第20話 エレファントキングの城

ヤースミーンはしばらく考えた後で、顔を上げると貴史に説明を始めた。



「大司教は神のような力を持った司祭なのです。彼がその気になれば数年前に魔物に食われて死んだ人だって甦らすことが出来るらしいですよ。」



「どうやったらそんなことが出来るんだよ。」



目の前で死んだ人を蘇生させるくらいならまだわかるが、数年前に魔物に食われて死んだ人を甦らすとなると貴史の理解の範疇を越えている。



「大司教の能力は、過去に遡ってその人を構成していた粒子の配列を読んでその通りに配列してしまうと言われています。」



ヤースミーンは淡々と説明するが、貴史そんなものなのかと考えるしかない。



「ヤースミーンは大司教にかなえて貰いたい願いがあるのか?。」



貴史が尋ねるとヤースミーンは俯いてしまった。そして貴史と目を合わさないで言う。



「シマダタカシにお願いしたいことがあります。明日、手が空いた時に話を聞いてください。」



貴史はヤースミーンのあらたまった口調に心配になった。日頃、貴史に何かして欲しい時は、何の遠慮もなく顎で使うやつなのだ。



「いいけど、一体何の話だ。」



貴史の問いにヤースミーンが口を開きかけた時、タリーが盛り付けした料理をドンと二人の目の前に置いた。



「部屋食の仮面のお客さんの分だ。ミッターマイヤーじゃないから大丈夫だと思うが、シマダタカシも一緒に運んでやれ。」



タリーはヤースミーンにバニーガールのコスプレをさせているものの、彼女の身の安全にはそれとなく気を遣っている。



トレイに乗せた料理をヤースミーンが運び、貴史は注文があった火酒のデキャンターを運んだ。



ギルガメッシュの二階にある部屋にノックをしてから入ると、ヤースミーンが料理の説明をした。



「本日は森でとれたウサギのクリームシチューがメインです。」



「ほう。バニーさんがウサギ料理を運んでくるとは粋な趣向だな。」



仮面の客は機嫌よく二人を迎えた。



「時に、ヒマリア国のレイナ姫がこの東の土地に独立国家を打ち立てるという噂を耳にしたが、本当なのかね。」



噂がどんどん大きくなっているようだ。貴史はレイナ姫たちの本国との関係を心配しながら説明した。



「そこまでは考えていないでしょう。レイナ姫は婚約者と側近の者だけで移住するつもりだと思いますよ。」



「そうか。ヒマリアの都ではその噂で持ちきりだったがな。話は変わるがこの近くにエレファントキングという魔物が居を構える城があると聞いたが、どの辺りか教えてくれんかね。」



「この酒場兼宿屋から南東に二時間ほど歩けば城に着きます。途中で森が途切れて草原の中にありますから、わかると思いますよ。」



ベッド脇のテーブルに料理を並べたヤースミーンが部屋の壁に張ってある羊皮紙の地図を示しながら説明した。



「お客さんもエレファントキングの討伐に行かれるんですか。」



「そうではない。魔族が支配する城には近づきたくないから聞いたのだよ。」



貴史の質問に、仮面の客は手をひらひらさせて答えた。仮面の下で笑っているようだ。



「食事は置いといてくれたらいいよ。」



気さくに言う客に貴史とヤースミーンは会釈して部屋を出た。



「さっきのお客さんの名前はハヌマーンさんですよね。外国の人にしてはヒマリアの言葉を流暢に話していましたね。」



一階に続く階段を下りながらヤースミーンが話すが、貴史は何となく引っかかるものを感じていた。



翌朝、ミッターマイヤーと騎士たちが移住するために東へと向かう人々の警護に向かった後で、仮面の客ハヌマーンも出発することになった。



「世話になったな。」



宿代を払ったハヌマーンは、東に続く道を歩いていく。




その後ろ姿を見送るうちに、貴史は自分が感じていた違和感の正体に気がついた。ハヌマーンは料理を運んで来たヤースミーンを見て「バニーさん」と言ったのだ。



タリーが作らせたコスチュームをバニーガールスタイルと呼ぶことを知っているのは、この世界では自分とタリーだけのはずだ。もしかしたらハヌマーンも転生者なのか。



貴史はハヌマーンを追いかけて問いつめたい衝動に駆られたが、この世界では闇雲に行動することは危険だった。



ハヌマーンの姿はやがて森に入り貴史の視界から消えていった。



ギルガメッシュを出たハヌマーンは、貴史たちに話したのとは逆に、真っ直ぐにエレファントキングの城に向かっていた。瞬間移動の魔法を使っても良かったが、周囲の様子も見たいから歩いてみたのだ。



やがて、城に着くと一匹のムラサキコウモリが城の中から飛んできてハヌマーンの廻りを飛び回った。旅人を襲う魔物というよりは、飼い主の友達にじゃれつく犬のような雰囲気だ。



「道案内をしてくれるのか、すまないな。」



ムラサキコウモリはぱたぱたと羽ばたきながらハヌマーンを誘導する。



エレファントキングのダンジョンは城の中程からどんどん地下に降りていく構造になっている。



冒険者のパーティーは頻繁に現れる魔物と戦い、道程に多数仕掛けられている罠も突破しなくてはならない。エレファントキングのダンジョンの最深部まで到達するには熟練した冒険者のパーティーでも最低二日はかかると言われていた。



しかし、城に住まう魔族が案内して最短距離を通れば、大して時間を取らずに最深部に到達できる。



ダンジョンの最深部にある大広間に着くと、ハヌマーンは祭壇に向かって叫んだ



『健二君、あ・そ・ぼ。』



その声が聞こえたらしく、祭壇の奥から足音が響いてきた。



「ハヌマーン、来てくれたのか。最後に会ってからもう五年になるかな。」



走り出てきたのは象頭の獣人だった。象と言っても魔物なので額には第三の眼があり、その皮膚は紫色だ。体にはゴージャスな雰囲気の模様が入ったローブを羽織っている。



「ガネーシャ。君も変わりがないようだな。こんな草深いところでよくもじっと身を潜めていられるものだと感心するよ。」



ハヌマーンは自分が付けていた仮面を取り外した。仮面の下から現れたのは、猿の顔だった。他ならぬハヌマーンも猿頭の獣人だったのだ。



「健二君などと呼ぶから前世を思い出したよ。今ではガネーシャよりも通り名のエレファントキングと呼ばれることが多くなってしまった。肴を用意させるから、私の居室で一杯やろう。」



ガネーシャは右手でクイッっと一杯やる仕草をして見せた。ハヌマーンはそんなガネーシャを見て、やはり中身はおっさんだなと改めて思う。



「いいね。私からはヒマリアの国内を踏破して集めた見聞を報告しよう。」



ガネーシャに案内されて、ハヌマーンは祭壇の奥に続く通路を歩いた。



「友有り、遠方より来たりだな。長旅で疲れているだろう。自分の家だと思ってくつろいでくれ。」



ガネーシャは上機嫌で振り返った。彼の中身は田辺健二という、四十才で病気のために世を去ったサラリーマンだった。ハヌマーンも三十台半ばで交通事故で死に、気が付いたらこの世界に召喚されていたのだ。



ハヌマーンとガネーシャはこの世界で知り合った。互いの前世を知った後に、幾多の戦いをくぐり抜け、無二の親友となったのだ。




ガネーシャは通路の奥にある隠し扉を開けてハヌマーンを招き入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る