第3話 転生者

 ______ガギルウスの森______


 薄暗い森を抜け、廃墟のような丸太小屋の中に人間なのか、クマなのか区別がつかない程に小汚い黒の球体がかび臭いベッドの上でちょこんと丸まっていた。


「......エリシアさん。こいつ、何ですか?」


「ん? 彼は一年前、私が転生者としてこの地に送り込んだ桐島きりしまつとむという男だ。元はスーパー営業マンでバリバリの仕事人間だったらしいが、あまりの激務で精神を壊し、自殺。それが不遇と認定され現在に至る」


「現在に至るって......。一つ良いですか?」


「あぁ。何か?」


 私はスタスタとエリシアさんの脇を通り、ベッドでスヤスヤと眠っている男の腹に踵落としをお見舞いした。


「あんた! エリシアさんが来ているのに挨拶も無しかよ!」


「ぐへぇ! 何!? 地震!?」


「この世界に地震なんてある訳ないだろ!」


「あ!? なんだ! テメェは! いきなり人がスヤスヤしている時に雑な起こし方しやがって!」


 紺色の作業着のような寝巻姿で中肉中背の桐島という男は、私に腹を蹴られた事で額に青筋を浮かべながら上体を起こした。


「人間風情がなんだ! その口の利き方は!」


 ドブネズミと同等の存在価値しかない人間風情が天使である私にきいてはいけないような口を利き、頭に血が上り、滅失してやろうと第三界位魔法の呪文を脳内で詠唱しているとエリシアさんが慌てて止めに入った。


「ちょっとちょっと! 落ち着いて!」


「エ、エリシアさん。どうしてこいつの肩を持つのですか!?」


 天使にこれだけの無礼を働いているのだ。

 いくら転生者に選ばれたからといっても特別扱いする訳にはいかない。

 無礼者と不潔な者と20歳過ぎてもお母さんから小遣いを貰っている奴は神の鉄槌をお見舞いしなければ。

 汚物は消毒。

 これが私のモットーである。


 エリシアさんは守護天使の中でも強い力を持ち、第五界位魔法も扱う事が出来るエリート。

 転生者クラスのゴミが気軽に話しかけて良い存在でもなければ、その姿の前で寝るなんて言語道断。


 私はエリシアさんに対する桐島の態度に感情が高ぶり、桐島を滅失する魔法を詠唱し始めていた。


「このクソが!!! 死ね!!!」


 丸太小屋上空に出現する魔法陣。

 私やエリシアさんのような上級魔法を使う者には効果はないが、下級悪魔や人間ならばこの聖なる光を浴びただけで塵となる。

 ざまあみろ人間!

 後悔は来世でするんだな!


「眩しいいい!!! うがあああぁ!!!」


「ふっははは!!! 死ね死ね! 塵となりなさい!!!」


「ぐあああ!!! 目が目が!!!」


「ふはははは!!! 私に生意気を言った事を後悔しなさい!」


「ううう.......。寝起きなんだから勘弁して!!! 早く消して!!!」


「ふはは! 苦しみながら消えなさい!!!」


「あああ!!! 最悪の目覚めだ!!!」


「ふは......はは......ん?」


「お願い!!! 言うこと一回聞くから消して!」


「......」


 んん?


「なあ!!! 早うぅぅぅ!!!」


「......」


 んんん!?


「俺、本当、眩しいの苦手なんだよ! 早く消し______」


「っうか、死ねよ! 何であんたピンピンしてんのさ!」


 おかしい。

 普通の人間であれば一瞬で消し去る程の上級魔法なのだ。

 こいつが転生者というアビリティを持っていたとしても人間という種族の枠から逸脱した訳ではない。

 チート持ちだと言っても駆け出しの転生者がこの魔法に耐えられるはずがないのだが......。


「桐島はゼウス様から直接、寵愛を受けたの! テテスも噂くらいは聞いているでしょ!?」


「______なっ!? ゼウス様から直々の寵愛!? こいつが!?」


 我々は普段、死んだ人間の中から転生者を選定し、異世界に転生させるという業務を行なっている。


 我々は大小含めて2501万の世界を管理しているのだが、いかんせん、細かな所まで管理が出来ていない。

 知らないうちに世界が滅びている事も多々あり、「この状況マズくね?」と5大神と呼ばれる偉い方々が問題を提起し、世界の管理体制を改革。

 その改革というのが死人に世界の管理をさせるという何とも手離れの良い案だったのだ。


 転生を行う際、転生者には神の加護と言われる特殊な能力を与え、その世界の秩序やバランスを崩す存在を消す事を命じた。


 初めのうちは人間にそんな事が出来るのか?

 と疑いの声が多かったが始めてみれば案外順調に成果を出し、改革の前は世界の消滅率が15%あったのに対し、改革後は1%と大幅に消滅率を減らし、今では世界の管理の殆どを転生者任せにしてしまっている。


 5大神曰く、「転生者を管理する者がいれば大丈夫だろ」との事で我々守護天使と呼ばれる転生者を管理する存在が誕生した。


 守護天使の仕事内容は転生者の選別、世界においての転生者の進捗状況の確認など多岐にわたる。

 その仕事の一つに能力の付与という作業があるのだが、ギフトBOXと呼ばれる黄金の筒から光の球体を取り出し、それを転生者の胸に押し込むとランダムで能力が付与される。


 エリシアさんは真面目で弱き者の話もきちんと聞く出来た人だ。

 能力を与える際に転生者の意見も聞き、ある程度、能力を選ばせてあげているらしい。

 光の球には色がある。

 赤だったら攻撃系の能力、青は生産系、ピンクはヒーラー系などなど。

 公表はされていないがそういった情報はあり、守護天使である我々の間では有名な話だ。

 私は仕事の内容に「転生者の意見を聞き~」といった項目がないので余計な事はしない。

 無駄な仕事はしない。

 それも私のモットーだ。


 話は長くなったが、転生者に能力を付与するという行為は守護天使である我々がする作業であり、5大神のような偉大な方々が行うようなものではない。

 というか、我々が行うと“付与”になるのだが、神々のような位の高い存在が行うと行為そのものの性質が変化し、”寵愛”という意味は似ているが全くの別物となる。


 なので、神々が転生者に能力を与える行為は禁止行為だと暗黙のルールとされているのだが......。


「ううう......。何なんだよ。人が心地よく寝てたら急に明かり付けるなんてよ! 部活の合宿じゃねえんだぞ! もっと気を遣えよ!」


「すまんな。テテスも悪気があった訳ではないんだ」


「気を付けろよ! モグラに感情移入するところだったわ!」


 いや、完全に私、こいつを昇天させようとしたんだけどな......。

 第三界位魔法を受けてもノーダメージで、ゼウス様から寵愛を受けた存在を目の前に私は開いた口が塞がらなかった。


 ボサボサの髪、無精髭。

 死んだ魚のような目をしており、ヤル気というようなものがこの男からは微塵も感じない。


 こんな男がゼウス様から寵愛を受けたなんて何かの間違いだ。


「わ、私は認めない! こんな男がゼウス様から寵愛を受けたなんて!」


 桐島とエリシアさんのやり取りに割って入り、私は小さく身体を震わせながら声を振り絞るようにして言い放った。


「百聞は一見に如かずかな......」


 現実を受け入れきれない私を見て、エリシアさんはポツリと言葉を零した。

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