04.「君は分かっていない」





 □ ■ □




「――なんでこうなるんだ。折角、豊福を家に招いて親密度を上げた後、それなりの戯れをしようと目論んでいたのに。ナニが悲しくて好敵手や男とお茶をしなければならないのか。はぁあ、しかもなんで君が僕の隣を陣取るんだ? おかしいだろ?」


「仕方が無いではないか。空が照れてあたしの隣に座らないのだから」


 鈴理先輩、それは違うっす。

 純粋に貴方様の隣に座ると揉め事になると思ったからお断りしたんです。友達の隣に座っていた方が俺の身の安全も確保できるでしょうし。


 それから御堂先輩。

 “それなりの戯れ”ってナニをしようと思ったんっすか? 健全なことっすよね? 俺は彼女にでさえキス以上は認めていないんですから。

 よって彼女ではない貴方様はキスもボディタッチもNG! シたら最後、俺が殺されかねない!


 ブルッと身震いをしつつ、ズズッと薄茶を啜る俺はホッと一息をつく。

 両隣に腰掛けているフライト兄弟も一緒に薄茶をついて一息。


 揃って薄茶のお味を噛み締めていた。

 あーウマイ、このお茶、それなりの値段の味がする。高値の味がする。


 ちなみになんでフライト兄弟がいるかというと、俺が無理やり二人を巻き込んだからだ。


 結局あの後、身売りについてはあたし様と王子から散々叱られてしまい(各々体を大切にしろと言ってくれたけど……だったら押し倒しもやめてもらいたい。俺の体を気遣ってもらいたい!)、それじゃあどうしましょうになったから、鈴理先輩が譲歩案として和気藹々近場の茶屋で談笑をしましょうと話をもっていってくれた。


 御堂先輩は不満気だったみたいだけど、最後は折れてそれに乗っかってくれたから現在に至る。


 フライト兄弟を巻き込んだ大きな理由として挙げられるのは、「攻め女+α」によりかは「攻め女+ααα」の方が心強いと思ったから。


 だって攻め女が二人もいるんだぞ?

 一人だって手一杯なのに、二人をいっぺんに相手しろとか難易度が高すぎる。

 ただでさえ二人とも心身押しが強いんだ。一人で相手にしろとか、貞操を差し出せといわれているようなもの。


 なによりも自分の身が可愛い俺はフライト兄弟を巻き込んだというわけだ。

 可哀想に、巻き込まれた二人はゲンナリした顔でお茶を啜っている。


 まあ二人が大人しく巻き込まれてくれたのは、タダで茶屋のお茶を啜れる、というのもあるかもしれない。


 なにせ、茶屋の費用はすべて親衛隊持ちなのだから。

 財布代わりにされて可哀想だと思う反面、ちょっと自業自得だよなぁと薄情なことを思う俺もいる。マジでベルト鞭は痛かったんだ。


 どんな状況下でも、リンチ紛いなことはしちゃいけないってことだよな。

 お天道様はちゃんと日頃の行いを見ているって父さんは言っていたぞ。罰が当たったに違いない。


 隣の席で涙を呑んでいる親衛隊を見なかったことにし、俺は目前のみたらし団子に舌なめずりをする。

 最近、ご馳走ばっかり食べられるよな。贅沢ばっかりしていいんだろうか? いやでも久々のみたらし団子……あ、そうだ!


「お箸とかないっすかね。串に刺さっている団子をバラにしたいんっすけど」


 なんでバラにするのだと首を捻る周囲、「ま。まさか空」鈴理先輩だけが顔を引き攣らせて全力で止めてきた。


「空。大体予想はつくが、さすがに茶屋では包んでもらえないぞ。寧ろみたらし団子は串に刺さっている団子を食べるのが醍醐味だ! 形も崩れるだろ!」


「でも五つも串に刺さってるんっすよ。三つは俺が食って、残りの二つは両親の土産に」


「やっぱりそうか。それを持って帰られてもご両親は苦笑いしかしないと思うぞ! バラしても結局は食べかけだろ!」


 むむっ、俺は眉根を寄せて確かにと頷く。

 両親には美味しく頂いてもらいたい。

 どうしても土産として持って帰りたい俺は、「じゃあこれはどうっすか?」案を出す。


「みたらし団子の団子の部分を二個分だけ後で買ういます。ここのみたらし団子は1セット200円で割高だし……二個分買えば147円で納まるっすよ」


「そうきたか。団子の部分を二つだけ、なんて無理に決まっているだろう」


「なんでっすか?! 二個分のお金は払うんっすよ? ケチっているわけじゃない、二個分の団子は払う。立派にお客さんしているっすよ!」


 どうしても俺は両親に土産を持って帰りたい。

 俺だけ贅沢しているなんて申し訳ない。

 こうしている間にも父さんと母さんは、汗水たらして働いている。


 息子の俺は後ろめたいと思うわけだ。


 昨日だって父さんと母さんが、やきそばの具の殆どを俺に提供してくれた。具なんてもやしとキャベツしかなかったのに、だけど、それさえ息子に譲る。

 ソース味の麺のみを食べるなんて、味気ないそのものだったと思う。


 食べ盛りだからと称して俺に具を提供するウチの両親はどんだけ親馬鹿だ。


「ダイジョーブです。お金は出しているんっすから、お店の人だってそれくらいはしてくれるっすよ! 俺はぜぇえったい二個分だけみたらし団子の団子の部分を買います」


「両親至上主義とケチが掛け算するとなんて面倒な性格になるんだ……あたしの彼氏は。だがそこも愛せるのがあたし。だったら空、後でご両親の分の団子をあたしが買ってやる。それでいいだろ?」


「見返りが怖いっすよ!」


「ははっ。バカだな、空。また目隠しプレイをしてもらうだけだ」


 やっぱり下心ありっすか、だったら自分で買います! 俺はお店の人に交渉して二個分を「土産はこれでいいのか?」


 ……へ?


 俺と鈴理先輩は間の抜けた顔で、テーブルに置かれたビニール袋の中身を覗き込む。

 そこには言い争っていたみたらし団子が二本。視線を上げれば、御堂先輩がこれでいいんだろうとイケメン(イケウーマン?)に綻んできた。どうやら俺達が言い合っている間に御堂先輩が買って来てくれたらしい。


「なあに心配するな。僕持ちじゃないから」


 キラッキラした笑顔を振り撒く男装少女。

 俺はチラッと向こうのテーブルを見つめた。そこにはシクシクと泣いている柳先輩の姿が。


 あぁああ、なんかすみません。俺のせいでまた奢らせてしまって。

 だけど感謝です、どうもです。おかげで親への土産ができました。


 ぶうと脹れている鈴理先輩は余計な事を、と唇を尖らせた。


「空に体で支払わせようと思ったのに。玲はKYだな」


「僕は嫁のために動いただけだ。なにせ豊福のご両親は、僕にとって未来のご両親になるのだから。孫の顔も見てもらいたいし、彼のご両親には体を大事にして欲しいんだ」


 ゴフッ、ゲホッ、お茶を啜っていたフライト兄弟が揃って噴き出しそうになっていた。


 俺は俺で石化している。本気で言っているんっすか、御堂先輩。

 え、まご、孫ぉ? それって俺達の子供のお話っすか? ……ヤだなぁもう、ご冗談が上手いんっすからぁ。


「そりゃあ御堂先輩のお子さまは見てみたいっすけど。きっと御堂先輩に似て、イケた子が生まれるんでしょうね」


「僕は男の子と女の子、両方欲しいな。豊福」


「……えーっと四人家族構成ご希望っすかぁ」


「もっと欲しいなら頑張るぞ」


 ニコニコッと笑顔を向けてくる御堂先輩に俺は、空笑いを浮かべたまま不自然に視線を逸らした。


 駄目だ、完全に彼女の家庭図に俺という人間が入ってしまっている。

 どうしよう、俺、彼女の脳内で既に結婚しちまっているよ。架空の俺は既婚者になっちまった。しかも妻子持ち。ああっ、どうしたものかねぇ。


「いやぁ。俺には彼女が」


 やんわり無理ですアピールをしても、


「結婚するわけじゃないだろ?」


 だから今はこのポジションで我慢しているのだと御堂先輩は頬杖をついた。


 結婚うんぬんかんぬんをこの歳で考えるには早過ぎる。法律上、男は18歳にならないと結婚できないし。

 お付き合いイコール結婚するなんて、十代の恋愛ではそう簡単に考えてはいないと思うんだ。結婚は生涯のパートナーを決めるもの。将来の財閥を背負う皆さんとは価値観が違う。


 俺と鈴理先輩だってお互いに結婚のことなんて考えたことはないしさ。


 率直に物申す俺の意見に、「食いたいとは思っているがな」我が彼女が攻め顔でニヤリと笑った。


 この人は……どーしてそういうことしか言わないんだろう。

 溜息をつく俺はみたらし団子を手に取ってそれにかぶついた。

 口には出さないけれど、鈴理先輩には大雅先輩という許婚がいる。お付き合いで手一杯の俺には、結婚とか大それた行事ごとを想像したこともない。


「御堂先輩は許婚さんとかいないんっすか?」


 ふと疑問を抱いた俺は、御堂先輩に視線を投げた。


「男は好きじゃないからな。許婚などすべて切ってしまった。今は婚約者がいるけれど」


 俺のことっすか? そうっすよね? 婚約してませんからね。


「素朴な質問ですけど、絶対に許婚っていないと駄目なんですか?」


 それまで静聴していたエビくんが口を出してきた。


「駄目というわけじゃないぞ」


 男嫌いの御堂先輩が若干不機嫌に返答するけど、そこまで嫌悪感を表に出さないのは彼が俺の友達だからだろう。

 絶対にいないと駄目なら御堂財閥はとっくに終わっていると肩を竦める。


「一応世継ぎが必要だからな」


 親同士が勝手に許婚を決めているのだと、鈴理先輩が補足した。


「財閥同士で許婚を作るのは、血筋を作ってより深い提携を目指している。と、言ったところか」


「へー。なんか大変なんだなぁ、財閥の世界も」


 アジくんが庶民の自分には分からないと言いながら、みたらし団子を口に押し込む。


「だけど今の時代、血筋や身分、政略結婚なんて古風な考えも薄れているから、空達は大丈夫だよな。鈴理先輩とお前、大丈夫っぽいし」


 アジくんがニッと男前に微笑を浮かべた。

 笑みを返した俺だけど、内心ではアジくんの言葉を否定している。身分の壁は今も健在している、と。


 今は悶々悩んでも仕方がないんだけどさ。すぐに二人が結婚するわけでもないし。


 カラン、突然中身の入った湯飲みがテーブル上で転げた。


「あっち!」「玲、あんた!」


 湯飲みを倒してしまったのは御堂先輩、お茶が制服に掛かっている。

 鈴理先輩にまで被害が及んだようで、彼女のブレザーにもお茶が掛かっていた。

 大丈夫かと声を掛ける前に、手洗いで汚れを落としてくると御堂先輩が席を立った。倣って席を立つ鈴理先輩も手洗いで汚れを落とすと告げ、最悪だとブツクサ御堂先輩に文句を飛ばしていた。

 揃って手洗い場に向かう二人に俺は心配の念を抱く。大丈夫かな、火傷とかしていないといいけど。


「……今の、わざとじゃ」


 「え?」俺は独り言を零すエビくんに驚いて、思わず凝視。アジくんもまさか、と凝視している。

 当の本人はちょっと間を置き、眼鏡のブリッジを押して気のせいかもね、と曖昧に笑みを浮かべた。


 きっと気のせいだ、繰り返すエビくんに俺達は顔を見合わせる。

 ちゃんと事故現場を見ていなかったから強くは言えないけど、少なくとも俺の目にはわざとには見えなかった。見えなかったよ。


 

 □



 ところかわって女子トイレ。

 手洗い場でハンカチを濡らし、制服に飛んだ茶を拭っている鈴理は「それで?」なんでわざと茶を零したのだと相手に詰問している最中だった。


「あたしに話があるから、こんなことをしたのだろう?」


 クドイやり方だ、鈴理は鼻を鳴らして相手を流し目にする。

 何の話やら、玲は目前の鏡越しに好敵手を捉えておどけてみせた。白々しいこと極まりない。


「誤魔化されないぞ」


 制服まで汚して、自分に何の用だと鈴理は玲に質問を飛ばす。

 おふざけをやめたのか、玲は濡らしたハンカチを絞って学ランについた茶を拭いながらそっと口を開くいた。


「豊福という男は関われば関わるほど面白いな。良くも悪くも純粋というか、ケチというか、なんというか……まったくあの性格には惚れるよ。攻めたくなるのも分かる」


「まさかその話のためだけにあたしを誘い出したのか?」


 だったら汚れ損だと鈴理は舌を鳴らした。

 玲に謂われずとも、そんなことは十も百も千も知っている。鈴理にとっては今更な話だった。


 不機嫌にハンカチで制服を擦っていると、


「君はあの男を守っているようで守られているな」


 意味深な台詞を向けられた。

 手を止めて、好敵手を見やる。鏡越しに目が合った。


「守られている?」


 どういう意味だと玲に尋ねる。

 彼女は平坦な声音で、率直な気持ちだ。聞き流してもいいと肩を竦めた。


「表向きでは豊福を守っているようで、内側じゃ豊福に守られている。そう思っただけさ」


「まったくもって意味が分からないのだが」


「なあ鈴理。何故、大雅と許婚を白紙にしないんだ?」


 鏡面から視線を外し、体ごと振り返ってくる玲は鈴理に聞いた。どうして幼馴染みとの関係を白紙にしないのか、と。


 お互いにその気がないことは知っている。

 とはいえ、財閥のことを考えていないわけではないだろう。許婚とは別の形で竹之内財閥と二階堂財閥の間を取り持てばいい。


 それを知っているくせに、何故許婚という関係を白紙にしないのか、玲には不思議でならなかった。


「なんであんたにそんなことを言われなければいけない」


 鈴理の反論に、「気付いていないのか」それとも気付かせないよう向こうが努力をしているのか、玲は険しい面持ちで相手を見据えた。



「鈴理、豊福が許婚の存在を気にしていないと思っているのかい? まさか、彼が気にしてないとでも本気で思っているのかい?」



 瞠目する鈴理に呆れたと玲は吐息をつき、


「だから君は守られているんだ。だって君は彼の不安に気付くことさえできていないのだから」


はっきり物申す。


「気付くことさえできないのは、やっぱり彼が気付かせないよう努力しているからか」


 愛されているな、チクリと嫌味を飛ばし、玲は冷ややかな眼を作る。


「自分の事も儘ならず、中途半端に彼を落とした。その結果がこれだ。せめて許婚の件を白紙にしてから、彼を落とすべきだったな。だったらまだマシな状況だったろうに。いつか、傷付く日が来るのならばそれは君ではなく、確実に彼だ。


 なあ、鈴理。僕がどうして彼に惚れてしまったと思う? 可愛いから? 面白い性格だから?

 違う、無性に守りたい衝動に駆られたからだ。初めて会ったあの日の夜、ロビーで見た彼の切なげな姿を見て、僕は本能的に思ったんだ。守りたい、と。


 最初こそ否定したけれど、会うごとに僕は確信していった。

 守っていきたい男に出逢ったのだと。もっと深く知りたい男に出逢ってしまったのだと。一種の一目惚れなのかもしれないな。


 親衛隊の一件で肝が冷えた。まさか、財閥界だけにとどまらず学校内でも、心苦しい目に遭っていたなんて。君は自分の立場も、取り巻く環境も、彼自身についても分かっていない。本当の意味で何も分かっていない――そんな君に、僕は絶対に負けない。そう宣戦布告をしたかっただけだ」


 サッとハンカチを学ランのポケットに仕舞うと、玲は好敵手から視線を外して踵返す。

 そのまま颯爽と女子トイレから出ようとしていた玲だったが、不意に足を止めて背後にいる鈴理に言う。

 守るという力は手腕の強さで決まるものじゃない、相手を思いやる気持ちの度合いで決まるものだと。


「君の彼氏は本当の意味で君への思いの強さが強い」


 それを二度目ましての時に見せ付けられてしまった。

 そこまで愛されていることが、今じゃ妬ましい。ああ妬ましかった、正直に言おう。嫉妬した。


「彼はどんなに受け身を取っていても、根っこでは男を貫いているのかもしれないな。それが君の隙であり弱点でもあるのかもしれない。表向きのヒーローなら、すぐにポジションが奪えそうだ」


「……弱点」 


「長い付き合いだからこそ、君に教えておいてやる。今の君じゃ無理だ。君じゃ豊福のヒーローにはなれない。だって君は彼に守られているのだから」


 凛と澄んだ声音が女子トイレの静寂を切り裂く。

 向こう側から聞こえてくる賑わう店内のBGMさえ、今の女子トイレには届かない。届かなかった。


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