参朝参夜:壱の印~1~

「おい!おい、レーメ!!こんな所で寝るなよ!!」

「ッ?!」


 突然聞こえた声に呼ばれたレーメは飛び起きた。

 本を読んでいるうちに安心しきってしまったのか、いつの間にか寝入っていたようだ。


「……おかえり」

「待たせたなー!」

「随分遅かった」


 長い時間待たされていたレーメは寝ぼけ眼でティオを下から睨み付けたが、その視線は寝起きで視線が定まっていなかったのだろう。彼の反応は薄かった。


 ティオは包みを片手に持っていた。街に入る前には持っていなかったそれを目の高さまで掲げ、彼はレーメに笑いかける。


「悪い悪い!昼飯持ってきたから、これで勘弁してくれよ!」

「お昼ご飯?」


 ご飯と聞いてレーメは無意識に表情を和らげた。

 今日のお昼は何だろうと考えながら彼女が包みを凝視していると、ティオは意外そうに呟く。


「レーメって意外に食いしん坊だよな」

「……そうでもない」

「最初に会った時、腹空かせてただろ」


 素っ気なく答えてみせたレーメに呆れた様子でティオが答えた。


 彼女にとって、趣味とも日々の楽しみとも言えるものは料理だ。

 どうやって作ろうかと考える時間は楽しく、食べている時間は辛いことを思い起こさずに済む。


 そして最近は作った料理をティオが美味しいと言って食べるのが、レーメにとって何よりも嬉しい出来事となっている。


 ティオは意地っ張りだが、単純で嘘をつくのが苦手でもある。

 だからこそ、彼が素直に美味しいと表現したことを、レーメはどこか素っ気ない素振りを見せながらも内心では素直に受け取ることが出来た。


「そうだ、場所を移動しよう。ここだと街の入り口に近いから、見つかると変な目で見られる」

「うん」


 食事をするのであれば安全な街の中で食事をするべきだ。

 何故わざわざ魔物が出て危険な場所で食事をするのか、事情を知らない人物からは彼らが変わり者に見えないだろう。

 そして、見つかると先程のような事態になることは確実だ。


 レーメは颯爽と立ち上がる。

 今いる場所はそう目立つ場所ではないものの、ティオと共により多く木々が生い茂る場所へと移動した。


 辺りを見回して街道から見えない事を確認すると、レーメは被っていたフードを外して地面に座る。

 すると、ティオが何か言いたそうに口を膨らませた。


「何?」

「え?いや、それ外して良かったのか?」


 彼は言い辛そうに、レーメの背中にあるフードを指差した。

 彼女の髪のことを気にしているのがよく分かる。


「大丈夫。誰かがここまで来なければ見えない」


 それに被っていてもこの街では意味がない。

 フードを被り髪を隠す少女。といった要素が、レーメを指すことを思い知らされたからだ。


「そっか」


 そんなレーメの心境に気付くことなく、ティオは安堵の表情を見せる。そして彼女の正面にしゃがみ、昼食と思しき包みと水袋を並べた。


 ティオが包みを開け始めると、中身が気になったレーメは向かい側から中身を覗き込もうとする。


「しっしっ!陰になって結び目見えねぇよ!近づきすぎ!食い意地張りすぎ!」

「……そんなに張ってない」


 接近しすぎて追い払われたレーメは仕方なく行儀良い姿勢で待つと、ティオは再び包みを開き始めた。


 包みの中身は、四種類のサンドウィッチだ。

 ティオがどこか台所を借りて作ってきたのだろうか。


 中でも一際彼らの目を惹いたのが、見事なまでに真黄色の具材を所々が文字通り黒いパンで挟んだサンドウィッチだ。どう見てもパンが焦げている。


「パン、焦げてない……?」


 パンが焦げているのはともかく、具材の黄色い物体を見た瞬間に嫌な予感がしたレーメは思わず唸り声をあげた。

 身震いしながらティオの様子を伺うレーメとは正反対に、彼は感嘆の声を漏らしている。


「へぇ、これ変わってるな。何味なんだろうな?」


 その発言から、ティオが作ってきたものではないということが伺える。


 疑問を持たずに興味をひかれたティオは、好奇心を抑えきれない様子で異色のサンドウィッチへと手を伸ばす。


「……」


 良く見ると具材の中から謎の物体が飛び出していることに気づいたレーメは、ティオがサンドウィッチを選ぶ様子を唖然とした。


「レーメは?どれにするんだ?」

「あっ……。……これにする」


 残りのものは、どれも無難な見た目をしている。

 気を取り直したレーメは、残りのサンドウィッチの中から一つ選んだ。


「じゃあ頂きまーす!」

「頂きます」


 ティオは口いっぱいにサンドウィッチを頬張り、レーメは一口ずつ咀嚼しながら食べ始めた。


「はむ……」


 レーメが食べたのはレタスとトマトのサンドウィッチだ。

 シャキシャキとした食感とみずみずしさから、採れたての野菜を使って作ったことがわかり、彼女の表情が自然と緩んだ。


 ティオの食べたものはどうだったのだろうか?そう思ったレーメはサンドウィッチに向けていた目線をあげる。

 すると、彼はグロテスクな物体を手にしたまま硬直していた。


「……どうかしたの?」

「…………」

「ティオ?」


 反応のないティオの目の前で手をヒラヒラと振るレーメ。


「うっ……うげーーー!!!!!」


 すると、彼は不意にうめき声をあげたかと思うと、何かを吐き出した。


「うー……ぺっぺっ!」


 涙目になりながら何度も唾を吐いている。余程食べた物が危険なものだったのだろう。

 どう見ても不審な見た目をしていたのに何故食べたのだろうか。レーメは呆れた目線をのど元を抑えて苦しむティオに向ける。


「ま……まじゅい……」

「……見た目が変なの食べるから……」


 とは言え、流石に放っておくわけにはいかないと思ったレーメは、水袋をティオに差し出す。

 じたばたと暴れる彼は、彼女からそれを奪い取ると口内へと一気に流し込んだ。


「……水がウマイッ!!だけどまだ変な後味が残るーーー!!!」


 一体何が入っていたのだろうか。呆れた様子のレーメに見守られながら、ティオは口直しをすべく二つ目のサンドウィッチに手を付けた。


「お。さっきと同じで中身黄色いけど、こっちは卵だぞ!」


 ティオはそう言って嬉しそうな表情と共に具材をレーメに見せる。

 一つ目のサンドウィッチより珍妙さはないものの、同じ色の具材を選んだティオは学習しないのだろうか。


 慌ただしく世話が焼ける彼の様子を見守りながら、食べかけになっていたサンドウィッチの残りをレーメは口にするのだった。

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