第13話 影の予兆(11)


 Azathoth Ashcroft 1994年7月31日 10時35分12秒 モスコームトン宇宙港 東部居住区


「下がれ!! ここは連合軍が封鎖した!! 下がりなさい!!」

「頼む、隊長も我々と帰還させてくれ」

「ダメだ。彼はここで起きた事件の当事者だ。我々正規軍は彼から事情を聴取する義務がある」

「調査なら我々も……」

「ここは正規軍の管轄下だ。君たち星天騎士団は許可無く行動することはできない。そんな場所で……しかも居住区で魔法まで使って喧嘩をおっぱじめたんだ。タダで帰される訳がなかろう。分かったらさっさと行け! オカルト集団め!」


 体が持ち上げられる感覚と、周囲の騒がしさによって目を覚まし、俺は自分が担架に乗せられていることを認識すると同時に、これから暫くは自由に動けないだろうと悟り、嘆息する。


「俺、死んでないのか?」

「安心しろ騎士様。病院で治療を受けられるぞ」

「じゃあ死んでないんだな」


 乱暴に正規軍の救急救命リフトに乗せられ、悪態のひとつくらいついてやろうと思った途端に通信端末から着信音が鳴った。


「出ていいぞ」

「どうも……こちらアザトス」


 通信相手は一呼吸置いてから応えた。


『ロキシーよ』

「閣下……!」


 寝起きのように重たかった瞼がぱっと開く。声の主は紛れもなく騎士団の総隊長、ロキシー・ローウェンだ。


『とりあえずあなたが無事だったのは良かったけれど……私は調査しろと命じたはずよ。それが突然部下を待機させて一人で喧嘩に行くだなんて。あなたは雇われた殺し屋だったかしら?』

「それは……申し訳ありません」

『まあ、良くも悪くもあなたは頑固で直情なタイプだって分かり切ってる癖に上手く指示してあげられない私も私だけれど。さて、早速だけど……何を見たか、教えてくれるかしら?』


 リフトを運転する兵士に目を向け、果たしてこの場で報告して良いものかと考えたが、ロキシーはそれを察知して


『どうせ正規軍は私たちをカルト宗教だと思ってるから、聞かれたところで問題ないわよ。大ざっぱなことはアンダーカバーから報告を受けたけど……確信がほしいのよ』

「……ギルテロ・ランバーシュと、孤星天の赤い幽霊、それに……もう一人。炎の魔法使いと交戦しました」

『それは……どんな“女の子”だったの?』

「赤い髪……燃えるような赤い髪と、ルビーの瞳の少女でした。極端に強い炎属性のCs'Wがあふれ出して……相対してまともに闘うどころか……意識を保つことさえできませんでした」

『あなたが一方的に倒された……信じ難いけれど、あなたが嘘をつくとは思えないわ。より詳しいことはこっちに帰ってきてから話し合うとして……』

「ミレニアンや超獣より厄介かもしれないです……」

『ええ、私もそう思うわ。このことは極力隠してちょうだい。元老院に働きかけてすぐに帰れるように尽力するわ』

「傷み入ります」


 ……端末越しの会話でも、ロキシーが妙に高揚した口調だと看破できた。まるで新しい玩具を手にした子供のような……。


 しかも彼女は俺が話す以前からあの炎の魔法使いが少女だと知っていた。アンダーカバーの情報がそこまで正しかったのか。しかし、赤い騎士に関しては完全に無視した点も引っかかる。


 ――――あの女は、少女に関する俺の知らない何かを最初から知っている。


(……事は予想以上に闇が深そうだ)



第二章 了


次章 電鋼鉄火でんこうてっか作戦

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