生きる君に捧げる愛
胡蝶蘭
卒業式
高校三年の長いようで短い青春を終えた生徒は三月一日の今日卒業を迎えた。
袖の解れも、上靴のしなり具合も全部誇らしく思えてくるような日。
物語りはハッピーエンドで終わろうとしていた。終わるはずだった。
電話の機械音がピーと前田翠の耳に響く。
ため息とともに電話をタップしてポケットにしまう。
「裕、寝坊?」
隣で半分おかし気に笑って聞いたのはいつも一緒にいた美玖。
「あいっかわらずだな。卒業式まで寝坊とはほんとあいつらしい。」
ケタケタと笑うのは同じく友達で美玖の彼氏の正樹。
「式まで時間あるよね。私、たたき起こしてくる。」
「はあい、いってらっしゃい~。」
ひらひらと手を振る二人を背に翠は走りだした。
途中小さい見通しの悪い交差点を過ぎれば小道に入る。
裕と翠は家が近い幼馴染でもあった。
「ほんと、いつも通りなんだから…」
あきれながらも毎度裕の世話をするのは小さい時から翠の役目だった。
裕はマイペースで少し変わった子だった。
小学校の時、運動会を忘れていたり、中学の時は部活に毎度遅れたり。
高校に入って出席数もギリギリで頭が悪ければ確実に留年していた。
「はあ…はあ…」
交差点の手前一度膝に手をついて休憩してから翠は走りだした。
翠の目に映ったのは交差点の反対側で走り出す裕と次に大きなトラックだった。
耳が壊れるほどの大きなクラクションが聞こえた時鈍い音と黒い視界が写った。
「え…」
身体にのしかかる重みに翠が目を向けると真っ赤な裕がいた。
「ゆ、裕…?」
蚊のような声で名前を呼ぶがピクリとも動かない裕はもう体温がなかった。
「大丈夫ですか?!」
「事故だ!救急車!」
「君、とりあえず彼から離れて!」
「…いや、いや!ねえ、裕!裕!いやー…」
そこから病院の部屋で目が覚めるまで翠は記憶をなくした。
交差点の手前で美玖と正樹が崩れているのを誰かが支えていた。
目が覚めた翠はひたすら泣き続けた。
「裕!裕!…ゆう。なんで、なんで。」
翠が最後に目にした裕は笑っていた。
『あいしてる。』
裕の口はそう言っていた。
まるで自分が今日、卒業式に死ぬことをわかっていたように。
覚悟していたように。最後の言葉のように。
物語りは一つの終わりから始まった。
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