暁の魔女と終焉の勇者【超不定期更新】

江東乃かりん(旧:江東のかりん)

起   :黄昏の温もり

 黄昏の刻。

 賑やかに話し合いながら子ども達は帰路についていた。

 ある子は今日の夕食の話を、またある子は明日の遊びについて。

 皆それぞれの話に花を咲かせて、楽しそうに暖かい家へと帰って行く。


――わたしは孤独なんだ。


 しゃがみこんでいた彼女はほんの一瞬だけ、彼らを見つめた。

 けれど、黄昏時に微かに残された光の眩しさにうずくまってしまう。


――暗くなったら……帰ろう。


 そう思いながらも、帰る気などさらさらない。


――それは、自分を誤魔化すための言い訳でしょう。


 彼女はうずくめていた顔を歪ませた。自分自身の心の呟きは、自らの心を苦しめている。

 夕焼けの光が眩しいなど言い訳に過ぎず、帰りたくは無い本当の理由は、彼らを見ていたくなかったからだった。

 開いていた目を強く閉ざすと、彼女の視界は真っ暗闇に覆われてしまったが、何も見る事の出来ない闇に安堵する。


――朝なんて来なければいいのに。


 彼女は黄昏時を恐れていた。

 何故なら、多くの笑顔が見れるその時は、彼らの顔ですら見ていたくない彼女にとっては苦痛な時間でしかないからだ。

 それらが「また明日」と、明日を望む声を響かせると、彼女は自分が自身の殻に閉じこもり続けてしまいそうな錯覚に陥るのだった。


 ふと、少女は右隣に暖かな気配を感じた。

 その温もりに閉ざしていた目を開けたが、彼女は顔をあげようとはしない。

 代わりに、また異なる様子で顔を歪ませては、必死に表情を見られないようにとうずくまり続けようとしている。


――このまま、時間が止まればいいのに……。


 なかなか立ち上がらない少女に怒ることなく、暖かい気配はゆっくりと待ち続ける。

 そうしていると、彼女が必死に押さえていた感情が静かに零れ出そうとしていた。

 少女はただ、寂しかったのだ。


 少女の揺れる感情に気が付いたのか、暖かい気配の主がゆっくりと動き出すように感じられた。


「……なでなで」


 ふんわりと落ち着いて優しい声で、何故か仕草を表現して少女の頭を優しく撫でる。

 暖かい温もり、暖かい気持ち。

 その暖かさは、彼女の気持ちを揺るがす。


――私は……一人でいたくない。


 うずくまっていた少女は、少しだけ顔をあげた。隣には少年がいる。彼が彼女の頭を撫でていた。

 彼は少女と目が合うと心配そうな瞳を向けて、撫でていた手を離して彼女の目元を拭う。

「……もっと、撫でていて欲しかったのに」そう感じた彼女は、もう一度うずくまろうとした。

 彼はそんな彼女に優しく語りかける。


「おうちに帰ろ?」


 彼は首を傾げて、黄昏時の微かな日差しのように黄金に輝く髪をふわりとなびかせた。

 その色を飲み込んでしまうような彼の紫紺の瞳に、少女はたまに自分の心を見透かされているように感じる事がある。

 少女は無言で頷き、立ち上がった。彼はそれを見て満足そうに微笑むと、彼女の手をとって歩き始めた。

 その手はとても温かく、少女はその温かさにいつも心を癒されている。

 失いたくない唯一の温もりに、彼女は強く彼の手を握りしめた。


――私は黄昏が嫌い。

 楽しそうに笑い合う子ども達の声が響く時間。

 明日を望むその声は、度々少女の心を苦しませる。


――私は黄昏が苦手。

 少女には、優しい表情で微笑む彼の笑顔が眩しかった。

 そして、心配そうなその瞳に、いつもすがりたくなっていた。


――私は黄昏が愛おしい。

 それは、きっと手に入らない、彼女にとって真逆の存在。

 少女はそれを赤ん坊の時に、もしかしたらそれよりもっと前から失っていた暖かい温もりだと信じている。

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