07.タイマンなんて今の時代にありますか奥さん




 ◇




「――ワタルの野郎と勝手な行動しやがった上に、チャリ漕げねぇから俺に運転させた挙句、全治二、三週間の怪我。しかもテメェ、どういう了見だッ。財布に千円ちょいしかねぇって! ケイ、テメェは俺とタイマン張りてぇか!」



 整形外科の近くにある、子供ひとっこひとりいない寂れた公園。

 俺はアスレチック遊具(揺れる橋とか滑り台とか一緒になってるヤツな!)の上で、ヨウに怒鳴られていた。

 胸倉を掴んできそうな手を避けながら、俺は必死こいてヨウに頭を下げる。


「ご、ご、ごめんって! 普段から金、千円しか入れてないことスッカリ忘れててさ。いやぁ、助かった。悪いヨウ。ちゃんと返すから」


「ッたりめぇだ! 返さなかったらぶッコロスぞ!」


「ギャアアア! 返すッ、返します! ほんと助かりました兄貴!」 


 怒鳴り散らすヨウに何度もなんども頭を下げる。生きてきた人生の中で1番頭を下げたんじゃないかってほど頭を下げた。


 俺、田山圭太は今日ほど舎兄の怒りを買ったことはありません。


 何故ならば、怒らせた理由、



 その1:俺とワタルさんの独断で勝手な喧嘩に出た(非常に申し訳ないことをしたと思うけど、でも後悔はしていません! ……うそ! 今になって薄っすら後悔!)。


 その2:生徒会から呼び出しを喰らい散々生徒会長に嫌味を垂れられた(だけど、約束を守ったにしろ嫌味は言われたと思うんだ!)。


 その3:左肩を負傷したせいでチャリが漕げず、舎兄にチャリを運転してもらった(俺、ちゃんと『チャリ押して歩くから大丈夫』と遠慮したんだぜ! だけどヨウが『病院閉まるだろうが』とか文句を言ったから仕方がなく……これって怒られ損じゃね?)。


 その4:左肩の怪我が全治二~三週間、下手すりゃ1ヵ月掛かるかもしれないと医者に言われた(これは心配してくれている故に怒ってくれてるんだと思う。たぶん)。


 ファイナル:財布に千円ちょっとしかなく、舎兄に出してもらった。(ちーん)


 以上、5つの理由を持ちまして俺、田山圭太は舎兄を盛大に怒らせました。やっちまな、圭太! お前ならいつかやっちまうと思っていた!

 とか思っている場合じゃなく、なんでこう……怒らせちまうんだよ。地元で名を上げております、かの有名な恐ろしい不良さまを。俺、こいつの舎弟じゃなかったらヨウにフルボッコされいてたような気がする。そんな気がする。


 身震いしながら、俺はこれでもかってくらいヨウに謝った。


 だけど不機嫌そうに鼻を鳴らして、「聞き飽きた」詫びを突っ返される。

 こりゃ相当、ヨウのご機嫌取りしないと俺の命が危ういぞ。俺は右手を出して(左は上がらないんだ)、謝る代わりにお詫びとして俺のできることを提案する。 


「今度、ヨウの好きなモノ奢るから。一日、お前の好きなことに付き合ったりもするから。機嫌直してくれって。あ、そうだ。俺、今からコーラでも買って来てやるよ! そんくらいなら奢れるぜ! んじゃ、いってきまッ、イテテテテ!」


「なーに逃げようとしてんだ、ケイ? 舎弟テメェは舎兄の俺に、まず、何をしねぇとイケねぇんだあーん?」


 何をしないとイケない、そのナニは分かっています! 分かっていますけど、まず耳っ! 耳が千切れますっ、千切れちゃいますからヨウさん! 手を放してくれ!

 ギリギリ右耳を抓まんで引っ張ってくるヨウの手の強さに喚いて、放してくれるよう何度も頼み込む。


 やっと解放してくれた時には耳がヒリヒリ痛んでいた。このヒリヒリ感が地味に痛い。地味な俺が言うのもなんだけど地味に痛い。

 右耳を擦りながら俺は刺す視線に耐えていた。ヨウの目が訴えている。早く説明をしろ、と。説明も何も、あれだもんな。無意味な喧嘩をしてきたんだもんな、俺。本当のことを最初っから最後まで報告しても、今さらだよな。

 だから簡単に説明することにした。


「とある先輩不良たちのせいで、友達との仲が危機になった。カッチーンきた俺は弱いくせに喧嘩を売りに出かけた。偶然俺達のやり取り現場を目撃したワタルさんは面白半分に喧嘩に参戦。そんなとこデス、兄貴」


 嘘は言っていない、全部ほんとうのことだ。すべてのことを話してないだけで。


「さっき美術室に寄っただろ? あいつと不仲になりそうになった」


 ヨウに視線をやれば、淡々とした説明にまったく納得していないヨウがそこにはいた。

 立てた膝に肘ついてヨウは軽く溜息。「そんだけじゃねえクセに」図星を突いてきた。 なんで鋭いんだよ、いつもは俺の心情を全然察してくれない疎い奴なのに! そんなに鋭かったら俺が舎弟になりたくないって気持ち、察してくれてたんじゃねえの?!


 けどヨウは諦めたのか、俺にこう問い掛けてきた。


「どーせ収穫の無い喧嘩だったんだろ?」


「ん、収穫の無い喧嘩だっ……へ?」


「やっぱテメェ等、ヤマト達に関係する喧嘩してきやがったな。収穫の無い喧嘩は報告しねぇ、ワタルの考えそうなことだしな」


「え?」



「あー、何となく今回の経緯が見えてきた気がするぜ。そういうことか」



 や っ ち ま っ た !



 まさかあのヨウに、こんな頭脳プレイ(?)で白状させられるとは。田山圭太、油断していたぜ! ……じゃなくて、やっちまったよ。俺のお馬鹿。今さら誤魔化したって後の祭りだろ、これ。

 額に手を当てる俺に、してやったりとばかりにヨウが口角をつり上げてきた。


「残念だったなケイ。俺の勝ちだ。全部白状しちまえ」


「説明も何も、さっきの説明とお前の言葉ですべて白状したつもりなんだけど」


「だったらあの生徒会長との意味ありげな会話は何だ?」


「あれはー……」


『“おサボリ”お疲れさま。怪我の治療は早めに。特に田山くん、左肩、お大事に。今日中に病院に診せた方が君のためだ』


 会長の言葉が脳裏に過ぎる。

 俺は身震いをした。忘れていた悪寒が今になって戻ってくる。なんでアノ人は俺が怪我したと知っているんだ。俺達の喧嘩を一部始終見ていたわけじゃあるまいし。

 自然と左肩に手が伸びた。ゆっくり怪我した箇所を擦りながら思案に耽る。アノ人は何者なんだろう。味方じゃないのは確かなんだけどな。


「あいつ、疑いがありそうか?」


 口を閉ざした俺に対して、ヨウは物静かに質問をぶつけてきた。

 ヨウも疑っているんだろうな。須垣先輩が日賀野達と何か関係しているんじゃないかって。


 俺は首を左右に振った。「俺もよく分かんね」


「ただ……会長は俺が怪我負ったことを知っていた。この怪我はワタルさんと、喧嘩した不良先輩しか知らないのに」


「見ていた、わけ、ねぇな。誰かに監視させてたか、それとも情報を伝達してもらったか。なんにせよ、あいつは危険視しとかなきゃイケねぇってことか」


 ヨウは立ち上がってアスレチック遊具の低めの柵に腰掛けた。ポケットに手を突っ込んで思案するヨウの顔は険しい。

 ふわっと吹く風にメッシュの入った髪を靡かせて、「こっちも仕掛けてみっか」不意に物騒なことを口にしてきた。突然の言葉に俺は目を瞠る。ここでまさか、そんな言葉が出るなんて思わないじゃないか。


「仕掛けるって日賀野達に、喧嘩を?」


「喧嘩っつーよりも宣戦布告。あいつ等の“ちょっかい”にヤラれっぱなしなんざ、俺の気が済まねぇ。向こうがナニ企んでるか知らねぇが、このまま“ちょっかい”出されっぱなしなんざ真っ平ごめんだ」


 惨めに敗北を味わうくらいなら、こっちから仕掛ける。

 あいつ等にヤラれっぱなしなんて我慢なら無い。ヨウの言葉は決意の塊だった。

 これはやる気だな。ヨウ、日賀野達に喧嘩売っちまうな。ってことは、俺はまた日賀野に会うかもしれないわけで。下手すりゃ一戦、いやそれ以上、日賀野やその仲間達とぶつかるわけで。恐い思い……するわけで。

 だけど俺がどうこう言ってもヨウはやる気満々、止めたって無駄だと思う。付き合いの短い俺が止めても、付き合いの長いワタルさん達が止めても、無駄だと思う。


 付き合い短い方だけど、お前がそういう奴だってこと、俺、知っている。だから俺は苦労するんだよな。荒川庸一の舎弟ってのも楽じゃない。


 「まずは相手を探るのも手じゃないか」苦笑いを浮かべながら、俺はヨウに助言した。 


「なーんも知らないまま、真っ向から突っ込んでもダメだって俺は思うんだ。痛い目見るかもしれないし、勝ったとしてもこっちも痛手を負うかもしれない。だったら、向こうの様子を探ってみるってのも手だって思う。相手を知って、真っ向から突っ込む・突っ込まないじゃ大違いだと思わないか?」


「ケイ……まさかテメェがそんなこと言うなんて。てっきり止めてくると思ったけどな」


 俺がヨウの性格を知り始めたように、ヨウも俺の性格を知り始めている。

 まったくもってそのとおりだよ。本当は止めたい。やりたくもない。喧嘩なんて。

 しかも相手は、俺をフルボッコにした日賀野大和含む不良グループ。喧嘩なんて、絶対したくないさ! 舎弟だって、いまだに白紙にしたいって思っているさ! 平凡な生活が戻って来て欲しいって片隅で願っているさ!


 でも約束しちまっただろ。二人でイケるところまでイくって。

 ヨウは俺にそう誘って、俺は誘いに乗った。だったら付き合わなきゃイケないだろ。俺はどう嘆いてもお前の舎弟なんだから。 


「俺はヨウみたいに喧嘩なんて強かないし、喧嘩しても押され押されのダメダメ。今日の喧嘩もどうにか根性で勝ったけど、代償がこの怪我。今のヨウの舎弟はこんなに弱い。ヨウ、どうする? 今なら舎弟、モトに変えられるけど」


「今さらだな。ダッセェだろ」


「ヨウなら、そう言うと思った。だから止めない。とことんヨウの足になるよ、俺は。喧嘩も多少はするけど期待はするなよ?」 


 満足気にヨウは笑った。

 「俺の足が怪我すんなって」嫌味を飛ばしてきたけど、心配の代わりだってことくらい俺には分かった。

 結局、半分以上はヨウにバレちまったけど魚住が関係していたことは最後の最後まで口にしなかった。“収穫の無い喧嘩”だったんだ。魚住のこと、報告しなくてもいいと思ったし、ワタルさんも望んでないって知ってるからさ。


「にしてもアリエネェ。舎兄置いてサボりなんざ。俺はクソつまらねぇ授業受けてたっつーのに。ん?」


 ネチネチ文句を言ってくるヨウの言葉が不意に途切れた。

 メールなのか着信なのかは分からないけど、ヨウの携帯が振動したからだ(助かった! さっきから文句バッカだったんだよな!)。

 携帯を開いたヨウはしかめっ面を作った。着信みたいで、耳に携帯を当ててたけど仕草が嫌々。「何だよ」開口一番に文句を吐き捨てる。何だか聞いちゃいけない気がしたから、俺は携帯を取り出してインターネットを開いた。普段は見向きもしないニュース記事を適当に読み漁ってヨウの会話が終わるのを待つ。


 「フッザケんな!」突然の怒声にビビッて携帯を落としそうになった。ヨウは舌打ちをして、荒々しく頭を掻き毟った。


「あーあーあー、そーかよ。知るか。俺の知ったこっちゃねぇよ。じゃあな」


 壊れるんじゃないかってくらい勢いよく携帯を閉じたヨウは、「イライラする」重々しい息と一緒に愚痴を零した。

 なんだか分からないけど、イラつくことがあったんだな。こういうのって下手に聞いちゃダメだよな。俺は携帯を閉じて、「時間ヤバイか?」さり気なく質問を投げ掛ける。日、暮れちまいそうだしな。病院に付き合わせたってのもあるし。


 ヨウは大丈夫だとばかりに肩を竦めた。「今日は帰らねぇしな」この発言に俺、唖然。帰らないってお前、帰らなきゃヤバイだろ。

 ……ヨウは帰る気なんてサラサラないみたいだ。誰かの家に泊まらせてもらうか、一晩中、ファーストフードかどっかで時間潰すと言ってきた。こういうことはしょっちゅうで、本人曰く慣れているらしい。


 もしかしてヨウのとこ、家庭環境に問題でもあるのかなぁ。人のことだから、そーゆーの聞いちゃダメと思うんだけどさ。

 今、俺の中で葛藤があっている。俺の考えに第二の俺が「やめとけ! 泣き見るぞ!」と言ってんだけど、ホラァ、一応さ。今日、世話掛けたってのもあるし、そんなこと聞いて「ふーん」で終わらすのは良心が痛むってかさ。

 だけどやっぱ泣き見るのはヨウでもなく、俺、この俺、田山圭太ということで! 泣きは見たくない、見たくないけど平凡日陰男子の良心も痛む。ウダウダ考えている頭とは対照的に、気付けば勝手に口が開いてた。


「ヨウが良けりゃ、ウチに泊まってくか?」


「ケイん家に?」


「そっ、俺ん家。俺ん家、泊まりに関しちゃ甘いんだ」 


 俺の馬鹿野郎‼

 おまっ、自分可愛くないのかよ! ただでさえ怪我してる癖に、不良なんかを泊まらせたらゆっくり休めないじゃないか! 俺を死なせる気か!

 第二の俺が罵声を浴びせてくる。分かってるってそんなこと、けど仕方ないだろ! このままスルーできるほど、俺の器はそこまでちっちゃくねぇよ! スルーしたら悪い事したなぁ……後ろめたい気持ちになっちまうだろ! 後悔はしたくないぞ、俺!

 心中にいる俺と第二の俺が大喧嘩してる中、表の俺はヨウに言葉を続ける。


「利二もよく家に泊まっていくし、最高で三人いっぺんに泊めたこともあるから。ヨウひとりくらい全然余裕だけど」


「行くいく! マジ、泊めてくれたら助かる」


 願ってもない申し出だと提案に飛びついてきた。

 断る素振りなんて一瞬たりとも見せなかったもんだから、断ってくれー! ナニが悲しくて不良と一晩過ごさなきゃいけないんだ! 第二の俺が喚いている……諦めろ、第二の俺。ヨウ、スッゲェ嬉しそうだろ。もう無理だって。

 今さら断れる度胸、お前にはあるか? ないだろ? ん、ないな。んじゃ諦めろ、第二の俺。どう足掻いてもこうなる運命だったんだよ。


 ヴー、ヴー、ヴー。

 ヨウのポケットからまたバイブ音が聞こえてきた。

 「今度は誰だよ」ヨウはメンドくさそうに携帯画面を開いた。また着信みたいで携帯を耳に当てている。しかめっ面を作らなかったってことは、きっと気の置けない奴なんだろうな。ヨウの表情、柔らかいもん。


「何か用か? ん? あ、俺んとこ? 悪い今日、無理だ。俺も泊まらせてもらうつもりなんだ。ケイの家。……ちょっと待ってろ」


 どうしてでしょう、ひっじょうに嫌な予感がします。嫌な予感が。

 こういう時の勘ってスッゲェ当たるんだよな…頼む、気のせいだって思わせてくれ。半端なく汗が噴き出る。祈るような気持ちを抱いていると、ヨウが俺と視線を合わせて片手を出してきた。次の瞬間、爆弾発言投下。「もうひとり泊められそうか?」

 もうひとり? もうひとりって不良をもうひとりってことか?


 ……だよな、ヨウ繋がりっていえば不良だよな。不良をもうひとり、我が家に泊める。嗚呼、目の前が。危うく暗転しそうになったけど、グッと堪えて平常心を装う。「もうひとり?」聞き返せば、ヨウは自分の携帯を指差してきた。


「シズが家に帰れそうにないからって俺のとこに掛けてきたんだ。ケイ、どうにかシズも入れられねぇか?」


 フッ……まさかいっぺんに不良が二人も我が家に泊まりに来るような事態になるとは。誰が予想した、こんな未来。

 けどな、俺、さっきヨウに言っちまったんだよ。最高で三人いっぺんに泊めたこともあるってさ。言った手前、無理なんて、無理なんて……。


「部屋狭いけどいいか? って、シズに伝えてくれ」

「リョーカイ」 


 嬉しそうにヨウは俺の言葉をシズに伝え始める。隣で俺は悶絶していた。


 母さんは普通にOKするだろうけど(不良にはビックリするだろうけどさ)、まさか不良が二人も家に泊まりに来るなんて、来るなんて。

 こんなことになるなら、泊まりに来いなんて言うんじゃなかった! いや、言わなかったら言わなかったで後悔してたから、どっちが良いかっていうと、後々のことを考えて今の方が良い。



 ただ泣きたいのも確か! ……俺ってホント、舎弟になってから運悪い。ツイていない。ロクなことない。俺が何したよ、神様。 




「泣くな、負けるな、田山圭太。お前の未来。まだまだ明るい、明るい筈だぞ……泣きたい」



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