第35話 兄と妹

ゲルハルト王子は立って歩くこともままならない狭いトンネルの中を這い進んでいた。



トンネルの先は地上に通じているらしい。



先に行く兵士の後を付いていくことをどれくらいの間続けていたか判らなかった。



「王子大丈夫ですか。お疲れでしたらそのままの姿勢でお休みください。」



立ち止まった王子にシュナイダーが声をかけた。すぐ後ろにいるシュナイダーは残り少ない水が入った水筒まで差し出してくれる。




しかし、ゲルハルトは面白くなかった。シュナイダーは王子に当て身を食らわせて気を失ったところを担いで撤退したのだ。



ゲルハルトは屈辱感に顔が紅潮するのを感じたが、幸い周囲は薄暗くて誰かに見られる心配はない。



「すまんな。少し休ませてくれ。」



結局、シュナイダーが差し出す水筒の水をもらってゲルハルト王子は一息ついた。



エレファントキング討伐の遠征は散々な結果だった。部隊の兵士は半数近くが失われていた。さらに、前後から敵に封じ込められて進退窮まっていた時に、ダンジョン最深部に置き去りにしてきたはずの兵士が突然現れたのだ。



文字通り見殺しにしたはずの彼らは、冒険者の一団が現れてエレファントキングを倒したと告げ、さらに、地上への抜け道があるからと案内してくれた。



側近のものは、幽霊が地獄に連れて行こうとしているのではないかと疑ったが、今の自分達はついて行くしか道はない。




再び進み始めたゲルハルト王子はしばらく進んだところで、頭上にぽっかりと青空が見えることに気が付いた。出口に着いたのだ。



「王子、気を付けておあがりください。」



先に上ったものに手を貸してもいらい、やっとのことで王子は地上に這い上がった。



辺りは一面雪に覆われている。雪の上にへたり込んだゲルハルト王子は、先ほどから自分を見つめている者が誰か気が付いた。



「レイナ姫。なぜおまえがここにいる。」



「これはご挨拶ですね兄上、あなたの危機を聞いて馳せ参じた次第。幸い、エレファントキングは同行した冒険者の一隊が倒してくれました。何より兄上のご無事な姿を見て安堵しているところですよ。」



言葉と裏腹に、レイナ姫は雪上にへたり込んだゲルハルト王子を冷ややかに見降ろしている。ゲルハルト王子は慌てて立ち上がると体裁を繕った。



「あのエレファントキングを倒したというのか。それほどの手練れがいるとは到底信じられない。」



レイナ姫は傍らにいた冒険者らしき男に言った。



「タリー殿あれを見せていただけないかな。」



冒険者は背中に担いでいた袋から何か取り出して、ゲルハルト王子に差し出して見せた。それが何か理解したゲルハルト王子はザワリと全身が総毛立つのを感じた。



それは、小ぶりな象の鼻だった。大きさからして本物の象ではなく、象頭の獣人であるエレファントキングのものだと考えるのが妥当だ。



ゲルハルト王子は頭の回転が速かった。彼は、自分たちを壊滅させたエレファントキングを倒すほどの武術者なら、味方につけなければまずいと瞬時に判断していた。



「ふむ。これは間違いなくエレファントキングのものだ。ハインリッヒ王の触書の通り相応の褒美を与えたいから近日中に王都まで来ていただこう。」



もったいぶって告げるゲルハルト王子を、レイナ姫が微笑して見つめる。ゲルハルト王子はそれが小ばかにされているようで、癪に障った。



あの妹はいつもそうやって俺を見下しているのだ。



ゲルハルト王子とて怠惰な人間ではなかった。ヒマリア王国の後継者として帝王学を学び、日々努力を積み重ねていたのだ。



しかし、学問でも武道でも常に彼の上をいくものがいた。それは、後に自分の家臣となるべく一緒に学問にはげむ学友ではなく、レイナ姫だった。



学問でも武道でもレイナ姫はずば抜けた才能を示し、常にゲルハルト王子よりはるかに良い成績を残した。ゲルハルト王子はそんなレイナ姫をいつしか疎むようになっていた。




「兄上、一つ頼みがあるのですが。」




妹が自分に頼みごとをするときは、すでに外堀も内堀も埋め尽くされ、断ることなどできない状況なのが常だ。



今回も例に漏れないような気がしたゲルハルト王子は内心苦々しく思いながら言った。



「身内同士のことだ何なりと言ってくれ。」



「兄上の部隊の馬を二十頭ばかり、そして輸送用の馬車を一ついただきたいのですが。」



ダンジョンで部隊の兵士を大量に失ったため、ゲルハルト王子の部隊は騎馬が余るはずだ。ゲルハルト王子は鷹揚に答えた。



「いいとも必要なだけ持って行ってくれ。」



「それからもう一つ。」



今度は、さすがのレイナ姫も遠慮がちに言った。



「私がダンジョンの最深部から助け出したあなたの部下の兵士を私の所に配置換えしていただけないかな?。」



ヒマリア正規軍の兵士が相当数退職して、レイナ姫のもとに集まっている話は聞いたことがあった。



今回の話もどうせ当人たちが希望したに違いない。ゲルハルト王子としても、逃げる途中で捨て石にした兵士を無理に引き留めることはできない。彼はしぶしぶあきらめることにした。



「いいだろう。好きにするがいい。」



ダンジョン内に抜け道の存在を教えに来てくれていた兵士が、駆け出していくのが見えた。少し離れた場所にいた仲間に耳打ちすると歓声が上がる。



『俺の目に入るところで露骨に喜ぶな。』



ゲルハルト王子は大いにイラついて心の中でつぶやいたが表情には出さなかった。



レイナ姫から周囲に目を移すとそこには小山のような肉塊が鎮座していた。傍らには黒焦げになった石積みのかまどがあり、焼けた肉を切り分けている少女も見える。



二日近く何も食べていないゲルハルト王子はお腹が鳴った。



「あの肉塊はいったい何だ。」



「あれはスノードラゴンの肉ですよ。そこにいるヤースミーン殿が一撃で倒したのです。」



ゲルハルト王子はぎょっとして、串に刺した肉を持って近寄ってくる少女を見た。



彼が思い浮かべたのは、ダンジョンで猛威を振るったファイヤードラゴンだ。どうすればこの娘が一撃で倒せるというのだ。



呆然としているゲルハルト王子にヤースミーンは串に刺したドラゴンの肉を差し出した。



「ゲルハルト王子様、ドラゴンの塩釜焼きです。お召し上がりください。」



「ああ、ありがとう。」



ドラゴンの肉を受け取ったゲルハルト王子は一瞬躊躇したが、一口食べるとおいしかったので、勢いよく食べ始めた。



塩味の元になっているのが、バジリスクに塩の柱にされた冒険者だということは黙っておこう。ヤースミーンはひそかに思った。



次々と抜け道から這い上がってくる兵士たちは、タリーが焼いたドラゴンの肉をもらって飢えを満たしている。



その傍らで、レイナ姫は出発の準備をととのえ、ゲルハルト王子に挨拶に来た。



魔物を倒した冒険者たちは残ったドラゴンの肉塊を荷馬車に積んですでに出発した後だ。



「兄上、私とてあなたが魔物の餌になるところなど見たくない。ご自愛ください。」



そう言い残したレイナ姫はひらりと馬に乗った。ゲルハルト王子が見知っているラインハルトやミッターマイヤーの姿も見える。ゲルハルト王子はふと違和感を感じた。



今のレイナ姫の言葉は嫌味で言ったのではなく本心からの言葉に思えたからだ。



遠ざかっていく騎馬の姿に向かって王子は叫んだ。



「レイナ!。」



レイナ姫らしきシルエットがこちらを向いたのが見える。



「私は、お前達は辺境にハイキングに出かけていると認識している。いつでもヒマリア王国に戻ってきていいからな。」



シルエットは片手をあげて答えた。



「気が向いたら。」



やがて、騎馬の集団は南東の方角に速足で遠ざかっていった。彼らはその方向に新しいコミュニティーを作っているのだ。



「王子、レイナ姫様の振る舞いも勝手に過ぎるのでは。」



ゲルハルト王子はシュナイダーの言葉を半ばで遮った。



「あいつには借りがある。」



シュナイダーは、続きを待つようにゲルハルト王子の顔を見つめた。



「王国内部に、レイナを担ぎ出してクーデターを起こす動きがあったのだ。知っての通りあいつは軍内部にも国民にも人気がある。クーデターが決行されたらあいつが王国を支配していったかもしれぬな。」




ゲルハルト王子は静かに話すとため息をついた。



「それではなぜ?。」



「あいつは、クーデター派に担がれるのを嫌って文字通り野に下ったのだ。」



シュナイダーはしばらく沈黙した後に言った。



「それほど何もかも見通す方を妻にめとると大変でしょうな。」



二人は同時にラインハルトの顔を思い浮かべていた。



「まったくだ。」



ゲルハルト王子がつぶやくと二人は久しぶりに声をあげて笑った。

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