第20話 電鋼鉄火作戦(7)

 Styil Art 1994年8月1日 20時0分34秒 魔天 キングスポート・シーワールド 大水槽制御室


 俺の身柄は港に戻ったところで騎士たちに確保された。留置所にでも連れて行かれるのかと思ったが、まさか職場で拘束されるとは思いもしなかった。まあ、椅子に手錠で縛られているだけで済んだなら儲けものだろう。捕まったことよりも、結局ルナールから渡されたカードとカードリーダーの役割が分からなかったことと、海底に潜んでいたあの生き物のことが気がかりで仕方がなかった。まさか評議会があんな化け物を隠しているだなんて思いもしなかったし、落伍者がこう言うのもなんだが、裏切られた気持ちだった。制御室の自分のデスクに座りこんでじっと顔を伏せている間にも、連中に対する憎しみがグツグツと音を立てて強くなっていくのを感じた。


 それにしたって、あの化け物は一体何だったのだろう。考察するにはあまりにも情報が少なく、知っていることでさえ何一つ化け物の存在と結びつかない。あのデバイスの使い方も、化け物の正体も。


「スティル・アート」

「!」


 ジュラン・レイティアだ。今度は普通の防護服を着ている。しかし顔には大きな痣があり、正直申し訳ない気分になった。彼は静かにドアを閉めると、俺の正面に立って、見下すような目つきを見せてから話しだした。


「あんたが入水自殺するって知ってたのなら……」

「止めたか?」

「飛び込むと同時に弾をぶち込む。急所を外してもがき苦しむようにな」

「その割に一発も当たらなかったじゃないか」


 拳を見事に顔面にお見舞いされた。泣きそうなくらい痛かった。


「いてーよ……」

「質問に答えることだけ許す。何が目的だった?」


「お前ら評議会の騎士たちの目的を探ろうとしたのさ。タンカー事故なんてヘタクソな誤魔化しを慌ててするほど後ろめたい秘密があるんだろ?」


 ジュランが眉間にしわを寄せた。また殴られるのは怖かったが、それでも俺は彼から目を離せなかった。答えることしか許されてはいないが、俺は畳みかけるように疑問をぶつけてやろうとした


「首都を封鎖するなんて……正気の沙汰じゃない。道路の検問に、ネットの規制! 誰も騒ぎを起こさないのは武力で黙らせてるからか?元老院やマスメディアも制圧済みか! クーデターを企てたことくらいお見通しだぜ!」


 受け売りの知識で銃を突きつけ返した気分になっていた。俺の声はまるで裁判官か陪審員のもののようで、ジュランは哀れな被告のようだと錯覚した。


「クーデターを企てた……か」


 それだけ言うと、ジュランは腰のホルダーから通信端末を取り出した。


「こちらブルー1。拘束した市民は『ミレニアン』だ」

「待て、ジュラン! 何を言ってる!?」

「了解、このまま尋問を続ける。オーバー……さて、スティル。洗いざらい話してもらおうか」


 端末の代わりに黒光りする拳銃を一丁取り出し、わざとらしくゆっくりとセーフティーや弾倉を確認し始めた。


「お前ら評議会は海底の化け物を隠してる! 首都の邪魔者を餌にしようってことか!?」

「はぁ……もういいから正直に話せ。お前はヴェルマに買われたんだろう? あの覚醒機がいい証拠だ。落伍者にチャンスをやろうってわけだ」

「待て! 何の話だ!? 俺の質問にも答えろ! 評議会は海底の化け物を隠してるんじゃないのか!? ジュラン、お前は見なかったのか! ついさっきのことだぞ!」

「苦し紛れの言い訳にしたって出来が悪いぞ」


 ダメだ、ジュランはあのとき俺が気絶させてしまった。あの怪物を見ていないんだ。そもそもジュランは評議会の命令に従っているだけで、怪物の存在を知らないのかもしれない。


「ジュラン、君は評議会に騙されているんだ! こんなことは止めよう! クーデターを止めなければ!」

「クーデターを仕組んだのは“お前たち”だ! 裏切り者め!」


 銃を額に突きつけられ、俺は思わず仰け反った。しかし彼の言葉の所々に引っかかるところがある。ミレニアン、ヴェルマ、覚醒機……不自然なほど知らない言葉がある。


「お、俺は誰かに買われたりしてない……ヴェルマなんて人は知らないし、覚醒機なんて……!」


 自分で口にしてやっと思い当たる節があると気づく。俺の所持品で名前も使い道も分からないものなど一つしかない。あのデバイスだけだ。しかし仮にアレが覚醒機なるものなのだとしても、それを渡したのはルナール博士だ。ジュランの言葉の意味が「俺がヴェルマという人物に覚醒機という報酬で買われた」と言いたいのならば、両者がかみ合わなくなる。思い切って俺はその矛盾に一石を投じることにした。


「覚醒機ってのは……あのデバイスか?」

「どうやら使い方までは教えてもらえなかったようだな。哀れな落伍者め!」


 図星だ! だが、今度こそ本当にヴェルマという名前の意味するところが分からなくなった。まだまだ突き詰めたことを聞かねばならなかった。


「俺に覚醒機を渡したのはノーマン・ルナールっていう海洋学者だ。氷星天出身と言っていた。ヴェルマなんて人は本当に知らないし、何かの報酬で手に入れた訳でもない!」

「仲介者か……こちらブルー1。氷星天のノーマン・ルナールという海洋学者を調べてくれ」


「博士が俺に評議会の嘘について教えてくれたんだ。キングスポートでデモが起きて、君と俺が話してた時間帯の衛星写真を見せられた。タンカー事故なんて起きてなかった!そして極めつけは首都の封鎖だ!評議会に後ろめたい部分があるに違いない!」


「黙れ!」


 声を荒くしてジュランが銃を構え直す。


「貴様らがミレニアンなぞに寝返らなければこんなことにはならなかった! ヴェルマがマスター・ロキシーの隙に付け込んで元老院の制圧なんて起こさなければ! おかげで評議会はバラバラ、昨日まで味方だった奴が敵になって誰を信じていいかも分からん! 裏切り者は全員殺してやる!」


 その威勢に怖じ気づいてしまったが、それでも段々と謎と謎に接点が生まれ始め、全体のディテールが見え始めた。ミレニアンという何らかの勢力の存在。ヴェルマとは評議会に籍を置いている高い地位の騎士のことだろう。そしてそのヴェルマが他の騎士を従えて蜂起したのだ。覚醒機と化け物がまだこの話の枠組みに入らないが、それでもジュランが俺を敵と勘違いするのも無理はない。彼は今、激しい疑心暗鬼に苛まれているのだ。


(何とかして誤解を解かなければ、本当にジュランに殺されちまう!)


 その場凌ぎでもなんとか殺されることだけは回避しなければならない。あの化け物の存在をジュランに信じさせるには、俺の潔白を証明する必要がある。俺はその糸口を一つだけ知っていた。


「ジュラン、俺は覚醒機とやらがどんなモノか分からないが、もし君があのデバイスのことを言っているなら、俺はあれの使い方も機能も分からないんだ。使い方の分からない装置を報酬に働くバカがいるか?」

「……確かにな」

(ビンゴ!)


 ジュランの口元がニタリと弧を描き、歯を見せて不気味に笑った。


「だが、貴様を殺すこれほどのチャンスはない」

(バカなっ! どうして!)


 ジュランが銃を両手で握り、銃口を強く押しつけた。俺は椅子ごと背中から倒されてしまった。床に叩きつけられた痛みなど気にしていられないほどに、凶悪な笑みのままジュランは俺を見下している。


「あの世でアザトスに詫びやがれ。スティルのアニキ」

「やめろ! やめろ!」


 苦し紛れに水槽めがけてCs'Wを放つが、ライフルの弾でも貫けないガラスを貧弱な水の魔法で破れる訳がなかった。そうしている内にもジュランの指が引き金を押し込んでいく――――


「――――こちらブルー1」


 瞼を開くと、ジュランは振り返って端末と向かい合っていた。バクバクと音が外に漏れそうなほど心臓が脈打っている。自分が生きているのか死んでいるのかを何とかして確かめようとした。ひとまず額に風穴は開いていないようだ。


「運が良かったな」


 銃をホルスターに納め、吐き捨てるようにジュランが言った。彼の手によって俺を縛っていた手錠が外される。状況がよく理解できないままの俺だったが、ジュランと入れ替わるように入ってきた人物を一目見て、尻を叩かれたように立ち上がった。


「アザトス!」

「兄さん」


 最後に会ったのは十年近く前だ。あのときよりも長身になり、鍛え上げられた肉体が防護服の上からでもよくわかる。俺とは真逆のタイプだ。髪は相変わらずボサっとしていて、背中の中心まで届くほど延びているようだ。唯一気になったのは、本来紫色の瞳の筈が、右目だけ白く濁っていることだった。


 アザトスは酷く青ざめた顔色だったが、俺の顔を見た途端に段々とまともな血色を取り戻していった。


「兄さん、兄さんはミレニアンなんかじゃないよな!?」


 俺の両肩を力強く握り、文字通り掴みかかって問う。俺は最初力強く首を縦に振ってから、強調するように言葉で答えた。


「そんな奴らは知らない。俺はしがない水族館の清掃員だ。落伍者だって、騎士の誇りを忘れた訳じゃない!」


 するとアザトスは顔を伏せて思い切り息を吐き出し、一気に脱力した。


「ああ、そりゃそうだ。まさか兄さんに限ってとは思ってたけど、心配して損したぜこんちくしょー」


 肘でわき腹をコツコツと小刻みに小突かれ、彼の本質が子供の頃となにも変わっていないことに胸をなで下ろした。と同時に、騎士学校時代の薄汚い記憶がフラッシュバックした。かつての約束を果たせなかったことや、アザトスを深く傷つけた騎士学校での事件。それを咎められないことがむしろ不自然で、彼の見せる笑顔に理不尽な疑念を抱いてしまった。アザトスは真剣な眼差しを見せ、騎士らしい威厳ある声色で切り出した。


「聞いてくれ。俺たち騎士の統括をしていたマスター・ロキシーの補佐ヴェルマが侵略者と内通していたんだ」

「その侵略者がミレニアンっていうのか」

「ああ。侵略が始まったときからヴェルマは評議会に属する騎士に自分の部下を忍ばせていた。どれだけいるかは把握できてないが……」


 相当に言い辛いのか、露骨に言葉を濁らせた。数秒間を置いてから、アザトスは弱気な声色で言った。


「少なくとも二割はミレニアン側だ。俺が味方だって確信を持ってるのは『ORBS』のメンバーだけなんだ」

「ジュランもその部隊のメンバーだったな。何の組織なんだ?」

「マスター・ロキシー直接の指示でミレニアンと闘う為に編隊された部隊さ。『Optimus Revenge Battlion of Star knight』の略称」


 ミレニアンという勢力の存在を知らないのだから、その部隊の存在など知る由もないわけだ。


「けど、そんなこと俺に話していいのか?極秘の作戦だろう」

「兄さんはその作戦の中で事件に巻き込まれちまった。俺たちには兄さんに説明する義務がある」


 違う、俺が勝手に首を突っ込んだのだと弁解したかったが、俺は口を噤んだままだった。


「それと、兄さんの言っていたことについて調べてみた。ノーマン・ルナールのことだ」

「彼は今どこにいるんだ?俺が捕まる前に水族館のフードコートで話したばかりなんだが……」

「確かにルナールっていう男は存在した。が、彼は二日前に殺害されたんだ」


 驚く間も無く、アザトスは通信端末を取り出してホログラムを起動した。映し出されたのはルナールの顔写真だった。間違いなくついさっきまで一緒にいた男だ。だが俺はアザトスの話を簡単に飲み込めなかった。


「そんな筈は……じゃああの男は一体……」

「監視カメラの映像で兄さんとルナールらしき男がいたことは確かめたし、奴の指紋を調べて同一人物ということも分かった。死んだ人間がステーキ食ってるなんて考えもしなかったがな……」

「あの男……妙に金を持ってた。あの覚醒機だってあいつから渡されたものだし、評議会のクーデターのことも、首都の封鎖のことだって知ってた」


 それを聞いたアザトスは手で口元を隠して黙考した。更に海底の化け物のことを伝えると、アザトスは目を見開いて通信端末を取り出した。


「それが確かならとんでもないことになる……こちらアルファ1。各員第二種警戒態勢!繰り返す、各員第二種警戒態勢!デルタとエコーは海を特別に警戒しろ! オーバー!」

「信じてくれるのか?」

「それを調べるのも俺たちの仕事さ。それに俺は兄さんのことを疑ったことはない」


 そのあまりにも力強い返事に、俺は思わず心打たれた。意地でも涙は見せなかったが、唇が妙に震えたし、必死に堪えていることはバレバレだったかもしれない。俺はただ、首を縦に振ってその気持ちに応えた。


「兄さんは早く街を出るんだ。これから俺たちは……正直辛いが、元老院の議事堂を制圧している騎士たちと闘わなくちゃいけない」


 内戦。ついこの間まで仲間だった者が敵。一体どれほどの重圧なのか、想像もつかない領域だった。だが、彼は連合に命を捧げた騎士だ。かつて同じ志を持った俺は、たとえ無力でも弟とその仲間たちの幸運を祈るしかない。俺は弱気そうに曲がりだした彼の背筋を思い切り叩いた。


「頑張れアザトス! お前は俺の弟だ! 俺の憧れた騎士だ! お前が絶対に連合を守ってくれるって信じてる!」


「兄さん……!」


 アザトスは表情を険しく、しかし勇ましいものにして、再び端末に向かって指示を出した。


「こちらアルファ1。アルファ、ブルー、チャーリーは予定通り議事堂へ向かう。フローチームは市民の避難誘導を始めろ。それとフロー6、乗り物を水族館に回してくれ。民間人を保護している」

「隊長か? 様になってるな」

「臨時だけどな」


 その後すぐに俺を含めた民間人を避難させるためのバスがやってきた。水族館にいた数人の市民が既に乗せられており、俺は運転手のすぐ後ろの席に座った。アザトスは集まった騎士たちに指示をしている。バスが走り出し、その姿が見えなくなるまで、俺はじっと彼を見ていた。


「彼なら大丈夫です」


 しばらく経ってから運転手がその様子に気づいて、俺に声をかけた。俺は少し心細くもあったが、「ああ」と静かに肯定的な返事をした。


「お前は大丈夫じゃないけどな!」

「えっ……」


 運転手が立ち上がり、ほぼ同時に後ろの席から発砲音が聞こえた。振り返る余裕もなく、運転手が銃を構える!反逆者だ!


「うあああああ!!!!」


 裏切り者がその正体を明かしたその瞬間、そいつの体が天井に叩きつけられた。銃を撃つことさえ許さない刹那の時、真っ赤な閃光が俺の鼻先を掠めて行ったのを確かに見た。小さく、しかし強い。それが俺よりも遙かに小柄な少女と知ったとき、俺は言葉を失った。炎と見まごう美しい髪、ルビーのような深紅の瞳。尋常な存在でないことは明白だ。


 これが俺と、アシュレイと呼ばれる少女の最初の邂逅。


「あ……君はいったい……!?」

「だいじょぶですか?」


 少女はか細い手を俺に差し伸べた。腰を抜かしたままの俺はまじまじとその手を見つめるしかできなかった。が、その異常性を見つけたことで我に返る。その手は全体に火傷の痕が残っていたのだ。


「ああ……大丈夫……」


 俺が自力で立ち上がると、少女はどこか不満そうに手を戻し、後部座席に視線を移した。


「クー、ギルっち」


 あだ名と思わしき呼び名に手を振って応えたのは、やけにガタイの良い強面の男と、チャラチャラとした雰囲気を感じさせる若い(隣の男に比べると)細身の男だった。いまいち可愛らしいあだ名がマッチしていない。どうやらあの二人が後ろで発砲した騎士を倒したようだ。通路に仰向けになって防護服の男が銃を握ったまま倒れている。


「ギルっち、このバス運転できん?」


 チャラそうな男が首を横に振った。


「無免許で良ければ」

「じゃダメやな。お兄さん、運転したりできます?」


 さっきの勇ましさからはとても想像できない少女の優しい声色に面食らいながらも、俺は肯定的に応えた。


「車の免許は持ってるが……大型は初めてだな」

「決まりだ! お兄ちゃん、街を出ようぜ!」


 無責任なことを言ってくれると後ろの男に内心で毒づきながら、俺は渋々運転席に座った。が、シートベルトに手をかけたときに、ふと嫌な考えが脳裏を過ぎった。


「いや、待て!」


 俺が叫ぶと、三人の視線が一同にこちらへ集まった。少し緊張したが、危機的状況故に躊躇うことなく発言した。


「後ろのお二人、そっちの騎士がどこに向けて発砲したか見てたか?」

「ああ、バッチリお兄ちゃんのこと狙ってたぜ。撃つ瞬間に手を蹴っ飛ばしてやったけどな」


 やはり、理由は分からないがこの騎士たちは俺を狙っていた。だとすると、この次も刺客が送り込まれ、俺を殺そうとするかもしれないのだ。


「だったら、俺はこのバスから降りる。連中はたぶん俺を狙ってる。このままじゃあんたたちも、他の人も危ない」

「おおう、じゃあ俺たちと同じお尋ね者って訳だ」

「ギルテロ殿、弁えないか」


 やっと大男が声を発した。その見た目通りの重く響きわたる声だった。


「すまないが、誰かが代わりに運転してくれ。俺だと事故を起こしかねないしな」


 捨て台詞のように言って、俺はバスから飛び出た。この付近を離れないと、敵方の騎士に簡単に見つかってしまう。俺は足早に狭い路地へと駆け込んだ。


(できる限りジグザグに動いて、街の出口に向かおう。敵を攪乱できるかなんて分からないけど、気休めでも構うものか。最悪アザトスたちが敵を制圧するまで隠れていればいい)

「お兄さん! お兄さん! 待ってや!」

「ん?」


 もう聞くことはないと思っていた少女の声に、俺は思わず振り返る。まさかとは思ったが、あの三人がついてきたのだ。


「折角だから、お尋ね者同士仲良くしようぜってな」

「バカを言うな! あんたら戦える人みたいだけど……それでも危ないって! バスに戻って街を出るんだ!」

「我々も軍に命を狙われている身です。あのバスに残っては無関係な人を危険に晒すことになる。それはあなたと同じです。それと……我が主が、あなたを放っておけないと」

「主?」


 俺は無意識に少女の顔を見た。俺の腹までしか背丈のない、一見か弱い少女だ。だが、ついさっき見せつけられた一瞬の対応力が、男の言葉に威厳以上の説得力を与えていた。


「アシュレイって名乗ってます……ああ、もうこのしゃべり方止めや! よろしゅうな!」

「私はクラウザー」

「ギルテロ・ランバーシュだ」

「スティル・アート。水族館の清掃員だ」

「なんや、あのキングスポート・シーワールドでお仕事しとるんか!」


 少女が目を輝かせた。相当あの場所を気に入ってくれたようで、掃除をした甲斐があったというものだ。魔法を使ってサボっておいてなんだが。


「うちのお嬢様、あそこの一番デカい水槽の口のデカい魚見てはしゃぎっぱなしでな。一日ずっと張り付いて見てたんだ」

「私もあの施設にはとても驚かされた。あの環境を維持するのは骨が折れる苦労だろう」

「まあ、な。気に入ってくれてうれしいよ。けど後にしてくれ。今はとりあえず街の外を目指すべきだ」


 端末で地図を開こうと思い立ったが、そこに大きな問題があることに気づいた。裏切った騎士たちはネット回線を既に制圧している。そんな状態でGPSにアクセスしたなら、即座に居場所を突き止められてしまうだろう。俺は慌てて端末の電源をオフにした。幸い道に迷うほど方向音痴ではないから、俺が道案内を買って出た。


「街の東側を目指そう。ラスラトル市に出るんだ。検問に敵方がいなければ良いが……」

「その時は、蹴散らすだけだぜ」


 おどけた様な声で、しかし真剣な表情でギルテロが言った。俺もまた、血なまぐさい結果になることを覚悟していた。たとえ俺自身が戦いを避けても、たぶん彼女たちは牙を剥く敵に言葉通り容赦しないだろう。せめて武器か、操るのに十分な量の水でもあれば、俺だって足手まといにはならない筈だ。


「……ちょっと待ってくれ」

「ん? どないしたん?」


 俺は一度路地を出て辺りを見渡し、自動販売機を探した。ちょうどミネラルウォーターの並べられた自販機が一台立っていた。迷うことなく小銭を入れ、ボトル二本を購入する。


(よし、角材とか鉄パイプ振り回すよりかマシだろうに)

「水なんか買ってどうするんだ?」

「水を操れるんだ。本業の魔法使いを名乗れるほど達者な真似はできないけどね」


 我ながら控えめな物言いだと思う。本当はその本業を退けた自慢話を小一時間してやりたいところなのに。しかし以外にもギルテロは口をへの字にして心証が悪そうな顔をしていた。


「どうした?」

「なぁに、いつもの魔法使いコンプレックスや。気にせんでええよ」

「うるせーよ」


 ギルテロの声に今までにない力強さ……というか、ドスが利いているような気がして、それ以上詮索しないことにした。が、話を逸らすように俺は積もる疑問を解消しようと試みた。


「あんたたち、どういう集まりなんだ?どっかの貴族の家出娘と付き人ってことは無いだろう?」


 勝手なイメージだが、良いところの出身ならここまで奇妙な訛りで話したりしないだろう。アシュレイは実に説明しづらそうに従者二人と視線を交互に交わし、必要以上に間を空けてから話し出した。勿論、その間歩みを止めることはなかった。


 ――――破滅の炎、光の魔法、死の運命、死ぬための旅……。まるでおとぎ話だ。


「信じろなんて、逆立ちしても言えへんわ」

「いいや、“へんちくりん”な理由のほうがロマンチックな気がする」

「そんな簡単に飲み込めるお兄さんも変やで」

「変と言えば、君の訛りも随分変じゃないか?一体どこの出身なんだい?」

「スティル殿」


 クラウザーに肩を掴まれ、俺の言葉は遮られた。余程触れてはならない事情に踏み込んでしまったのだろうか。


「やめんさい」


 アシュレイの一喝で、クラウザーはすぐに手を引いた。


「ごめんな。ウチね記憶が無いんよ」

「それは……すまない、そんな難しい事情だとは思わなくて……」


 アシュレイの肌は白色と黄色の中間だから、それだけなら孤星天人オーファリアン氷星天人グラキエシアンの様に思えた。水族館の観光客をいつも見ているおかげで、何となく人種の区別には自信があったが、彼女のような赤い髪は初めてだ。或いは外宇宙の種族なのかもしれない。


「惑星間の移動がかなり一般的なようだが、どれほどの種族がこの星に集まるのだ?」


「んー、とりあえず連合加盟国家の氷星天人、仙星天人ミストナン、孤星天人。それにトレイリアン、オタリアン、ゼンディアン……」


「デロリアン!」


「……」


「……ごめん、忘れて」


 全員から「何言ってんだコイツ」という目を向けられ、半分ベソをかきながらアシュレイが小声で言った。ただその後暫くアシュレイは首を傾げて思考に囚われていた。「デロリアンって何のこと?」と聞くつもりが、クラウザーが「止めておけ」と視線で訴えた。


(光の魔法だっけ? 本当に心が読めるのか……すごい能力だな)


 クラウザーは無言で、しかし照れくさそうに鼻の頭を掻いた。


 さて、そうこうしている内になんだかんだかなりの距離を歩いたが、運良く敵と出くわすことはなかった。見通しの良い大通りを避けつつ、できる限り遠回りにならないように進んだが、どうやらかなり運が良かったらしい。検問所まであとほんの二キロ程度だろう。街と街はエレヴェータとか、古いところだと階段や囲いさえ無い質素なリフトで繋がっている。アーカム市からラスラトル市へはエレヴェータで昇る必要があるが、その出入り口に検問がある筈だ。


「警備の騎士が味方だと良いんだけど……」

「弱気になるなよ兄ちゃん。味方なら万々歳。敵なら……俺らが付いてるさ」


 俺は脳内でギルテロの言葉の最後に「ただし覚悟を決めておけ」と付け加えていた。今度こそ自分の力で人を殺さなければならないかもしれない。そう考えるだけで喉の奥の方が痛くなった。自然と両手に力が入り、水の入ったボトルがボコボコと音を立てた。やがて、街と街をつなぐ検問所が見えてきた。鉄筋コンクリートで作られた無骨な建物と、その奥にチューブ状の人用エレヴェータがずらりと並んでいる。チューブに沿って見上げれば、ラスラトル市の“底面”が見える。二十年近く住んでおいて今更言うのもなんだが、街一つが円盤に載っているというのも中々妙な話だ。少なくとも七百年前からこの形を保っているらしいが、材質も歴史も不明瞭な代物を、よくもまあ連合の中心にしようと考えたものだ。


「この星の“自然体”は、ずっと昔から破壊されていたのか……」

「しかし、不自然故にこの星の人は救われている。住む場所があることははとても幸せなことだ」

「あの醜い空に年中見下されていても……そう言えるかい? クラウザーさん」

「あんな空でも、まだ私は美しいと思える」


 クラウザーは空を見上げ、静かに呟いた。


「おい、お喋りはそろそろ控えてくれ。検問だ」

「心配になってきた……」


 警備の騎士が二人、こちらに気づいた様子だった。通信端末で誰かに報告しているようだ。通信を終えると、二人はこちらに歩み寄った。


(やばいか……!)


 本能的に両手を挙げた。四人の中でただ一人、酷く間抜けな絵面だろう。


「止まってください!」

「兵隊さん、僕たち変な奴らに襲われたんです。助けてください」


 ギルテロが真っ先に騎士たちに駆け寄った。話を聞く限り俺以外は指名手配されている。俺はさっきまでとは別の方向に心配になっていた。


「あなたたちを襲ったのは、我々と同じ制服の騎士ではありませんか?」

「僕と妹とおじさんは氷星天から来た旅行者だからよく分からないんだ。あっちのお兄さんなら分かるかも」


 良い笑顔で全責任を押しつけやがった。当分恨んでやると俺は後で決意した。


「私はスティル・アート。ORBSのアザトス・アッシュクロフトの義理の兄です。彼から事情は聞いていますが、避難バスで敵方の騎士に襲われ、この人たちと一緒にラスラトル市に避難するつもりです」

「あなたがスティルさん! アザトス隊長から話は聞いています。私はORBS臨時隊員ジーク4所属、ミール二等と申します」

「同じくカイル二等です。我々は味方です」

「その証拠は?」


 ミールと名乗った騎士が通信端末を取り出した。


「こちらジーク4。アルファ1応答願います」


 端末のレンズから青い光が投影された。勿論、そこに映し出されたのはアザトスの姿だ。


「アザトス!」

『兄さん! 無事で良かった! けど、予定通りって感じじゃなさそうだな』

「隊長、バートンとワイオスは敵だったようです。こうなるとORBSにも……」

『ミレニアン側がまだいるかもしれない』


 ミールとカイルが顔を見合わせた。隣にいる人間さえ信用することが難しい状況なのだ。


「私とカイルは絶対に違います! 仲間たちを殺したミレニアンに寝返るくらいなら死んだ方がマシです!」

『連中の狙いは恐らく兄さんだ。お前たちが敵方ならさっさと殺してるだろうに』


 確かに、バスの二人がそうだったように、ノコノコ近寄ってくる俺の頭に一発お見舞いするくらい容易くできたはずだ。ここでわざわざ手の込んだ演技をする必要はない。この二人を信用して間違いないだろうと、俺はやっと確信し、胸をなで下ろした。


「では、スティルさんと市民三人をラスラトル市へ」

『油断するな。兄さん、気をつけて』

「ああ、アザトスも」


 ホログラムの中でアザトスは頷いた。通信を終えた俺たちは足早にエレヴェータに乗り込んだ。ガラス製のチューブの中をカプセル型のエレヴェータで移動するのだが、ミサイルでもなければ破壊できないと、カイルが得意げに語った。


「あんま速くないね」

「昔はこの倍の速度で動いてたんだけれど、『酔う』ってクレームが入ってね」


 ミールが言った途端に何故かギルテロが含み笑いし、アシュレイはムスッとしていた。


「……何かが近づいてくる!」


 クラウザーの警告に、ミールがすぐさま端末を取り出した。ホログラムがレーダーを表示し、チカチカと点滅する光点が勢いよく中心即ち、こちらに向かって飛んでくる。


「ミサイルだ!!」


 咄嗟に声をあげた時には遅かった。風を切るような音の直後にガラスチューブが勢いよく弾け飛び、視界の上下が逆転した。騎士の一人の体が真っ二つになり、外に投げ出されるのが見えた。もう一人はぐったりとしたまま何度も壁や床に叩きつけられていた。ガラスの破片に混じって誰かの血しぶきが空を待っている。たぶん、俺のも混じっているだろう。


「力があるなら、自分で身を守れ」


 スローの世界で、不自然なほどクリアーに、男の声が聞こえた。


「俺は手一杯でな」


 それがギルテロのものだと気づいたのは、チューブにぽっかりと空いた穴から、クラウザーとアシュレイを担いだ彼が飛び出していったのを見たときだ。その時ふと、ガラス片と血の中にまた別のものが混ざっていることに気づいた。液体……そうだ、ボトルに入っていた水だ。


(死んでたまるか……!!)


 その瞬間、世界は本来の“速度”を取り戻し、俺の体に急激なGが襲いかかった。エレヴェータの残骸が次々と体にぶつかり、全身に痛みが走る。それでも両手を伸ばし、死にものぐるいでCs'Wを放った。水が着々と一つの固まりを形成し、そこからウォーターカッターを発生させ、邪魔な残骸を切り捨てた。更に水をひも状に変形させ、その端を腕に括り、投げ縄の要領で外に飛ばす。タイミングなど計っていなかったが、“何か”に引っかかった手応えを感じた。エレヴェータは重力に身を任せて落下していく。稲妻のような音をたてて隣り合ったガラスチューブさえ連鎖的に砕け散り、エレヴェータ本体も地面に叩きつけられ、辺りに破片を散らかしていく。その様子を見て、遅れて来た恐怖が心臓にのしかかり、バクバクと激しく脈打った。


(嘘だろ……生きてる!? 死んだ!?)


 自分の肉体に実感が持てないなんて感覚は全く初めてだった。こんな精神状態で魔核魔法を使えていることがまずあり得ない。俺の意識だけが勝手な想像で奇跡の脱出劇を繰り広げていて、実は魔法なんて使う暇がなくて、本当は真下の瓦礫に埋もれているのではないだろうか。


「いいや! 生きている!」

「!!」


 俺の意識を呼び戻したのはクラウザーの声だった。真上を見ると、アシュレイと従者たちの姿があった。


 ――――しかし、浮いている。文字通り、ストレートな意味で宙に浮いている。アシュレイの足から見るからに高出力で炎がジェット噴射され、ホバリング飛行しているのだ。そして彼女の両手に大男とチャラい男がぶら下がっているという実に珍妙な光景だった。そして俺の命綱は、クラウザーの手に握られていた。


「大声出すなやーッ! 重いいいいッ!」

「お嬢! とりあえず降りよう! 昇るのは無理だ!」

「言われんでも降りるわーッ!」


 結局地表まで三メートルほどというところでアシュレイが力つき、俺は大したこと無かったが、高いところにいた他三人は見事に地面に落下した。


「何が世界を滅ぼす破滅の焔だ! 男三人引っ張り上げることもできやしない!」

「やかましいわ! あんたが何の考えもなしに飛び出すから咄嗟に思いついたことしかできんかったんや!」

「アシュレイ様! あれを!」


 間髪入れず危機が迫る。ミサイルを打ち込んだ張本人が羽音をたてて姿を現した。


「戦闘ヘリだ!」


 紫色の夜空から現れた黒い陰は、評議会の有する戦闘ヘリ、 アールズ・ウェポン社製『US‐42"ガイロス"』だった。実物は初めて目にしたが、さっきと同じミサイルは勿論、その機体に備え付けられたチェーンガンに狙われたら一溜まりもない。


「みんな瓦礫に身を隠せ!」


 バリバリと響きわたるローター音に俺の声はほとんどかき消された。それでも何とか意図は伝わったか、それぞれで危険を察知したのだろう。全員が一時的に身を低くし、散らばった瓦礫に隠れた。ほぼ同時にチェーンガンの弾がコンクリートの地面を抉り、粉塵が飛び散った。


(ダメだ! 弾丸は防げてもミサイルを使われたら、盾になってる瓦礫ごと吹き飛ばされる! どうすればいい……!?)


 こんどこそ打つ手がなくなったと思われた……しかし、運はまだ俺を見放していなかった。瓦礫の中に、さっきミサイルに巻き込まれた騎士の死体があったのだ。そしてその手には、ほとんど無傷の通信端末が握られていた――――


「……許してくれ!」


 俺は躊躇わず端末を手に取り、スイッチを入れた。誰でも良い、騎士の味方が出てくれれば良い。あわよくばアザトスに……!強く願いを込め、俺は端末に向けて叫んだ――――


「こちらジーク4! 誰か応答してくれ! アーカム=ラスラトル検問所で敵の攻撃を受けている! 誰でも良い! 応答してくれ! こちらジーク4!」

『こちらアルファ1! ジーク4、どうした!』


 しめた! アルファ1はアザトスのことだ!


「アザトス! スティルだ!」

『兄さん!? 何があった!?』

「騎士の戦闘ヘリに攻撃されてる! ミールとカイルは死んだ!」

『バカな……兄さん、これから味方のヘリを飛ばしても間に合わない。超獣攻撃用の短距離砲で撃墜する。ただ……』

「ただ!?」

『そいつはレーダーに映っていない。このままではロックオンできない』


 ――――だったらどうしろってんだ畜生!! 声には出さなかったが、あまりの無力さに俺は憤りを覚え、歯を食いしばった。


『ただレーダーに一瞬でも映れば話は別だ。そのヘリが無線を使えば、そこから探知ができる』

「……どうすればいい?」

『攻撃するんだ。救援を呼ぶ無線を探知する』


 俺はさっきまで持っていたペットボトルを探した……が、無い。さっきの一悶着の中でなくしてしまったようだ。かといって手頃な水溜まりも見あたらない。ならば、取れる手段は一つだ――――!


「おいお嬢ちゃん! ヘリに攻撃できるか!?」


 アシュレイでも、従者二人でも、この際だれでも良かったが、聞いた限りの情報ではギルテロは魔法を使えない。機体にダメージを与えるなら、アシュレイの炎の魔法がもっとも手っ取り早いだろう。あわよくば無線なんか使わせずに打ち落とせるかもしれないという機体も頭の片隅にあった。対してアシュレイは一瞬戸惑った様子だったが、チェーンガンの射撃が自分に向いていない隙を狙って、手からソフトボール大の火炎弾を飛ばした。


 ――――命中! しかもヘリが大きく体勢を崩している!


「いいぞ!」


 このまま撃墜だってできるかもしれないと希望を抱いた。しかし――――


「あまりアシュレイ様に無理をさせるな! この方の魔力は確かに強力だが、ほんの僅かな時間しか戦えないのだ!」


 クラウザーの忠告はしっかりと受け止めたが、それでもこの好機を逃すわけにはいかない。


「どれくらい戦える!?」

「連続で三分だ! それ以上は……我々が危険だ!」


 それは彼女の内に宿る力が、彼女の意志を離れて無差別な攻撃をするということだ。成る程、生き残るための追い風の筈が、思いがけぬ落とし穴へ押し込まれてしまいかねないと言うわけだ。


(頼む……早い段階で無線を使ってくれ……!)


「もういっぱーつ!!」


 振りかぶって投げられた火炎弾は再びヘリに命中。焦げ付いた跡から察するに、確実にヘリの機体にダメージを与えている。何より機体はギリギリでホバリング状態を保っているだけだ。この調子なら本当にミサイルに頼らずしても……と、考えた途端――――


「あっ……うおおおお!!!!」


 ふらふらと回転していたヘリがこちらに顔を向けた僅かな時間、その一瞬にヘリからミサイルが撃たれたのだ。俺の隠れていた瓦礫は爆発四散し、その衝撃に俺の体も投げ飛ばされる。


「ぐううう……ッ!!」

「お兄さん!? ……あれは!?」


 全身を打ち付けた痛みに悶えながらも、俺は状況が一変したことに気づいた。流星の如く夜空を横切ったソレは、一分の迷いもなく戦闘ヘリの横っ腹に突っ込んだ!成功だ!ヘリは黒煙と炎を巻き上げ地面に激突し、無惨な姿を晒した。


「ははは……やったぜコンチクショー!!」


 体の痛みなど忘れて、俺は仰向けのまま高笑いした。またすぐ敵が来るのは分かり切っていたが、それでも危機を脱した喜びが大きく、笑いが止まらなかった。


「ハァハァハァ……ここは危険や。はようどっかに逃げんと・・・・・」

「それが良さそうだ。もう街を無理に出ようとしない方がいい。検問には必ず敵が来る。エレヴェータでも、高速道路でも、鉄道を使っても同じだ」


 やっとの思いで立ち上がり、俺はフラフラと歩き出した。膝が酷く痛いし、全身が岩のように重い。ここまで生き残れただけでも表彰モノだろうに。


「肩貸すぜ兄ちゃん」

「すまない……」


 ギルテロに助けられてやっとまともに動けた。この状態で襲われては今度こそ死ぬだろう。俺は道中、どこかで護身用の水を確保しようと考えたが、これほどダメージを受けた体でまともに魔法を操れるか心配でたまらなかった。


「しっかし、兄ちゃんも兄ちゃんでエラい因縁つけられたみたいだな。どんな恨みを買ったんだよ」

「水族館の清掃員を恨む奴が騎士に相手いるわけ……」


 ――――電流が走るような感覚が全身を貫いた。そうだ、敵の目的は俺の持っている覚醒機じゃないのか!? 俺は大きな勘違いをしていた。奴らが本当に覚醒機を狙っているとして、ミサイルやチェーンガンを撃ち込むような雑な扱いをするだろうか? いや、絶対に違う。狙っているのは俺の命だ! そもそもルナールが本当にミレニアンなら、奴が俺に覚醒機を渡す確固たる理由がある筈だ。それを殺して奪い返すなんてバカな真似をするほど連中もバラバラではあるまい。なら、間違いなく個人的な恨みが絡んでいる!


 だとすると、誰だ!? 誰が俺を殺すほど恨んでいる!? 俺と騎士の明確な接点はアザトスとジュラン程度だ。今日出会ったミールとカイルはさっきが初対面で、その上死んだ。殺されたんだ。かと言って、アザトスが俺を恨む理由は……無いわけではないが、彼が俺にかけてくれた言葉が嘘とは思えない。あいつは子供の頃から嘘がつけるような正確ではなかった。よく言って素直で、悪く言えばバカ正直なタイプだ。つまり――――


「ジュラン……お前……」


 奴が俺とアザトスの騎士学校時代の一件を……?

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