異世界パワードスーツ?

新巻へもん

プロローグ 祈り

 窓のない石造りの建物の中は薄暗かった。

 照明は石の壁にところどころ取り付けられている松明の明かりと祭壇の側に置かれているランプしかない。

 1人の老人が祭壇の前に跪いて一心不乱に祈りをささげていた。

 顔に深く刻まれた皺とつやのない肌が、この老人の人生が厳しく長いものであったことを物語っている。

 そして、この祈りが届かなければ、その人生はもう少しで終わりを告げることになるだろうことを正確に理解していた。


 わしの命だけならば……。

 老人の頭の隅でそのような考えが浮かび、後ろをチラリと脇を見る。

 そこには数十人の子供たちが肩を寄せ合うようにして座っていた。

 一番年上でも16歳。

 この過酷な環境でも平均寿命までには30年ほどある。

 座り込んでいる子供たちは気丈に振る舞っているが、幼少の者の中には涙ぐんでいるものもいた。


 老人はその様子を見て心を痛めながら思いにふける。

 最近はやつらの活動が鈍くなっていたことに油断していたことは否めない。

 成人した男たちが仇敵との戦いに出かけて不在の間は大人しく町に籠っているべきだったかもしれない。

 しかし、何百年と続けてきた祭祀を中断するわけにもいかなかった。


 それとも中断できないというのは言い訳でそろそろ新しい奇跡の器が手に入るかもしれないと欲をかいていたのだろうか。

 子供たちの中の年かさの娘の1人がしっかりと抱きしめる癒しの杖に目を向けた。

 自分たちの氏族の繁栄はあの杖によるものが大きい。

 遥か昔から受け継がれてきたもので、複製することはおろか、どのようにして作用しているかの解明すらできない奇跡の品であった。


 あれと同じようなものを更に手にすることができたなら、王に対する発言力も増すはずである。

 言い伝えによれば、この聖地にて祭祀を絶やさなければ、祭壇に道が現れ大いなる遺産のある場所にたどり着けるとされていた。

 そして、今年はご先祖様がこの地で活動を始めて500年目に当たると計算されている。

 節目に当たるとなれば何か奇跡が起きるのではないかと期待されていた。

 ただ、その目論見は……。


 建物の入口がドーンという音と共に激しく揺れる。

 ありあわせのものを積み上げ押さえている年寄りや女性達にもその振動は伝わってきた。

 ついに耐えきれなかったのか子供たちの中からすすり泣きの声が上がる。

 老人は表情を改めると、体の向きを変え、今まで祈りをささげていた黒くスベスベとした材質の薄い直方体に相対する。

 もう時間がなかった。

 願いの内容をこの場にいる者が逃れられるようにというものに変更する。


「今まさに滅びの時を迎えんとす。我らが所業罪深きものなれど、無垢な幼子の魂は未だその汚れを知らず。慈悲深き神にこいねがう。古の光の門を開き、我らに道を示し給え。伏して請い奉る」

 呪文を唱え終わると手にした金属製の30センチメートルほどの長さの棒で直方体に触れる。

 この棒も癒しの杖と同様に大昔から伝わる貴重な品だった。

 聖地における祭壇で祈りを捧げる際に、この棒を持っていることで過去にも奇跡が起きたとされている。

 棒が触れた瞬間、言い伝え通りに蒼い波が直方体に広がって消えた。


 しかし、それ以上のことが起きず、老人の顔に失望が広がる。

 おかしい。呪文は正しく唱えたはずだ。

 その証拠に固い石でできているはずの祭壇にさざ波が生じている。

 正しく祈りが届いたならば、目の前には扉が現れるはずだった。

 そして、その扉はここではないどこかへつながっており、この建物に閉じ込められた人々が死の運命から逃れることができる。

 しかし、直方体にはさざ波が広がった以上の変化はない。


 再び、建物の入口を衝撃が襲い、重く低い音が建物全体に響き渡る。

 もう長くは持たないだろう。

 扉が破られれば、やつらが侵入してくる。

 そして、ここに居る老人たちだけでは子供たちを守ることはできない。

 この建物に逃げ込む前に見た悪鬼どもの数は、優に500は超えていた。


 子供たちの中には懐剣を取り出している者もいる。

 奴らに生きたまま捕まるという地獄よりは不本意ながら自死の方がましかもしれない。

 死ぬまでこき使われるか、ぐちゃぐちゃの肉塊に変えられるか、それとも奴らの玩具にされ辱められるか。

 いずれにせよ恥辱と苦痛にまみれることになるだろう。


 老人は溜息をついて、棒を腰に下げた袋にしまい、床に置いていた槍に手を伸ばす。

 せめて、子供たちだけでもと思ったが、かなわぬ望みだったようだ。

 しかし、ただ死を待つつもりはなかった。例え片腕になったとしても奴らを一人でも多く道連れにせねばならない。


 道連れにするだけでなく、血路を開いて子供たちを逃がすことができないか?

 祈りに似た気持ちでどこかに救いの手はないかと見渡す。

 しかし、ここにいる100人ばかりの集団で戦力になりそうなのは両手で足りる。

 その数人は覚悟を決めていた。

 みな思いは同じだろう。

 わが身に代えてでも子供たちを守りたい。

 その一団に合流すべく老人は歩み寄っていった。

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