【財閥問題浮上】


 □ ■ □




【竹之内家・母屋の第一書斎にて】




「二階堂財閥提携の企業がまたM&Aをしたか。買収したようだが、相手は三代川財閥提携の企業、か」



 鈴理の父、竹之内英也たけのうち ひでやは書斎に設置している大型液晶テレビを睨んで吐息をついた。

 リモコンを取って電源を消すと、一人掛けソファーに腰を掛けている妻・竹之内桃子たけのうち ももこに話題を振る。彼女はこくりと珈琲を嚥下すると、カップをソーサーに置いて何処も不景気ですからね、と溜息。


 最近は財閥同士の競り合いが激しい。

 小さなところからでも優位に立とうと、財閥同士提携している企業を奪い合っている現状だ。竹之内財閥も例外ではない。不景気の波で財閥が消えていく話もよく耳にする。

 此方と提携している二階堂財閥なら大丈夫と思うが、将来の財閥を見据えるなら繋がりは深めたいところ。


 しかし問題は繋がりを深めようとする連結部分。

 パイプ役ともいえる将来の二世、三世が連結を強めようとしないのだ。


 もっと端的に言えば、我が三女と二階堂次男の仲が芳しくない。

 決して嫌っているわけではない。友としては友好的な関係である。

 だがその先がなんともかんとも。二階堂次男は時折彼女を作って親密な関係を作っているとかいないとか。三女に至っては許婚をそっちのけで彼氏を作っている始末。

 それが財閥界で噂立っているのだから困ったものである。


「豊福くんだったかな。彼は好青年で、以前娘の命を必死に守ってくれた子だ。個人情報だが、彼のことを調べさせてもらった限り……悪い子だとは決して思わない。ああいう子と友人になってくれると、此方としても助かる。安心も出来る。だがボーイフレンド以上の関係になられてしまってはな」


「鈴理も思春期ですから。なによりあの子は自分に対して劣等感を抱いている。家族評価を気にしている。お松さんからよくご報告を受けています。少し、鈴理は変わっていますしね」


 桃子の言葉に英也は間を置いて相槌を打った。

 娘の気持ちは分かっているつもりだ。昔から令嬢の振る舞いを嫌い、我が道を進む子だとは理解している。

 型破りな性格だと理解はしているつもりだが、三女もまた竹之内財閥の令嬢。財閥のため他の姉妹同様、将来を背負っていかなければならないのだ。


 二階堂次男と許婚を結んでいるのも決してお遊びではない。それを両者は理解しているのだろうか。いや子供ゆえ、まだしていないだろう。


「桃子。実は二階堂側から昨日、報告と相談を受けた。財閥同士の“共食い”が激化している。提携企業を取られることも多々だと。財閥同士の提携はより深く結ぶべきではないだろうか? 僕は二階堂家とは友好な関係を築き上げていきたい。それにはおめでたい話が欲しいところ。許婚ではなく婚約に昇格するべきではないだろうか?」


 英也の溜息に桃子は眉を下げた。


「鈴理が受け入れてくれるでしょうか? あの子は大雅令息と友人であろうとしています。何よりあの子は恋をしている。母親として分かるんですよ。あの子がどれほど本気で豊福くんと恋をしているかが。あの子を傷付けたくありません。ああ見えて繊細ですから」


 そう言ってもこれは鈴理一人の問題ではない。竹之内家と二階堂家の将来の存続に発展する問題なのだ。一個人の私情では通らない、問題なのだから。


「近々大雅令息と鈴理を婚約させたい。それが二階堂家の相談なんだよ。桃子。あの子がどう思ってもこれは一人の問題じゃない。二家の問題だ」



 書斎の扉前で盗み聞きしていた次女の真衣は険しい表情で宙を見据えていた。


「結局は娘達ではなく、財閥の将来なのですね。お父様」


  


 

 同刻、御堂家の茶室にて。


 玲の父。御堂源二は深い溜息をついていた。

 どうしたのかと妻の一子が気遣うと、「父から電話があったんだ」複雑な面持ちを作って言う。


「え、義父さまから?」


 瞠目する一子が恐々と用件を尋ねる。


「それがな、玲に見合いをさせろという話なんだ」


 源二は二度目の溜息をつき、頭部を掻いた。

 それは……言葉を濁す一子に源二は困ったと腕を組む。


「父は次の後継者を一刻も早く決めてもらいたいみたいなんだ。玲の男嫌いはご承知の上だろうに」


「二十歳までに身を固めろ。それが義父さまの口癖ですものね。お相手は?」


「まったく分からない。勝手に決めてしまわれているようなんだ。弱った。父の命令には逆らえないしな。玲がなんというか」


 刹那、茶室の障子が勢いよく開いた。

 驚き返る二人の前に立っていたのは我が娘。

 嫌悪感を滲ませている長女は、「僕は見合いなんてしません!」祖父の命令なら尚更だと喝破して、バタバタっと廊下をけたたましく走り去ってしまう。


「やっぱりこうなるよな」


 玲の男嫌いの一因は父にもあるのだと源二は顔を顰めた。


「ようやく恋ができたのに」


 どうしましょう、一子はもう溜息しか出なかった。




 一方、玲は自室に駆け込み、畳まれた敷布団に飛び乗って怒りを噛み締めた。



「何が見合いっ……クソジジイめっ。さっさとくたばればいいんだ」



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