伍朝四夜:ヒを見ぬ者~3a~

 二人より先にノストに辿り着いたティオは息を飲んだ。


 街の至る所から火の手が、煙があがっている。燃えているのは一ヶ所だけではない。家であったり、木であったり。様々な箇所で不自然さを醸し出しながら、火は所構わず揺らめきを増し続けている。


「ティオ! お前まだ居たのか!!」


 街の中で走り回っていた一人の男が、入り口で立ちつくしていたティオに気付いて近寄る。他の住民は火を消すのに必死で、『暁』に焦がれる少年がやって来たことに気付いていない。


「なんでまだここに居るんだ?! タイミングの悪い奴だな……! さっさと帰れ! 早く!」

「アホ言うなオヤジ! 久々に来たのに石投げられて追い返されて、今度は火事になってんのに放っておいて帰れっつーのかよ?!」

「火事だから帰れって言っているんだ!」


 ティオに話しかけたのは彼の父親だ。ティオと同じく藍色の髪をしている。少し痩せ細った顔の輪郭からは、苦労人であることが伺えた。


 彼は水の注がれたバケツを手にしていた。火を消すために運んでいたのだろう。中身は、一言喋るだけでも零れてしまう程の水量で満たされている。


「火消そうとしてんだろ?! 手伝うよ!」

「いや、断る! お前はさっさと帰るんだ!!」


 ティオが父親の手から無理矢理バケツを奪い取ろうとすると、親は子に取られないようにと身をかわす。反動によって水が零れる中、断り続ける父親の態度に苛ついたティオがついに大声をあげた。


「なんだよ!? なんでそうやって、いつもいつも……っ!!」

「ティオ!!」


 そこへ遅れてティオの後を追いかけたレーメとアーブが駆けつけた。


 ティオは父親に文句を言おうとしていたが、二人が訪れた事により我に返る。今は文句を言っている場合ではないと思い直した。


「レーメ、なんで来たんだよ!」

「なんで、って……し、心配、だから」


 血相を変えて怒鳴りかけたティオに、レーメが驚き身を震わせる。


「っ!ご、ごめん……」


 彼女の怯えた様子から、自分が父親に言われたものと同様のことを彼女に押し付けていることに気づき、彼は慌てて口をつぐむ。


「あなたは……昨日の吟遊詩人か。姿が見えないと思ったが、昨夜は一緒にいたのか……」


 アーブの姿を一瞥したティオの父親は、眉間に皺を寄せる。その後すぐに、ティオの父親は辺りをしきりに見回し始めた。


 昨日のトラブルの元となった二人が居ると言うことは、自分も何らかの非難を被る可能性がある。彼はそれ故、警戒心に基づいた行動をしていた。


「はい。貴方はティオ君の父君でしょうか? この騒ぎは何事でしょう? 複数の場所で火事が起きているのですか?」

「そうだと思うが、ハッキリとはわからないんだ! 朝の支度をしていたら、煙の匂いがして……慌ててみんなで火を消してる始末だ!」


 未だ勢いを保ち続ける炎を消すために、他の住民たちも同様にバケツを手に取り、あちこちを走り回っている。中にはレーメやティオよりも小さな子どもも、小さな体で必死に水を運んでいた。


 アーブは深刻な顔つきで幾つかの火元を遠目に一瞥し、レーメに語りかけた。


「……レーメさん、魔法を使えますよね? 火を消す事は出来ますか?」

「……え?」

「このまま放っておくと、被害は街中に広がってしまいます。その前に火事を食い止めないと、ますます延焼していくでしょう」

「ア、アーブ!! 無茶言うなよ!!」


 戸惑うレーメの正面に立ち、アーブは彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ訴える。そんなアーブの肩をティオが掴んで引き止めた。


 ティオの眉間にはしわが寄っており、そんなことをさせるわけにはいかないといった気持ちが表面に滲み出ている。


「判っています。あんなに怖がって街に入る手段を考えていたレーメさんに、このようなお願いをするのは筋違いかと思います……」

「わかってるならダメだ! オレが消すのを手伝ってくるから、レーメは待ってろ!」

「けれども、それでは手遅れになってしまいます……!」

「それは、そうだけど……!」


 答えを出しかねているレーメを放置して、ティオとアーブは口論を始めた。ティオはレーメの身を案じ、アーブは大勢の身を案じている。


「だけど、レーメを危険な目に合わせたくないんだよ!!」


 ティオの叫びにレーメが目を見張る。


「……わ、判った。……出来るかわからないけど、やってみる」

「え……!?」


 ティオの一言を聞いたレーメは、アーブの意見に同意した。

 ティオは一瞬、自らの耳に流れ込む少女の言葉に耳を疑ったが、空耳でない事を悟る。彼女の瞳をのぞき込むと、真剣さを秘めていた。


 レーメの顔は強張っているが、揺るぎない決意が秘められている。ティオがレーメを案じる反面、彼女も旅の相棒である少年の身を案じている。


 それに、そのまま放っておけば、アーブの言う通り街は悲惨な状態に発展して行くだろう。

 いくら街での扱いが酷かったとしても、レーメもティオもそのような光景を目に出来るほど冷酷ではいられない。


「無茶するなよ」


 ティオは一言呟いたきり、不貞腐れた様子でそっぽを向き口をつぐんでしまう。彼はよそ見をしているような態度を取ってみせたが、街の住民がこちらに注目していないかを確認しようとしていた。


 アーブは安心するにはまだ早いと思いながらも、深々とレーメに礼をした。


「ありがとうございます……。それに、ごめんなさい……」

「どうして謝るの?」

「私が不甲斐ないばかりに……。……いえ、気になさらないでください……」

「……?」


 アーブの謝罪が何に対するものか分からず、レーメは首を傾げる。

 要領を得ない吟遊詩人の呟きを追及することも考えたが、彼女は何も言わずに街の中へと一歩、足を踏み入れた。


「お願いします……」

「うん」

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