第56話 希望のみちしるべ(26)

 Mira 2010年1月14日 23時00分49秒 ガンダーポール廃坑道



 僕たちの闘いは探知され、追っ手が来るのは時間の問題だった。完全に疲れが癒えるのを敵は待ってくれない。この廃坑道に長居をすることはできないのだ。


 悠長かもしれないが、僕とアリスは今までに起きたあらゆる出来事を話した。そして、これからどうするべきかも。まず大切なのは、ロキシーを倒すこと。アザトス大佐曰く、側近の騎士は既にロキシーの息がかかっているらしい。彼女をなんとかしなければ、現政権を切り崩すことは不可能だ。本当は権限だけを無力化するのが望ましいが、あの魔核能力がある以上は非情にならざるを得ない。


 ――――ただ本音は、個人的に奴を殺したい気持ちでいっぱいだ。今までやられた分を倍にして返してやりたい。爆発していないのが不思議なほど怒りが募っている。奴のために殺された人たちの怒りが僕の心に火をつけたかのようだ。あの女を直接殴らなければ収まらない。この手で奴を……この手で奴を……この手で――――


『奴を殺す』


「ジュランから連絡が入った」

「!!」


 アザトス大佐が声を発する前に、誰かの声が……いや、思念が脳に流れ込んできた。強く激しい、僕の怒りなど比べものにならないどす黒い憎悪。光の魔法を使ったつもりではなかったし、ここにいる誰もが怒りを抱いているだろうけれど……


 キョロキョロとして振舞いに落ち着きが無さ過ぎたせいで、アリスが心配そうに声をかけてきた。


「ミラくん、大丈夫? すごい汗だよ」

「……ええ、何でもないです。今ちょっと、うたた寝してたのかな……?」


 彼女に続いて大佐も心配してくれた。


「すまん、それだったら寝かしてやった方がよかったかもな」

「いえ、平気です」

「そうか……ジュランもロキシーと契約していたが、ミレニアンと闘って契約の証を刻印された腕を切り落とされてたんだ。丁度、お前がロキシーに捕まった直前に逃亡してたんだ」


 そうか、ロキシーがうっかりアザトス大佐との契約を無力化してしまった理由は、ミレニアンが既に直接的な攻撃を仕掛けてきた焦り故のものだったのかもしれない。


「ロキシーは明日、魔天に向けて立つつもりだ。出発予定地はバルダック宇宙軍港」

「魔天やて? ウチらのことはほっぽりだしてか?」

「いいや、むしろ誘ってるのさ。一応奴の立場は連合の首脳だ。いつまでも本部を放置して氷星天に居座ることはできない。議事堂で仕事しなきゃ大事な支持率を失いかねないからな。第一、俺たちのことを無視していいのならこんなにも簡単に……ましてや出発場所や時刻まで事細かに漏れる筈がない」

「しかも軍港だ。あちら側の人手も装備も山ほどある。我々を捕らえるのにはうってつけだろう。ミラとアリス、そしてアシュレイ様が指名手配されていることも考慮せねばならん。仮に我々が正面から挑んだとしても、向こうには騎士の使命という大義名分がある。打倒ロキシーを成し遂げたとしても、我々の言い分が通じるとは限らんぞ」


 クラウザーが言うと、皆揃って口を閉ざしてしまった。


(騎士の洗脳が解けたとしても、民衆がテロリストの話を聞くわけないか……)


 ロキシーに対してはいくらでも無慈悲になれるが、罪もない人々に余計混乱を招くなど気が進むはずもなかった。そもそもロキシーの政策――――と言って良いものなのかは怪しいが――――は、連合の平和を維持するものとしては悪いものではない。民衆が団結し、侵略者に立ち向かうという構図は理想の中の理想とも言える。問題は奴が国に独裁体制を敷くことではなく、人々の心を支配することなのだ。


「どのみち闘いは避けられないです。ロキシーを倒すことに変わりはありません。あたしたちにとって重要なのは“勝つこと”です。後手に回ったって、やってやります」


 最初に立ち上がったのはアリスだった。


「……せや!ウチ頭悪いから策なんてよう思いつかんけど、やることをやるだけや!」


 女性陣が肩を並べて意気込みを見せつけた。その時ふと、僕の脳裏に何かが引っかかった。具体的な形のある言葉ではなくて、もっとふわっとした“要素”……いや、方針というべきか。僕らはそもそも何を気にして攻め方を選り好みしていたんだろう? 民衆を混乱させないためとは考えたが、などあるだろうか? 狙って混乱させたならば……今ある秩序を逆手にとることができたなら……


「ミラ」


 クラウザーに呼ばれ顔を上げると、彼は無言で頷いた。僕に発言するべきだと言っているのだ。僕はそれに後押しされて考えを形にした。


「考え方を変えてみましょう。ここにいる三人が指名手配されているこの状況は有効活用できる気がするんです」

「どういうことだ?」


 大佐は顎に手を当てて問う。


「思い出してください。僕らを……正確には僕の持っている超獣の力とミレニアン・シャドースパークを狙っているのはロキシーだけじゃなかった」

「ロキシー以外でシャドースパークを狙うって言うたら……」


 シャドースパークを操れるが、ロキシーにとって味方ではない僕を排除しようとした勢力。即ち――――


「そっか、ミレニアンだ!! って、まさかミラくん……」

「そのまさかです。僕を殺そうとするミレニアンを誘い出します。シャドースパークを僕が握っているだけで奴らにとっては大きすぎるディスアドバンテージなんです。僕を殺してロキシーに奪われることも阻止したい筈です」

「ミラ、お前わざと三つどもえの状況を作るつもりか!」

「はい。僕はロキシーとミレニアンを同時に始末します」


 後がないからこそ仕掛けられる闘い。僕だったからこそ仕掛けられる作戦だ。しかし、まだ大佐は納得がいかない様子だった。


「待て、言いたいことはよく分かる。だが、仮にロキシーもミレニアンも倒せたとして、人々の混乱は避けられない。俺たちの言葉を信じる者はいないだろう」

「ええ、ロキシーを倒せば僕たちの言葉は誰にも信用されなくなる。けれど……世界を救った英雄なら話は別です。大佐、もう一度英雄になってください」


 大佐はハッと驚きを露わにした直後、訝しげに眉間にしわを寄せた。僕に向けた怒りではなく、大佐自身に向けられた疑問符のためだ。


「俺がバルギルを倒した時みたいにって意味か……?」

「そうです。あなたはロキシーには攻撃せず、あくまで連合側の戦力として振る舞ってください。そして全てが終わった後、僕らを逮捕するんです!」

「何だって!?」

「連合の首脳の意志を継いで侵略者を倒し、悪党をまとめて捕らえた真の大英雄って筋書きです」


 面食らったのを誤魔化そうともせず、大佐は眩暈を起こしたように、ふらりと坑道の壁にもたれ掛かる。


「……なんてこった。また俺は偶像かよ」

「ごめんなさい大佐」

「謝るなよ、余計不憫になる……いや、けどまあ……俺も他に策なんて思いつかないからな……」


 そして一度うなだれたように腰を落としたが、すぐに立ち上がって僕の背中を叩いた。


「乗ったぜ、監督。演じきってやろうじゃないか」


 僕らはひとりひとりと目を見合わせ、そのたびに固い決意を確かめるように頷き合った。


「もう一つだけ教えてくれ。ミレニアンは本当に来るのか?」


 大佐の問いかけに、僕は自信たっぷりに頷いた。


「来ます。ギルテロさんが殺されたとき、僕らの動きは誰にもつかめていない筈だった。なのに奴らはまるでピッタリ着いていたかのように正確に攻撃してきた。ホテルでは軍人と同時に……いや、僅かに早くミレニアンが攻撃してきた。そして僕が大佐に捕らえられた直後、ジュランさんと闘ったミレニアンがいると言うことは、捕まっていた僕を狙って攻撃を仕掛けていたという事です。たぶん奴らは僕の居場所が……超獣の居場所が何らかの手段で分かるのかもしれない」

「ちょっと頼りない予測やな。けど、来る前提でやらな作戦もクソもあったもんやないて」

「百万分の一でも可能性があるって言ってくれたなら俺は乗るつもりだったぜ。そうと決まれば、行動は早い方が良い。一時間で出発しよう。……そうだミラ、作戦名はどうする?」


 そういうのを求められるとは思わず、面食らってしまった。だが、四人に見つめられて脅迫されているような気持ちになってしまい、僕は考えざるを得ない立場に追いやられてしまった。まあ、発案者だし仕方がないかと、無理矢理割り切る。


「作られた戦場……計画プロジェクションされた混沌カオス……『Project The Chaos』ってとこで、どうでしょう?」



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