第49話 希望のみちしるべ(19)

 Mira 2010年1月12日 12時7分0秒 氷星天 グロスト市弐区 プリレスカベルン ダイナー『Dance Dance Bum』


 あまりじっとしているのは得策ではないと分かっていながら、僕らは空腹に耐えかねて、ハイウェイを降りてすぐのダイナーに入った。アリスは乗り物が苦手なのか暫くグロッキーだったのだが、ダイナーから漂う肉の匂いに反応したのか、勢いよく飛び起きた。


 グロスト市のプリレスカベルンという土地は開拓時代の氷星天で数少ない娯楽の集まる場所だったらしい。今となっては寂れているが、シアターやプラザ、そしてリパルサーリフトを使った乗り物を改造した店など、かつての繁栄を感じさせるものはまだ多い。ライセンスを持たずして商業をやるなら、氷星天ではここが一番適しているだろう。


 『Dance Dance Bumダンスダンスバム』もそんな店の一つ。歴史はあるが、いつまでも変わらず非ライセンスの怪しげな食堂。ある意味ギルテロさんが好みそうな場所だ。店に入ると如何にも無法者っぽい見てくれの人が沢山いた。皆一様に、こちらに目を向けもせず、黙々と料理を頬張っている。スティルさんはともかく、ベーシック・バトルスーツを着た男女を見て何も反応がないと、逆に不安になった。落ち着かないまま僕らは窓側のテーブルに腰掛けた。


「金ならある。好きなもん食え」

「……良いんですか?」


 僕の問いかけに、スティルさんがキョトンとした顔を見せた。


「何を今更遠慮してるんだ」

「いえ、アリスが沢山食べるから、クレジットの残高が心配で……」

「やかましいわ!」

「はっはっは! 安心しろ。貯蓄だけが俺の自慢だ。そうだ、こうしよう。命令だ、沢山食べろ」

「……そう言われて、NOと言うほど女と胃が廃れてないですぜ」


 そう言いつつも、僕らは二人そろって一番安い肉料理のプレートをオーダーしただけにとどまった。食欲はあるはずなのに、何故だか胃が受け付けてくれる気がしなかったのだ。


「それにしてもお前ら仲良いな。恋人なのか?」


 恋人……そんな風にアリスのことを意識しているのは僕だけかもしれない。彼女は僕をその位置に当てはめて考えてはいないだろう。ただ仲が良いのは事実だし、恋人以上に特別で異質な関係だと思っているのも確かだ。昨晩のことだって、冷静に考えれば何かがおかしかった。僕もアリスも、まるで獣のように互いを求め合った。言い訳はいくらでも思い浮かんだが、あの追い詰められた状況で情事に及ぶなど客観的に見れば正気の沙汰ではない。幸い理性がギリギリ踏みとどまってくれたが……。


『ここで臨時ニュースをお伝えします。たった今、騎士団評議会ロキシー・ローウェン最高議長から、元老院を解散すると発表がありました。繰り返します――――』

「!!」


 店の壁に掛けられたスクリーンが、僕らにとって最も恐れていたニュースを発信していた。店の人たちが一斉にスクリーンに注目した。


「こいつは一体どういうことだ? いくらロキシーでもこんなに早く元老院を解散させるなんて……」

「あんたら知らないのか?」


 汚れたエプロンを着た男が僕たちの注文した料理をテーブルに並べながら話しかけてきた。


「店主、なにが起きたんだ?」


 スティルさんが問うと、店主は手についた油をエプロンで拭きながら応えた。


「例のミレニアンとの戦争に備えて、最高議長に『非常時大権』を与えることになったんだ」

「非常時大権……そういうことか」


 一人で納得しているスティルさんだが、困惑する僕らに気づき、すぐに解説をしてくれた。


「俺たちの住む魔天連合は、元々は惑星間戦争と氷星天の開拓競争の果てに生まれた惑星国家の集合体だ。コールド・コーデックって聞いたことあるだろ?資源を巡って争うのをやめ、氷星天の独立を認めて、魔天・仙星天・氷星天の三つの惑星が一つの共同体になるこの協定が今の魔天連合のバランスを保っている。初めはピリピリした関係だったが、孤星天の麻薬カルテルを共通の敵とすることでようやく一つにまとまった。だがその敵とは、あくまで政治的に……人為的に作られた敵だ。それまでの歴史で大した関わりもなく、議員も輩出していない魔天から五パーセクも離れたど田舎の惑星。潰そうと思えばいつでも潰せる。それを高い金と時間をかけて小規模な作戦を展開してじっくりいたぶり、民衆に『我々は一丸となって戦っている』だなんてアピールしていたんだ。だが今になって今度こそ本当に俺たちの平和を脅かすミレニアンという侵略者が現れた」

「本当の侵略者……」


 僕は――――おそらくアリスも――――かつて魔天を襲った超獣バルギルを思い浮かべた。あの強大な力を操るミレニアンが今も健在だということを全世界が知っている。


「連合は一見すると強力な軍を持っている風に振る舞っていたが、実際は違う。前はいつでも勝てる雑魚を相手に苦戦を演じ、激戦を征した英雄だのなんだのとホラを吹いていたに過ぎん。ロキシー率いる評議会は何らかの方法でミレニアンの侵略を予見し、敢えて騎士団を弱く見せ、くすぶってくすぶってくすぶり続け、一六年前の事件で爆発するように実力を発揮した。ヒーローは遅れて来るって感じでな。結果を残せなかった当時の正規軍と元老院は信用を失い、評議会の騎士団が正規軍に上り詰めた。それが今の状態だ。十六年前に起きた事件で元老院に空席ができたことも、ロキシーが権力を握る隙になった。だが、空いた席ができれば、そこに人が座る必要がある。ロキシーの政敵はそれからもしぶとく生き長らえた。確かにミレニアンとの戦いに備えることは大事だが、権力が集中することは危険だと主張するグループだ。が、ロキシーは頭に血が登った民衆を味方に付け、戦時中でも柔軟な国営ができるようにもっと権利を寄越せと仰せになったわけだ」


 知らぬ間に事態は不利な方向へ加速し始めている。このままロキシーがテロから始まる一連の事件について公表すれば、今度こそ僕らは身動きがとれなくなる。


「お客人、ギルテロの仲間だろ?」


 そう問われたスティルさんは目を丸くして


「あの人を知ってるんですか?」

「ああ、よく来てたからな。だが、あんたたちを知らない人はもういない。あれを見なよ」


 店主がスクリーンを指し示した。なんとまあ絶妙なタイミングだ。指名手配犯として僕らの顔写真が電波に乗っているではないか。


「もう少し写りの良いのを選べってなぁ」


 焦燥感に駆られる中、スティルさんがあんまり呑気なことを言うので、僕は思わず声を荒げてしまう。


「バカ言ってる場合じゃないですよ! もう追っ手は前みたいにコソコソしたことはしない! 任務として堂々と殺しにかかってきます! クラウザーさんの所へ急ぎましょう!」

「お客人、待ってくれ」


 店主が低い声で僕を制止した。アリスが見えない位置で氷のナイフを作りだしていた。僕らには懸賞金がかかっている。ここのゴロツキたちがそれを目当てにしない理由などあるまい。騎士の追手ばかり警戒していた僕は、自分の迂闊さに舌打ちさえした。しかし……


「そっちの変な格好のにーちゃん、腰につけてるのはギルテロのだろ? ……あの野郎、何かあったんだな?」

「……死んだ。殺されたんです」

「そうか……」


 穏やかな声色だったが、店主は明らかに落胆していた。その反応は僕の予想とあまりにも違うものだった。


「あいつ、この店でいつもあんたらの話をしてた。仲間の自慢話ばっかりで何一つタメになりゃしねぇ。けどな、俺は……いや“俺たち”がここにいられるのは、あいつのお陰なんだ」

「どういうことです……?」


 店主はズボンの裾を上げ、自らの足を見せた。本来そこにあるべき肌も肉もなく、両足共に機械化された義足だった。店主はすぐに裾を戻し、店内の客を目を合わせた。気づけば、他の客たちがそろってこちらに目を向けている。僕は一つの予感を口にした。


「みんな、ギルテロさんに命を……?」

「ああ、五年前に超獣が現れたときのことだ。軍の駐屯地が遠いこの町は、あの化け物になすがままに蹂躙された。小さな超獣だからと舐めてかかった俺も、このザマだ。だが偶然居合わせたギルテロと古風な騎士が、俺たちを助けてくれた」

「古風な騎士……?」

「赤い鎧の大男だ。見たこともない魔法を使っていた。その口振りからして、あの人を捜しに来たってことだろう?」


 僕はスティルさんと目を見合わせた。僕と同じように確信し、彼は無言で強く頷く。その男がクラウザーさんで間違いない。しかしまだ合点がいかないのは、ここまで僕らに情報を渡すメリットがこの人にはないということだ。周りの人たちも通報する素振りさえ見せないのは何故なのか。そんな疑問を抱いた瞬間に、店主は追い打ちをかけるようにスティルさんに何かを手渡した。


「これは?」

「裏にスピーダーバイクがある。側車のついたやつだ。あの人のいるところまではまだ距離があるからな。店の裏手の道を北上して、林を横切れ。高原に行くだけならそれが一番近い」


 イグニッションキーだ。あろうことかこの人は、それを使えと言っているのだ。流石に我慢ならず、僕は思いきって問いかけた。


「どうしてそこまで……」

「俺が知る限り、ここに住んでる連中は、独立開拓派の時代から世代を越えて居着いてるやつばかりだ。魔天のよそ者政治家に反発するのも無理もない。俺自身、ロキシーは嫌いだからな。残さず食べたらおまえたちのこと騎士には黙っといてやる。ツケは無しだぞ」


 領収書をテーブルに残し、彼は店の奥へと姿を消した。客たちは何事もなかったかのように食事を続け、スクリーンに映されたニュースもいつの間にか違うチャンネルに変えられていた。


 僕らもまた、そんな日常風景の中にいた。目立つ格好はしていたけれど、それは少なくともこの店の人にとって“当たり前の光景”になっていた。古い怪しげなダイナーで、怪しげな三人組が食事をするこの光景が。そして僕たちが去っていき二度と戻らなかったとしても、変化を望まないこの町の人々にとっては風が吹いたのと同じようなできごとなのかもしれない。

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