六朝六夜:装壁の魔術師~1~

 ロビーでの会話を四人で続けていると、姿を消していた女将が夕食の用意が整ったことを告げにやって来た。


「腹が減った!」と叫んでいの一番に立ち上がったティオに続き、ファイを含めた一行は揃って食堂に向かう。


 小さい宿だが途中誰ともすれ違わない。ロビーで雑談を交わしていたのもレーメたちだけで、彼女たち以外の宿泊客がいない様子だ。


 当然、四人席のテーブルが六つ程並べられている食堂も閑散としていた。

 ロビーで会話に花を咲かせていた彼らに対し女将が気を利かせたのか、それとも横着したのか。三人とファイは別グループの宿泊客であったが、一つのテーブルに四人分の料理が並んでいた。

 レーメの隣にアーブ、正面にティオが着席すると、ファイは少女の対角線上に腰を下ろす。


 ロビーでの会話に引き続き、ティオは食事をしながらもファイが経験した『成人の儀』のことや、旅についての様々な話を聞きだすことに夢中だ。

 ファイが先輩風を吹かせている影響だろうか、アーブの口数は普段よりも少ない。


 ティオとファイの会話が一区切りすると、時折彼らの様子を窺いタイミングを見計らっていたレーメが口を開く。


「聞きたいことがある」

「俺にですか? 良いですよー。人生の先輩にじゃんじゃん聞いてください」


 ティオに様々なことを聞かれたからか、ファイが調子に乗った様子で返す。軽薄な笑みに頼りなさを感じながらも、レーメは問いかけを続けた。


「ウェリアにいたとき、魔法使いって言っていた。けど、さっきは魔術師って名乗っていた」


 少女の言葉に、それまで静かに様子を見守っていたアーブが反応し、ファイの様子を窺うように彼に視線を向ける。


「魔法と魔術は同じなの?」

「いえいえ、似て非なる別物ですよ。例えばそれは、双子の赤ちゃんがそれぞれ異なる育ち方をしたら、内面的な個性が分かれる、くらいのね」


 アーブと出会う前、レーメはティオに魔術のことを口にしていたが、その時の二人は魔術がどんなものか分かっていなかった。

 とはいえ、ティオに関しては魔法についてもあやふやな解釈しかできていない。


「なんだその例え?」

「経路が違うってことです」


 訳が分からないとばかりにボリボリと軽快な音を立てながら頭を掻くティオの様子を、レーメは目を細めて眺めた。

 魔術について気になるが、彼女はティオの仕草によってフケが料理についてしまわないかも気にしていた。

 もしついたとしても、本人の料理の範囲内にだけだろう。その上、本人に忠告したところで食事中の態度が良いとは言えないティオは気にしない可能性が高い。

 多少距離がありながらも気にした素振りを見せるレーメは、楽しみとして残している皿をさり気なく自分の方へと避難させ始めた。


「魔術とは。分かりやすく言うと、精霊を介さないで自力で要素を動かすすべのこと、ですね」


 安全地帯であろう場所に皿が到達する前にファイが説明を始める。ティオにも分かりやすいようにかみ砕いたものだ。


「へー、そんなこと出来るんだ?」

「ファイさんは簡単そうに仰られていますけど、魔術を使える人は……あまりいません」


 関心したようにティオが首を傾げると、アーブが静かに口を開いた。

 苦みのある食事はなかったと言うのに、彼女はまるで苦い食べ物を口にしたかのような表情を見せている。


「世界的に判明しているだけでも、魔術師は片手で数えられるくらいの人数なのです」

「そう。それに加えて、なろうと思う人も少ないですからねー。魔術師を志すのは、よっぽどの覚悟のある物好きくらいなもんです」


 魔術師を名乗る青年は、まるで他人事のような口調で自嘲的な言葉を吐く。


「どうしてだ? よくわかんないけど、精霊を通さないならそっちの方が簡単なんじゃないのか?」

「基本的には本来精霊が請け負っていた部分を全部一人で背負うので、負担が大きいんです。例えば魔術を使うと反動で具合が悪くなったり。それを防ぐには精霊の代わりとなる何かを媒介にする、とかの対策方法がありますけど。そう言った制約が多いからこそ、魔術を使うのは一筋縄ではいかないんですよー」


 魔術のことを語るファイが楽しそうに語る様子から、彼が魔術師と言う存在に誇りを持っているであろうことが伺える。


「どうして? 精霊は手伝ってくれないの?」

「まさかー。手伝ってくれませんよ。だって魔術師は、精霊に嫌われてますから。そう言うこともあって、一部では魔術は禁術の一種のような扱いを受けています」

「え? でも……」


 精霊の見える女性二人の視線が、ファイに寄り添う精霊へと集中する。

 怪訝な表情でいる二人の視線を追い、魔術師を名乗る青年の周辺をきょろきょろと見回しては困惑するしかないティオの様子は、精霊が見えている者からすると滑稽であった。


「それなら。どうして変態のそばには精霊がいる? 本当は魔法使いじゃないの?」

「へっ……変態っ?!」

「へん……たい……」

「ぶーーーーーーッ!!!」


 少女が首を傾げながら何気なく発した印象の悪い名称に、三人はそれぞれの反応をみせた。


 呼ばれた本人であるファイは声を裏返らせてレーメを凝視し、アーブは聞き手の中で最も穏やかな様子で右手を口に当てて困惑し静かにつぶやいた。


 最も態度に現れたのはティオで、口に含んでいた飲み物を大げさに噴出していることから、彼にとって彼女の発言がどれだけ衝撃的であったのかが伺える。


 正面にいるレーメはすでに皿を避難させていたため、幸いなことにティオによる料理への被害は最小限に抑えられた。


「私とあ……アーブが。……温泉に入った時。出て行くとか声をかけるとかすればいいのに、隠れてたから」


 たどたどしい発音だったが、温泉に引き続き自らの名前が呼ばれたことに感動を覚えたアーブは困惑していた表情を少しだけ綻ばせる。


「……だから、変態」

「それについては本当にごめんなさい!!」


 とどめを刺すように再び変態と呼ばれたのがよほど応えたのだろうか。これまでは深く反省しているように見えなかった態度を一転させたファイが、テーブルに頭がつくほど深々と頭を下げた。


「あー……可哀想だな……」

「ええ……」


 レーメが変態と呼んだことで、ティオとアーブはファイに同情した。

 何故なら、レーメが名前を覚えられなかったと言うことは、不名誉な名称で呼ばれ続ける事になることを指している。

 温泉に入る前まではギンと呼ばれ続けていたアーブは、特に実感がわいていた。

 この宿での一夜限りの短い付き合いとは言え不憫な出来事だ。何も言わずとも表情から語られる二人の物悲しさから彼らの内心を察したのか、ファイは乾いた笑いを零す。


「結局どっち?」

「あ、あはっ……。俺は魔術師ですよ」


 さすがに変態と呼ばれることに抵抗があるのだろう。ひきつった笑みを顔面に貼り付けるファイ。


 彼の返答と同時に、アーブは深く考え込んでしまった。


「ウェリアで魔法使いと言ったのは、考えがあったからなんですよ」

「どんな?」

「俺が魔術師だと名乗っていたら、あの場は沈静化しなかったと思うんですよ。魔術師と言う職業は一般ではないですからね」


「あの時ってどんな時だ」と割り込みたそうにしながらも堪えていたティオは眉間にしわを寄せて、受け答えをする二人を交互に見守る。


 ウェリアでの出来事を深堀すると、そわそわしているティオに追及されかねない。彼が耐えきれなくなる前に話を中断するべく、もっともらしくウェリアでの出来事を語るファイの回答に対してレーメは言葉少なに頷いた。


「それじゃあ、その精霊は?」

「それは、秘密です」

「ひみつ……」


 魔術師は精霊に嫌われいてるのではないのか? 先ほどの説明と現状に矛盾を感じた少女が胡乱な目線をファイの隣の精霊に向けると、彼は悪戯を企む少年のような表情でウィンクを返す。

 魔術のことが少なからず気になっていたレーメは、要領を得ない回答に肩を落とした。

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