ヒョウタンのせい
~ 七月三十一日(火) 五千三百 ~
ヒョウタンの花言葉 円満
駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。
そこに召喚した二人目の助っ人バイトは。
俺たちの委員長、神尾さん。
でも、その比類なき人当たりの良さを発揮するチャンスもなく。
本日ご来店いただいた八人のお客様は、すべて俺がレジを打ち。
神尾さんは、丸一日ひかりちゃんの遊び相手をして、先ほど帰宅したまーくん夫妻と一緒にお店を後にしました。
入れ替わりにお店に帰って来た穂咲も。
頭に挿したひょうたんの花を花瓶に挿して。
着替えを済ませて先に家に帰ってしまったのですが。
君はほんとにライバル・バーガーさんでその制服のままなのですね。
……それにしても。
売り上げの低迷はいまだに続き。
この厳しい時期を乗り切るために、なんとか融資額を増やしてもらおうと画策していたというのに。
自ら、その細い細いルートを塞いでしまったカンナさん。
今、信用金庫から、真っ青な顔で帰ってまいりました。
「お帰りなさい。ダメだったみたいですね」
「まいった……。もう、打つ手なしだ」
重たい足取りが、レジまでたどり着くことも許さず。
手近な椅子に力なく座り込んでしまったので、俺は水を注いで、テーブルへ置いてあげました。
「カンナさん。この間の総支配人の爆買いと昨日の売り上げじゃ足りなかったのですか?」
「ああ、今月は大赤字だ。あたしも給料ゼロ。店長に至っちゃ、貯金切り崩して店に入れてる」
うわあ。
信金さんも、そんなお店に増資しようなんて思わないですよね。
「でも、昔のよしみとかで何とかならないのですか?」
「それに頼ろうとしてたんだけどな、よりによって一番の堅物の前で、昨日やらかしちまったからな……」
「冷静にお話してましたけど、おでこに青筋浮いてましたよ、あの人」
「すぐに実績を出さないと、店が差し押さえられちまう。なんとかしねえと……」
心労が、いつも凛々しく張りのある頬に影を落として。
溜息すら力なく、口からのろのろと零れ落ちるほど。
そんなカンナさんの気持ちは痛いほどわかります。
――カンナさんは家庭に少々問題を抱え。
学生時代、このワンコ・バーガーを唯一の居場所としていたのです。
人のいい店長は、そんな彼女を優しく受け入れてあげて。
時に叱って、時に諭して。
親代わりとなって、立派な社会人へと導いてあげたらしいのです。
だからカンナさんは。
信用金庫という職場を辞めてまで。
この店の為に尽くしてきたのです。
だというのに。
思い通りにいかないという気持ち。
おそらく、その一片しか俺には理解できていないと思うのですが。
その欠片が刺さっただけでもこれだけ胸が痛いのです。
きっとカンナさんは、今にも泣き出しそうなほどの心痛に苦しんでいることでしょう。
……でも。
「ええと、カンナさん。そんなに心配すること無いと思うのですが」
「はぁ!? お前に何が分かるんだよ! いいか? 融資っていうのはだな!」
「ああ、そうじゃないです。俺が心配無いと言っているのはですね、売上についてなのです」
照明を落とした店内に。
カンナさんが、テーブルを叩く音が悲しいほどに反響します。
「なおさらじゃねえか! お前にこの状況の何が分かるってんだ! ああん!?」
「いえ、俺が一番よく知っていますんで」
「…………そりゃあ、どういう意味だよ」
あまりの視線の冷たさに。
空気がパキリと音を鳴らして凍り付いて。
俺とカンナさんとの間に、雪のように零れて落ちます。
でも、慌てふためいて、いつもの冷静さを失ったカンナさんと違って。
俺はこれでも、状況をよく理解していると思うのです。
「大丈夫ですよ。俺は、信じてますから」
「だから! 何を信じてるってんだよ!」
「おいおいカンナ君。秋山君が何をしたのか知らないけど、今の声には愛情を感じなかったよ? 君らしくないじゃないか」
店長さんが。
汗びっしょりという姿で戻ってくるなり、カンナさんに困り顔を向けて。
「いやあ、今日は連日より涼しくなったとはいえ、蒸すねえ」
いつも通りの暢気な様子で。
カンナさんの隣に腰かけました。
「てっ…………、てめえ! なにのんびり構えてやがんだ! 融資先を探してくるって毎日出かけてっけど、ろくに結果が出ねえじゃねえか!」
「ああ、それなら大丈夫。商店会に泣きついたら対策考えてくれるって。それに、一時金を貰ってきたよ」
「いち……、え? なんだって?」
「一時金。もちろんそのうち利息を付けて返さなきゃいけないけど」
「凄いじゃないですか、店長さん」
目を丸くして固まってしまったカンナさん。
口だけをパクパクさせている様子は見ていて面白いですけど。
それよりも、店長さんを労ってあげないと。
ドリンク用の氷をカップに入れて。
アイスコーヒーを注いで、店長へ渡してあげると。
お礼と共に受け取った店長が。
コーヒーを口にしつつ話しかけてきました。
「秋山君。あとで、藍川君にお礼を言っておいてほしいんだけど」
「え? あいつが何か役に立ちました?」
「うん。お店に良くいらっしゃる、美川さんって分かるかい?」
「ええ。穂咲が随分可愛がってもらっているおばあちゃんですよね?」
「そちらのお宅が、うちに投資して下さるとおっしゃって下さったんだ」
「ってことは、商店会と美川さんからお金がもらえるってことですか?」
酸欠中のコイみたいな顔で、ぱくぱくとしたままのカンナさんを無視して。
俺はいつも通りの店長の、優しい笑顔と話を続けます。
「そうなんだよ。これでしばらく助かると思うんだ。……秋山君、日払いの約束なのにお給料をため込んでゴメンね? ひとまず今日までのお給料は明日払うから。後はちゃんと日払いしてあげるよ」
「ありがとうございます。さすが店長、人徳のなせる業、といったところですね」
「よしてくれよ、そんな物はないさ。さんざん頭を下げてあるいて、ようやく二件という結果なんだから」
そう言いながら頭を掻く店長さんの手。
随分と汚れていらっしゃいます。
どうして手の平が汚れているか、聞くのは無粋なのでやめておきますが。
俺には、地に手をついて頼み込む店長の姿。
とてもかっこよく感じるのです。
「……ギャップ萌えの究極ですね」
「え? 何のことだい?」
「最後の最後、ここぞというところで決める男は、ほんとにかっこいいなって学びました」
「ほんとに何の話なんだい? 気になるから教え……うわあっ!? カ、カンナ君!!! どうしたの!」
ありゃま。
カンナさん、店長さんに抱き着きながら、大声で泣きだしちゃった。
……おじゃまかな。
俺は黙って更衣室へ行って。
裏口からお店を出ました。
頭上には、未来へと続く天の川が優しく煌めいて。
まるで、俺が想像している明るい結末を暗示しているかのようでした。
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