第21話 ガネーシャの日常
ガネーシャの居室に案内されたハヌマーンは目を疑った。
地下の岩盤をくりぬいて作られた小部屋がガネーシャの居室だ。
決して広くない部屋の中央には足の低いテーブルがしつらえてある。テーブルは上面が正方形に作られており布団が掛けられていた。そしてその上にはスクエアな形の天板が乗っている。
それはどう見てもこたつだった。
そして部屋の床には細い草の茎を編んで作ったカーペットが敷き詰めてある。こちらは畳を再現しようとしたようだ。
「内部に火鉢風の熱源を入れたので、安全のために掘りごたつにしてある。足を入れると暖かいよ。」
勧められるままにハヌマーンはこたつに足を入れた。こたつの天板には縦、横共に九マスのマス目を刻んだ木の板が置いてある。傍らの四角い箱には五角形の木片が沢山納められていた。それぞれの木片には文字が書いてある。
「将棋盤と駒じゃないか。異世界の文字なんてよく覚えていたな。」
「アナログなボードゲームは電源がなくてもプレイできるからね。さすがに文字は忘れているが、絵柄として再現した。雰囲気出ているだろう。」
「大したものだ。しかし、相手をしてくれるものがいないだろう。」
ハヌマーンは将棋の駒をつまみ上げて眺めながら言う。
「いやそうでもないよ。ルールを教えたらちゃんと相手をしてくれるようになった。最近では私がなかなか勝てないくらいだ。」
そんな器用なまねが出来る魔物がいるのだろうかとハヌマーンが訝しんでいると、ガネーシャの居室の奥からトレイを抱えた女性が入ってきた。
長身の彼女の肌は浅黒く、輪郭のハッキリした目と、秀でた鼻梁が気品のある雰囲気を醸し出している。
「人間の女ではないか。どこからさらってきたのだ?。」
「彼女の名はチャンドラーだ。 南方からヒマリア国に向かう馬車をを見つけた部下の魔物たちが食料を輸送していると思って襲ったのだが、中身はヒマリア国に送られる奴隷だった。護衛の兵士が馬車を盾にして抵抗したため、大半の奴隷は死亡したが、彼女はどうにか生きていたので、連れてきたのだ。」
ハヌマーンはにやりと笑った。
「君も隅に置けないな。二次元でないと駄目と言っていた割にはちゃんと美人を手元に置いているではないか。」
ガネーシャは勢いよく首を振ったので彼の長い鼻が鞭のようにしなった。
「異種族婚姻譚のようなややこしい事をする気はない。彼女には身の回りの世話と料理をしてもらっているだけだ。」
ハヌマーンは肩をすくめた。
「なんだ、相変わらずだな、そんなことだからアラフォーで世を去るまで独身だったのだ。」
毒づいたハヌマーンの前にチャンドラーは運んできた料理と飲み物を並べた。
料理を見たハヌマーンは驚いてガネーシャの顔を見る。
「こ、これはポテトチップスではないか。それにこちらの皿はするめのように見えるが。」
「試行錯誤の末、レシピを開発して彼女に作ってもらったのだ。」
ガネーシャが自慢する横で、チャンドラーは妖艶な微笑みを浮かべてジョッキに入ったビールを勧める。
「でもするめはイカから作るんだろ。こんな内陸でどうやってイカを手に入れたのだ?。」
「ヒマリアの海岸部にいる魔物たちがクラーケンを捕らえて献上してくれたのさ。これでミカンでもあれば最高なのだが。」
「農作物は作り手が優れた系統を幾世代にも渡って選抜して作られるものだ。我々がかつて口にした果物や野菜はこの世界では存在すらしないものも多いだろうな。」
小難しいことを話しながらも、ハヌマーンは久しぶりに口にするポテトチップスとビールの取り合わせが自分のささくれた気分を癒すのを感じた。
「本題に入ろう。私が潜入して調べた結果、人類の結束の要になっている大司教はヒマリア国内に秘匿されているようだ。辺境の小国家に隠すとは奴らも考えたものだな。」
ハヌマーンの言葉にガネーシャは我が意を得た表情でうなずいた。
「僕の言ったとおりだろ。列強国に攻め込んで大寺院を探してもいないわけだな。」
「ガネーシャの先見の明には敬意を表そう。それで、大司教を亡き者にする計画は進んでいるのか。」
ハヌマーンが問いかけると、ガネーシャの額にある第三の目が光った。
「この城のダンジョンはそもそも、ヒマリア軍をおびき寄せるためのブービートラップだ。今は、私の首にかけられた懸賞金を目当てに冒険者のパーティーが毎日のように入り込んできているが、間近に魔物が城を造られてはハインリッヒ王もいずれ国軍を派遣せざるを得ないだろう。主力部隊がダンジョンに入ったところを殲滅して彼らの戦力をすり減らしてやる。そのうえで、大司教殺害に向けた攻撃を仕掛ける予定だ。」
「さすがだな。だが、ダンジョンの警備が手薄なようだが大丈夫なのか。」
「意図的に隙を作っているのだ。しかし、それに乗じて最奥部まで入り込んだグループがいてな。私が卵からふ化して育てたグリーンドラゴンのドラちゃんを惨殺したげくに死体を持って帰ったみたいだ。あんな可愛い奴を食べるなんて野蛮きわまりない。」
昨日のお昼に、ドラゴンケバブのサンドイッチを食べたことを思い出したハヌマーンはギクッとしたが、ガネーシャに気取られないように素知らぬふりをした。
「ガネーシャのすることだから作戦に間違いはないだろう。魔王様も期待している。」
ハヌマーンは話しながらマントの下からアイテムを取り出した。
「これは私からの土産だ。万が一の話だが、身の危険を感じたら使ってくれ。」
「なんだこの小汚い羽根は。」
「私の瞬間移動の魔法を封じ込めてある。頭上に投げてから自分行きたい場所を念じたらその場所に飛ぶことが出来る。」
「そうか。気を遣わせて悪いな。」
ガネーシャは、羽根を受け取るとチャンドラーを振り返った。
「そろそろメインの料理をお出ししてくれ。想い出のスナックだけではお腹がふくれないだろう。」
チャンドラーはうなずいて、ハヌマーンをもてなすための料理を運び始めた。
贅を尽くした料理の数々と美味い酒。
ハヌマーンとガネーシャはかつて二人が生きていた世界の思い出を時を忘れて語り合った。
ガネーシャに歓待された後、ハヌマーンは瞬間移動の魔法で魔王の支配域に飛んだ。
事故を防ぐために人気がない町はずれに出現したハヌマーンは、魔王の城に戻りながら考えていた。
ガネーシャは人として生きていたときの記憶に苦しめられているのだ。前世で数々のゲームに知悉していたガネーシャは魔王の有数の作戦参謀だ。
そして獣人としての膂力は剣を持たせれば無双だ。
しかし、魔族が侵攻した人間の王国を蹂躙すると、殺戮された人々を見てガネーシャが密かに苦悩していたことをハヌマーンは知っていた。
「割り切ってしまえばよいものを。うまくいかないものだな。」
ハヌマーンは独り言をつぶやくと魔王の城を目指して足を速めた。
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