第3話 やっぱり魔物に遭遇

振り返ってみるとさっきのスライムが貴史の足元にすり寄っていた。



「どうしたんだこいつ。」



貴史はスライムはとっくに逃げ去ったと思っていたので、しゃがみ込んでスライムをのぞき込む。



「その子はあなたの仲間にしてもらいたいのですよ。」



ヤースミーンはフフッと笑った。



「そうか、おまえはなかなか手強かったからな。」



貴史がスライムの頭にそっと手を置くと、表面はプヨプヨして冷たい。



こちらを見ながら左右に体を揺らすスライムを見ていると、なんだかかわいく思えてくる。



「よし、おまえは今から俺達の仲間だ。」



貴史の言葉がわかるのかスライムはピョンピョンと飛び上がって嬉しそうだ。




貴史の気分は一気に軽くなった。



「出口に向けて出発しよう。」



貴史が声をかけると、ヤースミーンも機嫌よく立ちあがった。おしりをパンパンはたくしぐさがかわいらしい。



貴史は実はアニメ顔が好みだ。



丸顔のヤースミーンは、貴史のお好みに合っているのだが、貴史はポーカーフェースで彼女に気取られないように気をつけた。



貴史はシニカルで格好を付けたがる性格なのだ。



二人が歩く前を先導するようにピョンピョンとスライムが進む。このまま何事もなく外に出られるかもしれないと、貴史が楽観的に考え始めたとき、スライムの動きが止まった。



「ピキッ。」



警戒するような声を発するスライムを見て、ヤースミーンは貴史の腕を引っ張った。



ダンジョンのそのあたりは石造りの壁ではなく、素掘りの岩石の洞窟に変わっている。



ヤースミーンは岩壁の、幅五十センチメートルほどの壁の割れ目に貴史を引っ張り込んだ。



スライムも続いて割れ目に入ってくる。



「何かいるのか。」



問いかける貴史に、ヤースミーンは口に指を当てて見せた。静かにしろというつもりらしい。



その時、貴史達が進もうとしていた方向から重い羽ばたきの音が聞こえてきた。



通り過ぎる瞬間に壁の割れ目から見える姿は紫色のコウモリのようだ。大きさは柴犬よりも一回り大きいくらい。



「ムラサキコウモリです。他にも仲間がいます。」



ヤースミーンの言葉どおりに、同じような羽ばたきが続けて聞こえてきた。五匹ほどの集団が通過しているようだ。



貴史は、鉢合わせせずにすんだことに安堵すると同時に、貴史より頭一つくらい身長が低いヤースミーンの胸が自分に押しつけられていることに気がついた。



壁の割れ目が狭いのでくっつき合う体勢になったのだ。ヤースミーンもそのことに気がついたのか慌てて身を離すと通路に顔を出して周囲をうかがった。



「もう大丈夫みたいですよ。行きましょう。」



ヤースミーンは先に立って歩き出した。意外と胸大きいな。貴史は密かに思いながら後に続いた。



「そのスライムに名前を付けてあげたらどうですか。」



油断無く周囲の様子を見ながらヤースミーンが言った。さっきのムラサキコウモリもこいつが真っ先に気がついたようだ。一緒にいれば意外と重宝するかもしれない。貴史はスライムの名前を考えることにした。



「そうだな。スラリンとかサスケとか・・」



言っている本人がありきたりな名前だと思うようではあまりよろしくない。



「スラチンっていうのはどうだろう。」



「スラチンですか。まあそんなものでしょうね。」



ヤースミーンも賛成してくれたので、スライムの名はスラチンに決まった。



「いいか。おまえの名前はスラチンだからな。」



貴史が告げるとスラチンはピョンピョンと飛び跳ねる。



一行が薄暗い通路を魔物の気配に気を配りながら進んでいると、今度はヤースミーンが立ち止まった。



「シマダタカシ、この先にちょっとした広場があるのですが、そこにはドラゴンがいるかもしれません。」



貴史はヤースミーンが自分の名前を性と名を区別しないで一音節で呼ぶことに気がついた。



タカシと呼べと言いたかったが今はそんな悠長な話をしている場合ではなかった。



「あんたは予知能力でもあるのか。」



貴史の見当違いな問いにヤースミーンは首を振る。



「来るときに遭遇して私が眠りの呪文で眠らせたのです。」



ということは、間違いなく今もいるのだろう。戦いの前半でパーティーの損耗を押さえようとしたようだが、帰り道に強力な敵が待ち構える状況を作ってしまったわけだ。



「俺が様子を見てくるよ。」



貴史はそこを曲がると広場があるという通路の曲がり角にヤースミーンとスラチンを残して、ゆっくりと広場に向かった。



広場には一見して、魔物の影はないように思えた。通路から顔を出すと正面はT字路になっていて、そこだけ材質が違うのか緑色の壁が左右に広がっている。



幸いなことに、ドラゴンは何処か他所に行ってくれたようだな。貴史は目の前の壁に手を突いてこれから進もうとする通路の先を眺めた。その時、貴史は手をついた壁がゆらりと動くのを感じた。



貴史は目の前の壁に近づいてよく見た。ただの壁と思っていたが、直径五センチメートルくらいの鱗がびっしりと並んでいる。



悪い予感がした貴史は上を向いてみた。貴史が目にしたのは、横幅が一メートルを超える大きな頭が自分をのぞき込んでいるところだった



大きな目は金色に輝き瞳孔は猫のように縦に細い。とがった牙が並んだ口には二本のひげが生えていた。




「グリーンドラゴンだ。」



貴史は必死になって元来た洞窟に走り込む。あの体の大きさならここには入ってこられないはずだ。ヤースミーン達が隠れている曲がり角は十メートルほど先に見える。



その時、貴史は全身の毛が逆立つようなピリピリした感覚を覚えた。



洞窟の角を曲がったところで貴史は脚がもつれてこけた。



その背後に猛烈な火炎が吹き付けていた。どうくつの角を曲がるのが一瞬遅かったら黒こげになっていたはずだ。



「ドラゴンがいたよ。」




「そのようですね。」



床にへたり込んだままで貴史が報告すると、ヤースミーンがぽつりと答えた。



火炎の余波の熱風を避けようとスラチンは逃げまどっている。



貴史は起き上がって洞窟の床にあぐらをかくと大きなため息をついた。

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