インキュバスも楽じゃない!

高橋乙戯

Chapter 1 童貞インキュバスと貧乳サキュバス

 サキュバス。

 男性の見る夢の中に現れ、快楽と引き換えに精気を奪い取る悪魔であり、その全てが美しい女性の姿をしている。

最古の記録が現存する古代ローマの時代から現代に至るまで、その美貌で数多の男たちを誘惑してきた。

 そして、サキュバスの誘惑に負け、快楽に依存しきって堕落した男は、女性を誘惑し、堕落させる悪魔、インキュバスとなる。


 …これは、俺が童貞を卒業するまでの物語だ。


 中学を卒業し、高校に入れば勝手に彼女ができると思っていた。

 今考えてみれば、都合のいい勘違いをしていたと思う。

 冷静に考えてみれば、中学の時にモテていなかったヤツが高校に進学しただけでいきなりモテる訳がないことぐらいなら、例え猿並みの知能でも分かるはずだ。

 分からなかったんだから、中学時代の俺は猿以下の知能だったんだろう。

 いや、猿に失礼だろうか?

そんなことはどうでもよくて。

 こうして現実を知った今、俺に彼女はいないし、できる気配もない。

 モテない男子諸君なら一度くらいは妄想したことがあるだろう。

 クラスのあのコや憧れの先輩とあんなことやこんなことをするシーンを…。

 だが、所詮妄想だ。実現する訳がない。

あってたまるか。畜生。

 サキュバスはそこにつけこむ。男たちの妄想を、夢の中で実現させる。

 そして、文字通り夢のような体験と引き換えに、精気を奪うのだ。


 __そうして俺は、とあるサキュバスにあっけなく骨抜きにされ、人間から女を誘惑する悪魔__インキュバスに変えられてしまった。




「ちょっとちょっと!いつまで寝てるつもりなのかしら!?インキュバスのくせにレディを待たせるんじゃないわよ!さっさと起きなさいよ!さもないと××するわよ!」


「…朝から規制されるような言葉を叫ぶな」


「アンタが起きないからでしょ!?ホントに××するわよ!?」


「さっきからうるせぇんだよ!××とか××とか!というかお前が俺に××したいだけだろ!」


「いいからさっさと起きなさいよ!アタシはアンタのママでもなければお隣の家に住んでる幼なじみでもないのよ!サキュバスに毎朝起こされてる男子高校生なんて世界中でアンタだけよ!」


 朝から規制される単語が混じる口喧嘩の相手は、サキュバスのルージュ。

 俺をインキュバスに堕落させた張本人だ。

 この手の作品のご多分に漏れず美少女だが、サキュバスだからなのか、言動にいちいち卑猥な単語が混じる。

 そのため朝から××したいとか××したいとかと言う始末である。

 ちなみに胸の方は控えめというか、残念というか。


「やっと起きたわね。それじゃあ××しましょ?」


「どんだけ××したいんだよ!?だいたい、サキュバスとインキュバスだけじゃ行為はできないんじゃないのかよ!?」


 サキュバスとインキュバスどうしの行為では子を作ることはできない。

 種の存続の為にサキュバスは男を、インキュバスは女を誘惑し、堕落させ繁殖していく。

 堕落させられて、インキュバスにされた人間は異性の精気を長く吸収しないでいると、いずれ死んでしまう。

 …はずなのだが。


「うっさいわねこの童貞!どうせそんな勇気なんか無いくせにぃ!今までだって女の子一人モノにしてないくせにぃ!ヘタレ!彼女なし!甲斐性なし!」


 そうだよ。童貞だよ。悪いかちくしょう。

 誘惑し、堕落させる悪魔のくせに。

 異性の精気を吸わなければ死んでしまう体のくせに。


「何でもいいから早く準備して!アンタが遅刻するとアタシも怒られるんだからね!」


「ついてこなきゃいい話だろ!?なんでお前はさっきから俺の幼なじみみたいになってるんだよ!」


「いい!?アンタをインキュバスにしたのはこのアタシよ!?童貞のインキュバスを生み出したなんて知られたら、私のプライドと保身に関わるじゃない!何が何でもアンタには童貞を捨てて貰うの!その為にはアンタの周りの人間関係をリサーチする必要があるの!分かった!?」


「あーはいはい分かった分かった。準備できたしさっさと行くぞ」


「話聞きなさいよ童貞野郎!」


 金曜日、八時十五分。愛用の自転車に跨がり、強くペダルを漕いで学校へ向かった。


 八時三十五分。

 HR前の教室はいつも騒がしい。


「ねーちょっと、スカート短すぎなーい?」


「えー?こんなもんだと思うよ?」


「そんなに短いとパンツ見えるよ?」


「いーじゃん見られたってぇ」


 クラスの女子たちの会話が聞こえる。

 冤罪をかけられないように弁解しておくが、決して聞き耳を立てている訳ではない。

 決して。

 見られて良いわけがないに決まっている。

 男を変な勘違いさせるようなこと言うんじゃねぇよ。

 本当に最近の女子高生というヤツは。

 どうして貞操観念も恥じらいも無いんだよ。そんなの…期待しちゃうだろ。


「そうよねぇ。別にスカートからパンツ見えてたっていいわよねぇ。むしろ見て欲しいくらい」


「それ、スカート履いてる意味ねぇじゃん」


「冗談よぉ、パンツなんて煩わしいもの穿いてないわ」


「冗談だろ!?」


 朝の騒がしい教室が一瞬、静まり返った。

 サキュバスの声は普通の人間には聞こえないのだ。

 クラスメイトから見れば、俺が独り言を呟いて突然叫んだようにしか見えない。

 そしてすぐにまた、教室は朝の騒がしさを取り戻した。



 授業終了のチャイムが鳴る。

 今日も長い一日だった。

 授業中にルージュが耳もとでささやいてくるので、全く集中することが出来なかった。

 ていうか何のプレイだ、それ。


「難しい顔しちゃって、何を考えてるの?」


「お前を黙らせる方法」


「キスの誘い文句としては上々ね」


「もっと幻想的に言えよ」


「さっきまでの幻想的なささやきでもまだ足りないと言うの!?ムダ毛剃るの面倒臭いとか、下着は一週間同じの履いてるとか!」


「お前の私生活に幻滅したわ!それのどこが幻想的だって言うんだ!?」


「ズボラ女子は童貞の大好物でしょ?」


「そんな幻想、お前ごとぶち壊してやる!」


 そりゃまぁ、そういう嗜好を持ったヤツもいるにはいるんだろうけど、俺は違うぞ。

 俺の好みは、貞淑で物静かで、いつも教室の隅にたたずんでいるような…


「一人でおしゃべりなんて、楽しそうね」


 スレンダーな身体に、サラサラの長髪。

 校則を遵守した制服に窮屈だと訴えるたわわな胸。

 クールな眼差しと落ち着いた立ち姿。

 品行方正、文武両道、成績優秀を謳われる稀代の完璧学級委員長、礎清歌である。


「お楽しみのところ悪いんだけど、週番の仕事をやって貰えないかしら」


 すっかり忘れてた。

 そういえば俺週番だった。


「別に仕事を忘れていたことを咎める気はないわよ。後に残った仕事を引き受けてくれればの話だけど」


 後に残ってる仕事って…掃除当番か?


「まずは学級日誌、次にノートの提出、最後に掃除当番」


「……。」


 ほぼ全部じゃねぇか…。

 しかし、断る訳にもいかない。


「分かった、やるよ、やるから」


「そう、良かった。でも次からは忘れないようにね。別に私がやってもいいのだけれど、先生に職員室に来るよう呼ばれているし、生徒会に提出する資料もまとまっていないし。まだ床入くんが帰っていなかったから、後を任せようと思ったの」


「…さいですか」


「それじゃ、後の仕事は任せたわよ」


 そういうと、委員長は教室を出ていった。

 学級日誌を書き込むべく冊子を開くが、ほとんどの記入欄にはびっしりとコメントが書かれていた。

 後に残っているのは、今日一日の反省の欄だけだった。

 絶対、他の人間が書いたってバレるに決まっていた。


「ねぇ雄真、さっきの真面目そうなコからいやらしい女のニオイがしたんだけど」


「自分の匂いじゃないのか、それ」


「くんくん…確かに香水のニオイが強すぎるかも…って、何言わせんのよ!」


「お前が勝手に言ったんだろ!?だいたい、校則を厳守している委員長からお前みたいなキツい香水のニオイがする訳がない!」


「違う違う。あのコが怪しいってこと。」


「どういうことだ?」


「あのコもしかして…『欲求不満』なんじゃないかと思って」


「…性的にか?」


「そうよ」


「バカ言えよ。あの品行方正、文武両道、成績優秀と三拍子そろった委員長だぞ?そんなことあるわけないだろ」


「何言ってんの!ああいう真面目ぶったコに限ってド変態だったりするでしょ!?」


「ないない、ありえない」


「よく言うわよ!アンタそういうの好きなくせに!アンタが本棚の裏に『清楚なカノジョの夜のお仕事』ってタイトルのエロ本隠してること、アタシ知ってんのよ!」


「違う!誤解だ!アレは友達から…」


「アンタに友達なんていないじゃない!」


「なッ…コイツ!痛いところを!」


「それだけじゃないわ!アタシがいない間にこっそりそれを使ってしてることも知ってるのよ!気づかないとでも思ったのかしら!?残り香で分かるのよ!これでもサキュバスなんだから!それとゴミ箱に大量のティ…」


「やめろ!それ以上言うな!俺が悪かった!謝るよ!この通りだ!頼むから黙ってくれ!でないと十八歳以下の閲覧ができなくなってしまう!」


「ふん。私を見くびるからよ。次からは気を付けなさいよね」


 はぁ…はぁ…。

 危うく全年齢向けの小説では無くなってしまう所だった…。

 ……次からは気をつけてするとしよう。

 特にこの淫乱女ルージュの視線に…。


「話を戻すけど、アタシはあのコが欲求不満になってると思うわよ?」


「何でそう思うんだ?」


「女のカンよ」


 …………。

 どうツッコミを入れるべきか…。

 下手なことを言えば、また秘密を暴露されかねないし…


「納得できない、って顔ね。」


 納得できる訳がないだろ…。

 欲求不満なのを女のカンで察知しましたと言われて、はいそうですねと言えるか。


「仕方ないわね、科学的な根拠も出してあげるわ」


 いったいどんな根拠だというのだろう。


「…あのコ、おっぱいが大きいのよ」


「んな訳あるかぁぁぁ!!」


 もう我慢の限界だった。


「胸が大きいのと欲求不満なのと何がどう関係あるんだ!?」


「大ありよ!おっぱいが大きすぎると肩がこるのよ!」


「それは確かに大変かも知れないが、欲求不満になるような原因じゃない!」


「そうとも言えないわよ。ストレスが溜まれば必ずどこかで発散しなくちゃいけないんだから。それが肩こりであれ、何であれね。委員長あのコみたいな真面目そうなコは、日常生活でもストレスが溜まりやすいのよ?」


「んなこと言ったって、あくまで推測だろ?確証もないのに疑ってかかるのもどうかと思うぜ」


「だから、確認するのよ。」


「それって、つまり…」


「そ。かけるの。」


 サキュバスの言う「夜這い」は一般的なソレとは少し違う。

 襲った人間が好きなシチュエーションを夢の中で創り出して、誘惑する。

 それが淫魔サキュバスの夜這いだ。

 夢の中なら、どんなことでも出来る。

 一応、「性的な事だけ」という制約もあるのだが、襲う相手は眠っているため意識的に何もする事が出来ず、こちらからは一方的な攻撃プレイが出来るのでそれほど気にならない。

 そして、襲った人間をイかせられれば精気を奪い取る事が出来る。

 これほどの能力チカラを持っていながら、未だに俺は夜這いを成功させた事がない。

 もう一度言っておこう。

 これは俺が童貞を卒業するまでの物語だ。















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