10.貴方と私はいつでもパピコ!




 倉庫内に戻った俺は幾分落ち着きを取り戻しつつ、自分の身の上に降りかかった状況を仲間に話さなければいけない現実に胃が重たくなっていた。

 だけど、古渡の出してきたゲームもあるために、黙秘するわけにもいかない。戻るや否や、首を長くして待っていた仲間達に早速電話の一件を話す。


 まず俺とココロの関係が古渡に狙われたことを告白。

 弥生とハジメの時のようにチームメートの仲を引き裂きたい半分、残りは半分は小中時代にココロを苛めていた嗜虐心が狙われた要因として挙げられる旨を伝える。

 次に俺自身が“荒川庸一”の舎弟であるがゆえに、別れ話を突き付けられたことを告白。二者択一を迫られたことも惜しみなく白状した。

 皆の反応が怖かったけれど思いの他、チームメートは怒りの矛先を古渡一点に向けてくれた。こういう風にチームメートに恐怖と疑心を抱いていた時点で俺もまだまだだと思う。もう少し、皆を信用しないとな。うん。


「ケイさんの恋人にしろとか不届き千万っスね! 身の程を知ってから物申せって話っス! ケイさんの男の中の男の魅力は、確かに男の俺っちでも惚れてしまいそうです。いやぁ、分かるっス。惚れちまうのは。男気はありますし、笑顔が爽やか、俺についてこいオーラがまたカックイイ。美化してないか? ノンノンノン。ケイさんの心は誰よりもイケメンなんっス!」


 ……皆をもう少し。


「ケイさんにはココロさんって彼女がいるっスよ! 寝取ろうなんて百年も千年も万年も早いっス! ケイさんのお初はココロさんって決まっ「キヨタっ、それ以上のフォローは心に留めておいてくれ! 気持ちだけ受け取っとくから!」


 立ち上がって(嘘)田山伝説を熱弁してくれる弟分の口を手で塞ぎ、俺は必死に言葉を制した。

 まだ言い足りないとばかりに、うぐうぐ、もごもご、むーむー、なんかキヨタが言っているけど、いやいやいや、お前のフォローは過激なんだよ! 熱過ぎて聞いているこっちが羞恥心噛み締めるよ! 俺の心がイケメン? フッ、馬鹿だな。誰だって妄想じゃイケメソになれるんだぜ! だからこそ人はイケメソ自分を思い描く行為を“妄想”と呼ぶんだ!


 熱弁しようとするキヨタを無理やり座らせて、俺はゴッホンと咳払い。


「そういうことなんだ」


 一先ず、話に一区切りつけた。

 途端に響子さんと弥生がズンっと俺に詰め寄って来る。

 弥生はともかく、響子さんには張り手を食らう覚悟を抱いたのだけれど、彼女達は目を細めて各々俺の胸倉を掴んで大きく揺すってきた。ぬぁあああっ、勢いっ、勢いで脳天がぐわんぐわん揺れる!


「ケィイイ! なんでその電話の時にうちを呼ばなかったァアアアア! 妹分を攫ったのはあんのクソアマなんだなっ! ケイっ、よく向こうの要求を呑まなかった。そりゃ褒めるがうちにもあの女と話させやがれっ、アアアアアアアア! ムカつくっ!」


「どぉおおおおして私を呼んでくれなかったのぉおおっ! あの女狐が電話ふっふっふっ、あっはっはっはっ! ココロにまで手ぇ出すなんてフッザけているよねぇええ!」


 バッと二人が俺の胸倉から手を放して(あへぇっと情けなく目を回す俺にキヨタ「し、しっかりして下さい!」)、こめかみに青筋を立てると血管が浮き出るほど握り拳を作って腰を上げた。


「ココロに手ぇ出す女か。もう容赦してやんねぇぜ」


 姉分の響子さん。


「ハジメの仇。友達にまで手を出すなんてもう許さない」


 仇討に燃える弥生。


 二人は轟々メラメラと燃えていた。

 黒い笑みを浮かべながら、これまた黒い炎という名のオーラを身に纏わせ、顔の筋肉を引き攣らせて鼻息を荒くしている。その姿は鬼、阿修羅、もしくは般若。とにもかくにも女の憤りほど怖いものはなかった。仲間といえど、さすがの俺達でも……二人の憤りにやや引き気味。

 「こわっ……」ワタルさんの一言に、ギッと眼光を鋭くする女子二人。今なら目からビームが出ても不思議じゃないと思う。寧ろ出る方が自然。それだけ二人の眼光が怖かった。さすがのワタルさんも愛想笑いを浮かべつつ降参ポーズの両手万歳。女って怖いな、ガチ話。


 閑話休題、俺は古渡が持ち出してきたゲームについて説明をすることにする。

 要求を一蹴する俺をある程度、古渡は見越していたのか「それじゃあ助け出してみせてよ」と挑発。タイムリミットゲームをしようと彼女は持ち出してきたのだ。

 多分、このゲームは上の五十嵐が考案したものだと思う。三日の間に、もっと言えば72時間以内に自分達の居場所を突き止めて仲間を奪い返す。そんな簡単なゲームをしようと提案。勝敗は仲間を奪い返せるかどうかに掛かっているそうな。


 そりゃつまり相手がココロを軟禁するってことで……その間、ココロが何かしら虐げられるんじゃないかと懸念する状況だ。

 それに俺を含む男達は、まだ傷が完治していない。不利も不利だ。

 けれど敵は分かっていながらゲームを突きつけてきた。乗らなかったらこの話は仕舞いにして即ココロを甚振ると言うし、それが嫌なら彼氏になれと無茶苦茶なことを言うし、だから独断で申し訳ないけど、どうしても乗らざるを得なかった。  


「ゲームは今から開始、じゃなくココロの携帯から合図の電話があるらしい。しかも合図以降は何かしら妨害する輩が出てくるそうな。向こうは、とことんゲームという名の甚振りを楽しみたいみたいだ」


 静聴していたヨウは舌を鳴らし、立てていた右膝から左膝へと体勢をチェンジる。


「チッ、五十嵐らしい甚振り方だぜ。仲間意識の高い俺等をとことん叩きのめすつもりか」


 ガシガシ頭部を掻き、小さな息を吐くと「復讐してぇんだろうな」中学時代の因縁を引っ張り出した。

 自分達の狡い策略に落ちた五十嵐は、自分のプライドを酷く傷付けられたと強い私怨を抱き、こうやってあの頃の鬱憤を晴らそうとしている。ということはこのゲーム、日賀野チームにも……?


「んー。厄介なのはさぁ。あの当時の面子は今、分裂している点だよねぇ。中学の時に五十嵐ちんを伸せたのは、作戦もあるけど、面子も一理あると思うヨンサマ。今のチームが悪いってわけじゃないけどねぇ。中学時代の面子だけ考えると力が半減しているっぴ」


 ワタルさんの言葉に、ヨウは不快感を示しながらも同調。向こうの力は買ってるみたいだ。

 「奴等も強いからな」溜息混じりに意見。だからといって向こうと協力する気もない。フンッと鼻を鳴らすヨウは、向こうと手を組んでも協調性がないから負けるに決まっていると吐露した。

 確かにな。因縁がある面子はすこぶる仲が悪い。顔を合わせてもハブとマングース関係だからな。喧嘩勃発が目に見えてらぁ。根本的にお互いを認めてないもんなぁ、ヨウ達と日賀野達。というかヨウと日賀野。

 中学時代の面子、今の各々面子、ヨウ達にとってどっちが実力あるチームなんだろう?

 高校からヨウ達とつるみ始めた俺やココロ、弥生にキヨタ、不本意ながらもタコ沢。目を配れば個性的な面子であるけれど、直接激突した時、手腕で使えるのはキヨタとタコ沢。俺と女性組は足手纏いだ。向こうのチームも新たにメンバーを揃えているようだけど、手腕的には中学時代の方があったんじゃないか? 実力派が揃っているしな。


 とはいえ、ハブとマングースじゃあ……喧嘩勃発だろう。


 今はとにかくこの面子で乗り越えていくしかないんだ。なるべく足手纏いにならないよう、俺も気を付けないと。

 古渡の話では、ココロの携帯から合図のお電話があるらしいから今はジッと待つしかない。ヨウもそれを判断していたのか、「今の内に家に連絡してくれ」適当に口実を作って行動に支障が出ないよう強要。


「最悪72時間、この面子で過ごすことになると思う。どうしてもって時は一時離脱も許可するが、基本はチーム行動だ。いいか? 泊まりその他諸々親に口実を作れねぇ奴はいるか?」


 ゲームのせいでココロが軟禁状態になるというのに能天気に家に帰れるわけがない。

 他の皆はともかく、俺は親に適当な口実を作って最後までチームと行動を共にするつもりだった。彼女が家に帰る日が、俺の帰る日だと思っているから。外泊を口実にすりゃどうにかなるだろ、三日くらい。


 と、ここで響子さん。


「ココロの家にはうちが連絡しとく。適当に家に泊まっていると口実を作っておくから。あいつのじっちゃんばっちゃんは孫に両親がいない分、寂しい思いをさせないよう猫可愛がりしいてるからな。こんな事件に巻き込まれているなんざ、口が裂けても言えねぇし」


「そうか、頼む。響子」


 嗚呼、おトキおばあさん、昭二おじいさんの笑顔が脳裏に過ぎる。

 昨日の今日でこんなことになっちまうなんて。

 二人に言われたのにな。ココロを宜しく頼むって、言われたのにな。笑顔で頼まれたのにな。ああくそっ、何も出来ない……寧ろ利用されるだけの俺に憤りを感じる。苛々するし悔しい。ただただ悔しい。こうしている間にもココロが辛酸を味わっているんじゃないかと思うと。


 昨日は体調を崩していたココロだけど、今日は大丈夫かな。元気か? 一目だけでも会いたい。会いたいよ。今日はまだ一回も会っていないのだから。今日は電話越しに、ココロの丸み帯びた声しか耳にしてないのだから。こんなにも彼女に会いたいと思うのは、俺の強い我が儘だろうな。


 合図が来るであろうココロの携帯を倉庫に置いた俺は、合図があるまで再び倉庫外に足を運んでいた。

 暮れていく夕風に当たらないと気持ちがささくれ立つ一方だったんだ。何も出来ず待つ時間だけ、それほど気持ちが落ち着かない時間はない。それに自分自身と見つめる時間が欲しかったんだ。冷静になって、これから何ができるか……チームで彼女を取り戻す方法を黙然と考えたかったから。

 倉庫裏に回って木材に腰掛けた俺は頬を撫でてくる夕風を感じながら、ブレザーのポケットからラッピングされたプレゼントを取り出す。


 目に映るものは可愛らしいリボンで飾られている透明な袋に入ったクッキー数枚、わざわざ星の形に作られている。

 リボンを解いてクッキーを口に運んだ。「うま」自然に零れる味の感想。手作り感があって美味い、本当に美味い。バタークッキーか、ほんのりと優しいバターの甘味が口内に広がって舌を喜ばせる。


 そういえば俺、女の子から手作りを貰うの初めてかもしれない。記憶上。

 クッキーを食べながら、同封されていた手紙に目を通し始める。さっきは混乱して読めなかったから、今度はちゃんとな。


(えーっと何々『ケイさんへ。昨日は送って下さりありがとうございました――』)


 ――わざわざ負ぶって送って下さり、嬉しかったやら申し訳なかったやらです。ちょっぴり恥ずかしい気持ちもあったりなかったり、あわわっ、これは文句じゃないですよ! とてもとても感謝してるんです!

 じいじ、ばあばもケイさんが遊びに来てくれたことを大層喜んでいました。お葉書の一件につきましてもそうですけど、祖父母と親身にお話して下さるケイさんのことを“誠実な人”だと感心していました。またいらして下さい、じいじもばあばも喜ぶと思いますから!

 (中略)ケイさんと、昨日は沢山お話しができて楽しかったです。遊びに来てくれたことも、お電話したことも、凄く楽しかったです。騒動が落ち着いたら、もっとケイさんと二人で過ごしたいと思いました。思うじゃなくて、一緒に過ごしたいです私。

 お口に合うか分かりませんが、小さなお礼を籠めまして。


(『こころより』か。ココロらしい……手紙だよな。ほんと)


 こうして律儀にお礼をしてくれる気心に優しさ、それから女の子らしい小さな我が儘。本当にココロらしい。

 四つ折りにして俺は手紙をポケットに仕舞うと、最後の一枚を銜えた。目を閉じればココロがこうも鮮やかに思い出せる。昨日何を話したか、どんなことで笑ったか、抱き合った体温さえもはっきりと思い出せる俺がいる。

 彼女を守りたいと思った。ちょっと弱気の卑屈になるところもあるけれど、誰よりも人を気遣える彼女を守りたいと思った。

 でも守れなかった。俺が不甲斐なかったから、ゲームの美味しい材料として使われている。俺のせいじゃないと誰かが慰めてくれたとしても、こればっかりは俺自身が許せない。誰よりも好きな彼女の傍にいてやれなかったんだから。


 だけど、屈しないさ。


 脳裏に蘇る古渡の言葉。

 要求を一蹴した俺に、いつでもゲームを中断できると切り際に言い放った。中断、放棄、降参、それをしたければ此方も人情があるため、呑んでやらないこともない。まあ、それには――銜えていたクッキーを口に入れ込む。

 あの時の嘲笑う声がリピートされた。


『放棄したいなら私の要求を呑むことだねぇ。ゲームオーバーになって根暗ココロを傷付けるか、それともギリギリで土下座の身売りするか。どっちが賢い選択になるか、よーく考えることだよ。舎弟くん』


 ゲームオーバーのことなんて考えたら、チームメートにもココロにも失礼だろ。負けの喧嘩に俺達は興味もない。

 ギリギリになったら、馬鹿な事を考えないでもないけどさ。


「身売り……か、まさか男の俺にそんな災難が降りかかってくるなんてな」 


 土下座をして古渡の彼氏にして下さい、ココロとは別れるんで。

 そんな馬鹿げた近未来が訪れるのかなぁ。やりそうだ。自己嫌悪してしまう。

 仲間内にも話していない中断、放棄、降参条件を独り言として口にしていた俺だけど、ふと気配を感じ、微苦笑を零して立てた片膝を抱えた。「無理だよなぁ」ちょっと大きめに声音を出して、金網フェンスの向こうの路面を見つめた。


「ンな馬鹿なことしようとしても、皆から止められちまうよな。な? 兄貴」


 俺はすぐ傍の窓辺に向かって意見を求めた。

 倉庫内にいるであろう舎兄はきっと、窓枠に背中を預けて煙草をふかしている。ほろ苦い香りが俺の鼻腔を擽ってきた。


「たりめぇだ。童貞くんが何、身売りなんざ言ってやがる。脱童貞してからそんなこと言え」


 そんな悪態を付いてくる舎兄に泣き笑いして、「だよなぁ」俺は盛大に苦笑いを零す。  

 こうして止められるんだよ、馬鹿なことをしようとしたら。俺達はチーム、誰かが間違いを犯そうとしたらそれを正そうとしてくる輩が出てくるんだよ。今、誰よりも俺の背中を支えてくれているのは舎兄だから、きっと馬鹿な事をしようとしたら問答無用でヨーイチパンチを食らわせてくるに違いない。違いないんだ。

 「怖いっつったら呆れるか?」俺の本心に、「いや」舎兄は否定して同じ気持ちだと教えてくれる。


「ダチの誰が傷付いても怖ぇよ俺は。テメェや響子なら尚更だろ。呆れやしねぇよ」


「そっか……なら、良かった」


「身売りなんざしようとしたら、その時点で半殺し決定だからな。ま、テメェに限ってンな馬鹿な事はしねぇだろうけどな。俺、テメェを信じているし?」


「ばか。平気でそんなことを言うなよ。いざって時に身売りできなくなるだろ?」


 その気もないのに、俺はおどけ口調で返す。

 向こうも気持ちを察しているのか、「殴って止めてやるよ」能天気に笑声を漏らしていた。「一本いるか?」未成年としてあるまじき煙草誘惑をしてくるヨウに、「ン」俺はノリ良く誘いに乗って木材から下りると、窓越しに火の点いた煙草を受け取る。

 情けない顔をしているであろう俺に、舎兄はいつもどおり笑って額を小突いてきた。


「チームで動けばどーにかなる。全員で取り戻すぞ。テメェの大事なお姫さまをな」


 ヨウはこうして折半してくれる、俺の暗いくらい気持ちを。

 だから俺はヨウを含む仲間達を頼るんだと思う。自分の身のほどの小ささを知っているから。卑屈になっているわけじゃないぞ? 極々普通の一般論だ。俺一人じゃ集団には勝てない。ココロも取り戻せない。一人じゃ無理だって分かっている。


「不良だよなぁ俺。立派に煙草なんて吸えちゃって……ヘビースモーカーになったらどうしよう」


 煙草を銜えと「ワルに染まったってことで観念しろ」現実を受け入れるよう舎兄は肩を竦める。

 地味不良だろーが、なんて頭小突いてくるヨウに俺は感謝した。不安を払拭してくれるヨウにとても感謝した。


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