賊将
若狭屋 真夏(九代目)
江戸無血開城
明治元年三月九日官軍の駐留していた駿府に二人の侍が乗馬で乗り付けた。
「賊軍徳川慶喜が家臣山岡鉄太郎まかり通る」そう大声をあげて西郷吉之助のいる旅籠に向かって馬を止めることをしない。
一人幕臣山岡鉄太郎のちの山岡鉄舟である。
「山岡どん。そげん事言いてもよかですか?」
と山岡に聞いたのは処刑される直前であったが今回の案内役を任された益満休之助である。
「そんなこたぁ知らねぇよ。俺は勝さんから頼まれたことを伝えに来ただけだよ。」
馬の皮膚には玉のような汗が止まることがない。
やがて多くの官軍の兵士が集まってくる。
殺気に包まれた時益満の顔を知っている官軍の兵士の一人が
「こりゃあ、益満どんじゃなかか?」
「おお、おいじゃ。益満休之助じゃ。」
幕府軍に殺されたと思っていた仲間が現れたことに薩摩の兵士たちは歓喜した。
「ほれ、こん通り」といって益満は毛だらけの両足を皆の前で見せた。
一同が笑いに包まれた。
「で、吉之助さぁは?」益満は顔を険しくした。
益満は山岡を西郷の前に連れて行った。
西郷隆盛は子供たちの話によると非常に黒目が大きい人物だったらしい。また上野の西郷隆盛像の除幕式に参加した三番目の妻糸はその像をみて「旦那さぁには似てもはん」とも話したといわれている。
黒目の大きな西郷と山岡の話し合いが始まった。
山岡は小野派一刀流宗家から奥伝を授けられた剣客である。
官軍が旧幕府軍に伝えた江戸城開戦を回避する条件は7箇条
簡単に言えば
1慶喜の備前藩お預け
2江戸城明け渡し
3武器の没収
4軍艦の没収
5慶喜側近の処分
6旧幕臣は向島に移ること
7反乱するものの官軍の鎮圧
以上である。
「山岡先生、こいでよかですか?」西郷の黒目は輝いている。
山岡は少し考えてしゃべり始めた。
「西郷さん。俺たちはお前さんたちに負けた身分だ。本当ならこの条件吞まなかったら俺はあんたたちに殺されても文句は言えねぇ。」
西郷は安堵感を感じた
「だがな、西郷さん。慶喜公を備前藩にお預けってのはこの山岡死んでも勝さんに伝えることはできねぇよ」
「山岡先生」西郷の目はまた黒々としだした。
「もしだ、もしもこの戦わがほうが勝っていて茂久公を水戸家お預けって話になったら、西郷さん、お前さんその条件をそのまま殿様に伝えられるのかい?」
西郷は言い返すことができなかった。
「それでもこの条件をのめっていうんなら、この山岡この場で腹を切るしかねぇよ」と山岡は涼しい顔をしていった。
西郷は茶を一口すすると
「わかりもした、慶喜公のこつはおいがあずかりもす」
次の日山岡は西郷の条件をもって江戸に向かった。
よく11日官軍は江戸に向かって進軍をはじめ15日には江戸城薩摩藩邸に入る。
その時勝は江戸の鳶の頭で香具師の元締めである新門辰五郎の屋敷を訪ねていた。
「辰五郎さん、頼む」と勝は頭を下げる。
「勝さんなにがあったかしりませんがお武家様があっしらみたいな町人に頭を下げるなんてみっともねぇですぜ」
それでも勝は頭を上げない。
辰五郎は茶をすすると
「勝さん、おいらはあんたの父上小吉さんの代から世話になってるんだ。何かしてほしいことがあれば遠慮なくいってくだせぇ。」
そういわれて初めて勝は頭を上げる。
「辰五郎さん。お前さん官軍が江戸に進軍してきてるのをしってるねぇ?」
「えぇ、」
「おいらの遺言と思って聞いてほしいんだが、今度官軍の西郷とおいらが旧幕府軍の代表として会うことになった。まあ、西郷ってやつは信用のおける奴だから万が一かと思うが交渉が決裂してまた戦が始まるってことになったらお前さんたちにやってもらいたことがあるんだよ。」
「遺言ですかい?」
「そうさ、おいらもなるべくは死にたくねぇんだが西郷との交渉が決裂した時には江戸に住んでる人間を幕府の軍艦に乗せてくれ。
で、江戸の町に火をつけてほしいんだ。」
「あっしら火消ですぜ」
「だから男の中の男新門辰五郎にたのんでんじゃねぇか。まあ、その時にはおいらも西郷と刺し違えてこの世にはいねぇから遺言なんだよ」
辰五郎は煙草盆を取り出してキセルに煙草を入れて火をつけ「ふー」と一服すると
「わかりやした」とだけ答えた。
「辰五郎さん恩に着る」と頭を下げて感謝した。
勝が帰ると辰五郎は江戸中の香具師ややくざの親分に一斉に号令をかけた。
「まったくあの人は怖い人だよ」と辰五郎の口から本音が出た。
13日には板垣隊伊地知隊そして岩倉具定隊が集結し江戸城を包囲すべしという意見が高まったが西郷は「まだ、早か」と一言言ったっきり動こうとしなかった。
その13日江戸薩摩藩邸に現れたのが勝と大久保一翁の二人である。
官軍側は西郷隆盛と村田新八、桐野利秋の三名が参加した。
「ひさしぶりだね、西郷さん」
「勝先生、わざわざのご足労痛み入りもす」西郷の巨体は首をたれた。
「なぁにおいらたちは負けたんだ。来いっていうんなら薩摩にもいくよ」
「はははは」西郷は笑顔であった。
「ところで西郷さん。天璋院さまがお前さんに会いたがってたぜ。お前さん天璋院様がお輿入れの時亡き斉彬公に命じられてお道具の支度をしたってぇじゃねぇか。」
「懐かしか話でごわすな」と言った西郷の顔から脂汗が流れている。
天璋院は今泉島津家出身で斉彬の養女となって将軍徳川家定に嫁した。
当然薩摩藩の身内である。その身内を人質として幕府は持っている、という意味を勝は軽々としゃべったのだ。
「お前さんたちはどうするかわからねぇが静寛院宮様(和宮)は今上陛下の御叔母上様に当たるお方、幕臣は食えなくなっても自業自得だが宮様をぞんざいに扱うことはしねぇよな?」
「宮様がお望みならば京でお暮ししてもかまいもはん。」
「そうかい、それならよかった。なぁにおいらたち男はいざとなりゃあ敵陣に突っ込んで死ぬことも構わねぇんだが、、、、ご婦人たちはそういうわけにはいかねぇんでね」
この言葉に村田、桐野、そして大久保も冷や汗が出た。
たまりかねて「勝殿、不謹慎なことを、、」と大久保一翁は口をはさんだ。
「ははは、冗談だよ。ところで薩摩の豚はうめぇって話を上様から聞いたんだがねぇ。」
「わかりもした、ご用意いたしもんそう」
そして一回目の会談が終わった。
そして翌日二日目の会談が行われた。
「なあ、西郷さん、単刀直入にいうんだが慶喜様を水戸にお預けってことにしてくれねぇかい?」
「ほう」
「もし備前にお預けって話になりゃあ旧幕臣は黙ってねぇだろうね。おいらが止めても物騒な野郎はいるもんだからね。」
そういうと煙草を一服すう。
「江戸城は丸ごとやるよ。それで勘弁してくれねぇかい?」
「ほう」西郷は考える。
桐野は「そげんこちっあ考えられもはん。おはんらぁ敗軍じゃき」
と思わず声を荒げた。
「桐野さぁそげんこついってもこん先生はなんも思われんど」西郷は桐野を注意する
「吉之助さぁ、」
「こん先生は慶喜公を備前お預けちなったら、おいたちと刺し違えるつもりでごわす」
桐野の額から脂汗が流れる。
「わかりもした。江戸城総攻撃は中止いたしもんそう」
と西郷は頭を下げた。
「ありがとう、西郷さん。あんた江戸の恩人だよ」そういって西郷の手を取り勝は涙を流した。
勝達が帰った薩摩藩邸で西郷は「ほんのこて山岡先生といい勝先生はふとか男でごわす。」とつぶやいた。
そして現在の東京はメガロポリスとなるのである。
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