壱朝壱夜:奇跡の罠~4~
数十分後、家の戸が静かに開いた。ティオが帰ってきたのだ。
「よぉ……」
「よぉ……じゃないわい」
何気なく声をかけてきたティオに対し、ゴルダはわざとらしく悪態を付く。ティオは家に入ってすぐに部屋中を見回して言った。
「……あいつ、どうした?」
「泣き疲れて寝てしまったわい。空き部屋で寝とるよ」
「ふーん」
レーメの行方には興味がないのか、それとも彼女が部屋に居ない事を確認したかったのか、彼は短く呟いた。
「頭は冷えたかの?」
「頭どころじゃねーよ!外寒すぎ!冷えまくったね!!」
「こんな真夜中にほっつき歩くからだ」
先程居た席に座ったティオは、体を暖めようと目の前に置かれているハーブティーに目を向けるが既に冷めている。カップに軽く手を添えた後、彼はそれを口にせず代わりに深い溜息をついた。かと思えば今度はテーブルに頬杖をつき、だらしがない格好でゴルダに話しかける。
「あいつさ、一人で勇気あるよな」
「なにがじゃ?」
ゴルダは彼が何を言おうとしているか、何となく理解してはいた。しかし、ティオがその先の心境を語ろうとしている事に勘付き、先を促すように問いかける。
「≪暁≫の髪してるのに一人で旅していて……それに女だろ?何があるか分からないのに怖くないのかな」
それはどこか、問いかけると言うよりは自らの考えを整理する為の独り言のようでもある。ティオはこれまでのレーメの言葉を思い出した。ティオは、自らが呟いた疑問の答えを分かっていたのだ。
レーメは自分がこれ以上嫌われる事を恐れ、そして好意を持たれる事に対して戸惑いを感じている。それはレーメが幾度も二人に問いかけていたことで、ティオも気づいていた。そんな感情を持つ彼女が、怖くないと思う訳がない。
しかし、気付いてしまったからこそ、答え合わせをしてみたくなったのだ。
「馬鹿者」
ゴルダに静かに怒られ、小言が始まると思ったティオが姿勢を正す。
「……」
しかし、後に続くと思っていた言葉は何もなかった。拍子抜けしたティオは溜息をついて、外に出ている間に考えていた事を口にする。
「オレ、忘れてないよ」
「なんじゃ?」
「ジジイが≪暁≫が綺麗って言ったこと、忘れてないよ」
「そうか……」
「オレもジジイと同じで綺麗だって思ったことも、忘れてないからな」
そう言って真剣な眼差しでゴルダを見つめる。彼もティオを見返す。
「お前は本当に……素直で馬鹿じゃな」
呆れた口調のゴルダは微笑んでいた。
「オレは知りたい。いや、違う!ジジイが言っていた、≪暁≫が綺麗だって言われていた頃に戻ってほしいんだよ!」
「それはレーメと旅をすれば元通りになる事だと思って言っておるのか?」
「ああ、そうだよ!!悪いかよッ!!」
興奮したティオが立ち上がる。
「あいつは≪暁≫の嫌われる理由を知ろうとしている。それが分かったら、みんなが元のように思えるかもしれないじゃないか!!だから……オレはあいつの旅について行く!!」
ティオは外に出ている間に考えを纏めていたらしい。頭を冷やす所か熱い思いを携え、彼は祖父の顔を睨み付けた。
「……レーメの言うように、危険が伴う旅になるかもしれんぞ?」
「それでも良い……!ジジイのところで隠れてるよりは、自分から進んで道を切り開いてみたいんだ!!」
「……」
ティオはゴルダの返事を待った。しかしゴルダは返事をしない。真剣な眼差しで見つめるティオをただ見返すだけだった。一気に捲し立てたティオは息切れしたようで呼吸が荒くなっている。沈黙が訪れた中ではティオの息づかいが部屋中に響く。ティオが最後に深呼吸をして唾を飲み込むと、ゴルダはそれまで閉じていた口を開いた。
「良く言ったな。ティオ」
そして立ち上がってティオの所まで歩いて行き、彼の頭を優しく撫でる。
「な、なにすんだよ!!もう子供じゃねーんだからな!!」
ゴルダがティオの頭を撫でるのは何年振りだろうか。ティオは懐かしさと恥ずかしさで顔を紅潮させ、ゴルダの手から逃れた。
「良く言った」
ゴルダはもう一度言った。
「孤立して行き場を無くしたお前を、どうしたらいいのか、儂はずっと考えておった……。だから、『隠れるより自分で道を切り開く』、お前がそう言う日をずっと待っておったよ」
ゴルダは再びティオに近づいて、今度は激しく頭を撫で回す。
「お、おい!ジジイ!髪がぐちゃぐちゃになるだろ!!」
「元からなっとるじゃろう!この馬鹿孫!」
暫く二人は喜んだり照れたり逃げたり頭を撫で回したりと大忙しだった。
「レーメとの出会いはまさしく奇跡じゃな」
「はぁ?奇跡?」
「そうじゃよ。ティオが前に進む事が出来るようにと、狩人の罠が引き合わせた……奇跡の出会いだ」
ゴルダは満面の笑みで微笑む。その微笑みは太陽の温もりのような暖かさを伴うものだった。
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