04.何卒、ノーマルに宜しくお願い申し上げます。


 鈴理先輩の次の行動に硬直と赤面と思考停止。

 だって今度は先輩が俺を横抱き、所謂お姫様抱っこをしてきたんだ。あの先輩、俺、一応貴方様より身長も体重もあるんですけど、あるつもりなんですけど、何故に持てるんですか。怪力? 怪力の持ち主なんっすか?!


 疑問を口に出していたみたいで、先輩はにこやかに答弁。


「これでも護身術が使えるまでに体は慣らしてあるんだ。財閥の娘というのも何かと習い事等々をさせられて大変なんだぞ。だから平均並みの腕力はある」


 それに攻め女の夢の一つだからな、男をお姫様抱っこ。することにより自分は憧れの王子キャラになれる。ケータイ小説のような王子キャラになれる。素敵ではないか。

 なんて笑顔で説明されても、俺、困るっす。俺の人生で初めてだよ、女性に横抱きされたなんて! てかお姫様抱っこ自体が初めて!

 愕然としている俺を余所に颯爽と先輩は何処かへ歩き出す。


「お、下ろしてくださいっす! 何処に行くんっすか!」


「空に気持ちが伝わる場所だ。そう、空の不安がなくなるまで気持ちが伝えられる場所に移動する。安心しろ、人目のつかない道を通るから。本来なら人前で堂々と歩くのが王道なのだが、照れ屋な空のために人通りの少ない道を通ってやる」


 い、嫌な予感。

 もしかして先輩が向かう場所って、向かう場所って。


「ああそうだ、空。移動の間、少しは勉強してろ。ばあや!」 


 顔を引き攣らせていると鈴理先輩が教育係のお松さんを呼んだ。サッと俺等の前に現れるお松さんは(この態勢めっちゃ恥ずかしいんだけど!)、素早く俺に本を手渡して姿を消した。

 相変わらずのお松さん。何者なんだ。お忍びの末裔なんじゃねえの?

 疑念を抱きながら俺は手渡された物に目を落とす。渡されたのは本っぽいんだけど。


 タイトルは何々……。



『肉食系俺様男子と天然少女のわぁおな物語』



 うーん、これは所謂恋愛小説ってヤツっすか。ヤツっすよね。

 取り敢えず本を開いてみる。うわ、横文字で字が並んでいる。読みづらっ! もしかしてこれ、ケータイ小説が文庫本になったヤツか? 先輩がハマッているヤツだよな。俺、携帯なんて持ってないからどういうものか分からないけど。


 俺がちょっと本に気を取られている隙に、先輩が場所の移動を始めていた。


 ハッと我に返った俺は「下ろしてくださいっす!」先輩に必死に訴えた。腕の中で暴れてやりたいけど、先輩に怪我させるかもしれないから下手に暴れられないしさ!


 ギャンギャン騒ぎながら身を捩っていると、


「あ、噂のカップル。ついに捕まったんだ」


通り過ぎる生徒達の談笑が聞こえてきた。


 ちょ、そこの人達、談笑するような話題じゃないんだよ、これ! 俺に危機が迫っているんだよ! あ、今、そっちのヤツ、俺のことを鼻で笑いやがったな! 俺が望んでお姫様抱っこをされていると思っているのか?! ンなわけあるか!


 そうこうしている内に鈴理先輩は体育館裏まで足を運んでいた。

 正確には体育館裏の古びた倉庫前に足を運んでいた。此処は古くなった用具を一時的に保管する場所なんだって。


 俺、まだエレガンス学院に入学して時がそう経ってないから分からないけど、先輩はよく学院のことを知っているようだ。


 行儀が悪いことに先輩は引き戸式の倉庫の扉を足で開けた。


 丁度、扉が開いていたんだ。


 隙間が空いていたからそこに足を引っ掛けて堂々と倉庫の扉を開けた。

 まさか故意的に開けられていた? そんな気がしてならないんだけど。用意されたように積み重ねられたマットがそこにあるんだ! 絶対に下準備していただろ。ほんとに俺ピンチ!



 ドス――。


 「アイデ」マットの上に落とされて俺は衝撃に顔を顰める。


 しかし、そうもしていられない。倉庫の扉を閉めちまった先輩がこっちに向かって最高に意地の悪い笑みを浮かべてきたのだから!


 め、目が本気だ。これはちょ、本当にやばいって。やばい。貞操の危機なんて軽々しく口に出来るもんじゃないくらい、やばい。

 俺は咄嗟に持っていた本を開いて、そっちに話題を持っていった。


「せ、先輩ってこういう恋愛小説が好きなんっすか? タイトルが肉食系俺様男子だなんて、なんかワイルドっすね!」


 どの角度から見ても、タイトルが物騒極まりないと思うのは俺だけだろうか。


「そうだ。とてもワイルドだ。そのワイルドさにあたしは憧れている。空、試しに八十二頁を読んでみろ」


 八十二頁? 凄いな、ページ数を覚えているなんて。それだけこの本が好きなんだな。


 ページ数を言われて、俺はおもむろに八十二頁を開いて目で字列を追った。




【第三章 野獣降臨】

 ―先輩のバカ!①―


 その時、私は油断していた。体育館倉庫に用事があるからって先輩について行ったら、倉庫に入った瞬間、前触れも無しに先輩に押し倒された。先輩は私をマットの上に押し倒すなり、こう言った。


「食らいてぇ」


「あ、キャ、や……ヤダ。先輩、こんなところで恥ずかしい」


 あわわ、何処に手を入れているの! 先輩は先輩で止まらないし!


「知るか。俺のやりたいようにやる。お前は黙って流されればいいんだよ」


「お、横暴!」


「そういう舐めた口を利く悪い子には仕置きだ」


「やだぁ! 先輩の肉食ー!」


「鳴くことは許してやるよ。たっぷり鳴け」



(それからあれよあれよと流される主人公だった。まる)



 ………。


 うん、まあこれはあれだな。あれ。なんていうか、そう、恋愛小説だな。

 すごく過激的で非現実的な恋愛小説。まず倉庫でナニをヤッているんだよ。人が来ちまったらおしまいだろ。いや、似たような状況に置かれている俺も人のことは言えないけど。

 俺は自己完結するように一つ頷いて静かに本から目を放し、先輩を遠目で見つめた。


「先輩。つかぬ事をお聞きしますが、先輩って男のポジションに憧れているんっすよね」


「毎日のようにそう言っているではないか。男のポジションをぶんどる、それがあたしの夢の一つでもある」


 当然と言わんばかりに腕を組むあたし様。俺は相槌を打つ。


「ですよねぇ。じゃあ、先輩に狙われている俺って必然的に女のポジションになるっす」


「そうだな。何か疑問でも?」


「疑問だらけですよ。先輩、この本のように『こんなところで恥ずかしい(キャッ!)』とか、『先輩なら何されても(ドキドキ)』とか俺に言って欲しいんっすか? 男の俺が言っても面白味も何もないでしょーに」


 寧ろキショイと思うぞ。俺がそんなこと言った日にはオカマの道に走るかもしれない。走った方がマシなような気もする。


「馬鹿だな、空。あたしはそれを楽しみにあんたを襲おうとしているのだぞ」


 え、笑顔で言う台詞じゃないから! 犯罪めいた言葉だから、それ!


「無理っすよ!」


 俺は絶対に無理だと先輩に訴える。

 こんな可愛らしい言葉(艶めかしい台詞)を、俺が言えるわけないじゃないか!

 こういう言葉は女性が言ってこそ魅力的に見える。聞こえる。そう、女性の特権だと称すべき台詞。俺には無理だ。絶対に無理だ。言ったら最後、本人がゲロを吐く。おぇおぇ。

 何度もかぶりを振って無理だと訴えている間にも、彼女が我が物顔で俺の上に乗っかってきた。嬉々に満ちたその顔に見惚れる俺、がいるわけもなく、大焦りで先輩を宥める俺がいた。


「ちょ、先輩。落ち着きましょう! 早まっちゃいけないっす! 国のおっかさんが泣くっすよ! ついでにおっとさんも泣くっす!」


「おっとさんもおっかさんも泣かないが、空が今から鳴く。お? 今のはなかなかグッジョブな掛け合いじゃないか?」


「ゼンッゼングッジョブじゃないっすよぉお! ぎゃぁああボタンを外さないで下さい!」


 カッターシャツのボタンを外しに掛かる先輩に俺は大パニック。

 それさえウキウキと胸を躍らせている先輩がいるもんだからマジ、泣きたい! って、今、シャツの第一ボタン外したっ! ギョッ、気付いたら三番目まで外されている⁈ ギャー! ストップ暴走本能! 清く正しく誠実に生きましょう! 本能のままに生きてはいけない時もある!


 さあ落ち着いて。理性を保って。此処は清らかに、穏便に、事を話し合いで済ませましょう。

 だって俺達はお互いに未成年。若気の至りじゃ収拾つかない。お互いにそういうアダルティーな世界を知るに早いお年頃! 世の中には知っている方々もいらっしゃるけど、俺達はまだ知らなくても良い! というか知るのが恐いです、俺!


「せ、せ、先輩! 俺、責任取れないっす! 最悪退学になるっすよ!」


「安心しろ。あたしが責任取ってやるから」


 ンまぁ、惚れてしまいそうな頼りがいのある台詞。じゃなくて!


「こ、こ、こ、こういうのはお互いのためにならないっす! まだ俺達恋人でもないっすよ!」


「言ったろう? 空に気持ちをちゃんと伝えてやる、と。空はあたしが嫌いか?」


 声を窄めて悲しそうな声を出されたら俺も、ちょっと良心が痛む。別に俺は先輩のことが嫌いじゃない。先輩のやらかしてくれる問題行動が本当に嫌なら全力で拒絶しているよ。全力で嫌悪感を出している。

 それが出来ないのは少しならず、先輩に気があるからで。

 「嫌いじゃないっす」気付けば、口が動いていた。


「嫌いとかそういう問題じゃなくて。順序っていうのがあると思うっす。俺は身分とか、身形とかで、何かと先輩から逃げていたっすけど。あ、積極的なアプローチで逃げたのは仕方が無いと思って下さいっすよ? あれは先輩が積極的です。過ぎるのが悪いっす」


 でも先輩の気持ちは伝わっている。

 俺は色んなことから先輩から理由を付けて逃げていたけれど、意識していないわけではない。


 あんなにアプローチをされたら、意識せざるを得ないんだ。


 雄々しい攻め方をする彼女は本当に”俺様”のようなやり口で俺を落とそうとしている。傲慢で、勝手で、周囲の迷惑を顧みずに俺を好きだと言う。しかも女扱いにして人の矜持を砕いてしまう。


 良くも悪くも意識してしまうじゃないか。


「先輩が上級生から告白されたと聞いて動揺した俺がいました。貴方から逃げてばかりなのに、どこかで取られたくないと思ったんですよ。我儘にも……あーあ、先輩は俺を彼氏にしたいんですか?」


「名目は彼氏。だが、あたしが欲しいのはカノジョなんだ」


 つまるところ彼女は、男女関係はそのままに本来立つべきポジションとは反対のポジションを手にしたいのだという。


 「昔からそうなんだ」恋愛小説や漫画を読むたびに、主人公(ヒーロー)に憧れを持つ先輩。傍らのヒロインに魅力を感じず、常にヒロインを守る男ポジションに羨望を抱いていた。それは変えられない気持ちだと鈴理先輩は語ってくれる。


 カッコイイものに憧れを持っているのかもしれない。自己分析する彼女に苦笑してしまう。カッコイイものに憧れるなら、俺様や鬼畜は論外だろうに。


 未だに腹の上に乗っている彼女を見つめ、その場しのぎに頭部を掻く。


「まずはお付き合いから、じゃ、駄目っすか?」


 真ん丸お月さんのような目が驚愕をあらわにしている。俺は続けた。


「彼氏にはなれても、先輩の求めるカノジョになれる自信はないっすよ。キャッ、先輩、ここじゃ駄目だよ! あーれー……みたいな、べらぼうなヒロインになれる自信はないっす。一抹もないっす。だけど」


 まるで何もかも俺の気持ちを見透かしたかのような双眸が、期待を寄せて言葉を待っている。


「強引な貴方に意識しているのも確かなんです。だから、まずはお付き合い。お互いを知るためにお付き合い、そういうのでもありっすか? 変わり者の貴方をもっと知りたいと同時に、俺自身の気持ちも知りたいんです」


 アジくんは俺にこう助言した。 


『お互いが恋に落ちて恋人、だけが恋愛じゃないだろ? 色んな恋愛があってこそ、恋愛って面白いと思うぜ』 


 理由を付けて逃げてないで、まずは自分の気持ちを知るために付き合うってのも有り。


 そうアジくんは助言してくれた。だから鈴理先輩に提案する。お互いを知るためと気持ちを知るためのお付き合いから始めませんか? って。


 鈴理先輩からしちゃ卑怯な案かもしれない。こんなにもアピールをしているのにこの期に及んで、付き合いに尻込みするか、と。


 分かっている。先輩にとっちゃ嫌な提案だってこと。でもこれが先輩に対して出来る、俺の精一杯。意識は芽生え始めているけど、どれだけ先輩が好きか俺自身分かっちゃないのに、こういう男女の営みは駄目だって思うんだ。

 後々お互いが傷付くかもしれない。特に先輩は女性だ。男の俺より、情事後のことで色々気遣うだろうし、仮に辛い目に遭うとしたら先輩だ。


 学生のうちから若気の至りを経験しなくともいいとは思うけど、もしもそういう場面に出くわすなら、やっぱり気持ちが通じ合った合意の上が良いと思う。


「それじゃ駄目っすかね?」 


 おずおずと先輩に意見を求める。俺の言葉に呆気に取られていた先輩だったけど、見る見るうちに笑顔を零す。破顔する先輩は年齢相応の女子の顔だった。


「そーら!」


 俺の名前を呼ぶと同時にギュッと抱きついてくるものだから、俺はプチパニック。

 こういう時、俺はどうすれば! 抱き締め返す? 押し返す? ああっ、くっそう、何も出来ない俺のドヘタレ! 受け身男! 根性なし!


「好きだ、空。覚悟しろよ、本気で落としてやるから」


 耳元でボソッと呟かれた言葉に俺は赤面。なんっつーの、こういう状況。腰が砕けたっつーの? 駄目だ、先輩が男前、じゃない女前過ぎて俺、自分が男かどうか性別に疑問が出てきたよ。俺、超女々しいっていうか女じゃないですか。言葉に赤面するって、ほんと超女。嫌だー、俺も男前になりたい。

 視線を合わせれば、自然に顔を近付けてくる鈴理先輩の姿。

 極自然にキスをしてくる先輩は本当に女前だ。完全にリードされている。何をどうすればいいのか分からず流されている俺はそれを受け入れるしかなくて。


 だけど今までと違うのは、抵抗しなくなったってこと。だって決めたから。もう理由を付けて逃げないって。相手がどんなに肉食系攻撃型女子だとしても、俺から付き合いの話を出したんだ。逃げるっておかしいじゃないか。此処だけでも男、見せたい。

 ソフトキスから深いディープキスに変わっても、俺は抵抗をしなかった。


 ただ、どう応えれば分からないから流されている。


 先輩、どこで覚えたんっすか。ディープキスって大人のキスを。てか、息が続かない、そろそろ思考回路がショートしそうっす。

 先輩。がっつりとキス深めるのはいいっすけど、いつまでこれ、するんっすかね。


 なんかやっばいって。

 苦しいにプラス、快感と妙な気持ちが出てきている。絶対にやばいから!


 俺だって一応、思春期真っ只中の男の子! これ以上は危険! ストップ暴走本能! 清く正しく誠実に生きましょう!


 さすがに苦しいって先輩の肩に手を置いて訴えるんだけど、先輩、まるでそれを見計らったかのように更にキスを深くしてきた。


 もう無理、限界だって言っているのにこの人くさ! 息が続かない、ほんっと苦しいから! なんか感覚がなくなってきたよ。足元がフワフワしてきたっていうかさ。酸欠で失神しそうっていうかさ。何が起きているのか状況判断さえ危うくなってきた。

 「はぁっ」ようやく先輩から解放された時には、息も絶え絶え。酸欠で思考がまったく回ってない。ゼェゼェ息をついている俺に対し、先輩はケロッとしている。


 何なんだこの人、テクニシャンか? テクニシャンなのか? くっそう、なんか悔しいぞ。

 見下ろす鈴理先輩は俺に一笑。


「今日から空は正式にあたしの所有物だな。ああ、恋人とも言うな」


「はぁっ……はぁ。是非とも恋人でお願いしますっす。あー息が……先輩、俺が苦しがっているのに気付いて……ワザと深くしたでしょ?」


 問い掛けに鈴理先輩はニヤリ。


「好きなヤツほど苛めたいというではないか。ケータイ小説でいうと、そうだな、『ドS』という分類の気持ちに属すると思う。今のあたしはドS女だな。どうだ? ときめいたか?」


「なるわけないっす……ふ、普通に恋愛しましょーよー。ほんと、死ぬかと」


「そういう顔をされるから、攻め女は止められないんだ。やはりあたしは男にされるのではなく、あらやっだぁその他諸々のことをしてやりたいんだ!」


 ぐったりとマットに沈む俺に大喜びしている鈴理先輩。

 大丈夫なのかな、俺、この人と付き合っても。前途多難(次いで災難)な恋愛になりそうで怖いんだけど。

 俺は初っ端から先行きに不安を感じていた。溜息をついて、そろそろ先輩に退いてもらおうと上体を起こす。否、上体が起こせなかった。先輩が目を輝かせながら、俺の上に何やら道具を広げている。どっから出したんだよ。


 ロープやら、タオルやら、蝋燭やら、怪しげな小瓶やら……ちょっと待て。


「せ、先輩。それはなんっすか?」


「恋人になった記念に、記憶に残るような情事をしようと思ってな。ホラ、お互い恋人になったんだ。もう遠慮はイラナイだろ? 空も言っていたではないか。恋人同士ではないと、触れないヤれない犯せない、と」


 ひええ物騒なんですけどこの人!

 そういう目的で恋人になったんじゃないんだけど! 俺はお互いを知るために、お付き合いしましょうって意味合いで恋人になったんだけど!


「お、俺しないっすよぉおおお?! なんっすか、そのロープ!」


「無論、縛るためだ」


 何を縛るかなんて聞かない。聞かないぞ。想像してたまるか!


「タオルに蝋燭に小瓶は一体全体なんっすか⁈」


「これは人呼んで『鬼畜セット』と名が付いている。つまり普通ではないセックスを堪能するための道具だ。例えばこのタオルは目隠しというプレイを楽しむためのもの。こっちの蝋燭は所謂SMプレイというものを楽しむためのもの。小瓶はー……使ってみれば分かる。空、小瓶の中身を知りたいならば、早速使ってみるか?」


「せんぱあぁあああい! 俺、まだ死にたくないっす! 俺が好きだと仰るなら、どうぞ思い止まって下さいっす!」


「愛は様々な形を持つぞ空。これもあたしの一つの愛の形だ。大人しく有り難く愛を受け取れ」


 ビーンとロープを張って俺を見下ろす肉食系攻撃型女子がニヒルチックに笑ってきた。


 さっき、俺は先輩から理由を付けて逃げないと心に決めた。決めたよ。それを撤回するつもりはない。


 でもさ……時に理由を付けて逃げないといけない事情っていうのもあると思うんだ! 如何なる理由があろうとも、これだけは断固死守しなければ! 貞操だけは絶対守り抜く!

 俺は引き攣り笑いを浮かべながら、ゆっくり上体を起こすと先輩を抱き締めた。

 「およ?」間の抜けた声を上げて驚く先輩の隙を付いて、俺は素早く先輩の下から抜け出した。


「なんと!」


 逃げられたと悔しがる先輩に、俺は乱れたシャツのボタンを留めながらニッコリと愛想笑い。


「先輩。まずは健全なお付き合いからっすよ。オアズケっす」


「なっ、どれだけあたしがオアズケをさせられていると思っているのだ! 折角道具も揃えたというのに。ええい、こうなれば実力行使だ! 攻め女は攻めて攻めて攻め尽くす種族だからな。逃げれば逃げるほど後々が恐いぞ、空ぁー? 所有物は所有物らしくした方が身のためだぞー?」


 捕まえたら、一生忘れられないような濃厚な情事にしてやる! 意気込む鈴理先輩に本能が警鐘を鳴らしている。先輩は危ない。直ぐに逃げないと、俺、ヤラれちまう!

 ジリジリ歩み寄ってくる先輩に「あははっ」と愛想笑いを向けながら、俺は一目散に倉庫を飛び出した。勿論、先輩は俺の後を追い駆けてくる。


「こら空! 晴れて恋人になった女から逃げるヤツが何処にいる!」


「ここにいるっす! 先輩の猛獣! 少しは健全的な恋愛をしようと思わないんっすか⁈」


「攻めてナンボの恋愛だろ!」


「攻め方に問題ありっす!」


 ギャンギャン騒ぎながら逃げる俺と追い駆ける鈴理先輩。

 それは付き合う前と変わらない光景だった。別に付き合わなくてもいんじゃないか? って思うほど、当たり前の光景。周囲の生徒達から注目を浴びながら、俺と先輩はいつものように追いかけっこを繰り広げていた。


 だけど……やっぱ今までと違う関係にも光景にもなっていくんだと思う。


 だって俺は逃げていても先輩の恋人になったんだから。


「いいか空。あたしのカノジョになったのだから、逃げることは禁止だ!」


「彼氏っ、先輩。俺は彼氏!」


「馬鹿者。攻め女のポジションは常にカレシと決まっているのだ!」



 ……ただし恋人の在り方に問題はある。今後のために、要話し合いの余地がありそうだ。


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