03.ケイとヨウのお悩み相談
◇ ◇ ◇
舎弟問題が勃発して早三日。
これいって変わったことはない。キヨタとタコ沢が新たにチームに入って、池田という不良チームに探りを入れて、いつもの如く平々凡々の日常を過ご……せていないんだな、実は。
この三日間で俺達舎兄弟は散々な目に遭ってきた。ヨウは始終キヨタに纏わり付かれているし、モトも一応候補ってことで結構ヨウの傍にいるし、俺は俺で二人に闘争心を向けられているし(主にキヨタにライバル視されている)。
口ではああ言ってるけどキヨタはどーも、モトを推したいみたいで会話の合間あいまにモトの名前を出している。
何だかんだで友達思いみたいだ。表向きはヨウに纏わり付いているけど、裏では全力でモトを推している感じ。
だけどそれが度を過ぎているのも確かで。いやー、纏わり付きっぷりが凄まじいよ。ヨウのモテ具合が半端ない。
纏わり付かれているヨウは参っているようだった。ヨウの奴だってモトやキヨタのことを気遣いたいんだと思う。纏わり付かれても強くは拒まない。「少しは離れろ」とは言うけど、それだけのこと。俺のことだって気遣いたいんだろうけど、俺までには手が回らないようだ。
なにぶん三対一だもんな。二人の相手だって大変だろうし。
三日も続けば、さすがのヨウも疲れが出始めてくるわけだ。
多分纏わり付かれているだけじゃなくて、真剣に舎弟問題を考えているからだろうな。溜息の回数が多くなった気がする。俺の見る限り、数十分で軽く三十は零していると思う
しかもチーム内では、“これは舎兄のヨウと俺達舎弟の問題だから”という理由を挙げ、余計な口出しはしてこない。ワタルさんに至ってはからかう始末。ワタルさんは別として、他の皆は気遣ってくれているのだろう。この問題は第三者が口を出せば出すほど話が拗れるものだから。ヨウもそれを理解しているから、自分で何とかしようとするわけで。
――ヨウの奴、一人で考えることが多くなった。学校でも結構見るよ、ヨウの考えている姿。
なーんか間違ってるよな。
だってこれはヨウ一人の問題じゃない。なのにヨウだけ一人うんぬん考えて……なあ?
元凶はヨウにあっても、これはヨウ一人の問題じゃない。俺が舎弟らしくないってのも元凶のひとつだ。そりゃ確かに最初は無理やり舎弟になっちまったけどさ。今だって本当は嫌で嫌で泣きたいけど、泣きたいけれど、ヨウの舎弟だと自分で認めている。なら俺も悩むべきだ。
だからこそ俺達はどうしても舎兄弟二人っきりで話さないといけない。
ただ学校じゃワタルさんやハジメ、弥生がいるし、放課後は他の舎弟候補がいる。おかげで話す機会が設けられない。
それでも話す時間は作りたい。向こうも俺と話したがっているようだから。なんっつーの? 目は物を言うっつーの? かち合う視線で向こうも俺と話したいと主張してくるんだ。大抵そういう時はヨウから動くんだけど、今回に限ってはヨウからは動かないと思う。正しくは動けない。他の舎弟候補のこともあるし、俺にも気遣っているようだからな。
なら今回に限って俺から動いてみようと思う。
ある日の朝、起床した俺はベッドから下りる前に携帯を引っ掴んでヨウにメールを送る。
内容は『ちょっと付き合ってくれね?』俗に言う、おサボリしませんかメールだ。
あいつの返信はむっちゃ早い。数分も経たない内に『いいぜ。病院にでも行くのか?』とメールが返ってきた。しかし俺が真面目くんなだけあって、おサボリの意図を察してもらえず……遺憾である。普通に病院に付き合って欲しいのか? と言われちまったよ。
だからノリよく、アンダーラインを此処に引いて欲しいんだけど、不良相手に超ノリよくメールを返した。
『兄貴と二人でおデートしたいのよ。付き合ってくれるでしょう?』
自分でもキモイの分かってるよ! 色々オワタ感が出てるのも分かっている! マジで終わってるよなぁ!
でもあいつ、こういうノリ大好きなんだよ。面白いこと大好きなんだよ。ヨウへの誘いにはノリが一番なんだよ。
その証拠に数十秒も経たない内に『まあ珍しいお誘い! いいわよ』とメールが返ってきた。間違ったってイケメンが返すようなメールじゃない。こんなん見たらヨウに取り巻きの女の子泣くって。女子の悪ノリ会話か、これ!
朝から阿呆なやり取りで舎兄と約束を取り結んだ俺は病院を口実に、遅刻の一報を学校へ連絡。
九時ごろにヨウと公園で待ち合わせた。その後は肩の具合を診てもらうために病院へ。順調に回復している旨を伝えられ、俺もヨウもホッとした。診察が終わるとコンビニで軽食を買って、のらりくらりと待ち合わせた公園に戻って駄弁ることにする。
メインはヨウと話すことだ。舎兄弟として、これからのことを決めていかないといけない。
(さてと、どう切り出そうか)
ブランコに腰掛けながら俺はあんぱん、ヨウは握り飯を口に運ぶ。
そういえばヨウと二人っきりってのも久しいな。舎兄弟成り立てだった頃はヨウと二人で過ごす時間が多かったんだけど、最近じゃチームで話し合ったり、チームメートの誰かが傍にいた。
だからこうやって二人っきりってのも久しぶりだ。しみじみと感傷に浸りながら缶に入ったカフェオレを啜る。
「ヨウ、俺達やばくないか?」
ついに俺から話を切り出す。
まるで、話題を待っていたかのようにヨウは重々しく溜息をついて、「マジどーするかなぁ」ずっと溜めてた気持ちを吐き出す。
「舎弟問題。まさかここまで話がでかくなるなんてなぁ。後継者だの何だの考えたこともなかったぜ。正直参った。俺の決定でチームに支障が出るなんざ言われてみろ。下手に決められねぇだろ?」
ははっ、だろうな。
普段から真面目に考えていたら、こんな騒動にはならなかった。俺だって舎弟にならずに済んだよ。
「現時点じゃどうなんだ? モトやキヨタは舎弟になりえそうか? あ、別に俺に気ィ遣わなくていいから」
間を置いてヨウは答える。
「チームのことだけを考えるなら、手腕のあるキヨタが最有力候補だ。けど俺をいっちゃんに慕っているのはモトだ。あいつが俺の後を必死に追い駆けていることは知っている。それこそ並々ならぬ努力していることも。だが俺の舎弟はケイだ。手前でイケるところまでいこうなんざ誘っておいて、それを蹴るなんざダサい……考え過ぎて頭がどーかなりそうだ!」
「ははっ、そりゃヨウが俺達に気を回し過ぎなんだよ。ヨウって何でも背負い込み過ぎなところあるし」
能天気に笑ってブランコを揺らす俺に、「笑い事じゃないんだぜ?」舎兄が落胆の色を見せた。
そうは言っても俺の率直の感想なんだから仕方がないだろ? 何度でも言う。ヨウは仲間に対して考え過ぎる面がある。自分の決定で誰かが傷付くんじゃないかと懸念しているようだ。確かに、ヨウの一言で三人の関係が大きく左右されるのは明白。ヨウがモトを選ぶにしろ、キヨタを選ぶにしろ、俺を選ぶにしろ、一見の関係性は180度変わるだろう。
もしかするとヨウはその関係性によってチームが崩壊するのでは。ないし、自分の安心できる居場所が決壊するのでは、と畏怖しているのかもしれない。
「丸く収まるのはモトを舎弟にすることだろうな。キヨタはモトを推すために候補したようなもんだし」
助言にきょろっとヨウの眼球がこっちを向く。
「それで解決すっか? まず明確な理由がねぇだろ? 理由ねぇとモトだって納得しねぇし……それにケイ、テメェはいいのかよ」
そりゃ仮に俺以外の男を舎弟に選んだ日には“無理やり舎弟にしてリストラかよ!”なーんて不貞腐れる気持ちが生まれるだろう。
けれどそれ以上の気持ちも、以下の気持ちもない。それがヨウの決定なら、俺は同意するし納得もする。なにより、俺は喧嘩ができない足手纏いな男。チームの足を引っ張っている自覚は持っている。
「俺達の舎兄弟が終わるだけだよ」
答えを待っているヨウに微笑んだ。
若干不満げな面持ちを作っているイケメンは、「だけ。ね」意味深長に鼻を鳴らした。そんな兄貴に問う。「終わっても変わらないだろ?」
「終わることで、お前と交わした約束は破られるだろうさ。なら約束し直せばいい。舎兄弟じゃない俺達で。前にも言ったけどさ、仮に舎兄弟が終わっても俺達は何も変わりやしないと思わないか? 舎弟じゃなくても俺はお前の足くらいにはなれるよ」
握り飯を食い終わったヨウがブランコの上に立ち、そのまま漕ぎ始める。
連なる鎖がギィギィと悲鳴を上げた。一定のリズムで鳴く鎖に耳を傾ける。
「ま、リストラされるなら、その前に舎弟の座を賭けて勝負くらいはしないとな。俺、これでもヨウの舎弟だから? 一度くらい舎弟の威厳を見せないとな。ああ、喧嘩じゃなくてそこは“ヨウの足”としてチャリで勝負。喧嘩なんて瞬殺だもんな! やだぜ、俺、これ以上、病院に世話になるの!」
ギィ……ブランコを大きく揺らしているヨウは一笑した。つられて俺も一笑を零す。
「安心しろって、俺は最後までお前についていく。その言葉に嘘偽りはないよ。舎弟じゃなくなってもお前についていく。俺はヨウの舎弟だ。舎弟じゃなくても、俺はヨウの友達だ。変わんねぇよ、なあにもさ。もう少し気を楽に考えてもいいと思うけどな。なによりお前はチームのリーダー。舎弟問題でどうのこうの悩んでる暇、ないだろ? 俺達の目的は日賀野なんだから、お前はそっちでもっと悩まないと」
ヨウはブランコから飛び下りた。
断続的に聞こえてくるブランコの錆びれた軋み音が、静かな公園に響き渡る。綺麗に着地して振り返ってくる舎兄の顔は、何処となく晴れていた。
「やっぱあれだな。舎弟ってのは、ケイみてぇヤツじゃなきゃいけねぇのかもしれねぇ」
「ヨウ?」
「俺はこうって決めたら一直線なんだ。何にしてもそう。喧嘩にしても、物事にしても、……ケイに言われるまでヤマトのことなんて念頭にもなかった。駄目だな、周りが見えてねぇ。そういう時、気付かせてくれる奴が必要なんだって思う。ケイと話して気付いた。舎弟ってのはそういうもんだよな。後継者以前に……ん、なんか答えが出てきそうだ」
迷いを宿していた眼に一筋の光を宿している。吹っ切れたみたいだな。
「サンキュ」礼を言ってくるイケメンに、「どーいたしまして」俺は言葉を返す。意見が役立てられたなら本望だよ。
さあて、そろそろ学校に向かいますか。チャリだったら十分も掛からないし。
俺はチャリに鍵をさしてヨウを呼ぶ。当たり前のように後ろに乗ってくるヨウを一瞥。舎兄弟じゃなくなったら、ヨウを乗せる機会も少なくなるんだろうな。そう思うとちょーっと寂しくなる。何だかんだで毎度のようにヨウをチャリの後ろに乗せていたしな。今じゃ良い思い出だぜ。ヨウをチャリに乗せていると厄介事なんかも出てきたりして俺、いっつもとばっちりを、
「見つけたぜっ、荒川庸一! よくも昨日は仲間を病院送りにしやがったな!」
………。
俺は顔を引き攣らせた。目前に十数人の不良さま達がガンを飛ばしてらっしゃる。
あっらぁ、そんなお顔ししちゃって、ブサイクなお顔が更にブサイクになってますわよ。じゃなくて! ちょ、喧嘩売られてるって俺等!
「ヨウさん。ヨウさん。昨日……何かしちゃいました?」
同乗者が軽く手を叩いた。
「気晴らしに喧嘩を少々。ほら、舎弟のことで頭がいっぱいだったから体を動かそうと思ってよ」
「だっ、だからってこの人数っ、有り得ねぇんだけど! 二対十数人ってッ!」
「大丈夫だーいじょうぶ。数人ぶっ飛ばして、後は逃げりゃいいんだから。ケイはチャリをぶっ飛ばせ。おっと、左肩は大丈夫か? 掴んでもOK?」
「左肩とか言っている場合じゃねえから! ほら早く掴まれっ、イデっ、あと優しく掴んでな……少しは考えて喧嘩してくれよー!」
「ストレス発散だって」ニカって笑うイケメンに、俺はこめかみに軽く青筋を立てる。
おまっ……だから考え無しに行動はするなとチームから口酸っぱく言われるんだよ。ああくそっ。俺、自発的に舎弟から降りようかな! ヨウの舎弟だと面倒事も多くなる!
かくしては俺はヨウをチャリの後ろに乗せて十数人の不良達と喧嘩……じゃなく、逃げ回る羽目になった。
俺達が学校に着いたのは昼休み始まった頃だったとかなかったとか。やっぱり俺、自発的に舎弟から降りようかな。口が裂けてもヨウには言えないけど、こいつの舎弟は心底に疲れる。……いたく真面目な話、舎弟を降りたくなったのは俺だけの秘密だ。
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