09.「あたしの彼氏になれば解放してあげる」




 ◇ ◇ ◇




「ばあば、ばあーば。昨日作ったクッキー。戸棚に仕舞ったけど食べていないよね?」


「食べていません食べていません。ちゃーんとココロがラップして、私達に念を押してうたじゃない。ほら、そこのお味噌取を取って」



 早朝から台所に立っていたココロは祖母の朝食の手伝いをしつつ、余所でこっそりと昨晩作った焼き菓子をつまんでいるところだった。

 何度も味を確かめているココロにおトキは微笑し、「圭太さんにあげるの?」おどけ口調で尋ねる。赤面するココロは送ってくれたお礼をするのだと唇を尖らせ、祖母にも味見してもらう。美味しいか、何度も味の感想を聞く孫に一々頷くおトキ。可愛い孫のために文句一つ零さず相手にしてやる。

 納得いくまで祖母に返事を貰ったホッと胸を撫で下ろすココロは、祖父の昭二にも食べてもらい、同じ感想を求めた。


 こうして祖父母からお墨付きを貰ったココロは手早くラッピングして通学鞄の中に仕舞う。が、割れてしまうかもしれないとわざわざ紙袋を用意し、そっちに入れ込む。携帯も紙袋に放り込んだ。


「美味しいと言ってもらえるといいけど」


 ホクホクした気持ちで用意を整え、祖父母と朝食を取り、制服に着替えて行って来ます。 軽い足取りでココロは快晴の空の下を歩む。

 燦々とした太陽の光がやけに眩しく、あったかくて心地良い。気持ちが浮ついているのは、彼氏と充実した時間を過ごしたからだろう。


(沢山話せた……き、キスもした。夜は電話もした。昨日はラッキーな一日だったなぁ)


 健気や良い子と言われるが、やはり自分も女。

 彼氏とそういう軽い触れ合いをしたいはしたい。不良達みたいなヤマシイところまではいかないが子供ながらの欲は持っている。

 最近慌しい日々が続いて恋人らしいことができなかった分、昨日のやり取りは心満たされるもの。

 今日は体調も万全だし(祖母が余計なことを彼氏の前で言ってくれたから恥は掻いたけれど!)、バッチリ薬も飲んだ。大丈夫、今日は心配を掛けない。迷惑も掛けない。最後までチームと一緒にいられる。チームは自分の大切な居場所だ。彼氏は勿論、出逢ってくれた不良達は皆、自分の大切な人達。いつか、皆で写真を撮りたいものだ。他校に通っているから、全員が集まれる機会、そうはないけれど。


(あ、そうだ。たむろ場で今度、写真を撮らせてもらおうかな。皆の写真が欲しいし。思い出作り……したいな)


 バス停までやって来たココロは、色褪せたベンチに腰掛け、紙袋に目を落とす。

 彼に会えるのは放課後になるけれど、これを手渡す時が楽しみだ。美味しいと言ってくれたら、喜んでくれたら、とても嬉しい。


「楽しみだなぁ。早く放課後にならないかなぁ」


 綻んでバスを待つ。

 今日も好い天気になりそうだと胸を弾ませるココロは気付かない。背後に伸びる影に気付くことはなかった。



 ◇



「はい?! こ、ココロが無断欠席ですか?! あのココロが?!」



 放課後。  

 たむろ場を訪れた俺は、響子さんから驚愕の話を切り出される。

 「そうなんだ」沈鬱な表情で頷く響子さんは、何度もメールしたんだけど連絡がつかない旨を教えてくれた。自宅に電話を掛けてみれば、学校には登校しているみたいで家には居ないそうだ。ということは、ココロは学校に行く途中で?


「付近は探したんだ」


 ココロの家付近まで足を運んで彼女を捜したという響子さんはバス停でこれを拾ったと俺に紙袋を差し出してくる。

 受け取って中身を開くと、そこには可愛いラッピングで飾られている手作りクッキーと手紙。それから携帯。見覚えのある携帯はココロの物だ。これじゃあ連絡がつかない筈だ。連絡手段機具が此処にあるのだから。

 震える手で手紙を掴み、封を切って中身を読む。俺宛の手紙だった。

 丸っこい字で昨日、送ってくれたお礼のことがつらつら羅列されている。じゃあこれは俺のために作ってくれたクッキーだ。でも当人の彼女は?


「昨日はちゃんと彼女を送りましたし、夜は電話もしました。学校をサボる予定なんて微塵も……そんな素振り」


 いよいよ嫌な予感が高まる俺は、努めて平常心を保つ。

 落ち着け、落ち着け、落ち着け。取り乱しても同じだぞ。冷静に状況を判断するんだ。

 紙袋がバス停に置いてあったということは、ココロはバス停まで足を運んでいたんだ。多分、ココロのことだから紙袋を忘れるなんておっちょこちょいはしない。彼女の性格を考えると、ココロは俺にこれを渡そうと楽しみにしてただろうから。

 ああくそ、だったら辿り着く結論は一つ、事件に巻き込まれた可能性が大ってことだ。

 だって彼女はかの有名な荒川庸一の舎弟の“彼女”なんだから。なんてこったい。ココロが事件に……心臓が急激に冷えた。



「ココロに何かあったんだ。じゃないとこんな……」



 クシャリと手紙に皺を寄せてしまう。

 「あ、」大事な手紙が。俺は慌てて手紙の皺を伸ばして綺麗に封筒へと仕舞った。

 「悪い」俺の心中を察してくれる響子さんが謝罪してきた。姉分として、妹分を守ってやれなかった。辛酸を味わうような顔で俺に詫びてくる。

 だったら俺だってそうだ。彼氏として彼女を守るどころか、傍にすらいてやることができなかったのだから。辛いのは俺も響子さんも一緒だ。


「お互い様ですよ、響子さん。とにかくココロを捜しましょう。ヨウ、いいか?」


「謂わずもだろそれ。テメェ等、行くぞ」


 事情を知ったリーダーは当然のように頷いてチームメートに指示。

 俺と響子さんに、「安心しろ」すぐに見つけるからと声を掛けてくれる。

 表向きでは礼は言うけど、俺は一切余裕がなかった。ココロが事件に巻き込まれた。それはもしかしてもしかしなくとも舎弟狙いの事件なんじゃ。ああくそっ、舎弟って肩書きが妙に重い。

 ふーっと息を吐いて、俺はココロの携帯をポケットに仕舞うと早足で倉庫の外に出た。とにかく今は、今は、ココロを捜すことが先決だ。無事でいてくれよ、ココロ。嗚呼、ハジメの事件と重なるのはなんでだ。頼む、何事もなく無事でいてくれ。ココロ。


 一先ず俺達は手分けして彼女の足取りを探した。

 響子さんが捜した付近も、遠出になるであろう隣町もたむろ場近くも、手当たり次第彼女の足取りを掴もうと躍起になった。草の根を掻き分けても、ココロの情報が欲しかったから。

 だけど見つからない。五里霧中でチャリを漕いでも、バイクに乗っても、浅倉さん達に協力を要請しても。まるで神隠しに遭ったかのようにココロの消息は掴めなかった。埒が明かない上にハジメと似たような事件だと臭わせる一連の出来事。


 闇雲に捜しても一緒だとヨウは判断して仲間に一旦招集を出した。引き返し、たむろ場に集結。

 まずは落ち着いて効率の良い捜し方を探すことにした。

 でも、残念な事に土地勘に優れている俺が乱心気味。努めて平常心を保っているけど、内心混乱していた。質問されても、生返事ばっか。何を聞かれても分からないと答える始末。


「ごめん。ちょっと外す」


 話し合いにどうしても集中できない俺は、少し外に出て頭を冷やしてくると仲間に頭を下げて倉庫を出た。

 誰も何も言わないでいてくれた。それが俺にとって有り難い気遣いだった。

 こんなことをしている場合じゃない。分かっている。でも落ち着かないと、落ち着かないと、落ち着かないと、俺自身がチームに迷惑を掛ける。


 外に出た俺は金網フェンスの前に立ち、「チクショウ!」苛立つ気持ちを目前の衝立にぶつけた。

 ガシャン、フェンスを叩いて網目を鷲掴み。その場に両膝をつける。前触れもない事件。ココロの行方不明。舎弟って肩書き。ハジメに似た事件の臭い。古渡と繋がりがあったココロ。すべてが俺を混乱させる。


 何処行っちまったんだココロ。

 昨日まであんなに俺の傍で笑ってくれていたじゃないか。

 彼女のことでこんなにも取り乱す。それだけ俺にとってかけがえのない存在だったんだ。守ると決めていたのに、強くなると決めていたのに、事件が起きた途端これだ。狼狽するしかない。この駄目男め!


 だけど、卑屈になっているばかりじゃ本当に駄目男だぞ。

 大きく深呼吸を一つ零して、「大丈夫」俺は自分に言い聞かせた。少し気が晴れた。自分に喝を入れることで、少しは気が晴れた。それが一時の紛いものだとしても気丈に振舞える糧にくらいにはなる。そうだろう? ココロ。こんなところで嘆くだけなんて、男じゃないもんな。


 ゆっくりと立ち上がって、俺は膝についた砂を払い落とす。

 戻ろう。二呼吸置いて俺は踵返した。同時にポケットに捻り込んでいたココロの携帯の着信が鳴って俺は度肝を抜く。


 な、なんだ?

 どうして突然電話が……もしかしておトキおばあさん達か?


 人様の携帯だと分かってはいるけれど、俺は携帯を開いてディスプレイを見る。

 登録されていない電話番号なのか、そこに表示されているのは数字の羅列。うーん、間違い電話かもしれないけど本能が取れと命令している。取らないと後悔する、そんな命令信号を脳が本体に下している。


 俺は躊躇しながらも電話に出た。

 こっちが何か言う前に、『荒川チームですかぁ?』甘ったるい女の声。

 この声は聞いたことあるぞ。電話越しだから俺の勘違いかもしれないけど、「古渡?」俺が名前を紡げば、ポンピンと正解音。


『根暗ココロの彼氏でしょー』


 向こうは俺のことをご存知のようだ。丁度良かったとばかりに笑声を漏らしてくる。何が丁度良い。なんだよっ……こいつ、まさか!  


『ココロをお捜しなんでしょー? こっちで預かっているからご安心を』


 くそッ、くそ! やっぱり嫌な予感は的中しちまった。

 荒げたい声を必死に抑えて、「ココロは何処だ」低い声で唸る。

 そんなに大事なのかと笑う古渡は「どうしようかなぁ」思わせ振りな口調で意味深に独り言。余裕のない俺に、ココロをフルボッコさせてもいいなぁとほざく。ああくそっ、怒るな俺。向こうの思うつぼだ。


 クスクスと古渡の笑声が聞こえる。

 次いで、『彼女がそんなに大事? だったら解放してあげてもいいよ』妙な提案を出された。

 何だか妙にあっさりしているから怖い。こういうのって絶対にさ『ただし条件があるけど?』ほっらぁなぁ! 条件キタ――! 悪党ならば絶対もそういう条件を突きつけてくる! こんの悪女! どんな条件だと尋ねれば、かーんたんだと古渡は意気揚々と語る。俺は条件に目を点にする他なかった。だってその条件って。



『こっちの条件は一つよ、一つ。舎弟くんが根暗ココロと別れて、私と付き合うこと。どーお? 楽しい思いさせてあげるけど?』

 


 は? 何言っているのこいつ。

 俺みたいな地味君がお好み? ンマー俺はあんたみたいな女は好みどころか土下座してお断りしたいんだけど。



『大事なんでしょ?』



 人を嘲笑う笑みを漏らす古渡は俺とココロを交換する形で彼女を解放すると提案を出す。古渡と付き合うだけで彼女を解放だなんて、絶対に上辺だけ。本当は“荒川庸一”の舎弟である俺を利用したいのだろう。

 それでも俺は迷う。条件を呑んだら彼女は助かる。ハジメのように彼女が病院送りにされるなんて絶対に嫌だ。


 何だよこれ、めっちゃデジャヴなんだけど。利二の時と重なるんだけど。  

 利二を助ける代わりに日賀野の舎弟になれ、ヨウ達を裏切る形を取れと日賀野は要求した。

 今度はココロを助ける代わりに古渡の恋人になれ、それはやっぱりヨウ達を裏切る形を取れと要求。古渡は五十嵐と繋がっているそうじゃないか。じゃあ必然的に俺は今のチームメートと対峙するわけで?


 ははっ……二度あることは三度あるってか?

 まさか俺の最も恐れていたことが、こんな形で姿を現すなんて。ココロを選ぶか、それとも裏切りを取るか――そんなの、そんなのっ。


『どーする? 根暗ココロはアンタ次第で助かるけど?』


「約束を守るって保証は?」


『舎弟くん次第じゃないかなー? 今、そこで根暗ココロが怯えて半泣きなんだけど。代わる?』


 古渡の声が遠退き、『ケイさん……』細い声が聞こえてきた。

 「ココロ……」俺は小さく名を紡いで、下唇を噛み締める。ココロは今どんな状況下に置かれているんだ。目に見えないから、こっちにはまったく分からない。沢山の不良が目前にいるのか? それとも古渡と二人きり? 酷いことされていないか?

 彼女と別れてココロを取るか、仲間達の信頼を取るか。まんまあの時と一緒じゃないかっ! ……成長していないな。俺も、おれも、ほんと。


 どっちを選ぶなんて決まり切っているじゃないか。


「少しだけの辛抱だからな。ココロ」


『……ケイさんっ。信じていますから』


「うん。ココロは弱くない。辛抱してくれな。すぐ行くから」


 ほんとうに俺は成長していない。

 再度古渡が電話に出ると俺は暫く会話を続けた。

 電話を切って携帯を仕舞うと踵返して倉庫裏にあるチャリ置場に……おっとヨウが仁王立ちしてやんの。俺がなかなか戻って来ないから様子を見に来たってところか。会話の内容は聞いていないみたいだけど雰囲気で分かるんだろうな。今の電話が何だったのか。

 「ケイ」詰問に近い声で名前を呼んでくる。俺は軽く吐息をついた後、鋭い眼光を受け流し、早足で舎兄の脇をすり抜けた。



「ケイ」



 さっきよりもちょっと強い声音で舎兄が呼び止めてくる。反射的に足を止めた俺は、「ごめん」一言謝罪して瞼を下ろす。

 そしたらヨウの奴は事情も何も知らないくせに言うんだ。俺に言うんだ。「テメェは何も言わず逃げるほど弱くねぇだろ」って。

 馬鹿、そんなことガチで言うなって。小っ恥ずかしい奴だな。


「今の……向こうの電話だったんだろ? 五十嵐か?」


 問い掛けに否定する。舎兄に背を向けたままポツリと零した。


「古渡だった。ココロはあいつの下にいる……今から助けに行く」


「ちゃんと話せ。重要な部分を端折るな。ココロを助ける前提に何かあるんだろう?」


 察しの言い男だ。

 俺は握り拳を作り、「古渡の彼氏になれ」それが向こうの解放条件だと苦言を漏らした。

 簡略的な説明にヨウはたっぷり間を置いて、「で?」話を続けるよう命令。で、も何もない。身に降り掛かった災難の説明はこれで仕舞いなんだけど。瞼を下ろしたまま俺はココロを想う。昨日までココロと会話した。笑い合って、キスして、ぬくもりを感じ合った。

 彼女は俺にとって大事な、大事な。俺は掻き乱されるほど、彼女の事が好きなんだよ。ヨウ。



「ヨウ。今すぐ舎兄弟を白紙にしてくれ。やっぱり俺は弱いみたいだ。利二の時もそうだし、ココロの時だって。足手纏いだよな。自分でどうすることもできない」



 ゆっくりと瞼を持ち上げる。

 見慣れた倉庫裏の光景が憮然と俺を見据えていた。

 「ごめん」俺の謝罪に、「ンな言葉はいらねぇ」ぞんざいにヨウは一蹴してきた。


「俺から言えるのは一つだ、ケイ。信じている」


「……馬鹿。俺がどういう選択をしたか、容易に想像できるだろ? 俺は既に舎弟剥奪を犯しているんだぞ。なんで信じるとか簡単に言ってくれるんだよ」


 ちょいと八つ当たりに近い気持ちを相手にぶつけてみる。怒られると思った八つ当たりは意外にもすんなりとスルー。

 それどころか、「想像できねぇよ」ヨウは笑声を漏らしてきた。


「テメェは負けず嫌いだしな。簡単に向こうに屈するとは到底思えねぇ」


「俺は未遂でも、日賀野の舎弟になろうとした男だぞ。ははっ、今度は利二のようなストッパーもいない。あの時は利二が止めてくれたから、どうにか踏み止まれたけど、今回はだあれもいない――それでもお前は俺を信じるって?」


 振り返って冷笑にも似た笑みを浮かべれば、視線をかち合わせてくる舎兄が毒気を払ってしまうような微笑で返答。


「ああ、俺はテメェを信じているよ。ケイ」


 当たり前のように俺を信じてきてくれる舎兄の言葉に嘘偽りはなかった。こっちが面を食らっちまう。

 「なんでっ」クシャッと顔を歪めて、「俺を信じちまうんだよ」上擦った声で詰問。


「もしも俺が簡単に屈する奴だったらどうするんだよ。お前、失望しちまうだろーよ。高望みを持つと後々のガッカリ度もパないぞ。ガッカリされても……困るのは俺なんだからな……」


「高望み? ちげぇよ。俺は事実を言っているだけだろ? テメェは弱い男じゃねえ。テメェこそ、なんで自分を見下しちまうんだ? 言ったじゃねえか、もう少し自分に自信を持てって」


 辛酸を味わって佇んでいるとヨウが静かに移動し始めた。

 彼はやがて俺の右隣で止まり、


「ケイ」


 名前と一緒に肩に手を置いてくる。


「本当は向こうの誘いを蹴っちまったんだろ? テメェってそういう奴だよ」


 ぎこちなく顔を上げる俺を強く見つめてくるイケメン不良がやけに憎くて憎くて、だけど信じてくれる事が嬉しくて、俺は相手の腕を掴む。顔を歪めたまま苦言。


「こんなのばっかだ……弱いから地味だから舎弟だから利用される。ココロを……守るって約束したのに守れなくって」


「ケイ……」


「好きなのに。大事だと言っているのに。傷付けたくないと思っているのに……」


 じゃあどうすればいいんだって話だけど、そりゃ向こうの条件を呑むしかない。

  俺が古渡の彼氏になってココロが解放されれば問題解決。まーるく事は収まる。

 だけどな、ヨウ。俺は馬鹿だから向こうの言いなりになんてなりたくなかった。 悔しかった。俺もココロも利用されるなんて真っ平ごめんだったんだ。地味だってプライドがあるから。


「断っちまった。古渡の出した条件を断っちまったんだよ。ヨウ。ごめん、ココロを解放できるチャンスが……ほんっと俺、馬鹿だから……断っちまった。ココロもチームも大事だから」


「馬鹿。なんで謝るんだ。よく断った。ケイ……よく断った」


  小刻みに震える俺の頭を軽く片腕で絞め、クシャッと手を置いて「よく断った」舎兄は情けないチームメートを優しく励ましてくれる。


「俺はちっとも……変わっていないな」


  声音の芯から震える俺は自分の不甲斐なさを呪った。

 どうして俺ってこうなんだろう。ヨウの地味くん舎弟だからって狙われて、目ぇ付けられやすくて、利用されそうになってバッカで。 利二の時といい、ココロの時といい、誰かに頼らないと事も解決できない。 利二の時も、俺が強かったら日賀野を打ち負かして(もしくは唆して)友達を怪我させられずに済んだかもしれない。ヨウ達が出動せずに済んだのに。 今回だって俺が強かったら、ココロを今すぐにでも……嗚呼、彼女一人取り返すことができないなんて。

  自己嫌悪に陥る俺だったけど、まだ話は終わっていないから舎兄に洗い浚い白状することにした。



「勝手に古渡の出したゲームに乗っちまった。人質を懸けたゲームに乗っちまった。ごめん、ヨウ。ほんとごめん。勝手なことをしたのは分かっている。でも、これしか方法なくって。俺とココロは大人しいから……狙われやすくてさ。チームにこんなにも迷惑を掛けてしまう。古渡はココロを弄くりたいんだ。苛め倒したいんだ。だから俺にあんな条件を出した。地味凡人の俺を寝取って何が楽しんだろうな。誰彼セックスしたいのかよ。俺はヨウみたいにイケメンじゃないのに、童貞くんなのに!

 きっとココロは傷付く。俺の独断じゃきっとっ……どっちを選んでも傷付くことには変わらないんだけどさ。ココロは弱い女の子じゃないから、悪いけどこの選択肢を取らせてもらったんだ。ヨウ、手を貸してくれ」



 俺はあの時からちっとも成長していないな。

 こうも易々と利用にされそうになるなんてごめん、毎度の如く迷惑掛けてごめん。ごめんリーダー。ヨウ、ごめん。つくづく自分に嫌気が差すよ。

 でもな、敢えて一つ、俺は勇気を出したんだ。どんな勇気か? それは身の程を十二分に理解して上で、仲間に頼る勇気を持ったことだ。利二の時は俺、ヨウ達に極力頼らなかった。へこへこ頭を下げながら頼るなんて向こうにとって迷惑だと思っていたし、俺の中でどーせ不良だからと冷めた気持ちが心の片隅にあった。

 人種が違うから一線も二線も引いちまう俺、自分から不良と溝を作る俺がいたんだ。


 そんな俺がこうしてヨウ達に力を貸して欲しいと頼む。

 それは仲間の力を買っているのと、大きな信頼を寄せているのと、それから心配を掛けたくない気持ちから。心配を掛けるな、迷惑を掛けろ。何度も奴等に教えてもらったし学んだ。


 だから俺は変に「地味だから」という片意地をや捨て仲間に頼る。それもまた一つの勇気なんだと俺は思うんだ。

 謝罪を繰り返す俺に、「これでいいんだ」ヨウははっきりと俺の判断を肯定。逆に独断で向こうに行ってしまったら、それこそ俺もココロもチームメートも傷付いていた。だからこれでいい。ヨウは俺の気を落ち着かせてくれる。そして頃合いを見計らい、微苦笑漏らしながら俺に指摘した。


「なあ、ケイ。テメェは忘れているぞ。テメェもココロも俺達のチームだってこと。チームメートになんかあったら、そりゃチーム全体の問題。チームってそういうもんだろ? これはテメェが俺に教えてくれたじゃねえか。第一謝る必要なくね?」


「ヨウ……」


「俺の勝ちだぜ、ケイ。やっぱりテメェは負けず嫌いだから簡単に屈しなかった。信じた俺の勝ちだ。どーせテメェのことだから、疑いを掛けられたらひとりでどうこうしようと思ったんだろうけど、そうは問屋が卸さないぜ。ははっ、舎兄も舎弟をよく見ているだろ? だあれが舎兄弟を白紙にするかよ。テメェは今もこれからも、荒川庸一ご自慢の舎弟だよ」


 あどけない笑みを浮かべてくるヨウに、俺は謝罪をやめた。代わりに「ありがとう」礼を口にする。

 「ン」ヨウは俺の気持ちを受け取ってくれた。再度俺の肩に手を置いて戻ろうと声を掛けてくる。


「全員で助けるぞ」


 そんな頼もしい一言を放って。

 声音に怒気が纏っているのは仲間に手出しされたからだろう。

 ココロは勿論、俺の苦悩に憤りを感じてくれている。仲間思いの我等がリーダーは静かな怒りを胸に秘めつつ、それを表に出さず冷静に対処した。チームの意味を理解した正真正銘のリーダーだからこそ冷静に状況を見ている舎兄が、やけに俺には眩しく見えた。 


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