12.大遅刻



【交差点四つ角・某ビル二階ビリヤード場】




「あ、お帰り。みんな! 無事だった?! ……大丈夫? すごく疲れているみたいだけど」



 お出迎えの弥生に力なく笑みを返した俺達は部屋に着くや否やドッと座り込んでジベタリング。揃いも揃って大きく吐息をついた。

 何一つ収穫がなく、寧ろ無駄足を踏んでしまったその重い足で向かった先は、浅倉さん達のたむろ場。ゲーム中は俺等の拠点として使わせてもらうことになっているんだ。

 俺達のたむろ場(スーパー付近の錆びた倉庫)じゃ寝泊りできないし、できたとしても襲われかねない。浅倉さん達に無理を頼んでビリヤードの最奥にある休憩所一室を借りることにしたんだ。ビリヤードの経営者は浅倉さんの先輩がしているそうだから、寝泊りの許可を浅倉さんに頼んでもらって(浅倉さんも人が好いから快く承諾してくれた)。


 こうして人脈に恵まれた俺達は有り難く浅倉さん達のたむろ場の休憩室をねぐらにしたわけなんですが、行き当たりバッタリ隊の俺達は、ねぐらに到着するや否やドッと座り込んで休息タイム。弥生に心配されるくらい俺達は疲労を溜めていた。

 しょーがないだろ。ほんと妨害のせいでやたらめったら酷い目に遭ったんだから。

 行く先々で追い駆け回されるわ、喧嘩を売られるわ、俺に至っては物を投げられて運転を妨げられようとするわ。日賀野達には会っちまうわ、日賀野に会っちまうわ(大事な事は二回言うが基本だろ!)。


 収穫もなく疲労だけが溜まり、日賀野にちょっかい出されて……マジで疲れた。

 行き当たりバッタリ隊の疲労の色を心配して、響子さんがまず夕飯を取るよう提案してくる。まだ飯を食ってなかった俺達は有り難くその案に乗って、夕食イタダキマス。軽食のおにぎりやパンで栄養補給をすることにした。


 その間も話し合いを欠かすことはしない。

 ヨウは全員部屋にいるか無事か、怪我をしていないかどうかまず確かめた。

 取り敢えず俺以外の怪我人はなし。奇襲を掛けられたのは行き当たりバッタリ隊の俺達だけだったっぽい。良かったのか、不運だったのか、考えるのは置いといて……皆無事でよかった。


「ケイ。大丈夫?」


 弥生にこめかみの手当てを施してもらう。

 大した怪我じゃないけど、これから先もああいう妨害は念頭に置いておかないと。


 無事を確認し合うと報告会を開始。

 まず浅倉さん達の下に行った響子さんとモトは、彼等が快く手を貸してくれること。独自に五十嵐達の居場所探索を買ってくれたことを報告。浅倉さん達には何から何までお世話になりっ放しだよな、ほんと。

 幾ら協定を組んだとは言え、ここまで懇切丁寧にしてくれる不良チームもなかなかいないと思う。


 次に情報収集に向かった弥生とタコ沢。

 芳しくない情報を入手してくれた。というのも、五十嵐が地元であまり素行の宜しくない不良達、まさしく不良と呼ぶべきワルな輩を仲間に引き込んでいるらしい。大量募集した結果、人数が集ったとか何とか。しかも皆それなりに実力があるらしい。

 俺は地元の不良内情を知らないけど、内情に詳しいタコ沢曰く、五十嵐側についた不良達はみーんな難癖のある輩なんだって。


「五十嵐はお前等が中学時代に伸した面子プラス、新しい面子を加えてやがるぞゴラァ。はっきり言うと、どんなに個々人に手腕があろうと今のこのチームじゃ勝てねぇ。人数的にも実力的にも不利だ。浅倉達を率いても難しいと思うぜ。ケイや弥生は手腕がねぇときやがるしな。極め付けに人質を取られてやがる。圧倒的に不利だ」


 チームのためだからこそ正直な意見を述べるタコ沢。

 それに癇癪を起こす奴はいない。本当のことを言ってくれた方が今後の対策も打ちやすいしな。

 彼の言う通り、シビアな現実だ。限りなく勝つ可能性が少ないなんて。まんま負けの喧嘩を買っちまったようなもんだぞ。最悪一人の犠牲でゲームリタイアは可能なら……おっと、バカバカ、ナニを考えているんだ。チームに失礼だっつーの、俺。


「そうか」


 ヨウはタコ沢の意見を反芻、カレーパンを口に運んで思案する素振りを見せた。

 程なくしてヨウは別行動を取っていたチームメートに現状報告。収穫が無かったこと、妨害が凄まじいこと、それから日賀野達が同じゲームに参戦してることを教える。


「五十嵐は因縁ある中学時代の俺達を……徹底的に甚振りたいみてぇなんだ。だからココロと同じ状況に帆奈美も立たされているらしい。ヤマト達もヒント探しをしていた」


「まあ、五十嵐にとっては分裂しよーが何しようがカンケーねぇしな。うち等に恨みを抱いてるにはちげぇねぇし、そう思うと弥生達には悪いことしているな」


 響子さんが高校から関わり始めた俺、弥生、キヨタにタコ沢に向かって苦笑。

 まったくもって今更だし、五十嵐には俺だって個人的私怨があるぞ。首を絞められたし、ボッコボコにされたし、大切なココロを攫ったという私怨があるのだから。

 こうしている間にもココロが何かされているんじゃないかと憂慮を抱く。ちゃんと食事してるかなココロ。ちゃんと飯は貰っているかな。酷いことはされていないかな。心配を寄せれば寄せるほど、胃が捩れるような重くなるような感覚に襲われる。ネガティブ乙だぞ、俺。


「今のままじゃ困ったねーん。今からチーム募集しても間に合わないだろうし……考えられるとしたら」


 ワタルさんの言葉は途中で切れてしまう。

 皆、分かっているんだ。募集する時間が無い以上、少しでも勝機の確率を上げる手法は一つしかない。

 だけどそれは中学時代の因縁を持つ不良達にとって最も苦痛な選択肢。亀裂が入っている以上、基本的には無理だよな。ヨウ曰く分裂後、五十嵐が水面下で更なる亀裂を入れようと行動していたらしいけど、さっきチームと鉢合わせしただけでも険悪ムード。仲直りには程遠い雰囲気だった。

 日賀野達も同じ条件が突きつけられていると思うけど、どうするんだろう。やっぱ向こうは策士チームだから、なんか良い策があったりするのかなぁ。


 結局どうすればいいか答えは出ず、俺達はとにかく目前のヒント探しに集中することにした。

 地図を広げて俺は思い出せる限りの工事現場を皆に教えた。特に規模のでかい工事現場には赤マジックで囲って、より場所を覚えてもらうよう努めた。次に“小さな光”ってのを、知恵を出し合って考える。


 けど俺達は探偵じゃないから謎掛けにチンプンカンプン。頭を捻るしかない。浅倉さん達にも協力してもらって、謎掛けを手伝ってもらうんだけど……。


「こぎゃんまどろっこしいヒントん与え方ばせんでもよかとに。(こんなまどろっこしいヒントの与え方しなくてもいいのに)」


「涼の言うとおりだ。アー……小さな光……小さな光……小さいってどれくらいの規模だろうな。豆電球くれぇか?」


「和彦さん。それじゃあ工事現場から見えませんって。そうですね……外灯が妥当と思いますけど」


「外灯なんていっぱいあるぞ、蓮。んー、手当たり次第探すしかないよなぁ。これ」


 桔平さんの言うとおり、手当たり次第探すしかないという結論に達した。

 だ、誰か探偵はいないのか、探偵は! くそう……フツーの暮らしを送ってきた高校生の頭脳じゃ無理があるって! IQが高い方でもないんだぞ俺達! 寧ろ追試組が多い馬鹿バッカっすよ! こんなこと言えば殺されるから、口が裂けてもヨウ達の前じゃ言えないけど。



 こうしてヒント探しに夜が更けて、気付けば翌日の朝を迎えた。  

 休息も必要だということで雑魚寝。学校をサボって俺達は休憩室で仮眠を取った。

 女子の響子さんや弥生は雑魚寝が嫌だっただろうに文句一つ零さずそこで仮眠を取っていたから、ソファーは彼女達に譲った。俺達の女性に対する小さな心遣いだった。二人は遠慮していたけど、野郎どもに勧められ、一日目は使わせてもらうということで二人仲良くソファーで仮眠を取っていた。


 浅倉さん達は学校に行ったけど俺達は行く気も無く、すやすやと休憩室で眠りに就いていた。

 本音を言えば、俺はココロの安否を気遣って最初こそ眠れなかったけど、俺の様子に気付いたキヨタが寝とかないと体持たないって助言してくれる。


「いざ助けるって時、ケイさんが顔面蒼白にしていたらココロさんがびっくりするっスよ! ね、少し休みましょう?」


 キヨタの優しい気遣いに甘んじ俺は努力して眠るようにした。

 疲れているのに一生懸命笑顔で俺に助言してくれた弟分のおかげで、少しだけ眠れた。だから起床した後、キヨタには一番に礼を言った。


 仮眠を取った後はまたヒント探しを開始。

 情報収集係りの弥生、その彼女を守るタコ沢以外は全員で工事現場に向かい、ヒントとやらを必死こいて探した。

 けど全然出てこない。しかも妨害ばかり俺達の前に現れてくれる。疲労は勿論、精神的にも徐々に追い詰められるような感覚に陥った。夕方まで探していたんだけど手掛かりゼロ。

 時刻的に二日目に突入し、俺達は休息を取るために再び浅倉さん達のたむろ場に戻った。一日が経過しているのに収穫はゼロ。ココロの安否も分からない。チームの中で不穏な空気が流れ始めたけど、不安になっていても同じだ。


 早めの夕飯を取りながら、俺達は頭をリフレッシュすることにした。

 でも俺自身、あんま食欲が湧かない。休憩室の四隅に座り込んでおにぎりを口にはするんだけど収穫がなかったことや、無常に時間が過ぎていく。その現実に苛むばかり。

 こうしている間にもココロの身に酷い仕打ちが降りかかっていないか、思っては憂慮を抱いて落ち込んでいた。気持ちは皆一緒なんだと分かっているんだけど、な。


 溜息をついて食事を進めていると、「ケーイーさん」元気の良い声が頭上から降ってきた。

 顔を上げればニィーッと満面の笑顔を作っているキヨタが一匹。手にはいっぱいの菓子パン。「どれがいいっスか?」ニコニコッと笑顔を向けて腰を下ろしてくる。


「ケイさん、疲れている時にこそ甘いものっスよ。メロンパンにチョコパン、あんぱん。あー……これは何パンだろ。カレーパン? 駄目だ論外。甘いパン甘いパン。何これ、チーズパン? ……美味いけど甘くないから却下。あ、いちごのジャムパンあるっスよ! どうっスか? ジャムパン」


「キヨタ」


「いっぱい食って、いっぱい休憩して、ココロさんを助けましょ? 元気じゃないとココロさんも悲しみますって。あ、俺っちも勿論、悲しみますから! なんたって一番の弟分なんですから!」


 キヨタはドンッと胸を叩いて満面の笑顔を浮かべてくる。

 なんだか元気を分けてくれるような気がして俺は思わず綻んだ。

 こうしてキヨタには何だかんだと、支えられている気がする。そういえば俺が落ち込んでいると、一生懸命に元気付けてくれようとするよなキヨタ。健太の時もそう。プチパンケーキをくれて励ましてくれたっけ。


 俺なんかのために奔走しちゃって、勿体無いをことしている。

 でも感謝したい。こんなキヨタに。

 キヨタには振り回されていること多い。発言も俺を見る目も美化しがちだけど……熱意が伝わってくる分、俺も何かコイツに返したいと思う。

 こう思う時点で俺にも兄分心というものが芽生え始めているのかもしれないな。馬鹿で真っ直ぐすぎる、可愛い俺の弟分だと思うよ。


「なあキヨタ」


 さっきよりもスムーズに食事を進める俺に、「チョコパンがいいっスか?」ジャムパンと比べてくるキヨタに笑って礼を言った。

 「ん?」なんで礼を言われるんだと首を傾げるキヨタに、重ねて礼を言う。ますます首を傾げるキヨタに、俺は目尻を下げた。


「キヨタの元気に、俺は救われているんだ。ちょいネガティブなっていたら、お前が励ましてくれるから。サンキュな」


「ケイさんが元気になってくれたなら、俺っちも嬉しいっス! 少しは役に立っていると実感が湧くっス」


 弟分が頬を掻いて照れている。

 あ、そういえばこいつ、俺に認められたいと随分前に言っていたな。自分なんて役に立っていないとか思っているんじゃ……バカだな。そんなことないのに。

 俺は立てていた膝を崩して、キヨタの瞳を見つめた。ちょっと間を置いて口を開く。


「キヨタはさ。ちっとも手腕の無い俺のことを尊敬してくれるけど……俺が兄分でいいのか? なんか損してね?」



「えええっ? 損ってなんっすか! 俺っち、手腕とかカンケーないと思っていますよ? そりゃあ、最初こそ手腕が無い上に地味っこいナリで……『どうしてこの人が有名なヨウさんの舎弟なんだろう?』とか思いましたけど俺っち、結局人は気持ちだって答えを出したんです。

 ほら、ケイさんって誰に何言われても絶対舎弟をやめなかったじゃないっスか。ヨウさんと舎兄弟を解消するまで、絶対に自分からはやめなかった。凄いと思いますよ。逆境に立たされているのに、みーんなから肩書きだけの舎弟だと言われているのに、陰でこっそりと努力しているケイさんは凄いと思います。熱狂的ファンのあのモトがケイさんを認めるくらいなんっスから、そりゃあ、凄いも凄いって俺っちは思います」



「そっかなぁ。舎弟を白紙にできず、なあなあになっていただけと思うけど」


「直向きなんっスよ、ケイさんって。逆境を跳ね除けるくらい真っ直ぐに努力してます。しかも池田チームとの一戦で、舎弟に立候補していた俺っちの力を最大限に引き出してくれようとした。俺っちを信じてくれたじゃないっスか。普通はできませんよ、敵意を見せている舎弟立候補にあんな声援を送るなんて。それはケイさんの優しさであり強さなんだと思うっス。あの心意気に俺っちは惚れたんっスよ」


 あどけない笑顔を見せてくれるキヨタに、何だか照れた。そんなにも格好をつけているんだな、俺。  

 けどキヨタだって負けていない。モトと違う方面から俺を見てくれているし、何より兄分を支えてくれる。つい先日、モトがヨウの悪いところを指摘するために喧嘩振ったことが一つの支えのカタチだとしたら、キヨタの励ましもまた一つの支えのカタチだと思う。うん、ほんとうに……そう思う。


「キヨタの方が凄いと思うけどな。地味の俺を、こうも尊敬してくれるから。お前、俺の元気の素だよ」


「こ……光栄っス! なんだか面と向かって言われると照れるっスね。うわぁ、どうしよう褒められちった!」


 照れ照れに頬を掻いて照れ隠ししているキヨタに一笑して、俺は“いつか”を考えた。

 もし近未来、舎弟を作るとしたら俺はきっと――まだ俺には兄分としての力量がないから今は期待することを言わないけど、舎兄になる心構えが出来たら、俺は俺自身を真摯に支えてくれる奴を舎弟にしよう。舎兄なんて柄じゃないけれど、こいつの舎兄になる努力ならしてもいい。目前の後輩くんにはまだ内緒だけどな。

 あーあーあー、肩まで不良の世界に浸かっちまってどーするんだろうな、俺。舎兄になりたいとか、どーかしているかも、ほんと。



 こうしてキヨタに元気を分けてもらった俺は食後、皆と再度ヒント探し開始。

 ヒントを探すより、五十嵐達を捜した方が良策かもしれない。だけど奴等のことだから遠くに身を隠しているかもしれない。近場かもしれないけど、到底三日以内に捜し出せそうに無いからこうやってヒントに賭けている。

 もしもヒントが駄目だったら、そん時はそん時だ! ネガティブは考えないぞ、考えない! ココロのことも大丈夫だと言い聞かせるぞ。ノットネガティブだ!

 ヒント探しに対し、ヨウは溜息混じりに胡坐を掻いてうーんっと唸り声を上げた。

 

「小さな光ってのがなぁ。小さい光。スモール……スモールライト。いやそりゃ、猫型ロボットの道具。んー……こうなりゃ工事現場から光が見えるところ、ぜーんぶ探してみっか。あ、これってナイスアイディアじゃね? アッタマいい!」


 爽やかでイケメンに笑顔を作る我等がリーダー。

 だけど冗談じゃない。今の時代、光だらけだ。夜なんて特に光だらけだから、どれを頼りに探せばいいか分からないっつーの! 能天気に笑うリーダーを余所に俺等チームメートは溜息。勿論この案は却下になった。


 刻一刻と過ぎていく時間。

 暮れてしまった空は時間経過と共に更けていく。八時が過ぎ、半が過ぎ、九時が過ぎ、また半になり……九時半を迎えた頃、ヨウがもういっちょシラミ潰しに探してみるかと提案。体を動かしていた方が性に合うと意見を出してきた。

 あんまり体力は削りたくないけど、この時ばっかりは俺も賛同する。妨害は怖いけど、頭ばかり使っていたら煮えつまりそうだったんだ。他の皆も同意見だったのか、探しに行こうか口々に意見し始める。


「うっし決まりだ」


 ヨウは手を叩いて皆に指示す。行動開始だ、と。


「情報収集組も今回はこっちを手伝ってくれ」


 ヨウの頼みで弥生やタコ沢もヒント探し組に加わった。

 うん、情報係りなら利二もいるしな。あいつはバイトをしながらも俺達のために情報を収集してくれているだろう。チームは一丸となってヒント探しに熱を入れよう。



 ――コン、コン、コン。



 行動に水を差すようなノック音。

 浅倉さん達かな? 俺達は扉方面を見た。開かれた扉の向こうには浅倉さん達、だけどそれだけじゃない。まさしく今、脳裏に過ぎらせていた人物、五木利二の姿もそこにはあった。「差し入れです」俺達のためにバイト帰りにも関わらず間食を買って来てくれた利二は歩んで、両手のビニール袋をヨウに差し出した。

 受け取るヨウは、「サンキュな」綻んでビニール袋を受け取った。今から出掛ける予定だから、戻って来て食べることにする。感謝を口にするヨウに利二は笑みを濃くした。


「差し入れはこれだけじゃないんです。情報も幾つか手に入れてきました」


「マジか?! そりゃ助かるぜ! ちょ、テメェ等、行動する前に五木の情報を聞くぞ」


 興奮するのは何もヨウだけじゃない、俺達だってそうだ。

 さっすがは利二、俺の愛したジミニャーノ! あいつのことだから必死こいて情報を入手してきたに違いない! 早速利二の話を聞こうとしたその時、「その前に」彼は今日一番の笑みを見せて飛びっきりの差し入れを受け取って欲しいと俺達に言った。

 意味が分からずキョトン顔を作る俺達に構わず利二は扉に振り返って目尻を下げた。




「彼、荒川さん達のお仲間でしょう?」




 時が止まった。

 開かれた扉からひょっこりと顔を出してくるその不良は見事な銀の髪をしている。

 キャップ帽を被ってるけど、隠れていない部分だけで分かるその銀髪。松葉杖をついて部屋の中に入ってくる不良は、すぐに立ち止まって被っているキャップ帽を取ると愕然としている俺達に一笑。



「あちゃー、もう皆、お揃いなんだね。ということは僕は大遅刻しちゃったかな。ごめーん」



 ハジメ――。

 誰かがその不良の名前を口ずさんだ。

 そして誰より早く息を吹き返し、反応を示したのは彼を一途に想って弥生。「うそ」怖々名前を口にし、次いで忙しく肩を上下に動かしながら下唇を噛み締めると、「バカァ!」大声で相手を罵倒し、床を蹴って松葉杖をついている不良に飛びついた。

 体に衝撃が走り、ハジメは少しばかしよろめくけど、踏ん張りをみせて弾丸のように飛びついてきた彼女の肩に手を置く。

 「遅刻した。ごめん」謝罪するハジメに、「大遅刻だよっ!」何度も馬鹿馬鹿と悪口(あっこう)をつく。

 だけど胸部に顔を埋め、細い腕を背中に回すとその存在をしっかりと確かめていた。何度も彼女にごめんと詫びを口にするハジメは顔を上げると、呆然に近い表情を作っているリーダーにも詫びた。


「長い一時離脱……悪かったね。今、戻ったよ」


「なん、だよ。くそが。マジで長ぇんだ。ンの阿呆っ!」


 泣きそうな声音を出しつつも、気丈に振舞ってハジメに駆け寄るヨウ。俺達もハジメに駆け寄って元気だったか、怪我はもういいのか、今までどうしていたのか、矢継ぎ早に質問を浴びせた。

 さすがのハジメもこれには苦笑していたみたいで、「優先順位があるじゃないか。僕のことは軽く説明する程度でいいだろ?」なんて生意気に意見してくる。ちぇ、ほんとに元気で戻ってきてやんの! ハジメのばかやろう、心配させやがってさ!



 取り敢えずハジメを座らせるためにソファーを譲って、彼にまず軽く近状を報告してもらった。

 曰く、ハジメは母方の実家近くの病院に移されて入院を強制されていたらしい。完治に約一年、最近まで入院生活を強いられていたという。自宅療養になってからは祖父母の家で体を休めていたのだそうな。

 すぐにでも俺達に連絡したかったけど、両親のおかげさまで携帯を解約させられ、危うく学校まで辞めさせられるところだったらしい。俺達と縁を切らせるために。


 一件で両親と大喧嘩したそうな。

 どうしてもチームに戻りたいハジメは今までの鬱憤を散々吐いて吐いてはいて、俺達の下に戻ろうと奮闘し、仕舞いには一人暮らしをしてでも前の生活に戻ると言い張った。

 両親は当然反対したんだけど、ハジメの気持ちを酌んで味方してくれたのは祖父母。今まで人生そのものを強要しようとしていた両親に、「肇の好きにさせなさい」と言ったそうな。ただし、以後の自分の行動には責任を持つこと。両親に心配掛けたことは謝罪すること。そうしっかりと釘を刺されて。


 両親と向き合う時間も設けて、互いの本心を吐露し合ったそうだ。

 すべてを両親は理解してくれたわけじゃない。

 だけど少しは理解を示そうとしてくれたようでお互いにもう少し話す機会を増やそうと、取り敢えず丸くはおさまったらしい。取り敢えず、は。


 ある程度動けるようになったハジメは早速、俺達に会いに地元に帰還(実は両親に内緒で此処に戻って来たとか。祖父母に伝言は残したそうだけど)。

 電車、バス、そしてタクシーを使って戻ってきたハジメは俺達のたむろ場に足を運んだそうだけど、見事にもぬけの殻。学校なのかと思い、学校付近にも足を運んだけどいなくて、仕方がなしに近くのコンビニに足を運んだ。

 それが利二の働いているコンビニ。

 事情を聴いたハジメは、利二の勤務時間終了までコンビニ近くの本屋で時間を潰し、此処までやって来たという。


「たむろ場を変えられたかと思って焦ったよ。でも、五十嵐が復活していると聞いて居ても立ってもいられなくてね。五木と此処に来たんだ」


「そうか、テメェも大変だったんだな……悪かった、あの時は助けられなくて」


「いいんだ、ヨウ。僕もチームに迷惑を掛けたんだ。利用されたくもなかったしね」


 苦笑いするハジメは弥生に視線を流し、視線で軽く詫びている。

 彼女は口をへの字に曲げて、「バーカ、心配したんだから」鼻を鳴らしていた。うん、ほんとにな。古渡に対する執念は凄まじかったんだぜ。見せてやりたかったよ、あの時の弥生。


「まだ本調子じゃない。だから僕に出来ることは限られている。明日には戻らないといけない。それでも手伝えることは手伝うから。悪いね、戻っておいて早々」


「阿呆、体を優先しろ。テメェがチームに戻って来たってことだけで十分だ。良かったよ、マジで……安心した」


 ヨウの言葉に一笑を零すハジメだったけど、早速本題に入った。


 そう、五十嵐が出題したヒントのことだ。

 事情を話して手詰まりしているのだと説を明すれば、ハジメは一思案して地図を見せてくれるよう頼んでくる。

 手早くモトが地図を手渡すと、「五木からある程度は聴いたよ。そして僕なりに推測していた」ハジメは工事現場の印がついた地図を雑に広げた。ぺろっと口端を舐めてゆっくりと目で印を辿る。


「工事現場から見える小さな光ってのは、多分比喩表現だと思う。単に小さな光、イコール光で考えるのは賢くない。五十嵐のことだから、少し捻ってある筈。光と聞いてさ、皆、ナニを思い浮かべる?」


 質問に俺等は腕組み。

 光……ライト? いやそれは英語にしただけだし。光、電気、電球、懐中電灯、あったかい、眩しいにうーん、うーん。


「光って言えばさぁ。やっぱ電気だけど、太陽も想像できるよね」


 弥生の意見に、「どんぴしゃ」ハジメはまさしく太陽のことだと正解を口にする。

 名探偵のお言葉にますます俺達は頭を捻る。どういうことだ、もっと噛み砕いて話してくれハジメ探偵。凡人には話が見えないって。小さな光イコール、太陽。太陽って規模大きくないっすか?

 クエッションマークを浮かべる俺等に、「太陽と言っても単なる太陽のことじゃない」ハジメはギブスをしている右手でゆっくりとある工事現場を指差す。そこは比較的に規模の小さい工事現場。確か道路の舗装工事がされていたと思うけど……ハジメはそこを指差し、「近所に電気屋があるだろ?」某大手電気屋の名前を口にする。


 その看板を思い出して欲しいと目を細める。

 俺達はハッと目を見開いた。そうだ、その某大手電気屋看板は太陽だ。ニッコリニコニコした顔のついている太陽さんじゃないか!



「僕と五木は此処に来る前に確かめに行ったんだ。そしてこの工事現場から丁度、豆粒みたいな看板が見えた。それはまさしく、五十嵐のいう工事現場から見える小さな光。つまり某大手電気屋の看板のことを指してたんだ。小さな光が単なる光なら、夜にしか当て嵌まらない。昼に探すのは困難だ。

 だけどこれなら……きっと五十嵐はこの某大手電気屋の出入り口付近にヒントを置いている筈。あいつもヒント探しばっかりさせたくないだろうか、もっとゲームを面白くするためにヒントの置き場所は見分けのつく出入り口付近に置いていると思うよ。あくまで僕の推測だけど。五木の情報によると、ここら一帯の五十嵐の姿を目撃したって話だ。だろ? 五木」


「ああ。昨日今日の話ではないが、最近、某大手電気屋や工事現場付近を徘徊する五十嵐を目撃したと情報を入手している」


「ということで……こんなところだけど、皆。何か意見等は?」


 名探偵ハジメの説明に意見なんて出てこない。

 寧ろ、出てくるのは感動感激感涙。さ、さ、さっすが我等がチームの誇る頭脳派! インテリ不良さまだぜ! 俺達が知恵を出そうと束になっても考え付かなかった見方を糸も簡単に考え付いた挙句、物の見事に推理ちゃって。戻って来て早々大手柄じゃないか! チクショウ早々憎い仕事しやがってっ!

 やっぱお前がいないと俺等チームは駄目なんだよハジメ! 戻って来てくれてありがとう、ハジメ。ほんっとにありがとう、ハジメ。


 本調子ではないけど、完全チーム復帰したハジメのその存在、そしてお手柄推理に俺等は完全に活気付いていた。

 気持ちが異様に昂ぶって俄然やる気。手掛かりがなに一つもなく、負け喧嘩さえ思っていた逆境を跳ね除けた気分さえいた。状況が不利な事には違いないのに、重々しい空気は一掃された。仲間が戻ってくるだけでこんなにも違うものか。俺達の纏う空気は闘志に燃えている。


「早速行くぞ、その某大手電気屋に。我等がインテリ不良さまの推理を頼りにな」


 ヨウは活き活きとした口調でチームに指示。


「俺達の喧嘩はこれからだろ? 野郎ども」


 負けん気の強い希望に満ちた瞳を向けてくるリーダーに、当たり前だとばかりに声を張るチームメート。

 そうだ、これからなんだ。時間は刻一刻と迫っているけど、精神的に追い詰められる必要なんて無い。逆に俺達があいつ等を追い詰めていかないと。

 ヨウは軽い足取りで一番乗りに一室の扉に向かう。その際、ハジメに此処に残って体を休めるよう命令。兼、弥生と連絡係りを受け持つよう言う。ヒントが見つかったら連絡するから、そう告げるリーダーの二人への気遣いはモロバレ。当人のハジメは苦笑、弥生はといえば待機なんて嫌だと却下を申し出。手腕のある仲間を一人こっちに寄越して欲しいとリーダに頼んでくる。情報収集に行って来るから、なんて言うもんだからびっくり。

 てっきり戻って来たハジメと会話を交わしたいと思っていたのに……だけど彼女はあどけない笑顔で言うんだ。


「復活したハジメだけイイ顔させるの癪だから。私、ハジメ以上に頑張ってきたい。あ、そうそう、ハジメ」


 それこそ満面の笑顔、花咲く笑顔でソファーに座っている復帰したてのチームメートに彼女は告げる。



「私、ハジメのことが好きだから。誰よりも好きと胸を張れる。馬鹿ハジメのことを真剣に狙うんで夜露死苦」



 皆がいる前で弥生は大胆にも告白布告、宣戦布告。

 目を点。馬鹿みたいに口を開いてポッカーンとしているハジメに、


「待つのはもう疲れた! へタレが動かないから私から動く!」


 笑声を漏らして弥生が部屋を出て行く。

 「え……え?」前触れも無いの告白と宣戦布告に、ハジメは何をいきなりとばかりに動揺。完全に狼狽している。

 傍観者の俺達は大爆笑。言われてやんのヘタレ、仲間内に揶揄されてハジメは赤面する。その顔で誰がヘタレだと大反論しているけど、誰もが「お前のこと」指差して腹抱えて笑う。だってお前、真剣に狙うとか宣戦布告をされているじゃんかよ。

 お前が早く動かないから弥生は焦れ焦れに焦れちまって、ついに腰を上げちまったんだろう。悔しかったらお前も腰を上げてやれよ、ヘタレハジメ。お前だってもう答えが出ているんだろう?


「ククッ、弥生嬢の意気込みに乗って俺達も行こうぜ。向かうは某大手電気屋だ。響子は弥生と一緒に行動しろ。ヘタレハジメは五木と此処に残れ。五木、時間帯的に残って大丈夫か?」


「だっ、誰がヘタ「大丈夫です。荒川さん、お気を付けて」


 見事に言葉を遮られてハジメは悔しそうに顔を顰めるけど(利二。お前わざとだろ?)、ヨウはそれさえ愉快に笑って行って来ると片手を挙げた。大勢で行く必要性もないだろうけど、折角ヒント探しに光を見出せたんだ。

 途中で奇襲や妨害に遭ったら最悪だろ?


 バイク組、チャリ組に分かれて俺達は夜空の下、某大手電気屋に向かう。

 確信といっても過言じゃない大きな自信が俺達の胸に満ち溢れていた。ヒントは必ずそこにある。復活した仲間がそこにあるって推測したんだ。俺達は迷わず信じればいい。

 瞬く星空にちょいと目を向けながら、俺は颯爽とチャリを漕いだ。ぶわっと真っ向から吹く夜風の冷たさなんて、気にもならなかった。


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