22.ファイト!一発!のCM風に



 息が切れても全力疾走、腹部が痛んでも以下同文、怪我の箇所が悲鳴を上げても以下同文。生き延びるために俺達は走る。

 怪我のせいで脂汗が滲んでくる俺に対し、「おぶろうか?」まだ体力に余裕のある先輩が声を掛けてくる。


 いやいやいや、冗談じゃないっす。それじゃあ先輩に迷惑掛けるっすよ。各々の足で逃げた方が追っ手からも距離が置けるだろうし。


 枯れたような雑木林を抜けると道路に出た。

 視界が悪いけど踏み心地からこれはアスファルト、確かに道路だ。しめた、これを辿ればどこかの町には辿り着く筈……何キロ、何十キロ先になるか分からないけど、いつかは辿り着くだろう。


 道は道だ、どこかの町には繋がっている。

  

「ん、車の音が……」


 道路に立つ彼女は後方を睨んだ。

 ここらを通ってくれる親切な車がいるだろうか? いや、いるかもしれない。

 だけど俺等を攫った誘拐犯達も車を使った。と、いうことは救世主到来よりも、地獄の門番到来の方が可能性的に大。逃げろっ!


 俺達は再び雑木林の中に逃げた。

 足で逃げる俺等に対し、向こうは車、どちらが有利かなんて謂わずもだろう。


 俺達の姿を捉えたのか、道路を走っていたワゴン車が停止する。


 パンッ――風船の割れるようなケタタマシさが聞こえてドッと汗が噴き出た。

 後ろを振り返れば、例のイカついオッサンにスキンヘッドオッサン、マジで俺達を殺す気だ。もはや誘拐どころじゃない。これは殺人未遂だ。


 闇夜にも関わらず逃げる俺達の足元を、輩は的確に射撃してくる。

 銃弾が掠めたのか、先輩が前のりになった。つんのめる彼女の体を支え、大丈夫かと声を掛ける。頷く先輩は懸命に歯を食い縛って足を動かしていた。素晴らしい根性だ。俺も見習わないと。


 だけど、このまま闇雲に逃げ続けてもいずれは捕まる。なにか、なにか逃げ延びる手立ては……。


 泣きそうだ。

 手立てという手立てが思いつかない。

 どんなに偏差値の高い高校に行こうと、勉強ができろうと、俺は頭が良い人間ではないことを実感する。本当に頭の良い人間ってのは、咄嗟な場面でも機転が利く奴を指すに違いない。


 救いといえば、鬱蒼としている雑木林が俺達の身を隠してくれるってことくらいだ。


「うわっ」


 よそ見をして走っていたせいか、俺は足元を取られてそのまま転倒しそうになった。

 急斜面に対応できず、足が取られてしまう。深い雑木林なのか、向こうに見えるのは急な下り坂。否、崖と呼んだ方がいい。

 高所恐怖症の俺にとってそれは、文字通り、地獄に落ちる他ならない。


 暗い向こうに体が吸い寄せられる。

 同じように足元を取られて転倒しそうになっている彼女は、バランスを崩して崖の方へ。


「鈴理先輩!」


 咄嗟に右手で彼女の手を掴み、左手で細い木の幹を掴む。

 幹の表面がつるつると滑った。ごつごつとした木の皮じゃなく、美肌みたいにつるっとした木の幹は摩擦が少ない分、握り難い。

 しかも俺自身、彼女の手を取った時にバランスを崩しているから、足が思うように踏ん張れない。ついでに横っ腹も痛い。引き上げられるだけの力がない。


「空っ、手を離していい」


 先輩は突拍子もなく阿呆な事を言い出した。

 畜生っすよ、その台詞。そりゃ映画ドラマではお決まりの台詞っすけど、此処じゃ受け付けないっすからね!


「馬鹿なこと言わないで下さい。怒るっすよ、今すぐ引き上げますから。ちょっと待ってて下さい」


「崖に落ちても助かる道はまだ残されている。空はあたしの手を離して、此処からすぐ逃げるんだ。いいか、命令だぞ」


 こんなところであたし様を発揮っすか。つっくづく自己中心的なお嬢様ですね。そんな貴方様が大好きな俺って、かんなりの重症者っすよね。

 こうやってお互いを想い合っている俺達って激ラブラブですよ。川島先輩か大雅先輩辺りに揶揄されそう!


「あたし様を超発揮してくれても、イヤと言いますからね。聞けない命令っす!」


「高所恐怖症だろう。一緒に落ちたらどうする、逃げろ!」


 ははっ、高所恐怖症?

 そうっすよ、今も超怖くて怖くて怖くて半泣きっす。でも俺は目の前で彼女を失うことの方がベラボウに怖い。

 もう、目の前で大切な人が傷付く姿は見たくない。


「落ちて逃げ道あると言うならお供します。怖い景色も先輩と一緒なら、どうにかなりそうな気がします。だって俺、高所恐怖症なのに見れたんですよ。たかいホテルの窓から見える綺麗な夜景を」


 それに運命共同体って言ったじゃないっすか。

 今の俺はヒーローなんですから、ヒロインといつでもどこでも一緒じゃないと。



「落ちるところまで落ちて来いと言ったのは貴方です。例え、この手を離しても後から俺は落ちるだけ――どうせ二人とも落ちるなら、俺と一緒に落ちましょう?」 



 高所に震えつつも俺は強がる。

 だって強がらないと示しがつかない。


「この馬鹿」


 先輩は我が儘のトンチンカンと毒づいてくれた。光栄っすね。褒め言葉として受け止めておきます。

 追っ手の気配を感じ、「いきますよ!」俺は声音を張ると左手を離して大好きな彼女と一気に斜面を滑り転げる。

 落ちる際、小さな体躯を腕に閉じ込めた。ちょっとでも彼女の衝撃が和らぐよう。


 これは庇う、じゃない。守る、だ。

 男として大好きな彼女を守りたい一心で腕に閉じ込める。


 好きな女をひとり、守ることもできない男なんて男じゃない。受け男と名乗る資格もない。

 どんなにリード権を手放そうと、キスやセックスでどうこうされようと、お姫様抱っこで小っ恥ずかしい思いをしようと、率先して女を守りたいこの気持ち、これだけは譲っちゃいけないんだと思う。


 いくら彼女が合気道をやっていようが、雄々しかろうが、攻め攻め女だろうが、彼女は女性。根では孤独を抱えている、俺の大好きな女なんだよ。


 精神的にいつも俺を守ってくれようとしていた彼女に、今度は体で俺が返す番。全力で俺は彼女を守る、守るんだ。 

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