05.田山圭太音信不通失踪事件(解決ならぬ復活編)



 ◇ ◇ ◇



 あれだけ高熱が出ていたのに、俺の熱が引き始めたのはヨウとシズが見舞いに来てくれた翌日のこと。

 きっと俺の体内にいる細胞たちが不良に怖じて、驚異的回復力を発揮したんだと思う。


 あの時は本当にビビッた。

 まず買い物に行った筈の浩介からヨウ達が見舞いに来てくれている旨を伝えてびっくり。次いで「携帯に連絡を入れているらしいよ」と口達されて二度びっくり。嫌な予感を抱きながら携帯を開くと、新着メールと着信の件数の多さに三度びっくり。仲間内の殆どから連絡が来ていたのだから、そりゃ驚くにも程がある。

 体調が悪かったとはいえ、一報を寄こさなかったのは俺が悪い。仲間内からどれほど心配をかけていたのかを思い知らされてしまい、反省も反省、猛省したよ。 


 そういえば、利二からも体を気遣うメールが来ていた。

 あいつには何も言っていないのに無理するなよ、という文面。首を傾げつつも、純粋に心配してきてくれていることは分かったから素直に気持ちを受け取った。

 こうした出来事があったものだから、体もド根性を見せてくれる。ヨウ達が見舞いに来てくれたその日の夜には七度後半まで下がり、翌日には七度前半。翌々日には微熱程度になっていた。

 どーなっているんだ、俺の体。あんなに熱帯びていた体が一気に冷えたのか? そんなに不良訪問にビビッたのか? ……本音を言わせてもらえば、めっちゃビビッたけどね。肝冷えたけどね。心臓が口から出そうになったけどね!


 閑話休題。

 体温は平温に戻ったけれど、今週は学校に行かなかった。

 月曜日から水曜日は追試で休みだったし、俺の熱が完全に下がったのは二日後。無理して学校に行くより、体を万全にしておきたかった。親にも止められたのだから休む口実には困らなかったよ。あれだけ高熱が出た後だったしな。

 とにもかくにも気持ちにも整理を付けたかった。


 これ以上、俺の私情でヨウを含む皆に気を遣わせるわけにはいかないじゃないか。

 まだ、皆と顔を合わせていないけれど、舎弟の話を聞く限り、余計な気を回してしまったことは容易に理解する。

 知ってしまったからこそ、今度こそ健太のことでヘコむのはよそうと思う。俺は自分に言い聞かせることにした。ヘコむのはやめだやめ。チームに迷惑が掛かる。健太と過ごした楽しかった日々の記憶には錠を掛けることにした。それが一番の策だって分かっていたから。

 そうだろ、健太。お前もきっと同じように錠を掛けちまったんだろ。なあ?




 土曜日、午後10時半。 

 俺は気だるい体に鞭を打ってチャリを漕いでいた。

 向かう先は係りつけの病院。母さんに口喧しく病院に行くように言われたんだ。熱で倒れるなんてよっぽどのことだから、もう一回体を診てもらうよう口酸っぱく言われ、渋々とチャリを漕いでいる。圭太が熱で倒れるなんて嵐でもきそうじゃない、なんて失礼な事も言われた。ひでぇよな!

 ただ本当に心配してくれていたらしく、仕事があるのにも関わらず、母さんは「車で送るわよ?」と申し出てくれた。

 けれど母さんのパート出勤時間も押していたし、病院は近くだ。チャリが漕げる程度に回復はしていたから、俺は遠慮して自力で病院に行く選択を取った。


 とはいえ、やっぱり病院に行くのはだるい。ペダルが妙に重く感じる。なにより道のりが遠い。

 今日は一日中、ゲームをしたり、漫画を読んだり、気持ちに整理付けたり……まったりした時間を過ごすつもりだったのに。

 病院なんてかったるいよな。はぁーあ、こういう時、彼女とかいたらお見舞いとか来てくれるんだろうな……フッ、切ないぜ。一度でいいから、彼女とやらに見舞いに来てもらいたいもんだよ。どーせ俺は彼女いない歴16年、凡人男子だよ。


 軽く息をあげながら、住宅街を突き進んでいく。

 土曜の午前はとても静かだ。学校が休みであろう小中学生は都会に遊びに行っているのか、はたまた昼過ぎから遊びに行くのか、姿が見受けられない。

 時折スーツを纏った若い青年を見かける。就活生かな? 大変だな、今の世の中は不況一色だから。俺が就職する時には景気が回復しているといいな……その前に進学できるかどうかの問題があるけど。




「あ、あの……退いて……下さい」




 反射的にブレーキをかける。

 聞き覚えのある声音が鼓膜を打ったんだ。俺の勘違いでなければ、今の声は。

 ぐるっと周囲を見渡す。新築の一軒家が多い住宅街の中に見つける、緩やかな坂道の道端で身を小さくしている彼女を。山吹色のニットにブラウスを着ている私服姿の彼女を。

 ぎゅっと服の端を掴んでいる彼女は不良に絡まれていた。似合いもしない赤髪を揃えた二人組が執拗に彼女に言い寄っている。ナンパではなく、「荒川とつるんでいるだろう」凄んでいるところからして、ヨウになんらかの私怨を抱いている輩と見た。


 一光景に目の前が赤く染まる。

 いても立ってもいられない衝動に駆られたのは、どうしてなのか。 

 「よいしょっと」俺はチャリを方向転換させると、気だるい体に鞭打ってチャリを全速力で漕ぐ。

 背後から相手を轢いたのはそれから間もなくである。間の抜けた奇声をあげて一人が倒れた。すかさず、隣にいた相手の腹部に蹴りをお見舞いした。勢いに任せて蹴ったのだから、それはそれは効いた筈だ。片膝を折る不良に目もくれず、「ココロ!」立ちすくんでいる彼女に手を差し伸べた。


「乗れ! 早く!」


 弾かれたように彼女が駆けて来る。

 チャリの後ろに乗ったことを確認するとペダルを目一杯踏んでチャリを飛ばした。その際、しっかり掴まっておくよう注意事情を述べておく。今回は最初から荒運転も荒運転でいくつもりだ。前のように優しく運転する余裕は持てない。

 背後から怒号が聞こえた。後ろをチラ見すると根性で追って来る不良二人が。俺のチャリのスピードについて来ようとするなんていい度胸だよ。見てろ。


 ハンドルを右に切り、マンションと一軒家の間にできている細い道に飛び込む。

 狭い通路を難なく過ぎり、屋外にある駐車場を斜めに横切って不良達の追って来れないであろう場所までチャリを飛ばした。「キャッ」揺れに揺れるチャリに悲鳴をココロが肩にしがみ付いてくる。その手はとても強く、華奢な体からは想像もつかない力だ。

 それだけ恐怖しているのだろう。早くこの状況を打破したい一心で、ただひたすらにチャリを漕ぐ。微熱帯びている体が徐々に悲鳴を上げ、呼吸が忙しくなってきたけれど、構っていられない。不良に捕まらないことだけを念頭に俺は人目のつきやすい大通りを目指した。


 疎らだった人が次第次第に多く目に付き、少しずつチャリの速度を落としていく。

 駅前広場まで来ればもう大丈夫だろう。模様となっている舗道の敷石の上を通り、俺は広場でようやくチャリを止めた。念のために不良達が追って来ていないかどうか確認……うん、大丈夫そうだな。もう安心だろう。死にそうになっている体を叱咤し、俺は振り返ってもう大丈夫だと綻ぶ。


「大丈夫だったか。ここ……」


 言葉は続かなかった。

 大きな目を潤ませている彼女は泣きそう。いや、半泣き。いえいえ、泣く五秒前。

 ま、待てココロ! 此処で泣かれるのはとても困るっ、俺が困る! 怖かったのは分かるのだけれど、でも泣かれてしまったら俺はどうしたらいいやら……お願い、涙腺の蛇口を閉めて下さいな!


 アタフタと焦る情けない男を余所に、「ケイさんっ」嗚咽交じりの声を漏らしてココロが肩にしがみ付いてくる。 


 おおおおおど、ど、どーしよう!

 女の子が泣いているんだけど泣いちゃっているんだけど?! 寧ろ俺が泣きたいぃい! 俺は女の子にどう接すればいいんだぁああ!


 経験の無い出来事に俺は困り果てた。

 取り敢えず、気を落ち着かせるためにココロをチャリからおろして、「もう大丈夫だよ」優しく声を掛ける。うんうんと頷いてはくれるけど、泣き止む気配ナッシング。本当に恐かったんだな……だよな。俺だって不良は恐い。女の子のココロなら尚更だ。しかも相手は二人掛かりで野郎だ。恐くない筈無いんだ。

 それにココロ、小中学校はいじめられていたと言っていた。ゆえに複数で迫られる恐怖は計り知れなかったに違いない。


 だから何度も言ってやる。「大丈夫、もう大丈夫だよ」と。

 恐怖に震えて腕を掴んでくるココロを見下ろし、その手に手を重ねて俺は何度も繰り返す。大丈夫だよ。と。


 俺に出来ることと言ったら、それくらいだ。


 ココロの泣いている姿が、何だか悲しい。

 ココロは泣いている顔より、笑っている顔の方が似合う、似合うよ。

 ヨウがこういう時、いてくれたら良かったな。ヨウだったらきっと、ココロを笑顔にできるのにな……ごめんな、ココロ。助けたのが俺で。ほんとごめん。でも無事で良かったよ。君が無事で本当に良かった。それは嘘偽りない俺の本音。





「――ごめんなさい。いきなり泣いたりして。本当に……ごめんなさい」



 落ち着きを取り戻したココロがしゅんと項垂れる。

 迷惑を掛けた気持ちで一杯になっている彼女に、「大丈夫だよ」俺は気にしていないから、と笑いかけ空を仰いだ。今日はいい天気だ。雲がまちまち見受けられるから、晴天といったところかな。


 俺達は今、広場のベンチに腰掛けている。彼女が落ち着ける場所はベンチだろうと踏んだからだ。

 目を真っ赤にしている彼女に目尻を下げ、頃合を見計らって自販機から買ってきたレモンティーを差し出す。ココロは申し訳無さそうに眉を下げた。ほんとに気にしていないのにな。

 「無事で良かったよ」怪我はないか、俺は憂慮を投げ掛けた。「はい」小声で返事する彼女がぎこちなく視線を流し、満遍なく俺を見てくる。

 

 も、もーちょい外出する服装を考えりゃ良かったかな。

 今の俺はラフなもラフ。ワンポイントが入ったTシャツにジーパン姿だ。

 どうせ病院しか寄らないと高を括ったのだけれど、こんなことならもう少し服を考えてくれば良かった……身なりを気にしている時点で色々と羞恥が出てくる。変なところでココロを意識している俺乙すぎる。


「ケイさん。お体の方は……」


 身悶えていると彼女がそっと気遣いを回してくれる。

 へらっと笑い、俺はもう大丈夫だと返事した。


「だけど高熱が続いているとお聞きしましたよ……入院するかもって」


 ゲッ、ヨウ達、そんなことも話したのかよ。

 母さんが大袈裟に話したあれを真に受けやがってからにもう。


「あれは検査入院を視野に入れるかもしれない話だよ。大した入院話でもないし、俺はもう大丈夫。熱も下がったしさ。念のために病院には行くつもりだけど……ココロは皆のところに行くのか?」


「は、はい……皆さんのところに行こうとしたら、いきなり絡まれてしまって。私、地味ですからヨウさんのお仲間だと気付かれ難いのに今回はばれてしまいました。それで……その……一緒に来るよう脅されてしまって。恐いと思っていた時にケイさんが助けて下さったんです。本当にありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げてくるココロに、俺は首を横に振って大したことはしてないと返した。


「ケイさんは皆さんのところに?」


 そっと質問を返される。

 その予定は毛頭なかったために、力なく首を横に振った。

 本当はすぐにでも会って謝罪なり、弁解なり、土下座なりするべきなのだろう。皆はメールで気にしていないと言ってくれたけれど、一報を寄こさなかったのは俺。それによって迷惑と心配を掛けてしまったのだから顔を出すべきだ。


 けれど正直まだ皆に会う段階じゃないと思う。

 土日にしっかりと気持ちに整理を付けて、健太との思い出にしっかり錠を掛けて月曜日に改めて皆に謝る。その流れでいかないと俺は皆に落ち込んでいる姿を見せてしまう。またいらん気を遣わせてしまいそうだ。


「来れないんですか?」


 どことなく落胆した面持ちを作るココロに、「ごめん」と告げ、まだ気持ちの整理がついていないのだと話す。

 既に諸事情を知っているであろう彼女は何を言えばいいのか分からずに、口を閉じてしまった。こういう気遣いをさせたくないから、たむろ場に足を向ける気持ちも遠のく。

 「あの、その」もじもじと指遊びをしている彼女はたどたどしく言葉を紡ぎ始める。意味の成さない単語を数個発した後、彼女が微笑んだ。


「それが、ケイさんのためなら……私は何もいいません。けれど、もし皆さんに気を遣っているのなら、お顔を見せて下さい」


 面食らう。まさかそんなことを言われるなんて。



「皆さん。心配していますから。迷惑より心配の方がヤと言いますか、何と言いますか。誰だって落ち込むことはあります。私だって今ケイさんに見っとも無い姿を見せました。泣いちゃいましたし、うじうじしちゃいましたし、迷惑を掛けちゃいました。

 だけどケイさんは迷惑じゃないと言いました。それと同じように、ケイさんがいつもの調子でなくとも、誰も迷惑だって思いません。心配はします、でも迷惑だなんて思わないです。誰にでもそういう時だってあるじゃないですか。ケイさんの気持ちは分かります。親近感を抱いてますし……お気持ちはとても分かります。

 けれど皆さんにとってそれは寂しいことだと思います。隔たりを作られた気がして。あの、その、宜しければ一緒に……行きません? 皆さんのところに」



 柔和に綻ぶ彼女を恍惚に見つめてしまう俺がいる。

 妙に心拍数が上がり一語一句に胸が踊った。舞い上がっているのだと自覚してしまう。

 でも、それが悪い気分ではない。胸の高鳴りがとても心地良い。ほんとうに心地がいい。一時的に彼女のことが好きだと思っていたのだけれど、もしかすると俺は自分が思っている以上にココロを意識しているのかもしれない。


「どうでしょう?」


 返事を待つ彼女に笑みを返す。自然に表情を崩してしまう俺がいた。


 そうだな。

 皆のところに少しだけ顔を出してみようかな。病院に行かなければいけないため、あんまり長居はできないけれど顔くらいは見せようかな。皆に詫びるくらいの時間はあるだろ。


 ピピピッ。

 携帯の着信音が聞こえた。ココロの携帯からだ。慌てて持ち主が携帯に出る。相手は響子さんらしい。彼女の名前が口から飛び出ている。


「ごめんなさい。お待たせしていますよね。その、ちょっと不良さんに絡まれてしまいまして。あ、でも大丈夫です。ケイさんに助けて頂きましたので……はい、はい、ケイさんもいるんです。今からケイさんと一緒にそちらに向かいます。あああっ、ですけどケイさんは病院に行かないといけないそうなので少し、遅れるかと。私も遅れます」


 れ? れれれのれ? あっれー? なんでココロまで遅れる話になっちゃっているのかな?

 俺はココロを皆のところに送って、少し顔を出したら病院に行って帰るつもりだったんだけど。あっれー? どーしよう、この流れ。もしかしてもしかすると。

 電話を切ったココロは「じゃあ病院に行きましょう」笑顔を向けてきた。つ……付いて来てくれるのかよ。ココロ。


「さすがに付添いは悪い気がするんだけど。ココロ、先に送ろうか?」


「いいえ。病院の方が近いですし……迷惑でなければご一緒に。その、一緒に皆さんのところへ行きましょうと誘ったの私ですから。け、ケイさんいないと寂しいですし。あわわっ、その、お友達がいないと寂しい……意味ですよ……」


 ボッと赤面する俺とココロ。お互いに暫く視線を逸らして沈黙。 

 えええっと、えええっと、なんでこんな沈黙が下りるんだ。気まずいというより、ドッキドキっつーかなんっつーか……寂しいと言われて喜ぶ俺って一体。ああもう、意識するな、俺!

 「あ、ありがとう」俺はどう反応を返せばいいか分からなくて、取り敢えず礼を告げた。「ど、どういたしまして」ココロはどぎまぎしながら言葉を返してくる。


 か、会話が続かない。


 嗚呼……静寂。

 嗚呼……沈黙。

 嗚呼……どぎまぎ。


 静まり返る俺等の駅周辺は雑踏に満ち溢れていた。




 ◇




「――ココロ! 襲われたって聞いたけど大丈夫か?! ちょ、何もされていねぇな?! くそ野郎に触られていねぇよな! ああっ、恐い思いをしただろ? もう大丈夫だからな! うちがシメたる!」



 久々のたむろ場に着くや否や、血相を変えた響子さんが俺達の前に現れた。

 響子さんは持ち前のフロンズレッド髪を振り乱し、チャリからおりたココロを抱き締める。大丈夫だと返事する彼女がモガモガと腕の中でもがいている。

 その様子に気付かない彼女の姉分はがくんがくんと体を揺すって安否確認。「ほんとうに大丈夫だったか!」しきりに聞く響子さんは心なしか余裕がなさそう。珍しい光景だなぁ。響子さんっていつも余裕たっぷりなお姉さんなのに。

 ココロのことを本当に妹のように可愛がっているし、心配でたまらなかったのだろう……ただあんなに揺すられちゃココロも困るだろーよ。


 苦笑して姉妹分のやり取りを見つめる。

 ココロはどうにか解放してもらおうと必死に腕を動かしていた。けれど彼女じゃ暴走は止められそうにない。傍観している俺にも無理だろう。下手に出ても響子さんから拳を頂戴するだけだ。ここはココロの力で乗り切ってもらわないと。 


「あーあ。まだ体がだるいや」


 首を鳴らし、気だるさを吹き飛ばそうと大きな伸びをする。

 あの後、俺は付き添ってくれるココロと一緒に病院に向かった。診察前に熱を測ってみたら七度七分、また熱が上がっていた。びっくり仰天だよ。今朝は微熱だったのにさ。ココロからはとても心配されたのだけれど、原因は分かっている。これは風邪による熱ではなく、不良達との逃走劇と青春熱の二つだと。

 仕方がないじゃないか。ココロを馬鹿みたいに意識する俺がいたのだから!

 ドキドキ熱っつーの? 青春熱っつーの? そりゃ勿論風邪からくる微熱もあるだろうけど原因は他にある。断言できる。ココロには言えないけど、熱の一番の原因はココロにある。


(ココロに心配されたら、余計に……な)


 俺の心情はさておき、体はとても良好だ。

 医者からも回復している傾向にある。数日間、続いた高熱の後遺症もないだろうと説明を受けた。念のために一週間分の薬を貰ったから、これを飲んで安静していればすぐに平熱に戻るだろう。良かった良かった。


 暴走している響子さんは彼女に任せるとして、俺はチャリを置きに行かないと。

 重い体を引き摺って倉庫裏に向かう。定位置にチャリをとめ、スタンドを立たせていると背中をポンポンと叩かれた。顧みると構えていた人差し指が頬に突き刺さる……こんなうざったらしいことをするのは。


「ケイちゃーん、お久しぶりんこ!」


 やっぱりアータかワタルさん!  

 黒のレザージャケットを羽織ったオレンジ髪の不良がニッと笑ってくる。

 うりうりと頬を突いてくる疎ましさに引き攣り笑いを浮かべつつ、「お久しぶりです」軽く挨拶をした。どうにか指の突っつく攻撃から逃れるために体を引くと、向こうもあっさり攻撃をやめてくれた。俺の嫌がる反応を見たかっただけなのだろう。しごく満足げに口角を持ち上げている。


「あれ。ワタルさんだけですか? 他の皆は?」


 そういえば、たむろ場に人気がない。

 普段なら誰かしらたむろったり、駄弁ったりしているだろうに、俺が見かけたメンバーは響子さんとワタルさんの二人。他の面子は何処へ行ったのだろう?

 此方の疑問にワタルさんが答えてくれる。曰く、周囲の不良達に不穏な動きがあったらしく各々偵察に行っているらしいんだ。響子さんはココロを待つために待機していたんだって。そしてワタルさんは今、偵察から帰ってきたらしい。

 その内、皆も帰って来るだろう。笑いながら、俺の肩に腕を置いてくる。

 重い、肩が重いよ、ワタルさん。体だるいから重さが三倍増しになっている気がする。


「んもぉ、ケイちゃーんったらぁ、大袈裟に心配をさせるんだからぁ。あんれー? 体熱くない? まだ熱があるってヤツ? それでも来てくれたってことはぁ、僕ちゃーんに会いに来てくれたのねん! もぉ、ケイちゃーんったら愛を行動で示してくれるんだからぁ!」


 嗚呼、久しぶりに聞いたよ、ワタルさんのウザ口調。相変わらずウザッ!

 あーでもワタルさんのウザ口調を聞いていると戻って来たなーと思える。


 ほんと、一発目からワタルさんの相手はきついぜ! まだ病み上がりなのにさ!


「元気になった?」


 ワタルさんの問い掛けに俺は頷く。

 体は随分元気になった。心は……やっぱまだ落ち込んでいるかもしれない。だけどワタルさんに上手く大丈夫だと笑えた。笑えたと思うよ。

 なのに、ワタルさんには通じなかったみたい。彼は大袈裟に笑声を上げると、「ヘッタクソだねぇ」ウィンクして俺の腕を引いてくる。

 二人きりになるために腕を引いてきたんだろう。響子さんとココロから見えない死角まで俺を誘導すると、背後に立つ金網に寄り掛かった。俺も必然的に金網に寄り掛かる。ギシギシっと金網フェンスが悲鳴を上げた。


 何を言われるんだろう。

 久々にワタルさんと会ったから、妙に会話をするのが恐いな。まずは謝罪か? 心配をお掛けしましたって。心なしか身構える俺に対しワタルさんはレザージャケットから煙草の箱を取り出して口元に煙草を運んでいた。


「今のケイ見ていると、グループ分裂した時の俺サマを見ている気分になるな」


 がらっとワタルさんの口調が変わった。

 大抵、俺様口調の時のワタルさんは喧嘩している時か、キレれている時かなんだけど……今のワタルさんは表情が穏やか。んにゃ、ちょっと哀愁漂っているかも。

 ウザ口調のワタルさんと、俺様口調のワタルさん、どちらがワタルさんの素顔だろう?


「気持ちが板挟みになるんだよな。意見の合うダチを取って自分を偽らないようにするか、異見しちまっている親友に合わせるか。まさにケイは俺サマと同じだ。結局俺サマは前者を取っちまったけどな。ケイも知っているだろ? アキラと俺サマの関係」


 こっくり、俺は一つ頷いた。

 そして思い出す。ワタルさんもまた俺と似た境遇に立たされていることを。

 魚住昭。ワタルさんの元親友。今は日賀野チームに属す有望な情報屋。現在は仲が悪いみたいだけど、親友だった事実と過去は変わらない。こんなことを聞いちゃいけないのかもしれないけど、どうして仲が悪くなったんだろう。二人って。


「原因は喧嘩の拗れ……些細な喧嘩が発展して今に至るんだ」


 こちらの心中を読み取ったワタルさんが、そう俺に教えてくれる。

 百円ライターで煙草の先端を焼きながらワタルさんは語り部に回った。彼と魚住は小中学校時代、何でも意見の合う親友だった。意気投合する仲間だったんだって。曰く、あの頃は何でも意見が合う仲だと思っていたらしい。意見が仮に違っても、どちらかが必ず妥協する仲だったらしく、それはそれは唯一無二の親友と呼ぶべき存在だった。

 けれどヨウと日賀野を筆頭にグループが分裂する事件が起きた。その時ワタルさんは初めて魚住と意見が食い違う。どちらかが妥協するということもなく、お互いに意地張って大喧嘩。それが今も継続している。語り部に立つワタルさんが静かに煙草をふかした。


 ふーっと真っ白な紫煙を吐いて、彼は苦笑いを零す。



「ヨウとヤマト、どっちにつくか随分と悩んだもんだ。アキラは最初からヤマトについていくつもりだったようだが、俺サマはどうしてもヤマトの意見に納得できなくてな。勿論、対立するヨウとヤマトの意見にはどっちも共感ができたし、ヤマトについて行っても支障はないと思っていた。俺サマは別にヤマトのことが嫌いじゃなかったからな。いや、今も嫌いじゃねえよ。あいつ、ああ見えて仲間思いだしな。癖はあるけどよ」



 ウィンクをしてくるワタルさんに俺は引き攣り笑い。

 日賀野がイイ不良って……俺をあんだけフルボッコにするは。利二に危害を加えるは。舎弟になれとしつこいは。一々俺にちょっかいを出すは。嫌な愛され方をしてくるし(おぇっ。愛され方って……表現を誤った!)、運命の黒い糸で繋がっているし。

 その日賀野がイイ不良、だと? ちーっともそう思えないのは俺の偏見か?


 露骨に嫌悪感を出していたのだろう。

 「フルボッコにされたケイはそう思えないか」ワタルさんは大笑いして膝を叩いた。


「けど仲間思いなのは確かだぜ。敵には厳しいが、身内は大切にする。ヨウとは別のやり方で仲間を守ろうとしているんだよ。ゲーム感覚で喧嘩をするのはあいつの悪い癖だが、仲間思いって点はヨウと共通していた。ま、ヨウとは最初から馬が合わなかったみてぇだが……根は似ているんだぜ。根っこはそっくりだ。笑えるほど気質は似ている。ただ性格が正反対なだけだ。ヨウは馬鹿みてぇに性格が真っ直ぐ。ヤマトは馬鹿みてぇに性格が曲がりくねってやがる。あんなに根っこはそっくりなのにな。今思い出しても笑い話、初対面からお互いに気に食わなさそうな面してやがったんだぜ、あいつ等」


 想像ができる。今ですら顔を合わせるだけで幼稚な罵倒を浴びせあっているのだから。


「ヤマトがケイを執拗に舎弟に誘っているのも、何か惹かれるものがあンじゃねえの? ヨウがそうだったようにな。ただちょっかいを出しているようには見えねぇや。俺サマはそー思っている。モテんなぁ、ケイ。羨ましいぜ」


「じゃあ俺と替わりましょうか? 喜んで交替しますけど! モテるなら女の子にモテたいのに、何が悲しくて野郎にモテモテ……不良難過ぎませんか俺?!」


 また一つワタルさんの笑声が空に吸い込まれる。

 「遠慮しとくぜ」くつくつ笑うオレンジ髪の不良は軽く両手を挙げた。本音なのだろう。


「話は逸れたけどよ。俺サマとケイは変なところで共通点がある。そりゃ向こうに仲の良過ぎたダチがいたってこと。俺サマ等は喧嘩別れで事が済んでいるけどな……ん? ケイ、その顔は何か質問がある顔だな? いいぜ、何でも答えてやるよ。今だけのサービスだ」


 今のワタルさんはほんっとにエスパーだよな。

 ことごとく俺の心を読んでくる。敵わない。それとも俺が顔に出やすいのかな?

 間を置いて、おずおず口を開く。不謹慎かもしれないけど、どうしても彼に聞きたいことがある。


「ワタルさんは、どうやって魚住のことを諦めました? 親友なら、例え喧嘩別れしても……そう簡単には割り切れない節があると思います。俺も立場上、仲の良かった奴と絶交宣言しました。そろそろ踏ん切り付けようと思うんですけど、なかなか……」


 「踏ん切り、ねぇ」ワタルさんはまた一つ紫煙を吐き出した。白濁した二酸化炭素の塊は、スーッと空気中に消えていく。


「それはそれ、これはこれ。俺サマはそうやって割り切った。確かに親友だったけど、分裂事件で選んだ道は別々。大喧嘩もした。しかも俺サマ達は今、お互いに潰し合いたいと思っているからな。ケイとはちと状況が違う。それに親友だったからこそ全力で張り合いと思う手前がいるんだ」


「親友だったからこそ?」


 どういう意味だと瞬きする俺に、「そのまんまだよ」ワタルさんがあどけなく一笑する。


「アキラをいっちゃん理解していたのは俺サマだと思っている。そして俺サマを理解していたのはきっとあいつだろう。だったら俺サマがアキラをこの手でやる。他の奴になんざ譲らせねぇ。潰した後はどーすっかなぁ……そこは考えてねぇけど、俺サマは俺サマなりのケジメを見つけた。あいつは俺サマが叩き潰す。親友に戻りたいかと聞かれたら、どっかで戻りたい自分がいるかもしんねぇな。居心地良かったのも事実だったし」


 ワタルさんは煙草の灰を地面に落として淡々と語る。

 そして黙然と聞いていた俺の肩に腕を置いて、「俺サマと同じにならなくてもいいさ」おどけ口調で助言してくれた。


「ケイなりのケジメを探せばいい。誰も咎められねぇよ、ケイが決めた道でケジメなんだからな。仮にケイがダチの友情を捨て切れなくて向こうのチームに行ったとしても、それはそれでケイなりのケジメ。手前が納得するなら仕方がねぇ。自分の納得する道が一番だと俺サマは思う。焦って答え出しても余計に落ち込むだけだぜ?」


「ワタルさん……」


「仕方ねぇから、何かあったらケイの話を聞いてやるさ。ヤな共通点を持っちまった俺サマ等だからこそ、話せるってこと、あンだろ?」


 ウィンクをしてくるワタルさんは相変わらず俺サマ口調だけど、何だかすっごく男前だった。 

 こんな風に言ってくれるなんて思いもしなかったんだ。答えを導き出せたわけじゃないし、ケジメの付け方も分からないままだけど、でも、自分の納得する道を探せと言われて……救われた気がした。この道しかないと思い込んでたからこそ、ワタルさんに救われた気がしたんだ。


――そっか、納得するまで探せばいいんだ。 


 自分が納得する道……それが間違いだとしても探していけばいいんだ。俺が納得するまで。

 じゃあ納得する道を見つけるまで、俺は健太とどう接していこうか。絶交宣言をしたけれど、これから俺、健太とどう向き合っていこうか。結局これは簡単に答えが出るわけじゃない。時間を掛けていこう。


 俺はきっと焦っていたんだろうな。

 健太が向こうのチームにいたから、色々とテンパっちまって、自分の気持ちに納得する間もなく相手に押されるがまま絶交宣言を交わしちまった。落ち込む状況を余計に悪化させちまったんだ。視野が狭く狭くなっていたんだ。


 やめた、もう焦るのやめた。答えを無理やり出すのはやめた。


 今、俺の気持ちから言えることは二つ。

 俺も健太も譲れない居場所があるってこと。そして俺が健太を未だに友達だと思っていること。ワタルさんは魚住を自分の手で倒すってケジメを出したように、俺もケジメを付けるためにゆっくりと答えを出していこう。


「ワタルさん、ありがとうございます。気持ちがすっごく楽になりました」


 今なら嘘偽りなく笑える。心がすげぇ軽くなった。

 今の男前ワタルさんなら信者になってもいいな。ほんっと男前だよ、ワタルさん。俺が女だったら惚れちまうかもしれない! あ、一番は利二だけどな。あいつの寛大な心といったら感涙もんだぜ、マジで。

 コロッとワタルさんの表情が変わる。それは普段の生活で目にする、いつものワタルさんだった。


「んっもうっ、ケイちゃーんったら世話焼かすんだからぁ。ケイちゃーんがいない間、ちょっとしたハプニングもあったんだよ」


「え? 何か問題でも?」


 ウザ口調に戻るワタルさんは、ケラケラと思い出し笑い。首を傾げる俺を驚かす発言をしてきた。


「舎兄問題勃発したんだって。あのヨウちゃーんに、こう直訴してくる奴がいたんだよぉ。今のヨウちゃーんを舎兄だと“認める”価値もないってさ」


 はい? なんだって?

 舎“兄”問題? 舎“弟”じゃなくて舎“兄”問題?


「え……そ、それってヨウが俺の舎兄に向かないって……ことですか?」


 まっさかなぁ。

 俺の舎兄ってば、カリスマ性の高いイケメン不良だぜ? 性別関係なしに心を掻っ攫う憎き男! じゃね、モテ男! そんな男を罵る人間がいるとしたら日賀野くらいなもんだろうけど。


「そっ。あのヨウちゃーんにキッパリ言っちゃった子がいるんだよねん。あの時のその子の顔ったらぁ、思わず僕ちゃーん、惚れそうだったぁ」


 パチンとウィンクしてくるワタルさんに俺は素っ頓狂な声を上げた。 

 ちょ、誰だよ、ヨウにそんな命知らずな発言した奴! ……た、多分、そんな命知らずなことをするのはキヨタ辺りだろうけどさ。あいつ、俺を極端に慕っているし、俺と健太のやり取り見ていたから……しかも数日間連絡を怠ったから、俺が休んでいる間にヨウに八つ当たりしたんじゃ。

 あいつなら有り得る。舎弟問題を起こした原因はキヨタだったしな。だからって今度は舎兄問題を起こさなくてもいいじゃないかー!




「アァアアアアアアっ、自転車があるぅうううう! ケイさんが来ているっ! ケイさぁああああんん! キヨタっス! 何処にいるんっスかっ、ケイさぁああああん!」




 思った矢先にギャンギャン聞こえてくる喚き声。いや鳴き声。

 俺とワタルさんは倉庫裏でも人目の付かない倉庫裏の日陰にいる。だからキヨタが俺を探しているんだろう。何度もキヨタの人の名前を呼ぶ大音声がたむろ場に響き渡る。

 「さ、戻ろうか」能天気に笑うワタルさんはキヨタが凄く寂しがっていた旨を教え、俺の背中を叩いてきた。き、気が重いな。キヨタに会うの。あいつ、舎兄問題を起こしたみたいだし。なんで次から次に問題を起こしてくれるんだよ。


 ……あ。


「ワタルさん。もう一つ、いいですか?」


 先を歩くワタルさんに声を掛ける。オレンジの長髪を靡かせて振り返ってくる彼に質問を重ねた。


「どうして、日賀野じゃなくヨウを選んだんですか?」


 足を止めるワタルさんが俺の心意を探るように見つめてくる。


 頬を崩したのは直後のこと。

 「野暮だろ。それ」面白おかしそうに笑う彼の口調は、ウザちゃんだったのか、それとも俺サマだったのか。どちらにしろワタルさんは素で笑っていた。



「あいつのストレートすぎる性格と馬が合った。そんだけだ」









 ワタルさんと一緒に重い足取りで響子さんやココロがいた場所まで戻る。

 目に飛び込んできたのは落ち着きを取り戻した響子さんとホッと胸を撫で下ろしているココロの姿。そして偵察から戻って来たであろうシズやモト、それにギャンギャン吠えているキヨタ。「ケェエイィイさーん!」なりふり構わず大声で名前を呼んでくれちゃってもう……ご近所迷惑だろ。

 額に手を当てて項垂れていると、「ウアァアアアン!」絶叫と共に猪突してくる不良一匹。

 ゲッ、あいつ。全力疾走してきてやがる……馬鹿っ、たんまたんまたんまっ! キヨタ、少し減速しないと止まれっ、ドンッ、ズッテーン、バッターン!


 ……嗚呼、俺、来て早々死ぬかも。昇天するかも。 

 目の前には青空。ポッカリ白い雲。優雅に舞う小鳥さんたち。地味ボーイは今、地面に転がって空を見上げてるなう。ダサい? おう、何とでも言え。俺は元からダサイんだよ! 地味ダサイの何が悪い! これでも毎日を精一杯生きている人間でい!


「わぁあああごめんなさい! 勢い余ってケイさんにぶつかったっス! 大丈夫っスか?!」


 見事に突進してぶつかってきたキヨタが顔を覗きこんでくる。

 大丈夫に見えますか? 見えませんよね? ええ、見えてたまりますか。俺、キヨタの剛速球並みの突進を食らってその場に倒れたんだから。こちとらぁ病み上がりなんだけど。

 「アイテテ」上体を起こして呻く俺に何度も謝罪してくるキヨタは、目を潤ませて「会いたかったっス!」熱烈に歓迎してきた。


「お、俺っちっ、ずっと寂しくてっ。ケイさんっ、入院ッ……ううっ、ケイさぁあああん! 此処にいるってことは入院しなくて良かったんっスねぇえええ! 良かったぁああああ!」


「キヨタおまっ、くっ付いてくるなってっ!」


 悲鳴を上げる俺に構わず、キヨタは会いたかったとキャンキャン吠える。

 ちょ、嬉しいのは分かったし、寂しい思いさせたのも悪かった。俺がわるうございました。だから離れてくれー! 野郎に抱きつかれて喜ぶ野郎が何処にいるー! ……駄目だ、離れる気配が無い。ああもう好きにしてくれ。好きなだけ俺の胸で泣け。好きなだけ貸してやらぁ! ははっ、俺って寛大! おっとこまえぇ! んでもって結構なまでに俺、キモーイ!


 ふー……吐息をついてキヨタに目を向ける。

 良かったと何度も言って縋ってくるキヨタは本当に心配してくれたみたいだ。「良かったっス」本気で泣きそうだった。なんだか……罪悪感。ココロの言うとおり、心配を掛ける方が迷惑よりよっぽど迷惑なんだな。


「ケェエエイィイイ! お前っ、キヨタに何、寂しい思いさせてんだコラァアア!」


 うっわぁー……うっるさいのがもうひとり突っ込んで来るよ。

 吠える不良その2は俺の前に立つや否や、「この野郎。休み過ぎなんだよ!」ギャンギャンと喚いてきた。おいおい勘弁しろってモト。俺、ほんっとまだ病み上がりなんだから。まだ微熱もあるんだ。遠吠えが頭に響くっつーの。


 騒がしい環境が出来上がる最中、副リーダーのシズが早足で俺に歩み寄って来た。

 「もう大丈夫なのか……」欠伸を噛み締めながら心配を垣間見せてくるシズに、「まだ微熱はあるけどさ」俺は正直に体調のことを告白した。こんなにも心配してくれたんだ。ここで無理に大丈夫と突き通しても、後々余計に心配を掛けるだろう。

 でもちゃんと付け足して、病院に行って来たから大丈夫とシズに告げた。「そうか」シズは目尻を下げた。次いで無理はするな、微笑を向けてきてくれる。


「あ、そうだ。なんかチーム内でまた問題が起きたそうだけど……その……舎兄が、どうのこうの……って」


 俺はおずおずと舎兄問題の件を副リーダーに尋ねる。なんてことないとシズは肩を竦めてきた。


「ヨウが少々相手を……怒らせてしまってな。舎兄に向いていないと言われてしまったんだ。なに、チームに支障は無い」


「誰だよ、ヨウさんが舎兄に向いてないとか言ったヤツ! オレがぶっ飛ばしてやるのに! ヨウさん、ちっとも相手のことを教えてくんねぇし!」


 ぶーっと脹れるヨウ信者のモトが酷い話だよな、と俺にしがみ付いてるキヨタに同意を求めた。うんと頷くキヨタは目をゴシゴシと擦って賛同する。

 あれ? キヨタじゃないのか、舎兄問題勃発したの。なら誰だろう……ヨウに対して舎兄は向いてないと言った命知らず者は。


 どうやらシズやワタルさんは相手を知っているらしく笑声を漏らしている。

 え? 誰なの? 超気になるんだけど! なにより、俺自身に関わりがある。何度も発言者の名を聞く。

 けれど二人とも、直接ヨウに聞けと言うだけ。モトやキヨタに教えていないのだから、俺に教えてくれるかどうか……ま、ヨウが戻って来たら駄目元で聞いてみるか。何事も無いといいけどな。



 そうこうしている間に、次から次に仲間が戻って来る。  

 ヨウを最後に全員揃った。顔が揃ったところで皆に迷惑を掛けたことを謝ろうとしたんだけど、偵察の結果を含む集会が開かれたから謝る機会を逃しちまった。それが終わって謝ろうとしても、俺の体の調子とか、皆の近況とか、そういった話に時間を取られたから謝る機会を逃してしまう。

 なんだか皆、気にしていないから謝るなと態度で示してる。誰もそんなことは言わないけど、態度が物語っている。


 だから俺も謝ることをやめた。

 心配を掛けた分、今度は行動で返そうと思った。

 極々自然に思えるほど、俺はチームに居場所を作っていたんだな。皆も居場所を俺に作ってくれているし……ココロ以外、みーんな不良だけど、恐いけど、友達だって思っているから、やっぱ居心地がいいや。

 今日、顔を出して良かった。本当に良かった。また一つ立ち直れた気がするよ。



 暫く談笑した後、皆は昼食を取るためにたむろ場から出て行く。

 俺は皆とは別行動。皆と昼食を取るまで体が回復していないんだ。一緒に行きたい気持ちもあるけど、遺憾なことに診察代分しか金持ってきてない。ココロに紅茶を奢るくらいの金はあったけど、もうすっからかん。

 チームメートは昼食後、久々にゲーセンにも行くらしい。それについて行ける体力もないと踏んだ俺は、今日は此処でバイバイ。真っ直ぐ家に帰ろうと思う。


「またな」


 大事をとって日曜の集会には顔を出さないつもりだから、次に皆に会うのは月曜日だ。手を振ってチャリに跨る。そのままペダルを踏んでチャリを前進。

 「ケイさん」丸び帯びた声が後ろから飛んできたため、自然とチャリが止まる。振り返ればココロが駆け寄って来た。彼女は今日のお礼をもう一度言いたかったらしく、俺の前に立つや否や頭を下げてきた。


「今日は本当にありがとうございました」


「ううん。大したことはしていないよ。たまたま病院に行こうとしてた時に絡まれていたココロを見つけたから。でも良かった、何もなくて」


 目尻を下げると、満面の笑顔を作る彼女がそこにはいた。


「ケイさん、ヒーローみたいでしたよ。あんな風に助けられるなんて夢のよう。私、とても嬉しかったです」


 高鳴る鼓動をそのままに俺ははにかんでみせる。

 純粋に嬉しかった。彼女の真摯な言の葉が、気持ちが、笑顔が。ココロの新たな一面を見たせいで、余計に意識する俺がいた。あーもうっ、自分が意識していると自覚しているからこそ、心音が煩くて仕方がない。自制が利かないほど俺は彼女を意識している。このまま自分の気持ちに背を向け続けられるだろうか? 


「それと泣いてしまって、ごめんなさい……ケイさんを困らせてしまいましたよね」


 一変してションボリと落ち込むココロを恍惚に見つめていた俺だけど、「気にしてないよ」泣いたことに対して何も気にしてないと微笑んだ。「でもさ」言葉を重ねる。


「ココロに泣き顔は似合わない。俺は笑っている顔の方が好きだよ」


 こっそりと意図した告白する気持ちは彼女に届かないだろう。それでいい。これは俺の気まぐれだ。

 呆けるココロの表情に見る見る陽が射し込む。長い睫を震わせ、頬を紅潮させて、嬉しそうにうんっと頷いた。


「ケイさんも、たむろ場に来てから表情が変わりました。やっぱり私、いつも笑っているケイさんが好きです」


 俺の抱く好意と彼女の抱く好意の意味は違うだろう。

 それでも嬉しかった。彼女に好きと言われて、とても。


「ん、ココロが誘ってくれたおかげだよ。気も晴れた。ありがとな」


「いいえ、少しでも元気になってくれて嬉しいです」


 心臓が嫌ってほど高鳴っているけど、気付かない振りをする。

 どさくさに紛れて告白したくせに、俺はこの気持ちの名に対して気付かない振りをする。分かっているのに気付かない振りをするのは、彼女を困らせたくないんだ。ココロは真っ直ぐに笑っている方が可愛い。


「ココロ、そろそろ行くぜ」


 向こうで仲間と待っているヨウに呼ばれて、「はい」ココロは慌てたように返事する。

 「それじゃ」頭を下げてヨウ達の方に駆けるココロに手を振り、そして向こうにいるヨウ達にもまた手を振ってチャリを漕ぎ始める。ヨウに呼ばれた時のココロの顔、すっごく好い笑顔だったな。彼の下に駆けている間、ずっと笑顔だった。本当に好きなんだろうな、ヨウのこと。

 ……ちょっと複雑だけど実るといいな、ココロの恋。ほんっとヨウの奴羨ましいよ。


 あ、しまった。

 ヨウに舎兄問題のことを聞きそびれた。まあいっか。月曜日にでも聞こう、舎兄問題。


(笑っている方が好き、か。なるべく笑うようにしなきゃな)


 俺はチャリをどんどん加速させ、真っ向から吹く風を感じることにした。

 気付かぬ振りをするその気持ちを散らすように、風の中に溶け消えてくれるように、チャリをかっ飛ばす。微熱帯びた体がまた更なる熱を帯びてきたけど総無視することにした。






(――わ、笑う練習……してみようかな。笑う方が……好きって言われたし) 



 あ、でも意識しているわけじゃなくて。

 笑っている方が好きだとお友達に言われたから、ちょっと試してみたくなっただけで。自分自身に言い聞かせるココロは照れ照れに照れていた。誰の目から見ても照れていた。やや気持ちが浮ついてるようにも見える。

 密かに二人の会話に聞き耳を立てていた不良達は同じことを思っていた。あそこまで意識し合っているなら、さっさと気持ちを伝えればいいのに……と。


「け……ケイさん、早く元気になるといいな……一緒にご飯、食べられたら良かったのに」


 非常に気持ちが浮ついているらしくココロは今、零した独り言を表に出したことすら気付いていない。

 一応、気遣いとしてスルーはしたがココロの独り言は続く。ケイさんの姿が見られて良かった。助けられて嬉しかった。仕舞いにはもっと可愛い服を来て来れば良かった、と自分の服装を気にする始末。


(ココロ、もっと積極的になってもいいんだぞ。アンタの可愛さはうちが保障する。はぁーあ、安易に口を出せば変に気持ち隠すしな)


 妹分を気遣う姉分の響子。


(ケイの奴。勘違い起こしてやがるからな……ココロはどー見たってケイのことが好きだっつーのに。なんで勘違いしてやがるんだ) 


 頭痛がすると愚痴る舎兄のヨウ。 


 その他諸々の不良も同じような気持ちを抱いていた。

 チーム一のジミーズ男女ペアは、周囲をじれったくさせる特技を持っているらしい。とにもかくにもじれったい。嗚呼、じれったい。なんで見守るこっちがやきもきしなければならないのだ。 ベタな青春恋愛ドラマでも見てる気分だ。さっさとくっ付いてくれ。


 不良達の気持ちは、今まさに一つとなっていた。

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