26.雪辱を果たせ五十嵐戦(赤と青②編)
◇
【S-4倉庫二階最奥】
鼻腔に不快な臭いが立ち込める。周囲が異様に灯油臭いからだ。
当然か。灯油の入ったポリタンクがそこに放置されているのだから。
携帯を片手に五十嵐は赤いポリタンクを流し目。中身は空っぽに近い。代わりに周辺が灯油まみれ。此処で煙草でも吸おうものならば、ボンッ! アーッチッチアチになりかねないだろう。常々外道なことをしている自覚はあるが反省も後悔もない。寧ろ楽しんでいますが何か? な気分である。
外道行為で少しでも奴等の驚愕に走る衝動を拝みたいのだ。反省や後悔をする理由など一抹も無いではないか。
さあてこのゲーム、勝利の女神はどっちに微笑んでくれるんだろうな。
向こうの策略に嵌ってしまったものの、まだまだこの勝負、自分達にとって優勢。最後の最後まで勝負の行方は読めない。
細く笑い、クツリと声を漏らす五十嵐はツイッターで心境を書き込む。『これから派手なショーが始まるなう』という文を打ち込み、ツイートとしてアップしようとした次の瞬間、「竜也」待機させている仲間内から名前を呼ばれる。どうやらこのツイートのアップでツイッターを中断しなければならないらしい。
もう少し書き込みをしたかったのだが仕方が無い。
携帯を閉じ、凭れ掛かっていた手摺から体を離した五十嵐は前方を見やる。そこには必死こいて足を動かし、自分の下に駆ける二人の不良の姿。揃ってムカつくツラを作っている両チームのリーダーだった。にやっと五十嵐は奴等に冷笑を向け「ウェルカム」口笛を鳴らして大歓迎してやる。無論、向こうの表情は大嫌悪一色だった。
後のことは仲間に任せ、親玉の下にやって来たヨウとヤマトは足を止めてキャツと取り巻きを睨む。
まず親玉の下にやって来て思ったことは“灯油臭い”である。
S-4倉庫は古く機材等が置いてあるが、間違ったって燃料漏れが起きるような物は置いていない。
だだっ広い倉庫には機械部品の袋や鉄筋の束、ドラム缶といったものしか置かれない筈。此処の倉庫自体、物を置くだけの場所になっているのだ。古い機器が置かれることはあれど、新しい機器が置かれることはそう無い筈だ。
灯油臭い=燃料漏れではないだろう。
薄暗い倉庫の向こうに見える五十嵐と取り巻き(目算で三人程度だ)を見据え、「五十嵐」やっと此処まで到達できたとヨウはシニカルに笑う。
「覚悟はいいだろうな」これまでの仲間への仕打ち、チームの仇を必ずこの手で取ってやる。唸り声を上げて相手を睨むヨウに五十嵐は一笑。「帆奈美は何処だ!」忌々しいとばかりに声音を張るヤマトの喝破にも奴は一笑するだけ。相手は余裕綽々のようだ。
舌を鳴らす二人だったが、「ヤマト、ヨウ!」丸び帯びた声質が鼓膜を振動し、大きく一変。急いで声のした方を見やり、彼女の名前を呼ぶ。
「ヤマト! ヨウ! 私、此処!」
すると、先ほどよりも大きな声で呼び掛けが返ってきた。
「帆奈美!」ヨウは彼女を見つけ、思わず名を口にする。
二人の目に飛び込んできたのは、向こう二階フロア四隅に座らされている帆奈美の姿。近くにはドラム缶が積んである。どうやら彼女は隅に座らされて拘束されているだけのようだ。裂いたタオルを手摺に通して彼女の手首を拘束している。
良かった、思ったよりも酷いことはされていないようだ。
ホッと胸を撫で下ろすヨウとは対照的に険しい面持ちを作るヤマトは、ギッと五十嵐を睨み、「何を目論んでやがる!」今日一番の怒声を張った。帆奈美のことで血が上っているのだろうか、「おいヤマト」少し落ち着けとヨウは声を掛ける。
しかしヤマトはまったくもって耳を貸そうとしない。
彼女の拘束を目の当たりにしたこと、周囲に漂う灯油の臭さから大きな懸念を抱き、五十嵐の好からぬ目論見に憎悪感を増させていた。このまま、ただただドンパチする男には思えない。何か腹の底に隠しているのだと彼は見抜いていたのだ。
「流石は策士不良」
冷笑を浮かべる五十嵐は「怖いか?」自分の女が今か今かと傷付けられる、その瞬間が怖いかと質問を投げ掛ける。「ッハ」ヤマトは負けじと鼻を鳴らした。
「たかがセフレを人質に取られただけだ。こっちとしては、かーんなりヨユーねぇな」
「ほぉ、随分正直に答えてくれる。相当女に惚れ込んでるようだな。日賀野大和ともあろう男が。そっちの元セフレさんから女を奪うほど、惚れ込んでいたのか?」
仲間割れをさせたいのか、それとも冷静を欠かしたいのか。
大きなおおきな揺すりを仕掛けてくる五十嵐に、「残・念」ヤマトは一笑。
ヨウのことを親指で指し、「こいつが気に食わなかった」だから無理やり寝取り奪ったのだと皮肉を込めて笑う。相手の意向などまったく気にせずヤった。冷笑を返すヤマトの、何処と無い切迫した表情に、ヨウは初めて見る顔だと軽く言葉を迷子にさせた。
これは嘘だ。ヤマトの空言だ。相手、自分達、そして自分自身に嘘をついて気持ちを隠してしまっている。
“自分が気に食わないから”
確かに彼の理由の中に一理入っているかもしれないが、キザなヤマトのことだからきっと帆奈美の不安を見抜いて居場所を提供したのだ。
一方で彼女のことを好いている。だから彼女を傍に置いた。恋敵の自分でさえ分かることだというのに、彼は何故気持ちを隠そうとする。自分に気持ちを知られたくないのだろうか。
とはいえ自分だって鈍ちゃんではない。彼とは馬が合わなかったにせよ、つるんでいた時期もある。セフレになっている時点でそれなりの理由があるということは、容易に察する事が出来るのだが。
素直に帆奈美のことを好いていると認められないのだろうか。
それとも……ヨウは、こっそりと聞いてしまったケンとケイの会話を、ケンの言葉を思い出す。ヤマトは帆奈美のことを想い、自分と後腐れのない関係にしようとしている。彼女の想い人の下にいつでも帰せるように。
嗚呼、大概でこの男も馬鹿だ。
パチン、五十嵐の指を鳴らす音にヨウは我に返る。
「ゲームを盛り上げてやる」親玉は百円ライターを取り出した。なにやら好からぬことを目論んでいるようだ。表情がえげつない。消化不良にでもなりそうな表情である。胃も受けつけてくれなさそうだ。
嫌悪に嘔吐がしてきたと思う一方で五十嵐の行動に懸念を抱く。
何をしようとしている。灯油臭い辺りとライター、もしこの臭いが本当に灯油ならば火の気が顔を出した途端――まさかとは思うが、まさか、五十嵐は。
一歩足を出すヨウとヤマトに、「おーっと」動いたら火を点けて床に放るぜ、と五十嵐は細く綻ぶ。それが一体どういう意味に繋がるのか、ご丁寧に説明をし始めた。
「あれを見な」
顎でしゃくられ、再度二人は帆奈美の方を見やる。
彼女の頭上に注目するよう言われ、頭上に着目。暗くてよく見えないが彼女の数メートル頭上に、黒い塊らしきものが微動している。吊るされているのだろうか、あの塊。
微風によって微かに左右に体を動かしている塊の正体は鉄筋の束だという。相当の本数をロープで括り、彼女の頭上向こうにセッティングされている。
もしもロープが切れたりでもしたら、重量感ある大量の鉄筋は彼女の頭に降り注ぐ。そしてその支えのロープは天井のSフック状を通して、自分の下まで伸びている。灯油がたっぷり染み込んだロープに火を点せば、あら不思議。あっという間にロープは火達磨となり、容易に支えは切れてしまうだろう。
そしたらどうなるか、後は視聴者のご想像どおりだ。
絶句する二人は親玉の言葉を確認するために再々度帆奈美の方を見つめる。
確かに、彼女の頭上には黒い塊。正体が鉄筋かどうかは分からないが、もしアレが鉄筋だとしたら相当の量がロープに吊るされていることだろう。そのロープは天井のS状フックへと伸びている。本来機器類を固定するためのS状フックにはロープが通り、長い長いそれは五十嵐の下まで伸びて、地に転がっている。
ドッと毛穴から汗が噴き出る。
もしもあれに火を点せば、灯油の染み込んだロープはあっという間に火が回り、重さに耐え切れなくなってブッツンと引き千切れてしまうだろう。そしたら拘束されている帆奈美の頭に……だったら火を点すその前にライターを分捕るという手はどうだろう?
駄目だ、走るよりも火を点す時間の方が早い。
指に引っ掛けるだけのライターと距離を詰める行為だったら、確実に前者の方が早く行動を起こせる。
それに、だ。
五十嵐のことだから所構わず灯油を撒いたに違いない。帆奈美のいる方角から強い灯油の臭いがするのだ。十中八九彼女のいる方角に灯油を撒かれている。
どうする、どうすればいい、どうしたら帆奈美を助けられる。喧嘩でまさか、こんな大ピンチ場面に遭遇するとは……最近の喧嘩も物騒になったものだ。
頭をフル活動させるヨウに対し、「貴様」ヤマトは顔を歪ませて盛大に舌を鳴らした。その苦痛帯びる表情に相手はせせら笑い。待ち望んでいた表情を手にした、というところだろう。
「お前等の選択肢は二つだ」
女を見捨てて自分達に挑むか、それとも降参して女を助けるか。女を助けても二人は見逃してやらないけどな。
悪辣な台詞を羅列する五十嵐にクッと顔を歪ませ、ヨウは地団太を踏む。此処まできてこの仕打ち。何処まで人の神経をおちょくれば気が済むというのだ。歯軋りをしつつ相手を睨んでいるとヨウの耳に、「貴方の考え。成功しない!」制止の声。
親玉が振り返る間もなく声の主は五十嵐をせせら笑い返した。
せせら笑いが似合わぬその声の持ち主、帆奈美は鼻を鳴らして相手を一笑。
「二人とも、喧嘩馬鹿。勝つこと優先。貴方の目論見に嵌らない」
男はみーんな喧嘩馬鹿なのだと帆奈美は肩を竦める。だからこっちは苦労をしている、と付け足して。
それにどっちにしろあの二人は自分にとってお遊び。セックスフレンドなのだ。今回のことで二人のことを見切っている、と彼女らしくない捨て台詞を吐く。誰がどう聞いても空言にしか聞こえないソレ。
「貴方の女になった方が楽しそう」なんて媚を売る始末だ。
フーン、鼻を鳴らす五十嵐は軽く笑みを浮かべた。
「ということは条件呑むのか?」
「私、男なら誰とでも寝れる。貴方の条件、喜んで呑む。二人よりもテクニカルなこと、期待している」
おいおいおい、帆奈美。なんっつーことを。条件って何だよ条件って。
瞠目するヨウだが、「約束」彼女は条件を呑むから約束は守るようボスに強要。憶測だがその条件とは、多分自分の舎弟と突きつけられた条件と同じものだろう。おおかた五十嵐の女になることでチームメートを助ける、といったところに違いない。
しかし、そこは五十嵐。相手の弱味を漬け込んで、助けるチームは一つだと条件を突きつけた。両チームの降参と片方のチームの犠牲で約束を守ると言い放ったのだ。
「それじゃ無意味」
帆奈美は顔にクシャッと皺を寄せた。
彼女は基本喧嘩を好まない。例え属していないチームであろうとも、手を組んでいると分かっている以上は両者助けたい筈なのである。つくづく狡く悪趣味な男だ。此方の苦痛を煽ることを楽しんでいるようだ。
ヨウがギッと五十嵐を睨んでいると、ヤマトがヤーレヤレと呆れ口調で二人の会話に割って入る。
「さっきから黙って聞いてりゃ、勝手に面白そうなゲームを作り上げているじゃねえか。俺も加担させろって」
「お、おいヤマト?」
ニヒルに笑うヤマトに何やらヤーな予感である。
「条件が何だって? どうせ俺等両方潰すくせに、ナニ似非偽善行為に走ってくれているんだよ」
鼻で笑うヤマトは帆奈美にも、「お前もお前だ」ナニ馬鹿な事を言っているのだと呆れ返った。
「クダラネェことばっか言いやがって。毎度の如くメンドクセェ女だな。テメェがそんなに軽い女だったら、こっちは苦労してねぇっつーんだ。軽々しい女を演じてぇなら、まずその情けないツラをどうにかするんだな。毎度のことながら偽悪が超下手だぜ、帆奈美。偽悪ぶるならぶるでそれなりの演技力を身に付けて来い。
つまりテメェは嘘が下手くそな女だってことだ。ちったぁ自覚しろ阿呆が。いつもそうだ。平然と偽悪ぶっているつもりで、内心は自分が傷付いてきずついて……メンドクセェ女。クダラネェことばっか言うメンドクセェ女だお前は。
おっと帆奈美、いかにも違うってツラしているんじゃねえよ馬鹿。世話ばっか掛けさせる女だな。本当は誰よりも好きな男には一途なくせにな……まあ、馬鹿は俺もか」
自嘲を零し、青メッシュ不良は高らかに宣言した
「五十嵐。こんな小細工ゲームじゃ、俺等は止められねぇよ。勝つ気でいられると思うな――勝つのは俺等だ」
シニカルに笑い、コンマ単位で踵返すと、「俺の分は取っとけよ」ヨウの肩を叩いて駆け出す。
「おいヤマト!」
振り返って声音を張るヨウに構わず、また舌を鳴らす五十嵐が無慈悲にライターの火を点け、向こうへと投げ放ったことも目に留まらせず、ヤマトは人質の方に向かって駆けた。
全力疾走で人質の下に向かったのは、喧嘩にも優先順位があるため。自分達は人質奪還を含む喧嘩の勝利を目的しているのだ。人質がヤラれてしまっては無意味なこと極まりないではないか。
「この阿呆! 相談してから突っ走れ!」
青メッシュの入った黒髪を靡かせ、一心不乱に駆ける好敵手(ライバル)にヨウは馬鹿だと顔を歪ませる。
美味い場面取って行くんじゃねえよ、悪態をつき、ヤマトの今後の行動に懸念を抱きながら自分を地を蹴る。向かうは無論、この喧嘩とクダラナイゲームの首謀者だ。
一方で火の回りは瞬時に倉庫内を照らすほどである。
ボッ。点火した音はそんな擬音語が似つかわしい。散っていた液体に火は駆け出し、瞬く間に暗かった周辺はオレンジの光に包まれる。
確かな視界が手に入ったと同時に、周辺は火のパレード。灯油の撒かれた箇所に炎はあがり、五十嵐の足元に放置されていたロープも火が走る。数秒も掛からず火達磨になるロープは灯油が染み込んでいるせいで、焼け焦げる回りも速い。
近辺で炎が産声を上げ始める中、帆奈美は自力で手首を拘束しているタオルをどうにかしようと躍起になっていた。が、どうにでもできず、歯で引き千切りたいがそれは此処に連れて来られた際、何度も試して実証済み。
結果はご覧のとおり、である。
パチパチとロープは炎に身を包まれ、身を焦がし、きな臭い異臭を漂わせ始めている。
グラッと揺れる鉄筋の束を見上げた帆奈美だったが、その視界は他人の体によって遮られる。「上を見るんじゃねよ」火の粉が目にでも入ったら笑い種だぞ、と皮肉を零してくるのは今のセフレ。固く結ばれてるタオルの結び目を解こうと手先に力を込めている。
「あ゛ーうぜぇ!」固いタオルの結び目に苛立つヤマトは、荒々しく片膝をついて人質の解放に集中。
「ヤマト」彼の名を呼び、どうして、と脹れ面を作った。
「五十嵐の女になること、なんで止めた? ヤマトにとって演技下手でも、向こうには通じたかもしれなかった」
「るっせぇ。黙ってろ。クソ固ぇな。どんだけ固ぇんだ」
「ヤマト、聞いてる?」
「俺は面倒事がいっちゃん嫌い何だ。お前、後で死ぬほど自己嫌悪する女だろうが」
ビィビィ泣かれたら面倒だとヤマトは皮肉を込めて鼻を鳴らす。泣き虫だしな、しっかりと悪口(あっこう)を付け足して。
遠回し遠回し、彼が気遣ってくれているのだと気付いた帆奈美は底知れぬ馬鹿だと苦笑。それは互い様だと肩を竦めるヤマトだったが、背後から近付いて来る気配に気付き、少しばかり緩んだ結び目から手を放して振り返る。
振り下ろされた拳を受け流し、ヤマトは舌を鳴らした。五十嵐の取り巻きの一人がこっちにやって来たようだ。
「荒川! 貴様っ、ナニこっちに敵を寄越してくれてやがる! つっかえねぇな!」
すると向こうから怒号が投げられた。
「こっちは一対四だぜ! 一人はそっちにやっちまったけど、三人は一人で相手取ってんだ! 感謝しろ! イイトコばっか取っていきやがって 一人くらいどうにかして、さっさと人質を助けろ。ふざけるな!」
大反論が返ってきた。
かんなり向こうはご立腹のようだ。動きがやけに大振りで雑である。
とはいえ、こっちも時間が無い。早く人質を解放しないとロープが焼き切れてしまう。
ヤマトはチラッと天井を流し目、火の粉を降らすロープとグラつく鉄筋に最悪のシナリオが脳裏に過ぎった。焦燥感に駆られる間にも、向こうは状況などお構い無しに拳を振ってくる。目算ではあるが、実力的に程度の手腕のある奴と見た。やはり五十嵐の側にいただけある。
「嬉しい限りだな」
こんなにも警戒心を抱かれているとは、それほど自分達の力を懸念してくれていたのだろう。否、狡い戦略に懸念していたのだろう。
ギリッと奥歯を噛み締め、ヤマトは一旦帆奈美から相手を遠ざけるために床を蹴って猪突猛進。膝蹴りをどうにか片手の平で受け流し、手を結んで勢いづいたボディーブローを相手にお見舞いしてやる。
腹部に綺麗に決まり、相手は二、三歩後退。更に下から上へ顎を手の平で突き、相手のよろめいた隙を見て、手早く帆奈美の拘束しているタオルを引き解く。
同着でロープが引き千切れ、鉄筋の束が頭上に降り注いできた。
「伏せろ!」ヤマトは帆奈美の頭を下げさせ、勢いのまま体を押し倒す。間一髪のところで鉄筋の束は帆奈美の拘束されていた場所へと降り注いだ。叩きつけられる金属達の悲鳴に耳を傾け、二人は上体を起こしてその場を見つめる。
「頭でもかち割りたかったのかよ。あんだけの量をトラップにするなんざ……怖ぇ男だな」
「ヤマト、ありがとう。大丈夫?」
一歩間違えれば大怪我を負っていた。
敢えて自ら人質奪還の役割を選んだヤマトを心配する帆奈美だが、肝心の本人は、
「そういう礼は終わってからにしろ。ったく、易々と人質に取られるなんざ、メンドクセェことを……」
フンと鼻を鳴らすヤマトはさっさと立ち上がり、帆奈美を立たせた。まったくもって素直ではない。帆奈美は微笑を零した。
その時である。二人の視界に火の粉がぱらぱらと降り注いだ。「おい、まさか」ヤマトは頭上を見上げた。そこには炎に包まれたロープ。目で辿っていけば、ドラム缶辺りで屈んでいる先ほど追ってきた不良の姿。
五十嵐が自分達の目を盗んで、放置されていたロープに火を点けた。予備のトラップに火を点けた、というところだろう。
瞬く間に炎に包まれるロープとその脆さを見たヤマトは咄嗟にブレザーを脱ぎ、帆奈美の頭にそれを被せ、思い切り突き飛ばす。瞠目する帆奈美が尻餅をついた刹那、舞う火の粉と目の前で降り注ぐ、無機質な金属たち。ズルッとその場に両膝を崩す彼、青メッシュの入った不良に帆奈美は数秒絶句。
「や、ヤマト――!」
我に返ると大きな悲鳴を上げた。それは倉庫の天井を突き抜けるような、大きな悲鳴だった。
その悲鳴はヨウにも、しかと届いていた。
「マジかよ。あの馬鹿……」ナニをやっているのだと舌を鳴らし、ヨウは取り巻きの一人を蹴り飛ばすと一旦親玉に背を向けた。向かうは勿論“仲間”達の下だ。
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