アルストロメリアのせい
~ 八月一日(水) 三万飛び四百 ~
アルストロメリアの花言葉 穏やかな生活
「ただいまあ」
「お帰り! うわ。汗びっしょりじゃない」
「暑かったので。でも、ポスティングの効果あったようですね。お客さんでいっぱいなのです」
「秋山は早く着替えてきなさい。あ! いらっしゃいませ! ワンコ・バーガーへようこそ!」
満席の店内で。
髪にど派手なアルストロメリアを揺らすのは。
三人目の助っ人選手、渡さん。
明るい美人さんに良く似合うのです。
一時金とやらで、急ぎでこさえたクーポン付きチラシ。
山のようなチラシを朝からポストに投函して回った効果が出ているようで。
今日は、かつて見慣れた賑わいを見せるワンコ・バーガーなのです。
「おいおい道久君、びしょびしょじゃねえか。脱水で倒れるぞ? 水を飲め!」
「おや、まーくん。いらっしゃい」
今しがた、ご来店されたのは。
お向かいに住むまーくん一家。
姪っ子の、穂咲の姿が無いというのに。
ここに来る理由はもちろん一つで。
「今日もこの後出かけてくっから! ひかりのこと頼んだぜ!」
「そこまで見越して、既に渡さんを召喚済みです」
やっぱりあの大金。
そういう理由ですよね。
とはいえ、うちにとっても貴重なお得意様ですし。
この費用が無ければヘルプも頼めませんし。
正直助かるのです。
まーくんが注文を済ませている間に。
俺はダリアさんへ話しかけました。
「ひかりちゃんを連れて歩くには暑過ぎますよね」
「ホント。身長差で、三度は暑いはず」
「そんなに変わるわきゃ無いでしょう」
「…………ほら、ぴかりんちゃん。ミチヒサくんが今日も遊んでくれるって」
「今は無理ですよ! 着替えた後にしてください!」
そう言ってみたものの。
ひかりちゃんにしがみつかれては。
逆らうことなどできないのです。
やれやれと、頭を掻いていると。
まーくんへ商品をお出しした渡さんが、レジから出てきました。
「あら、この子、教室で会った子?」
「そうなのです。藍川ひかりちゃん」
「あの時も秋山に懐いてたけど、やっぱり本当のパパなの?」
「なわけありますか」
「お嬢ちゃん、ほんとのとこはどうなの? この人は、あなたのなに?」
「…………ママ!」
ひかりちゃんの発言に。
途端に眉根を寄せた渡さん。
すっかり忘れてましたけど。
ひかりちゃんは、誰でもママと呼ぶのでした。
……でも、このやり取り。
君は体験済みのはずでしょうに。
なんて顔しますか。
「……そうだったわね。複雑そうだから、これ以上聞くのはやめておくわ」
「勘違いですって。冗談好きなこの人の仕込みです」
俺の指摘に、ニヤニヤ笑いを逸らして誤魔化すまーくんが。
今更、大盛況の店内に気付いて目を丸くさせています。
「今日は随分客がいるな。俺が知ってるこの店、ずっと閑古鳥が鳴いてたのに」
「しばらく、看板が『カンコ・バーガー』って書き換えられていたのです」
「うまいね。……それ、面白いな」
「ショッピングセンターが出来てから、客足がぱったりだったのです」
「ふーん」
なんだか、気のない返事のまーくんが。
器用にも、トレーを抱えたまま携帯を取り出して。
俺が上手い事を言ったのをメモしてますけど。
それ、使い道ないんじゃないかな。
…………あれ?
「そう言えば、あのショッピングセンター。まーくんとこの会社じゃなかった?」
「そうだけど?」
「忘れてましたよ。なんとかなりませんか?」
「何を?」
「客足」
すっかり忘れていましたけど。
黒幕、すぐ向かいに住んでいたのでした。
でも、まーくんは俺の相談事に目を丸くさせて。
ため息交じりにこんなことを言うのです。
「え? なんとかってどういう事だよ。なんにも問題ねえだろ」
「…………やっぱり?」
「ああ、問題ねえよ」
……そう。
実は、前々から気付いてはいたのですけど。
でもやはり。
大企業のお偉いさんであるまーくんからそう聞かされて。
ようやく安心できたのです。
「さあ、安心したとこで着替えに行きたいんだけど。ひかりちゃんをどうしよう」
「私が面倒見てるわよ。カンナさん! ちょっとレジをお願いします!」
さすが渡さん。
教えてもいないのに、店の流れをよく分かっているのです。
さて、ほんとにこれ以上は風邪ひいちゃう。
早く着替えに行かないといけない。
そう思っていたのに。
「まて、店員。話がある」
俺を呼び止める、来店されたばかりのお客様。
……いや、客じゃありませんでした。
「なにしにきやがりましたか?」
「ひやかしに」
「帰れ」
この炎天下。
わざわざそれを言いに来たのでしょうか。
この、たまにバカなことをするイケメンは。
渡さんの彼氏、六本木君なのです。
「隼人、ほんとに何しに来たのよ」
「お前を道久に取られたりしたらたまらんからな」
は?
取るわけ無いでしょうに。
このイケメンが、何を言っているのか分からずに。
渡さん共々肩をすくめていると。
「一緒にバイトすると色々起きるって、さっき立ち読みしてた雑誌に書いてあったから慌てて来た」
「ほんとに意味が解りません。色々って、何が起きるって書いてあったのです?」
「知らない間に子供が出来てるって」
「知らない間にはできないんじゃないのかな」
六本木君、イケメンなのに。
期末テストでは学内十傑入りを果たしたというのに。
「君は、たまにバカですよね」
「なんだとこのやろう」
「どうして隼人はそうなのよ。子供なんてできるわけ無いでしょう?」
「まあ、考えてみりゃそうだよな? ははっ! そりゃそうだ! 俺は何を慌ててうおぉぉぉおおおっ!?}
六本木君が目をひん剥いて見ている先には。
渡さんと手を繋いだひかりちゃんの姿。
からかいたいところですが、今日は忙しいので真面目に説明しましょう。
「ええと、この子はですね……」
「ママ!」
……しまった。
ひかりちゃん、渡さんを見上げて面白い事を言い出しました。
「ああ、やめて。普段なら大歓迎な展開なのですが、今は忙しいので」
「わた、私はこさえてないわよ? 秋山の子供でもないわよ?」
「当然なのです。だから俺をにらまないでくださいよ六本木君」
どんな促成栽培だというのです?
しかし、頭に血がのぼった六本木君には何を言っても無駄でしょう。
誰か、冷静な第三者に説明してもらわねば。
そう思って救いの視線を投げてみれば。
ダリアさんと目が合ったのです。
ひかりちゃんも、ダリアさんにしがみついて。
「ママ!」
ああよかった。
これで丸く収まりそうなのです。
「よかった。ダリアさんから説明してくださいな」
「ぴかりんちゃん。ママと、この綺麗なお姉ちゃん。どっちがほんとのママ?」
「ようやく収まると思ってたのにめんどくさいこと言わないでください! なんであなたはそうなの!?」
ああもう、しょうもない。
大人の冗談って、何が楽しいのか子供には理解できないのです。
ひかりちゃんは、指をくわえながらダリアさんを見上げ。
次に、苦笑いを浮かべる渡さんを見上げ。
そして、とんでもない結論をはじき出しました。
「ママ!」
「…………すいません。俺にしがみつかないでください」
六本木君、混乱の極致。
でも、このパターンは教室で体験済みでしょうに。
「もう、六本木君が冷静になるまでは俺がママでいいです。これで渡さんを取ったわけじゃないって分かってくれましたか?」
「お、おう。……なにやら深刻な問題に首を突っ込んで悪かった」
そんな返事に、渡さんがお腹を抱えて笑い出しましたけど。
でも、お調子者の攻撃は、まだ終わってなかったのです。
「正解。ぴかりんちゃんのママは、ミチヒサくん」
「おい」
「そしてパパは、この綺麗なお姉ちゃん」
「なに言い出しました!?」
なんで大人はそういうくだらない嘘をつくの!?
何が楽しいのか、子供には理解できないのです。
ただひとつ、理解できるのは。
こんなくだらない冗談のせいで。
俺が六本木君に、朝方まで追いかけまわされることになったという事実だけなのでした。
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