第9話 ラインハルトのぼやき

ギルガメッシュの酒場では日課の掃除と洗濯が終わって、貴史達三人はのんびりしていた。



「昨日プレオープンに招待した兵隊達が酒場に来てくれるかも知れない。そろそろ仕込みを始めようか。」



タリーが腰を上げた時、ぼろぼろの姿をしたヒマリア軍の士官がギルガメッシュの酒場に入ってきた。



「大丈夫ですか。」



貴史が駆け寄ってみると体のあちこちに切り傷やひっかき傷があり、疲れ切った表情をしている。ヤースミーンも手助けして士官を酒場の中に案内し、椅子に座らせた。



「この店に戦士の格好をした髪の長い女と年寄りの男の二人連れは来なかったか。」



士官は息も絶え絶えに言った。ヤースミーンはあっさり答えた。



「姫君とちょっといやらしい年寄りの家来が昨夜ここに泊まって、今朝魔物討伐に出発しましたよ。」



「どちらに向かったか教えてくれ。私は後を追わねばならないのだ。」



士官が立ちあがろうとするのをタリーが押しとどめた。



「怪我もしている上にそんなに疲れていては無理でしょう。」



「私の名はラインハルトだ。私のために姫を危険な目似合わせる訳にはいかぬ。」



「ああ、あのラインハルトさんね。」



ヤースミーンがつぶやき、貴史達三人は顔を見合わせてニヤニヤした。



「な、何がおかしいんだ。」



「いやあ、男前は得ですなあ。あんなきれいな姫が尽くしてくれるし。」



タリーがひやかした。貴史達の態度にいらっとしたラインハルトは椅子から立ちあがるが、途端に傷の痛みに顔をしかめる。



その時、酒場の隅で餌を食べていたスラチンが近寄ってきた。何かぶつぶつ言いながらラインハルトの前に来ると気合いを込めてぴょんと跳び上がる。



すると、ほんわかした青い光が発生してラインハルトの全身を包んだ。光は直に消えたが、ラインハルトは驚愕の表情でつぶやいた。



「傷の痛みが消えた。私に回復魔法を使ってくれたのか。」



だが、貴史達はラインハルトをほったらかしにしてスラチンを取り囲んでいた。



「すごいぞスラチン。回復魔法が使えるのか。」



貴史がスラチンの頭をぽんぽんと叩きながら褒めちぎり、スラチンは得意げなひょうじょうでピョンピョンと飛び回る。




「でもおかしいですね。スライムはレベルが上がっても魔法は使えないはずですよ。この子もしかしたらライムスライムの色変わり系統かもしれませんね。」



ヤースミーンはスラチンの表皮を子細に調べている。



「そういえば、普通のスライムはもう少し青色が濃いよな。」



タリーもヤースミーンと一緒にスラチンをのぞき込みながら行った。



「そうだとすればシマダタカシ、あなも決して弱いわけではないかも知れませんね。この子がライムスライムの変種だとして、回復魔法を使いこなせるのはかなりレベルが上がってからですからね。」



ヤースミーンが貴史に告げた。



「そ、そうか。道理でこいつすばしこいと思ったんだよ。」



貴史としてはまんざらでもない。その時、ラインハルトが遠慮がちに声をかけた。



「あの、私は元気になったので出発しようと思うのですが、レイナ姫はどっちに行ったんでしょう。」



タリーは腕組みをしてラインハルトの前に立ちふさがった。



「まあ待ちな。昼飯作ってやるから持って行けよ。姫さまを追ってきた人なら二千クマにしておくから。」



「わ、わかりました。」



ラインハルトは気弱そうに答えた。



タリーは厨房に向かいながらラインハルトに続けて言った。



「それからな、そこの二人は昨日ダンジョンの最深部から帰ってきたばかりなんだ。一人当たり一万クマ払ってくれたら道案内させるがどうだい。」



ラインハルトは考え込んでいたがやがて答えた。



「道案内をお願いします。」




しかし、タリーの姿はすでになかった。ラインハルトが即答しないから、タリーは厨房に行ってしまったのだ。




「宿の主人は何処に行ったのかな。」

ラインハルトの問いに、貴史が答える。



「厨房にいます。伝えてきますから。」



貴史はラインハルトに告げると、タリーの後を追って厨房に向かった。しかし、貴史としては別のことを言いたかったのだ。



「タリーさん勝手に僕たちを魔物の本拠地に送り込む話にしないで下さいよ。僕もヤースミーンもやっとの思いで脱出してきたんですから。」



貴史の訴えを聞いたタリーは苦い顔で答えた。




「そう言わずに行ってやれよ。何もエレファントキングを倒してこいと言っている訳じゃない。城の辺りまで案内するだけだし。」




貴史が黙っているとタリーは話を続けた。




「実は俺はこの店を居抜きで買い取るために有り金全部使ったんだ。パンとか野菜のように日々仕入れが必要な品物もあるから現金収入が必要なんだ。何とか頑張ってくれ。」



雇用主に下手に出られると貴史としても断りにくい。



「解りました。でも本当に案内するだけですからね。」



タリーは貴史の答えを聞いてほっとした様子だ。



「ありがとうシマダタカシ。ヤースミーンにはバックアップ用の強力な武器を持たせるからな。」



タリーはできあがった昼食の包みをほれと貴史に手渡した。



包みは貴史の分以外に三つ作られている。



「あなたも一緒に行くんですか。」



貴史が尋ねるとタリーは首を振った。



「あれはスラチンの分だ。奴を連れて行け。」



結局、身支度を調えた貴史とヤースミーンはスラチンを連れてラインハルトの案内役をすることになった。



「危険な場所への案内を頼んですまないな君たち。」



「ラインハルトさんこそ大変ですね。」



ラインハルトのねぎらいの言葉に貴史がこたえた。ラインハルトは大きなため息をつくとつぶやいた。



「分不相応な相手と恋仲になったばかりにいろいろな困難が降りかかって来ます。こうなったらやりきるしかありませんね。」




タリーに見送られてギルガメッシュを出発した三人と一頭はレイナ姫の後を追って足早に歩き始めた。

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