虞美人草は誰がために咲く

斎藤帰蝶

第1話 はじまり

もう、ダメだと思った。


悲しみと絶望、怒りと妬み、いろいろな気持ちが入り交じって。

混乱していただけだったのかもしれない。


でも、ダメだと思った。


私は暗い河面を見下ろして。

橋桁にしがみつき、よじ登ろうとした。


そのとき。


肩を後ろから掴まれた。


「やめなさい。」


振り返ると、一人の男性がいた。


怖いくらいの険しい顔立ちに、

私の勇気はすっかり挫けてしまった。

全身の力が抜けて。

その場に座り込んでしまった。


とたんに。


ぶあっと涙が溢れて来て。

その勢いに流されるように、私は泣き続けた。


・・


どれぐらいたっただろうか。


涙も涸れて。

気持ちも落ち着いて。


ふっと見ると。

その男性はまだ側にいた。


今は険しさもなく。

どこか神妙に私を見ていた。


鋭いくらい、端正すぎる顔立ち。

肩幅があって、背も高い。

その姿は、とても力強かった。


ずっと、側にいてくれたんた。

私が泣き終わるまで・・


見ず知らずの女に、どうしてそこまで優しいの?


とまどいと。

甘えたくなる気持ちと。

それをためらう気持ちと。


ぐちゃぐちゃになって。

また涙がにじんできた。


でも。

これ以上、迷惑をかけるわけには。

そう思いながらも、私は期待していたのかもしれない。


「ごめんなさい、もう大丈夫です。

 ありがとうございました。」


何とか、その言葉を紡ぎだして。

何とか、立ち上がろうとした。


あ、足に力が入らない・・


「大丈夫ですか。」


倒れそうになった私を、その人が受け止めた。

自然、その人の胸に体を預けるかたちになる。


はずかしかった。

でも、それ以上に、ほっとした。


「一人になるのは、まだ心細いでしょう?」


その言葉が。

少しだけ。

少しだけ、甘く感じた。


こころが、折れた。


そのまま、その人の胸を借りて。

しばらく、泣いた。


私はただ、誰かに、

私の気持ちを分かってもらいたかっただけなのかもしれない。

慰めてもらいたかっただけなのかもしれない。


ただ、ただ、優しいその人に。

私はすがって泣き続けた。

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