。形なき名誉をも」

 ベルヘルと呼ばれた漆黒のローブを身に纏わせた小きモノが、片膝を地面について頭を深々と下げて答えた。

 返された答えに美しきモノは深い溜息をついた。

「私はただお前達、友と一緒に平穏に暮らしたいだけだったのに……。私が至らないばかりに、お前達には苦労ばかりかけてしまった……。本当にすまない……」

「陛下。我らは陛下から苦痛を感じたことは一度もありません。寧ろお返しができない程の多くの幸福を頂きました。ですから、謝罪などはお止めください。それにこのような争いが起こってしまった原因は私共にあります。それなのに挽回すら叶わない私共の羞恥をお許しください……」

 ベルヘルは自身の小き体をさらに縮めるように頭を下げた。

「お前たちは何も悪くない。決して……!」

 その強く発せられた言葉にベルヘルは、言葉では表現しきれない感情が湧き上がる。

 そんな時、突然爆発音にも似た激しい音、それと同時に間欠泉のように土煙が吹き上がる。その衝撃は城全体をも揺らす衝撃だった。

「来たか……。勇者……」

 目を細めて陛下と呼ばれるモノは、宿敵とも言える人間に眼差しを向ける。

 視線の先には全身赤き鎧で身に纏い、持ち主の身長とほぼ同等の大きさの剣を持っていた。そして、その者の足元にドラゴンが息絶えていた。

「バーム……」

 一騎打ちを強く志願した古龍であり、側近であり、友であったドラゴンが命絶えたことに悲しみが膨れ上がる。

 瞳は今にでも水が溢れ落ちそうになる。

 そんな悲しみに満ちている中、外では人間たちによる喝采が響き渡る。

 友が死んだことに喜びを上げる人間に、悲しみが次第に怒りへと染まる。

「ベルヘル……」

「はい」

「こんな非力で無能の王である私に力を貸してくれないか……」

 強く噛み締めた唇から血が滴りおち、声には明らかな憤怒が込められていた。

「救われたあの時から私は陛下の道具でございます。陛下のご命令であれば、どんなことであっても喜んでこの身を差し出しましょう。ですが……。ですが、もし我儘を聞いていただけるのなら、是非とも私めをお使いください」

 改めて頭を垂れるベルヘルに、王は振り返る。

「ベルヘル……。私に力を貸してくれ……!」

「この上ない幸せでございます。深き感謝を……」

 ベルヘルの体は次第に薄れていき、完全に姿形を消えた。

 その変わりかのように王はいつの間にか黒き鎧にくたびれたマントを覆われていた。あらゆる光を飲み込むような黒い鎧を纏った王は、改めて勇者の方に視線を動かす。

 勇者は見られていることに気がついていたのか、何十キロという空間を挟みながらも、王の方を凝視しているようだった。

「行くぞ」

 顔を覆った兜から発する曇った声は誰かに語るようであった。

 そして、長い戦いの末、魔王は人間に打ち倒される……。

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