第5話なぜ惚れたか
12月の頭にテストがある。その前は部活が一週間お休みだ。それまでに、もう少し曲をものにしておきたい。吹奏楽部の面々は、授業が終わると一目散に音楽室へ集まる。
なのに、またもや佐々木は教室で山本に捕まっていた。和馬は2組の入り口に立って躊躇していた。行こうとする佐々木を、山本が引き留めるように腕を掴んでいる。放っておいて先に行くか、佐々木を助けて連れて行ってやるか。
「なんで正樹は平気で放って行っちゃうんだ。あいつ、困ってんじゃん。」
和馬は意を決して、佐々木の元へ歩を進めた。
「誠、何やってんだよ。部活行くぞ!」
「おう。」
佐々木は顔を和馬の方に向けて返事をした。山本は和馬をキッとにらんだ。
「あ・・・、取込み中か?」
つい、尻込みをしてしまった和馬。
「いや、早く行かないとな。」
佐々木はそう言い、
「じゃ、また明日な、山本。」
やんわり腕を振りほどいた。
「うん。また明日。」
山本は、それでもにっこり笑顔を作って佐々木に笑いかけた。佐々木と和馬は一緒に音楽室へ向かった。
「誠、お前さ、迷惑だったらちゃんと言わないと。」
「え?迷惑?いや、そういうわけじゃ、ないけど。」
歯切れが悪い。
「お前、まさか・・・。」
「なんだよ?」
「いや、まさかな。」
和馬も歯切れが悪い。
音楽室に着いた。そして練習を始める。個人練習をそれぞれやって、桜田先生が来たらみんなで合わせる。
「よーし、合わせるぞー。」
部長の遠野先輩が大きな声でみんなに呼びかけた。遠野先輩は唯一吹奏楽歴2年目の先輩で、トランペット担当だ。身長180センチ体重100キロの巨体からは、大きな声も出る。もう一人の2年生林田先輩は、まだ1年目のホルン担当。体は小さく細いのだが、中学では柔道部だったという意外な一面も。ちなみに、遠野先輩は中学ではバスケ部だった。この二人の2年生、片方が柔道経験者だと聞けば、十人中十人が遠野先輩の方だと思うだろう。人は見かけによらないものである。つまり、この吹奏楽部、少人数ながら武道経験者が多い。セキュリティーは万全である。
曲の途中まで合わせて、今日の部活は終わりになった。片付けをしながら、和馬は佐々木に声をかけた。ずっと考えていたことだった。
「誠、あの山本の事だけどさ。」
「え、何?」
佐々木はちょっと構えた。
「どんなつもりなのかは知らないけどさ、間違いなくお前の事が好きなんだと思うんだよ。」
2年生の二人は帰ったが、角谷と朴は、佐々木がなんと答えるのか、動きを止めて見守った。
「・・・うん。」
佐々木はそれだけ言った。
「それでさ、誠はどうなんだよ。」
「え?俺は別に、なんとも思ってねえよ。当たり前じゃん。」
「和馬はこのまま放っておけないと思うわけ?」
角谷が聞いた。
「そうだよ、正樹はなんで放っておけるんだよ。誠が困ってるのに。」
「他人の恋路は邪魔しない主義なんで。」
角谷は涼し気に言った。
「恋路?!山本って誰?どこの学校の子?」
朴が割って入った。今まで山本と言われても、誰の事か分かっていなかったのだ。
「誠と同じ2組の奴だよ。」
和馬が言うと、朴は、
「は?クラスメートなの?誠の事が好きなの?え、どういう事?」
朴パニックである。角谷がまあまあ、と朴の背中を叩いた。
「なんでそうなったのかなあ。俺は男にモテるようなキャラじゃないだろ?」
佐々木が頭をかきながら椅子に座った。4人は同じように丸くなって座った。
「男にモテるキャラってどんなの?」
朴がみんなを見渡しながら聞く。だが、和馬も角谷も首をひねるばかりだ。
「まあ、綺麗な男とか、可愛い男とかじゃねえの?」
佐々木が言う。やはり3人は首をひねる。
「とにかくさ、嫌な事は辞めてもらわないとだよ。部活に行くのを遅らせるとか、膝に抱っことかさ。」
和馬が言うと、また角谷がぶっと噴き出した。
「抱っこ、こだわるねえ。」
「だってよ、同い年の男同士で、膝に抱っこってどうなのよ?誠は嫌じゃねえの?」
和馬はちょっとムキになって言った。佐々木は、
「いや、まあ、そんなに嫌でもないけどさ。ただ・・・。」
「ただ?」
3人は同時に言って佐々木の次の言葉を待った。
「告られたらどうしよう、って・・・。」
「そういう雰囲気なんだ?」
朴が言った。
「二人きりになった瞬間とか、ふっとそんな気が。」
佐々木は言って頭を抱えた。
「べつにそんなのどうって事ないじゃん。告られたら、はっきり振ればいいんだから。」
角谷はあっけらかんと言った。
「だけどさ、傷つけちゃうかもだし、友達でいられなくなるかもだし。」
佐々木が言うと、
「あったり前だろ。告るならそれを覚悟で告ってくるわけだから、お前が気にする事なんてないんだよ。まあ、せいぜい相手にその気があるような素振りはみせないことだね。ストーカーになられたら困るから。」
角谷は言った。
それで、お開きという感じになり、皆立ち上がって帰り支度を始めた。徐々に深刻なムードは消え、佐々木がまた冗談で、
「では行くとするか、ものども。」
と、例のアニメキャラ、リヴァイ兵長の声で言った。低くていい声で。
「あ!それじゃん?」
和馬が急に叫んだ。
「何が?」
朴が言うと、
「誠さ、リヴァイの声で山本に囁いたこととか、ない?」
和馬は朴ではなく、佐々木に向かってそう言った。佐々木はちょっと考えてから、
「あー、あるな。あいつ俺の前の席だからさ、後ろから耳元で何か言った気がする。リヴァイの声で。」
「それだな。」
「それだよ。」
「うん、それだ。」
3人は同時に言った。佐々木はきょとんとしている。
「何が、それ?」
「アニメのリヴァイ兵長はかっこいいもん。あれは男も惚れるキャラだ。」
朴が言った。
「そうそう、そのリヴァイに耳元で囁かれたら。」
「惚れるな。」
和馬、角谷も続けて言った。
「それ、か。」
佐々木はそう言って、次の瞬間頭を抱えた。あの時囁いたのは、前からプリントが回って来たのに山本が気づかずにいたので、“早く俺に回せ。ボーっとするな”と言ったのだ。
「次は全然違うキャラの声で囁いてやったらどうだ?」
和馬はニヤニヤしながらそう言った。
「あれがいいよ、千と千尋のカエル!」
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