第37話 顔がでかい

ハインリッヒ王の宮殿内にある謁見の間では侍従たちと護衛の兵士数人が待ち受けていた。


「タリー様、ヤースミーン様、シマダタカシ様ですね。遠路おいでいただきありがとうございます。ハインリッヒ国王陛下はすぐにおいでになります。しばしお待ちください。」



侍従は慇懃に告げて傍らに立つが、背後には完全武装の護衛兵が立っている。彼らはいつでも抜剣できる状態で、丸腰の貴史たちがおかしな真似をしたら即座に切り刻まれることは想像に難くなかった。



「陛下がお見えです。」



侍従の声とともに謁見の間に姿を現したのは質素な身なりの小太りなおっさんだった。



「エレファントキングの打倒大儀でした。ゲルハルト王子が大軍を差し向けている中、先んじて敵の首領を倒すとは並大抵ではない武勲です。私からも褒章の品をお渡しするが、後ほど、願い出があった件について大司教と面会できるように取り計らいましょう。」



貴史は事実関係がちょっと違って来ている気がしたが、細かいことは気にしないことにした。大事なのは、かつての仲間を蘇らせたいというヤースミーンの願いをかなえることだ。




ハインリッヒ王はさらに近づいて一人一人に言葉をかけようとしたが、侍従の一人が制止した。得体のしれない冒険者風情にこれ以上近づけたくなかったのだろう。



ハインリッヒ王は侍従達に不満げな顔を見せたが、あきらめて貴史たちに会釈をくれて退室した。




「国王陛下からの褒章の品物は後ほどお部屋に運ばせます。次は大司教様の謁見の間に移動してください。」



侍従に促されて貴史たちは国王の謁見の間から追い立てられるように出てくると、豪奢な廊下を歩いた。しばらく歩くと長い廊下の中ほどで誰かが待ち受けている。



「これは、ゲルハルト王子様。共の者も連れずにこのような場所においでては危のうございます。」



「よい、私はこの者たちに会いたかったのだ。」



ゲルハルト王子はつかつかと貴史たちに歩み寄った。



「ダンジョンでは世話になったな。私が今こうしていられるのはお前たちのおかげだ。少ないがこれを受け取ってくれ。」



王子は金貨が入っているらしい袋を取り出すとタリー達にそれぞれ手渡した。



「これは、王子自ら褒美の品を手渡していただけるなど恐れ入ります。」



タリーが礼を言うと、ゲルハルト王子は目を閉じて首を振った。



「金に換えられるものではない。私は近いうちにあのダンジョンを再び訪れるつもりだ、優秀な蘇生魔法の使い手を連れていき、置き去りにしてきた兵士たちの遺体を可能な限り蘇生させたいのだ。そなた達は、ダンジョンの近くで宿屋を営んでいると聞いたが。」



「はい、ギルガメッシュの酒場という看板を掲げています。」



タリーはかしこまってこたえる。



「それでは、近くまで行ったら寄らせてもらおう。そなたたちの武勇のほどを聞かせてもらいたいものだ。」



王子は気さくに手を振って貴史達と別れた。



侍従たちは、貴史たちをさらに案内する。廊下のところどころに、分厚い扉が設けられ、完全武装の兵士が大勢たむろしている。先ほどのハインリッヒ王の警護状況と比べて、厳重な警戒ぶりが際立っている。



最後の扉を抜けると大きな吹き抜けの空間が広がっていた。



淡い色調の床が広がり、高い天井も同系色で統一されている。中央の辺りにいるのが大司教のようだ。



部屋の中央部を見た貴史は思わず目をこすった。そこまでの距離を考えると、ありえないような大きな顔が見えたからだ。



顔がでかい!貴史は心の中で叫んでいた。それは、普通の尺度で言う顔がでかいとは意味合いが違っていた。



直径が1メートルを超える頭部がクッションに支えられてこちらを向いていて、到底その頭を支えられそうにない比較的普通のサイズの胴体が申し訳のようにくっついている。



「お三方、大司教は人の心を読まれます。不敬なことは考えないように。」




侍従が貴史たちに注意したので、貴史は凝固した。



どうしよう。俺はさっきから顔がでかいとか化け物みたいだとか、頭の中で連呼していたような気がする。この人注意するのが遅いんだよな。



しかし、それはタリーとヤースミーンも同じのようだった。ヤースミーンは口を手で押さえて立ち止まっているし、タリーも下を向いている。



その時貴史の頭の中で声が響いた。



『気にしなくていいよ君たち。私も自分が人間の枠からはみ出す存在だというのは認識している。』




大司教は先ほど同じ姿勢でクッションに支えられていて、大きな目と巨大な鉤鼻、そして微笑を浮かべたような巨大な口が悪夢に出てくる顔のようだった」。



大司教は間近に来た貴史たちを目だけを動かして凝視した。



貴史は自分では身動きができないのかもしれないと考えたところで、思考を止めた。余計なことを考えそうな気がしたからだ。大司教の脇には二人の小姓が控えていた。



『さて今日は、ダンジョンのボスを倒すというお手柄を上げた諸君に、その苦労に報いるためのご褒美を与えるという喜ばしい役割だ。かなえてほしい願いは、死んだ仲間を蘇らせてほしいというものだったな。死んだものをよく知るものが、その名と姿を思い浮かべてくれ。』



「はい。」



ヤースミーンが小さな声で答えると目を閉じた。仲間たちを思い浮かべているのだ。



『ほう3人なのだな。時間が経過しているから少し難しいが不可能ではない。』




ヤースミーンはホッとしたように息を吐いた。




「だが、果たしてそれでいいのかな。あなたの魔力は愛する者にささげるために授けられているようだ。かつて思いを寄せた男を蘇らせたら目移りして魔力を失いう事になるやもしれぬ。」




ヤースミーンは立ったまま目を閉じてこぶしを握り締めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る