前略、肉食お嬢様―ヒロインな俺はお嬢様のカノジョ―
つゆのあめ/梅野歩
Prologue:攻め女
XX.彼女は肉食系あたし様
《攻め女》
読み方:せめおんな
本来、攻める立場にいるであろう男のポジションをぶんどり、あれやそれやどれやこれやら、至らん手で攻めてくる女のことを指す。
※此処に記載している“攻め女”は大胆尚且つ男勝りな攻め方をする。
□ ■ □
「
前略、今日も不況の波に抗おうと必死に働いている父さん、母さん。
あなた方の息子・豊福空は、最近、めでたく自分のことを好きだと言ってくれる女の子にめぐり会いました。果たして“女の子”と可愛く言って良いものなのか、大変躊躇うところなのではありますが、取り敢えず俺のことを好きだと言ってくれる女の子にめぐり会えました。
「空、そら! まったく、あいつは何処にいる。あたしがこうやって体を愛でてやりに……失礼。会いに来たというのに」
こんな凡人くんを好きと仰ってくれるお方の名前は竹之内鈴理先輩。
学年は俺の一つ上で現在高二。竹之内財閥のご令嬢だそうです。財閥ですよ、財閥。ドラマだけの世界かと思っていましたが、本当にあるんですよ。驚きですね。
嗚呼、財閥だなんて貧乏学生の俺とは対照的な方ですよ。なんでも鈴理先輩は毎日車で送り迎えされているとか!
俺なんてバス通学に掛かる交通費を生活費に回すために、毎日三十分以上掛けて歩いて来ているというのに……これが庶民とお嬢の違いなんでしょうか。一目でいいので、ご令嬢の食事をご拝見したいものですね。
「むっ、教室にはいないのか。いや、あいつは照れ屋だしな。きっとまだ教室にいる筈。そうだな、あの教卓辺りが怪しいな」
ギクッ。現実逃避がてらにやっていた両親語りをやめた俺は(なんて虚しい心の慰めなんだ!) 、ぎくしゃくと身を強張らせた。
カツカツカツ、カツカツカツ、忙しない足音がこっちに近付いてくる。比例して俺の心臓もドッドッドと高鳴り始めた。
来るなよ、お願いだから気付くなよ。気付くなよ。気付くッ?!
前触れもなしに教卓が持ち上げられた。それに背を預けていた俺はころんと後ろへと転がり、窮屈な空間から広い空間へ。薄暗い場所にいたせいか、外界に放られた拍子に目が眩んでしまう。
「空、みーつけた」
この場合、にやり、という言葉が擬音語としては適切だろう。
目を白黒にさせていた俺はおずおずと視線を持ち上げる。口角をきゅっとつり上げて、こっちを見下ろしてくる女子生徒がひとり。
彼女こそ、先程盛大な自己紹介をしていた竹之内鈴理先輩。
天然のウェーブがかった濃い茶のセミロングヘアに整った細い眉。ふっくらした桃色の唇に、二重のぱっちりおめめ。程よく括れた腰と、実った胸のバランスがなんとも男心をくすぐる。しまるところはきゅっとしまり、括れるところはきゅっと括れているだなんて女性の目から見れば羨ましい限りの体型。
一目見るだけで心奪われる容姿端麗な顔立ちをしている。一言で片付けるならば超絶美人だ。
世間の男性諸君ならば大絶賛、女性諸君ならば大嫉妬するであろうダイナマイトな美貌とスタイルを持っている彼女は、どことなく庶民とは異なった神々しい空気を醸し出している。現れたご令嬢に、平民豊福空は愛想笑いの引き攣り笑い。
「ど……もっす」
上手く笑えているかな? 俺。
令嬢に爽やかな挨拶を試みたけれど、それとは程遠いものとなってしまった。完全に腰が引けた状態は俺の心境を切に表している。今の俺は令嬢の出現に“怯”えている。
「やーれやれなのだよ」
鈴理先輩は持っていた教卓を真横に置くと、その手を伸ばして制服の首根っこを掴んできた。びくびくとしている獲物に有無言わせず、ズルズルと体を引き摺って教室を後にする。
獲物のこと俺、豊福空はクラスメイトに注目を向けられ、羞恥心を噛み締めていた。
ハンティングに成功した(俺は逃走に失敗した)異様な光景は廊下でも大注目である。
嗚呼、恥ずかしいやら、これから身に降りかかるであろう事に恐怖やら。是非ぜひ逃げたいのだけれど、しっかり制服の首根っこを掴んでくれている令嬢様から逃げられる気がしない。事実、捕獲されたら逃げ出す隙すら与えてもらえないんだ。
つまり、捕まったら最後、潔く諦めるしかないのである。人生、諦めが肝心なのである。
(父さん母さん。助けて)
泣きたい気持ちを抑えながらズルズル……ズルズル……先輩に引き摺られていると頭上から浅い溜息が聞こえた。おずおずと視線を持ち上げると、令嬢様が不満げに見下ろしてくる。
「まったく。あんたという男は非常に手間の掛かる人間だな。あんたはあたしの所有物なのだから、昼休みは何があろうとあたしの下に来る。何度、命令をさせる気なのだ」
高飛車口調はいつものこと。
何故ならこの人は生粋の俺様、いや、あたし様なんだ。人を所有物呼ばわりするところが、まさしくあたし様っぽい。
「それとも、物覚えの悪い頭には体で教え込むべきか? あたしはいっこうに構わないぞ。寧ろ、あんたがあたしの下で鳴いてくれるのならば、喜んで躾を施そう」
アウチ、今日も始まった不謹慎発言! 血相を変え、右に左に首を振った俺は恐れ多くもあたし様に反論した。
「先輩、今はお昼ですよ。そういうお話は公共の場ではNGっす!」
「周りの目を気にしている場合か? ふふっ、今日あたりヤッても良いんだぞ?」
うをおおいっ! 俺、貞操の危機! 目がマジだよ。可愛らしく笑声をもらしているけれど、本気と書いてマジになっているよ鈴理先輩っ!
「え、ええ……遠慮します。俺、帰ってオベンキョウしないと」
「あんたに拒否権はない。あんたのすべてはあたしが決める。なんなら、此処で泣かしてもいい。あんたの息子を受け入れる準備はいつでも「お馬鹿あぁあああああああ!」
美人のお嬢様がそんなことを言うもんじゃありません! 仮にも貴方は女性ですよ、鈴理先輩! ご両親泣きますよ!
嗚呼、犯罪めいた台詞が恐いっ!(だって本当に犯罪を起こしそうだから)
うふふっと笑いながら、キラッと笑顔を見せてくる先輩が恐い!(悪魔のような不敵な笑顔なんだよ……真面目に恐い)
大体、彼女が吐いた台詞って、普通さ。イケメン俺様が可愛いぽにゃほわ天然娘に向かって吐く台詞だろ?!
テレビっ子の俺は知っているんだ。
イケメン俺様がドジっ子娘に、「お前は俺のものだ」と、ジャイアニズムを含めたお決まり台詞を言って相手を翻弄させるシチュエーションを。言われた彼女はタジタジになりながらも、ほっぺをリンゴのように赤く染めて「うん」と頷く。
ほらみろ、王道恋愛の極みだろ? 少女漫画ではテンプレだろ? 女の子なら多分、誰しもが経験したいこの展開を、まさか、まさか俺が経験する羽目になるとは!
経験して嬉しいか? ……そうね、貞操の危機をお迎えていなかったのならば、多少は少女のような気持ちを抱いていたかもしれない。少年の俺には想像もつかない、甘酸っぱい気持ちを抱いていたかもしれない。
大きく深く溜息をつき、おとなしく引き摺られていると鈴理先輩が目前の教室の扉を勢いよく開けた。先輩の教室にご到着したようだ。
室内は見事に女子バッカ。見渡す限り女子女子女子じょーし。さすが女クラ(女子クラス)だ。野郎の姿がまるでない。
だからといって俺の学校が女子高! というわけじゃないぞ、勿論。女子高だったら俺はなんで此処にいるよ。変態だぞ。
俺の通っている高校の名前は“私立エレガンス学院”。
東京都某地区にある超有名高で男女共学。創立80年の伝統を持つ伝統校だ。創立者はシルヴィ・ブーケというフランス人。女性の人だったんだって。
昔は、所謂『お金持ち対象の学校』だったらしく、政治家や医者、財閥のご令息やご令嬢が通ってた学校だそうな。
今じゃその面影も薄れているけれど、変に学校の名前がリッチなのはそういう歴史がある。ちなみに普段の生活でも使っているエレガンス。
てっきり英語だと思っていたけれど、実はフランス語らしい。単語の意味には『上品な美しさ。優雅。気品。典雅』があるそうな。まさしくご令息令嬢が通うにはピッタリの名前だよな。
エレガンス学院は男子よりも女子の割合が高い。4:6の割合で女子が多いんだ。
だから女クラ、つまり女子だけのクラスが存在する。鈴理先輩はその女クラに属しているんだ。
去年は混クラ(男女混合クラス)に属してたらしいんだけど、進路を踏まえたクラス替えでたまたま女クラに配属されたそうな。補足すれば先輩のクラスは理系コースの女クラ。他校では文系コースに女クラが多いと聞くけれど、この学校は文系理系両方に女クラが存在する。
だから間違っても俺が女子高に通っているわけじゃない。
隣のクラスを覗けばちゃんと男子生徒もいるし、混クラもある。したがって連行された俺は、女クラに連れ込まれただけで女子校に通う変態ではない。OK?
俺、豊福空は今年の四月からエレガンス学院に通っている。
この学校は超有名校なだけあって倍率も偏差値も目玉が飛び出るほど高い。進路希望調査書を担任に出した時は、「お前正気か!」なーんて青い顔を作りながら言われたほどだ。俺の学力が悪いってわけじゃなく、この学校のレベルが異常に高過ぎるんだ。
今じゃ良き思い出だけど、あの頃は大変だった。
「お前なら都立に受かるぞ。公立を受けろ!」
担任だけでなく、学年主任にすら大反対されちまったんだからさ。
それでも俺は塾にも行かず(正しくは塾に行けず)、死に物狂いで勉強をして此処を受験した。
エレガンス学院一本だったんだ。
この学校を落ちたら、潔くバイト生活にでも勤しもうと思っていた。父さんや母さんに「高校だけは出ておきなさい」と言われていたのだけど、エレガンス学院の受験料は半端なく高い。
豊福家は涙が出るほど貧乏だから、エレガンス学院の受験だけで正直一杯一杯だったんだ。
だったらレベルを落として都立校を目指せば良い話なんだけれど、エレガンス学院には『特別補助制度』と呼ばれる制度がある。
合格者の家庭に何らかの事情があって学校に通えない。また教材等が買えない。学校生活に支障が出てしまう生徒を補助してくれる特別制度だ。教材、制服、学校に関わる金面はすべて工面してくれる。
自宅から学校までの通学中に掛かる交通費まで面倒を看てくれる有難い制度だ。
あ、ちなみにさっきも述べたとおり、俺は徒歩通だ。
いやはや、ここだけの話、我が家はその交通費をちょろまかして生活費に当てている。内緒だぞ。
閑話休題、執拗にエレガンス学院に拘る俺の狙いはまさにこの特別補助制度だった。
受かって制度に申請すれば、俺は確実に補助奨学生になれる。それだけ俺の家は貧乏。年収三百万もいかない、金欠家庭だ。
お金の苦労を知っている分、両親にはどうしても迷惑を掛けたくなかった。学校関連のものすべてを工面してくれるのなら、俺だって気兼ねなく有意義に学校生活が送れる。バイトだって事情があれば許可してくれる学校だから、何が何でも受かりたかったんだ。このエレガンス学院にさ。
とはいえ、当初受かる確率は二割にも満たなかった。
塾生と明らかに学力に差が出ていたんだ。独学じゃ無理があるんじゃないかと悩んだ時期もあったし、周囲にレベルを落とせと言われ、そうするべきかと落ち込んだ時期もあったけれど、文字通り死に物狂いで勉強。勉強。暇さえあれば勉強。
反対していた教師達にも勉強を教えてもらってエレガンス学院を専願受験した。鬼のような試験問題には泣かされたけれど、木枯らしが去ろうとしていた二月末。合格通知が学校に届いた。
通知発表は二者面談形式。
発表にドキドキしていた俺は桜が咲いたのか、散ったのか、ド緊張もド緊張。担任に結果が入っているであろう封筒を渡された時は口から心臓が出そうになった。
封筒を開けられずに縮こまっていたんだけど、先に結果を知っている担任が怯えている俺を見かねて教えてくれたんだ。涙ぐみながら、「豊福。頑張ったな」お前は皆よりも先に進路を決めたぞ、と。
合格したのだと教えてくれた担任の前で感極まり、泣いてしまったあの日も今では良き思い出だ。
高校生になれる。親孝行ができた。俺の苦労は報われた。嗚咽を漏らす俺に、教えてくれた教師達がこっそりお菓子をくれたこともまた良き思い出。
こんなにも苦労をしたんだ。その分、エレガンス学院に入ったら、学院生活をエンジョイしようと意気込んでいた。
そ し た ら !
これだよこれ。
念願のエレガンス学院に入学して一ヶ月。まさか、まさか、俺にこんな運命が待っていようとは!
誰が想像したよ。女先輩に攻め攻めアタック(?)される、こんな近未来。
教室に現れた俺達の登場に驚きもせず(というか慣れたんだろうな)、クラスの先輩達は俺に軽く挨拶、鈴理先輩に深々と挨拶をした。
「こんにちは豊福くん。お帰りなさいませ、鈴理さん」
「ああ、ただいま。今日も良い運動をさせてもらったよ。ったく、空が照れてあたしから逃げるから」
こう言っちゃなんだけど、鈴理先輩はこの女クラの権力者なんだ。
金持ちだから権力者っというわけじゃなく実力派の権力者。揉め事が起きたらクラスを上手く纏めるんだって。よく言えば女クラの姉御。悪く言えば女クラの女番長みたいな存在。頼り甲斐も男気、じゃない女気もあって、包容力も大きい女性。だから女クラの中ではとても人気らしい。
俺もそういう先輩の姿を見てみたいのだけど、残念な事に……一度たりとも見たことがない。
いつも見る先輩はうん、まあ、女気……いえ、男気に溢れていると言いますか。雄々しいと言いますか。何と言いますか。
「うわっつっ!」
先輩に引き摺られていた俺は、急に体を引き上げられて素っ頓狂な声を出してしまった。
よろめきながら自分の足でしっかり立とうとした瞬間、腰に華奢な腕を回されてグイッと、もう一度言うけど腰に華奢な腕を回されてグイッと引かれた。
おかしい! 先輩に腰を引かれる、この俺のポジション。おかし過ぎる! 男としての自尊心が傷付けられるのは何故だ!
しかも顎に指を掛けられる意味が、意味が、分かるけど分かりたくない。
熱っぽく見つめてくる美人先輩を見つめ返し、俺は小さな溜息をついた。
「此処。教室っす」
「場所は問わない。あたしのやりたいようにやる。あんたは黙って流されればいいんだ」
出た、あたし様。男前な台詞に思わずが胸キュン……するわけないでしょーが! 俺が女の子に言ってみたいよ、その台詞!
思った瞬間に顎を引かれた。先輩とは至近距離になり、満目一杯に彼女が広がる。何をされたか? キスですよ、キス。ははーん、舌が口の中に入って来た。出逢って何度目だよ、ディープキスってヤツ。
ぼんやりと先輩を見つめる。彼女のサラサラな茶髪と美貌が視界に占めている。こう見ると先輩って超美人だよな。なんで俺みたいな男なんかに目を付けてくれたんだろう? 先輩との出逢いを思い出しても、彼女から惹かれるようなことをした憶えはない。進行形で惹かれるようなカッコイイ行動も起こしていない。
うーん、謎い………なんて呑気に思っている場合じゃない! ちょっ、食われる! 先輩って見た目以上に肉食だから俺、マジで食われる! しかも此処は教室だからね! お昼休みの教室でアータは一体何をしているんですか!
しかもしかも周囲の女クラの皆様、「今日もお熱いわね」「ほんとに」「いい天気ね」和気藹々と俺達を見守っている! おかしいっ、誰か一人くらい止めてくれたっていいじゃないか!
焦って抵抗を始めた俺に気付いた先輩はキスを深くしてきた。
舌が口腔を撫で回し、上あごを擽って人を翻弄させてくる。奥に引っ込んでいる俺の舌を追い駆け、無理やり絡ませてくる傍若無人な行為に脳内で火花が散りそうだ。なにより息ができない。顔を引きたいけど、顎に掛けている指が解放を許さない。
嗚呼、この人のキスが上手いのか上手くないのか。
なにぶん、ディープキスなんて先輩が初めてなものですから、経験皆無の俺には判断がつきませんが、思考回路がショートしそうなんで多分上手い類に入るとは思います。はい。
「ごちそうさま」
唇をぺろっと舐められ、ようやく解放される。
情けないことに相手の体に凭れてしまった。息は絶え絶え。25mあるプールを息継ぎ無しで泳ぎ切ったみたいに息が切れている。
ゼェゼェと呼吸を繰り返す俺の背を擦りながら、鈴理先輩は晴れ晴れと笑顔を作った。
「今日も欲の一部が満たされたな。あくまで一部だが」
憎々しいくらいに煌いているその笑顔も美人だよなぁ、もう。
俺は呼吸を整えながら弱弱しく反論。
「せ、先輩。こういうものは恋人同士でやるものっす」
「何を言っているんだ、空。あたしの所有物イコール恋人だぞ? 何度、言わせば分かる。それともわざと仕置きをさせようと煽って」
目が輝いている、先輩。
そんなに仕置きをした、い……っ俺の大ピンチ再到来! 何故にいつも仕置きの流れに方向を持っていくんだい、先輩! 仕置きがしたくてウズウズしています、みたいな目で俺を見ないでくれ!
「なんでそうなるんっすか! じゃあ、百歩譲ってポジションは勘弁して下さい!」
「何故だ? 空があたしの腰に腕を回し、ダンディにキスをするとでも?」
そ、そげなことができるほど俺もできた男じゃないけど。
「な、何故って……女性にされる俺の身にもなって下さいよ。男前に台詞を吐くのも、腰に手を回すも、がっつくキスを仕掛けるのも、普通は男が女にやるものっす!」
「馬鹿を言うな。女が男にやってはならない法律が何処にある? 男女平等という言葉を知らんのか? それとも女を差別する気か? よし、少しそこに座れ。あんたに教えてやろう」
鼻を鳴らした鈴理先輩は、俺を空いている席に無理やり座らせた。此処は先輩の席じゃないよな。ごめんなさい、この席の人。戻って来たら直ぐに立ちますから。
余所で鈴理先輩は黒板の方へと向かう。中途半端の長さを保つ白いチョークを手に持ってササッと黒板に図式らしき絵と文字を書いていく。
「いいか、空。
横目で顧みる鈴理先輩に俺は首を横に振った。「宜しい」先輩は話を続ける。
「実をいうとあたしは恋愛小説が大好きなのだ。書籍にしても、ネット小説にしても、ケータイ小説にしても、あたしは『王子』『俺様』『ドS』『鬼畜』『意地悪』、そういった単語に惹かれる。何故だか分かるか?」
危ない単語ばかりに惹かれるんっすね! ツッコミたいけど、今は質問に答える方が先だよな。
「えーと。そういう人が現れて欲しいからっすか?」「不正解」「じゃあ、そういう話が面白いから」「不正解」「胸キュンが……多いから?」「まったくの不正解だ。出直して来い、空」
分かるわけがない。恋愛小説なんて読まないし。
答えられずにいると先輩が黒板をチョークで叩きながら熱く教えてくれた。
「あたしもそういう輩になりたいからだ! されるのではなく、したいのだよ、空! 先程あんたは言ったな? 男前に台詞を吐くのも、腰に手を回すも、がっつくキスを仕掛けるのも、普通は男が女にやるものだと。一昔前まではそうだったかもしれん」
だがしかし、今の世の中は男女平等社会! べつに女が男のポジションを取ったって良いではないか! 肉食系男子がいるなら肉食系女子だっている。
俺様がいるなら、あたし様がいたっていいじゃないか。あたし様な女に振り回される男がいても良いと思うし、男の照れや困り、泣き顔に喜ぶ女がいても良いと思うし、好きな男を鳴かせたいとエロティカルなことを思う女がいても良いと思う。
あたし様、男前女、鬼畜女、上等だ。今の世の中は男女平等。つまり何事においても平等というわけだ。男のポジションを女が取ってもいいじゃないか。女のポジションを男が取ってもいいじゃないか。
何事も平・等・だ!
「だからと言ってオカマ、オナベとは違う。オネェや男の娘も求めていない。あくまでポジションを取るだけの話。あたしも女を捨てる気は毛頭ない」
鈴理先輩は黒板にデカデカと赤チョークで『攻め女』『受け男』と文字を書いた。 バンッ! 黒板を叩いて握り拳を作り、鈴理先輩は俺に言い放つ。
「男のポジションをぶんどり、男を攻める女子をあたしは“攻め女”と称し、女のポジションをぶんどり、女に攻められる男子を“受け男”と称する。以上、講義を終了する。異論または質問はあるか」
拍手喝采。女クラの教室に手を叩く音が満たされる。
「さすが鈴理さん」「説得力ある説明」「素敵ね」のほほんと会話をしている女クラ一同に対し、俺は顔を引き攣らせていた。
だって男のポジションをぶんどり、男を攻める女子の攻め女は先輩。標的にされた俺は受け男なんだろ? じゃあ俺は女ポジションでヤーんされるわけで。
女クラから沢山の拍手を受けた鈴理先輩は上機嫌も上機嫌。
チョークを元の場所に置き、粉を軽く叩きながら俺にニンマリと笑みを浮かべてくる。
「攻め女のあたしに目を付けられた時から、あんたの運命は決まっている。肉食女は草食男を食らう運命。あんたもあたしに食われる運命なのさ」
潔く諦めて存分にあたしの所有物(=恋人)ライフを満喫するがいいさ!
大きく高らかに笑声を上げる鈴理先輩の傍で俺は額に手を当てた。
前略、不況に抗おうと毎日を必死に働く父さん母さん。私立エレガンス学院に入学して一ヶ月が経ちましたが、貴方達の息子、豊福空は肉食系女子の竹之内鈴理先輩と出逢って毎日が貞操の危機です。
「俺……マジでいつか食われそう。先輩は肉食動物だ」
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